2013年モーニング感想部屋


三十四号(♯298)  杉江さん、キャプテン就任。ですが村越さんにそこで花束を渡したら、引退でもするような感じになってしまうのでアウトです。黒田さんも丹波さん同様、有里ちゃんのことを呼び捨てにしているようです。
 試合開始前の短い時間にも関わらず、村越さんの笑顔が多いように見えます。ずっと一人で抱えてきたものから解放されたことが、表情を穏やかにしているのでしょうか。キャプテンを退くのは、村越さん自身が決めたことですし、チームの進歩のために後進に道を譲るという姿勢は分かるのですが、村越さんが「同い年のキャプテン」である鹿島の五味さん相手にあれこれ悩んでいたのは、一体何だったのかという気はします。
 ETUと名古屋の因縁は、不破監督だけのものではなかった……! あのふてぶてしいパッカくんが、シャッチーを見て驚いていることに驚きました。それはそうと、マスコットは「持ってくる」ものじゃなくて「連れてくる」ものです。チームを心配してこっそり着いてきたシャッチーが関係者に見つからないように、黙って協力するペペ。いい話じゃないですか!

 昇龍拳はZを描くように十字キーを押せば技が出ると昔、弟が言っていましたが、格闘ゲームのコマンド入力はまったくダメでした。
 小学生男子という生き物が自由すぎるぐらいに自由なのは、現世でも地獄でも変わらないようです。その面倒を見て、なおかつ親の相手もしなければならない教師とは大変な仕事だと思いました。
二十八巻  五輪代表候補のフルネームと所属チームが記載されていました。プロ選手だけではなく大学生もメンバーに入っているところが、若い人たちのチームなのだと実感させます。
 椿くんのPK成功率は驚異の0%。苦手とか下手とかいうレベルではありません。椿くんの場合は技術よりもメンタルに原因があることは明らかですが、チキンを克服すればPKは成功するものなのか、それは分かりません。
 対ウズベスタン戦の最中、ETUの人たちにすっかり忘れ去られていた達海監督。部屋に謝りに行く皆さんの列で、後藤さんと有里ちゃんが隣同士にいたことに何となくときめきました。こういうところに二人の距離感が現れているような気がします。
三十三号(♯297)  今週のETU! 有里ちゃんが達海さんにトドメを刺しました。なぜ達海さんが、小柄な松原コーチに「おんぶ」を要求するのか疑問でしたが、低い位置ならば落ちてもダメージが少なくてすむからなのかもしれません。この後、達海さんはドクターたちにこってり絞られることでしょう。ドクター相手には敬語を使うんですね。
 村越さんはマンション暮らし。リビングが綺麗に片付いていますし、玩具も見当たりませんから、村越家には子どもはいないのでしょうか。チームやサッカーに関することを、良くも悪くも全て一人で抱え込んできた彼に、元タレントの若い奥さんがいるという設定は意味があったのだろうかと改めて思います。
 達海監督は以前、村越さんのことを、ETUの色だと言いました。その時のETUは、シーズンごとに残留を争う弱小チームでしたが、今ではタイトルを狙えるチームに進化しています。チームが次のステップに進むように、選手もまた、変わらなければならない。そのように考えれば、キャプテン交代はETUの変化の象徴のように思えます。ですが、達海さんが村越さんの決断を受け容れるかどうか、そして受け容れた場合、次のキャプテンが誰になるかが気になります。今のところ、本命は杉江さんなのでしょうか。

