イエヘ年代記−3− |
■ ハダ滅亡。
ナリムブルは満洲に対抗する為、しばしばフルン諸部に誘いを出している。
結局、それは愚かな行為でしかなかった。
イエヘの攻撃に耐えられなくなり、ハダ部長メンゲブルはヌルハチに救援を頼んだ。
ナリムブルは、メンゲブルに接触し、救援に来たら捕まえて引き渡す様に持ちかけた。
窮地に立たされ、正常な認識が無かったのかメンゲブルは軽々しくそれに応じてしまう。
万暦27(1599)年、すぐにその計画は発覚し、激怒したヌルハチはハダ部を滅ぼした。
これに怒ったのが明である。明はハダ部を保護しており、ヌルハチに対して元に戻す様に命じた。
思えばナリムブルはそれが狙いだったのかもしれない。
ヌルハチも大国の意には逆らえず、メンゲブルの子ウルグダイを部長とし、人々を帰還させた。
それをナリムブルは横から攻撃した。万暦29(1601)年の事である。
かつて先祖代々、明と戦ってきたイエヘ部だが、ここでねじれが起こった。
台頭してくるヌルハチに危機感を抱いた明当局は、イエヘ部をヌルハチの対抗馬にする事にした。
強敵ヌルハチの前に、敵対する両者は手を取り合うことになったのである。
従って、ナリムブルの卑劣な行為をヌルハチが訴えても、明当局は無視した。
ハダ部ではこの頃、食糧難となり、食うに困ったウルグダイは結局、ヌルハチに降伏した。
明を巻き込むナリムブルの策略は結局、ヌルハチを大きくし、かつ彼に道理を与えただけであった。
■ 母が見舞うことを拒否する。
ナリムブルの妹が、ヌルハチに嫁いだのは前述した通りである。
万暦31(1603)年9月、彼女が危篤状態となった。彼女が母に会いたいと言うので、ヌルハチは母を招こうとした。
しかし、ナリムブルは母が行く事を許さず、ナダイに代表として見舞いに行かせた。
ヌルハチはナダイに言う。
「イエヘの一族方は理由もなく我がブチャ砦を荒らしまわった。また九部の兵を合わせて攻めてきた。
それを反省し、生贄を捧げて天に誓ったというのに、また盟約に背いた。
今、我が妃は危篤状態にあり、母親に別れの挨拶を望んでいる。しかし、それすら認めない。
ここにおいて、全ての縁を切るつもりか?」
まもなくして、妻は亡くなった。
翌年1月、イエヘ部の非情なやり方に怒ったヌルハチは、いよいよイエヘ討伐を決意する。
ヌルハチの侵攻で、イエヘ部は城2つ、砦7つ、住民2千名を奪われた。
■ ホイファ滅亡。
フルン四部の中で最も小さいのがホイファ部である。
ゆえに生き残る為、ホイファは満洲とイエヘという強国の間でバランスを保つことが求められた。
部長バインダリとそれを支持しない者の間で内紛が起こり、反対派がイエヘへ亡命してきた。
イエヘが反バインダリ派と結ぶ事を恐れたバインダリはヌルハチへの接触を試みる。
元々はナリムブルもそのつもりだったのかもしれない。
しかし、ホイファと満洲の接近するのは一番困るので、ナリムブルはホイファへ歩み寄る事にした。
彼は亡命者を返す代わりに、満洲と結ばない証拠が欲しいと提案する。
バインダリは敵対者を返してくれるというので喜び、自分の子を人質としてイエヘ部に預けた。
だが、ナリムブルはホイファに亡命者を返さない。人質をとって、彼は優位に立とうとしたのだ。
これにホイファのバインダリは不信感を持った。
再び満洲への接近を試み、焦ったナリムブルは人質を返す。
結局、ホイファは両国の間で揺れ動き、業を煮やしたヌルハチに討伐されてしまった。万暦35(1607)年の事である。
ナリムブルは突然のヌルハチの侵攻に介入できず、ただそれを見ているしかなかった。
■ 北関老女 (上)。
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ウラ部長ブジャンタイは、九部連合の際、ヌルハチの捕虜となった。 後に解放され部長に返り咲くや、たちまちヌルハチに敵意を抱く様になった。 この頃、イエヘのブヤングは妹をヌルハチに嫁がせる約束をしていた。 しかし彼はその約束を守ろうとせず、もう16年の歳月が流れ、彼女はいつしか30歳になっていた。 反ヌルハチを掲げ、ブジャンタイはしばしば満洲を攻撃し、結局、その度に泣いて謝るという結果になった。 しかし、そんな態度が何度も許されるはずはなく、万暦41(1613)年、ヌルハチはウラ部を滅ぼした。 ウラ部を追われ、逃亡したブジャンタイをイエヘは受け入れる。 この時、ナリムブルは既に亡くなっており、弟のギンタイシがその後を継いでいた。 ギンタイシもナリムブル同様、先の見えない人であった様である。 ブヤングは亡命してきたブジャンタイに妹を嫁がせたいと思い、ギンタイシもそれに賛成した。 ヌルハチとの約束があるので、報復を恐れたブジャンタイはそれを拒んだ。結局、別居という形での結婚になったという。 ブジャンタイの恐れた通り、当然、ヌルハチは激怒した。 ウラにが滅んだ同年9月、ヌルハチがブジャンタイの引渡しを要求してきた。再三に渡る要求をギンタイシは、はねつけた。
