「山の中でひとり」  第175話
1238036763553.png  おじさんの顔を見る。
 なんでこんなに苦しいのか分からない。
 自分で言ってるのに、人に言われたから傷つくのは身勝手だ。
「同時に自殺する権利もない。権利を主張するには、まず義務の履行が必要なのを忘れている。それとも習わなかったのかな?すまないがキミは何の義務も果たしていない。だから何の権利も無い」
 おじさんはまた私の頭を撫でた。
「この国にいる以上、キミには多くの義務が課せられている。キミには教育を受ける義務がある。成長して働いて税金を納める義務がある。今のキミは何ら社会的責任を果たしていない。それ以外にも沢山ある義務を果たして初めて権利の主張が認められるんだよ」
 おじさんが優しく笑った。
 おばさんはおじさんのこう言うところが好きになったんだろうか?
「それですら権利の主張の濫用は認められていない。公共の福祉って言ってね。みんなの迷惑になるようなことをしちゃイケないんだよ。君が自殺したら君の死体を誰が始末するんだ?僕か?アトゥイさんか?ハッキリ言って迷惑だ」
「でも、私は…」
 おじさんは私の額をツンと指で突いて言葉を制する。

「君はアウトローだったんだ。サトシみたいにチャチな事をしてワルぶる事じゃない。法の下の保護を受けられない場所にいたんだ。君は社会が君に対して負わなければならない義務の外にいた。そこに法治が存在していなかった以上、君は犯罪を犯したことにはならない。だから君は犯罪を犯していない」
「でも、私は非道いことをしてきました…」
「そうだね。それでもやったことの責任は取るべきだ。さっきも言ったけど、義務を果たしなさい。勉強して、働いて…、税金や年金を払って、社会の役に立つ人になりなさい」
 おじさんが私の手を握る。暖かい手だ。
「幸い君にはそれを果たす立派な道筋がある。それに税金を支払うのは最高の社会貢献だよ?学校や道を作るのも、きれいな水が出る水道も福祉も税金でまかなわれている」  おじさんは強引に私の手を引っ張って、わしわしと髪の毛をかきむしりながらベットからベットから私を引き寄せた。
 そうだ。おじさんの言葉を受け入れよう。
 あの生暖かい泥の中から抜け出すんだ。
「まぁ、早い話。簡単に死ぬなって事だよ。そりゃ苦しいときもあるだろうけどさ。罪悪感に悩まされることもあるだろう。でも、君に課せられた責任を果たして欲しい」
「はい…」
  「まずはうちのタカヨシの貞操を奪った責任を取ってもらわないとね。タカヨシからベロチューの件、聞いたよ?」
 おじさんが私の耳元でささやいた言葉は、あまりにも予想外だったので、耳まで真っ赤になってしまった。
 おばさんも真っ赤になっておじさんに怒っていた。

「高志さん!やっぱりアナタ…。ロリね!」
「人が良いこと言ってるのに!何言ってんですか!!」
「こっちの台詞よ!!女の子に耳元で囁きながら何息吹きかけるのよ!!いやらしい!!」
「えーーーー」
「えーーーーじゃありません!!大体その左手の位置は何!?説明しなさい。」
「…。好江さん。僕は良い夫。良い父親であろうと努力していました。酒だってあまり飲まないし、タバコも吸わない。賭け事にはまって、給料日から1週間もしないのに絶望したことも無いはずです。」
「…。そうね。アナタは良い夫だったわ。だから、帰ったらHDの中身チェックよ」
「いいでしょう。好きなだけしてください。それで先輩の気が済むなら、いくらでもチェックを受けましょう!!」
 おじさんの顔を見て、大事な物はもう隠したんだな…と思った。
「あと、ギャルゲーとか禁止ね。持ってる物は全部売ってもらいます」
 おじさんが叫んだ。
 そして、二人は年配の看護師さんに病院で叫ぶなと怒られていた。
 おかしくて、さすがに大笑いしてしまった。
 みんなが笑っていた。

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