 世界悪女の会……! 私には一生涯縁のなさそうな会合です。ですが語っている内容は真面目です。結婚のメリットデメリットって考えさせられますね。
三十二号(♯296)  ミニゲームを自らの引退試合だと語る達海さん。日本代表や海外で華々しい活躍をしていれば、当時の日本代表対ETU関係者(タツミ・フレンズとか)の試合が隅田川スタジアムで行われてもおかしくはなかったでしょうけれども、達海さんの「引退試合」に参加したのは、現在のETUに所属している選手とコーチでした。あえて後藤さんや松原さんをチームに引きこんだのは、かつてのチームメイトと最後にボールを蹴りたかったからなのかもしれません。
 そして、プレーの楽しさと、プレーヤーがフットボール文化の主役なのだと達海さんは語ります。以前、笠野さんはクラブの中心にいるのは選手だと言っていましたし、共通するサッカー観を持っていることが、達海さんと笠野さんが信頼を築いている理由の一つなのかもしれません。
 改めてプロサッカー選手であることの意味を突きつけられた選手たち。達海さんにも手に入れられなかった多くのものを、掴みとるチャンスが彼らには与えられています。
 ミニゲーム開始前から、杉江さんは成長フラグのようなものが描かれていましたが、他の選手、とくに村越さんがどのような影響を受けるのかに期待したいです。

 鬼女ダーキニーという悪魔が女神転生にいたようないなかったような。茶吉尼と妲己の女性コンビは何とも恐ろしいタッグです。キャラのカブった宇迦御魂の存在感が薄くなるのもやむを得ないような気がします。
三十一号(♯295)  達海さんはもちろん、見ている人たちが皆、悲しい思いをしたミニゲーム。有里ちゃんの今にも泣きだしそうな顔に胸が締め付けられました。達海さんの行動は、選手のプライドを傷つけることを承知した上でのものでしたが、他の立場にある人の気持ち、一〇年前を知っている人たちが大事にしていた「全盛期の達海の思い出」を踏みにじるものだということは、有里ちゃんに指摘されるまで気づいていなかったように見えます。今後、達海さんはETUの監督として長期政権を築き、タイトルを取りまくるぐらいしなければ、「達海さんの思い出」を塗り替えることはできないのではないでしょうか。
 ただ、現役復帰を仄めかすこのやり方は、達海さんにとって一回しか使えないものだった。今後、彼が別のチームを率いることになって、同じようなことをやっても「現役復帰するする詐欺」扱いされるだけです。
 サッカーができる幸せや、好きなことをして生きていける時間の大切さ。怪我で引退を余儀なくされた達海さんが語れば、それは説得力も重みもあるでしょう。達海さんが今後、指導者を続けるにあたって必要なのは、それを行動ではなく言葉で伝えられるようにすることだと思うのです。

 鬼灯の冷徹アニメ化! 鬼灯様や閻魔大王はもちろん、シロちゃんも動くんですよね。シロちゃんはアホ可愛らしさがどのようにアニメで表現されるのか、期待したいです。
三十号(♯294)  盛り上がるミニゲーム。現役復帰するからには当然、日本代表も狙うと言い放つ達海さん。肩書きやプライドに囚われず、がむしゃらに上を目指す姿勢を選手たちに見せたかったのかもしれませんが、息は荒く、顔色も悪いです。
 現役時代を思わせる達海さんの姿に、思わず涙する山井さん。それに対して笠野さんは「そんなに昔と同じように見えるかい」と問いかけます。やはり一〇年前と現在とでは、達海さんの動きに決定的な違いがあるのでしょうか。
 達海さんが現役復帰をほのめかしたとき、村越さんは「なぜこの時期にそんなことを言い出したのか」と疑問を口にしていました。このミニゲームは浦和戦の翌日、つまり八月中旬に行われているものと思われます。新暦の七月に行う地域もあるそうですが、一般的にはお盆です。選手達海猛が、一瞬だけETUに姿を見せたのは、「死んだ人(プレイヤー)が現世に返ってくる」時期だったからなのかもしれません。