結局、この一件がイエヘ部滅亡に繋がっていく。 |
■ 北関老女 (中)。
ヌルハチはイエヘを滅ぼす決意をしたが、事は簡単には進まない。
イエヘの後ろには明がついており、イエヘを攻撃する事は明を攻撃するのも同じだったからだ。
七男のハブタイと彼の部下アトら30名余りを広寧へ送った。
ハブタイは巡撫張濤に対し、「明が彼らを罰しないならイエヘを討伐する」と伝え、その証拠に人質としてやって来たとも告げた。
張濤はその処遇に困り、中央へ意見を求めたが、中央からも面倒を回避せよとの指示が来た。
結局、明当局は「この者がハブタイか否か確認できない」との理由で、人質を送り返した。
明のこの態度を、ヌルハチは「イエヘ討伐を容認した」と考えた。
モンゴルのカルカ部と兵を合わせ、総兵力4万でイエヘへなだれ込んだ。たちまち7城、19砦を占領した。
ヌルハチの大侵攻にイエヘ部はうろたえ、明に対して救援を求めた。
明はそれを受け入れ、大砲を含む精鋭1千名をイエヘ城に派遣し、守りを固めた。
黙認されたと思っていたヌルハチは、これに大変驚き、撫順に使者を送る。
「イエヘが盟約に背いたので、イエヘへ侵攻したのである。
彼らは許婚を交わしながら、我々を侮辱し、女性を送らなかった。さらにブジャンタイを匿った。
だから、明に対して敵意はない。どうして明を攻撃しようなどと考えるだろうか?」
使者は游撃李永芳に手紙を渡した。
結局、明との衝突を恐れてヌルハチは兵を退かざるを得なかった。
■ 北関老女(下)。
キンダイシの娘はナリムブルが育てていた。やがて彼女はモンゴルのジャイサイの許へ嫁いでいった。
キンダイシはナリムブル同様、凶暴な男であった様だ。
ナリムブルが亡くなると、彼は兄の妻を殺害してしまった。
ジャイサイから見れば義理の母親が殺された事になる。彼は姑の仇をとる事を大義名分にイエヘを討つとまくし立てた。
キンダイシの暴走で、イエヘ部は再び危機に陥ってしまった。
叔父の暴走の穴埋めに、ブヤングはブジャンタイに嫁がせようとした、あの妹をジャイサイへ送る事にした。
ジャイサイも、それならば…と納得し和解が成立する。
当時は女性が政略結婚の道具の様に扱われた時代とはいえ、女性にも当然、自分の考えがある。
彼女は「ジャイサイと結婚するくらいなら死にます」と言って、頑なにそれを拒んだ。
ブヤングはすっかり困ってしまった。ジャイサイは今にも攻めてくる勢いである。
そこへジャイサイと同族の有力者バハダルハンが訪れ、自分の息子と結婚させて欲しいと申し出た。
同じ部族同士の者に嫁がせれば、ジャイサイも文句を言わないだろうし、妹もジャイサイ以外なら納得するだろう…。
ブヤングはその申し出を受け入れた。
この結婚を認めれば、またヌルハチが怒るのは分かっている。
明当局は、ブヤングの説得にあたった。
「そんなことをすれば、またヌルハチだけでなくジャイサイの恨みも買うことになる。彼らの望みを絶ってはならない」
彼の母親も、二転三転する結婚に反対して、娘を嫁がせようとしない。ブヤングの苦悩は大きかったであろう。
万暦43(1615)年5月、結局、ブヤングはバハダルハンの息子へ嫁がせる事を決意した。
7月、結婚は成立。それを聞いたヌルハチは怒った。彼の息子たちも、「何てヤツだ」と怒った。
ヌルハチはこの直後、明に対し「イエヘを討ちたい」と申し出る。却下。「我々にやらせてくれないなら、明が彼らを討伐してくれ」。却下。
おそらくヌルハチの怒りは凄まじいものだっただろう。彼は言う。
「あの女が生まれてからロクな事がない。ハダ、ホイファ、ウラ三部があの女に巻き込まれて、相次いで滅んだ。
今、明はイエヘを助けようとしている。我々やモンゴルには目もくれない。
天は非道なイエヘが滅ぶことを望んでいる。だから、自分は激しく怒っているのだ。
あの女は思うに、災いを振りまく類の悪女である。遠からず天罰が下るであろう」
よほど、その女性が好きだったのか、みっともないくらいの荒れっぷりである。
可愛さ余って憎さ百倍。あれほど結婚を望んだ女性を悪女と罵った。
しかし、ヌルハチの予言は的中した。
彼女はモンゴルへ嫁いで1年も経たずして亡くなる。34歳であった。
明は、この問題で散々苦労させられた。
イエヘを滅ぼされては困るし、かと言ってヌルハチの突き上げをくらいのも辛かった。
彼らはこの問題を「北関老女」と呼んだという。
しかし、あの女性が悪女だ、災いを振りまく女性だというのは当たらない。ヌルハチは言いすぎだと思う。
殷の妲己や周の褒?ならともかく、彼女がどうこうしたというわけではない。
イエヘの指導者やフルン諸部が自ら行動し、そして招いた結果である。
騒乱の中で、彼女は翻弄され、モンゴルの地に連れて行かれ亡くなったのである。誠に哀れというしかない。
あえてヌルハチの言葉で言うなら、イエヘに関わること自体がロクな事ではない。
フルン諸部にせよ、明にせよ、イエヘに関わったことで滅んでいった。
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