 アヌビスさんは絨毯がエジプトの地獄から日本の地獄に届くまで、日本の中でじっとしていたのでしょうか。実に窮屈そうです。
二十九号(♯293)  チームの誰よりも成長した椿くん。同じ環境に身を置いていながら、差がついたのはなぜか。椿くんが持っていたもの、そして椿くんには無かったもの。今までの話の流れからすれば、達海監督が指摘する「小さなプライド」が、選手たちの成長を妨げていることになるのでしょうか。
 村越さんはキャプテンとして長いあいだETUを支えてきた選手です。最近は、同い年でチームキャプテンを務める鹿島の五味さんと自分を比較して、色々と思い悩む姿が描かれていました。キャプテンというプライドや責任感が、彼のプレイヤーとしての可能性を狭めている。達海さんの現役復帰計画は、監督やGMがサッカーをしているように、ボールを蹴るのに肩書なんて意味はないのだから、そんなものに縛られる必要はない。広い視野を持ちなさいという村越さんへのメッセージのように感じます。
 ですが、村越さん以外の選手に何を伝えようとしているのかが、まだ分かりません。椿くんには直接、指導していますし、杉江さんのように、自分で物事を考えて気づくタイプには、達海さんのミニゲームのようなやり方は効き目があるのでしょう。あえて自らの技術を誇示することで、出場機会がないにも関わらず、それに慣れてしまい、チームが残留できれば構わないと考えている選手に危機感を持たせる目的もあるのかもしれませんが、試合に出ていない選手にスポットが当たっても、共感するより先に「誰だっけ、この選手?」となってしまいます。向井さんのポジションはどこですか。
 楽しそうにプレーする達海さんとは対照的に、一〇年前の彼を知る人々、村越さん、笠野さん、そして有里ちゃんに笑顔はありません。達海さんは笑ってはいるけれども、その技術は衰えていないように見えるけれども、やはり一〇年前とは決定的に違う何かがあるのかもしれません。

 案内板が設置されている地獄。親切です。ルールを破って天国に行こうとする亡者も、牛頭さんと馬頭に任せておけば安心。職場におやつストックを置いておくのは現世の勤め人と変わりありませんね。
二十八号(♯292)  前線に松原、ゴール前には後藤、そして中盤に達海。胸の奥からこみ上げてくるものを抑えながら、有里はグラウンドを見つめている。
 三人とも、本当にスゴかったんだよ。
 ETUの選手だったころの彼らの姿を、有里は覚えている。懸命にボールを追い、チームの勝利のために汗を流す人々は、ピッチを出れば優しくて楽しい大人だった。
 ミニゲームとは言え、三人が同じチームでボールを蹴ることになったのに、有里は喜べない。彼らが現役のころのように動けないのは分かっている。体重の増加を嘆く松原も、少し走っただけで息を切らせる後藤も彼女は見慣れていたけれども、目にしたことがなかったからこそ、最盛期の輝きを失い、衰えた達海の姿など見たくはなかった。大切に大切に磨き上げて、心の奥底に仕舞いこんでいた思い出は、誰にも汚されたくはない。たとえそれが、彼女のヒーローであっても。
 鳴り響いたホイッスルが、動悸の高まりを有里に自覚させた。
 
 色々あってミニゲームのメンバーが決まったわけですが、達海監督チームの面子は、走れないor走らない人ばかりに見えます。それに対して、現役選手チームは暑さに強い黒田さん、スタミナに定評のある椿くん+昨日の試合に出ていなかった選手で構成されていますから、技術はともかく、体力という面では後者の方が有利に見えます。
 達海監督は就任直後の紅白戦で、若手選手のスピードとスタミナを活用した作戦を立て、ベテラン選手チームから勝利を収めた実績がありますが、このミニゲームでは何を伝えようとしているのでしょうか。
 今はただ、達海監督チームの皆さんが張り切った結果、翌日のETU公式サイトに「負傷のお知らせ」が掲載されないよう祈るばかりです。

 職場の同僚との飲み会を断る今時の若者。地獄でもそういうことがあるのだなと思っていたら、シロちゃんたちは人ではなく犬でした。先輩が一喝するまで、犬が順位付けをする生き物だということが頭から抜け落ちていました。そういえば連載初期にも、シロちゃんが鬼灯様や閻魔大王、桃太郎を格付けするシーンがありましたね。
二十七号(♯291)  思い出はキレイなままでいて欲しい。これは有里ちゃんだけではなく、大勢の達海ファンが望むことだと思います。有里ちゃんは達海への憧れを、大人になってもずっと大切にしてきたでしょうし、後藤さんもそれを察しているはずです。いちいち感傷に配慮していては、チームを強くすることはできませんが、GMとして決断するにあたって、後藤さんには有里ちゃんの乙女心を大事にしてあげて欲しいと思います。
 昨日の浦和戦に出なかった選手たちとミニゲーム。リーグ後半戦が始まったときは、アウェイ北海道に同行させてプラカードを掲げていたりもしていましたが、試合への出場機会もないまま達海体制に慣れていくうちに、「チームが一部残留できればそれでいい」と思ってしまっても仕方がないでしょうし、どうすればチームが上に行けるかを考える杉江さんや、キャプテンとしての在り方について悩む村越さんとの間に温度差が生まれるのは止むを得ないと思われます。
 ただ、ケガが原因で現役から退いた人を相手に、プロの選手が本気で戦えるかとなると疑問です。昔も今も、達海さんはあまりフィジカルが強くなさそうですし、体格の良い選手に吹っ飛ばされたらとんでもないことになりそうな気がしてなりません。

 ネットの発達でマスコミの嘘が暴かれ、糾弾されるなか、なぜか東スポだけは許される。なぜならば東スポは「報道」ではなく「娯楽」だから。男女差別と怒られるかもしれませんが、「お父さんの友達」である東スポに女性記者がいたことが驚きでした。
 鬼灯様、無事にアメリカ入国。サタン様が治めているのはEU地獄ですし、アメリカにはアメリカ独自の「あの世」があるのかもしれません。
二十六号(♯290)  スポーツ紙の一面を飾りそうな「達海監督現役復帰か!?」(「か」の文字は小さめ)に、ETUの選手もスタッフも驚いています。子どものころの憧れだった「ETUでたつみがボールを蹴る姿」を久しぶりに目にした有里ちゃんの心境はいかばかりでしょうか。
 単行本十六巻の笠野さんとの会話シーンで、達海さんは自らの状態について「もうボール蹴られる足ではない」と明言しています。それを見て、布団ではなくベッドを要求したり、行儀悪くベンチに座る姿が、「ああ、あれはそういうことだったんだな」と納得できました。
 技術は衰えていないとはいえ、足の状態が悪く、体力も落ちているであろう人間が、現役復帰できるほどプロの世界は甘くはありません。また、達海さんが現役復帰したからといって笠野さんやリチャードさんが抱えた十字架が消えるとは思えませんし、足に爆弾を抱えながらも勝利への執念を燃やし、「ボールが蹴られなくなったフットボーラーはどのように生きればいいのか」と問う持田さに対して「ケガを治して一〇年後に現役復帰!」という答えは非現実的であるように感じられます。
 ケガで一線を退いた人間に、プロが技術やメンタルで負ける。足の悪い人間が身を削って選手を指導する。そういったことで達海監督は選手の意識改革を促そうとしているのではないでしょうか。

 姉に頭が上がらない弟、唐瓜さん。私は弟のわがままに振り回されまくった姉なので、そんな姉弟関係が存在するのだろうかと新鮮に見えます。
二十五号(♯289)  アウェイゴール裏で「この借りは必ず返す」と約束した達海監督。湧きかえるETUサポーター。達海監督を支持する人々、上の世代、一〇年前から「大人」だった人たちが、達海さんの海外移籍をどのように受け止めていたかが気になります。
 緑川さんに電話をかける杉江さん。緑川さんが持つ代表経験、移籍経験は、どちらも村越さんが持っていないものです。杉江さんが緑川さんに相談を持ちかけるのは、村越さんとは異なる視点からの意見を求めてのことなのかもしれません。
 現役時代を除いて、ボールを蹴るシーンが描かれなかった達海監督がリフティングをしている。このシーンが意味するところは何なのでしょうか。

 きれいな服が着たい。大人が可愛く思っても、本人は嫌。小さい女の子でも、複雑な乙女心を持ち合わせているものです。
 あのランドに潜入する十王補佐官の皆さんの変装に笑わせてもらいました。樒さん、どう見てもお母さんです。
二十四号(♯288)  試合終了。負け試合で描写があっさりしていたために、浦和レッドスターについては監督の名前がダイスラーで、キャプテンの越後さんが日本代表に選ばれていること、サポーターの応援がすごいことぐらいしか判明しませんでした。もっと選手のことやチームカラー、監督の性格などを知りたかったです。単行本の描き下ろしに期待。
 達海監督に向かって「お互い万全の状態で本気の君とやり合ってみたい」と言葉をかけるダイスラー監督。達海監督が浦和戦の勝利に執着していなかったことが、見抜かれているのかもしれません。
 記者たちは達海監督のベンチワークの悪さが敗戦の原因だと考えているようです。コーチ陣に「あいつらと一緒に戦わないと決めた」と明言したように、達海監督は浦和戦に関してはほぼ傍観者に徹していました。交代枠を使ったのも、勝利のためではなく、ETUの酷い姿をこれ以上、相手チームとサポーターに見せないためでした。彼に何が見えたのかはまだ分かりませんが、次回以降、それが明かされるのでしょうか。
 カップ戦で鹿島に負けたあとでも、チームや練習場は雰囲気が良かった。浦和に負けたあとも、サポーターは自らの不甲斐なさを詫び、次節での立て直しに期待した。そうした温かさではなく、キャプテンである村越さんを途中で下げることに象徴されるような厳しさが、今のETUには必要なのではないかと、私には感じられます。

 ホストクラブの面影がまったくなくなった狐カフェ。いいなあ、行ってみたいなあ。
 昔の中国では、笞刑や杖刑という刑罰があったことを、学生時代に習いましたが、作中で紹介された中国の拷問が怖いです。目をやられる系の話は想像しただけで震えが来ます。
二十三号(♯287)  達海さんを誰よりも理解しようとしているのは、有里ちゃんかもしれない。以前、後藤さんはそんな分析をしていましたが、有里ちゃんの目に達海さんはどう見えているのでしょうか。時々すごい馬鹿っぽいという発言が、単なる憧れのヒーローではないことを物語っているような気がします。
 達海監督の言葉で金田コーチは何かに気づき、ハーフタイム中に色々と発言したそうですが、達海さんには今、どのようにチームが見えているのでしょうか。
 私は以前、鹿島の五味選手を「海外移籍した達海猛が辿ったかもしれない可能性」を描いた人物ではないかと書きました。彼と自分を比べている村越さんの姿は、未だ鹿島戦の敗北を引きずっているようにも見えますし、交代を告げられる姿は、過去と現在、選手と監督、両方の達海猛を相手に戦っているようにも映ります。

 さてどう料理してくれようか。こんな言葉もあることですし、獄卒の仕事がお料理教室のように見えても不思議ではないかもしれません。
二十一・二十二号(♯286)  改めて二十七巻を読み返していると、ETUの選手たちは、下位のチームが相手であってもチャレンジャーの気持ちを忘れず、互いに連携を高め、成長しています。藤澤さんの「一戦一戦たくましさを身につけていくチーム」という評価に、ETU贔屓が入っていることは否めませんが、選手は同じ方向を見ていました。
 それが鹿島に敗れたことでつまずいた。カップ戦の借りを返す、リーグ戦でリベンジする。そう思っている人たちと、そうでない人の間に温度差が生まれ、選手たちがいつの間にか、少し別の方向を向いてしまった。また、試合がリーグ戦ではなくカップ戦だったことが、「敗戦後にもかかわらずチームの雰囲気が良かった」ことの理由の一つなのかもしれません。それが達海さんの指摘する「チーム全体に漂う妙な空気感」の正体なのでしょうか。
 試合は浦和に先制されましたが、このままズルズルと負けるのか、選手たちが意思統一を図って逆転を狙うのか、GW明けの展開に期待したいです。

 押しかけ女房怖いです。ですが鶴くらいのパワーがなければ、婚活は上手くいかないのかもしれません。
二十七巻  椿くんと有里ちゃんだけがフルカラーで描かれている表紙に、つい深読みしています。
 この巻では、意外にも世代別代表に選ばれ、悩みながらもチームメイトや恩師の言葉を受けて成長する椿くんの姿が描かれていますから、彼が表紙のほぼ中央に配置されているのは当然のように思えます。
 せっかくの有里ちゃんの浴衣をカラーで塗りたかった。そんな理由もあるかもしれませんが、この巻で彼女はクラブハウスから花火大会を見ないかと羽田さんを電話で誘っていますし、達海監督にオファーを持ってきたリチャードさんには太い釘を差しています。後者は後藤さんに窘められていましたが、ETUを思っての行動であることは確かです。
 藤澤さんの取材を受けたときに、後藤さんは有里ちゃんについて「話していて未来への希望を感じる」と語っていました。そして椿くんは「ETUの星」だった達海猛の再来。フロントと選手。立場は違えどもETUの未来を担う二人が、周りの人に見守られながら成長していく。そんなテーマを感じました。
 描き下ろしページで監督と選手のサイン一挙公開。王子のサインが本物なのか気になります。
二十号(♯285)  母は強し。「とりあえず」という前置きもありますし、今後の田沼青果の売上とゴローさんの働き次第では、来シーズン以降も応援に行ける可能性がないわけではありません。コータくんに関しては、文武両道がんばってねと言うしかありませんが。
 達海監督の「今日はあいつらと一緒に戦わない」という発言は、あえて他人事のようにふるまい、第三者の視点でチームを見ることで、今まで気づかなかった修正点を見つけようとしているのではないかと思います。今後の勝利につながるのであれば、浦和戦に負けても構わないのではないかと。
 ETUの復調や選手の成長が描かれるのであれば、その相手は特に伏線や因縁がない浦和ではなく、ETUを降格させた過去を持つ不破監督が率いていて、前の試合で「新たなスキも見えた」名古屋か、前回のリベンジに燃えていて、椿くんと窪田くんの対戦も期待できる大阪なのではないかと予想します。
十九号(♯284)  七月下旬 千葉対ETU(リーグ戦)
 千葉戦翌日 花火大会。五輪最終予選メンバー代表発表会見
 七月終盤or八月序盤 ETU対広島(リーグ戦)
 八月四日 五輪最終予選メンバー短期合宿開始。
 八月八日 日本対ウズベキスタン(親善試合?)
 八月九日 ETU対鹿島(カップ戦)
 八月一一日 カタール対日本(五輪最終予選)
 八月一二or一三日? 鹿島対ETU(カップ戦)
 八月中旬 浦和対ETU(リーグ戦)
 五輪最終予選メンバー発表の席で明かされたスケジュールをもとにすれば、作中の時間の流れはこのような感じだと思います。逆算すれば、ETU対川崎戦が行われたのは千葉戦の前の週、ETU特集号が発売されたのが週明け、という流れが想像できます。
 スカルズがクラブハウスに怒鳴りこんだのは、おそらく雑誌発売日の夜。千葉戦が行われた週の前半だと思われます。スカルズの幹部が応援を自粛したのはリーグ戦とカップ戦それぞれ二試合ずつ合計四試合。おそらくクラブハウス怒鳴りこみから浦和戦まで、一ヶ月も経っていないと思われます。
 ゴール裏から離れて試合を観戦した、恩師のアドバイスもあってフロントと話し合った、などの変化があったのは確かですが、一〇年近く続けてきた羽田さんのスタイルが、一ヶ月弱の出来事で変えられるものなのだろうかと少し疑問に感じます。
 一部のコアサポーターが独占していたゴール裏が、ETUを応援する人々を幅広く受け容れる場所に生まれ変わる。対立していたサポーターが和解する……という物語の流れを見れば、スカルズのクラブハウスへの怒鳴りこみや、アウェイ東京V戦後のゴローさんたち一行とスカルズの対立などの事件は、話に必要なものだったと思えます。
 スカルズの問題行動がそれだけだった(クラブハウスへの怒鳴りこみ+恫喝、敗戦後のバス囲みなど、今までのスカルズの行動は「ワルぶる」の範疇を越えているように見えます)ならば、ゴローさんとの和解も素直に「良かったね」と思えたでしょうし、スカルズや羽田さんに対しても、「(塾の先生をしている)羽田さんは見かけによらずしっかりしている」とか「見た目で怖がる人もいるけど、実際のスカルズはそうではない」と、今週の田沼一家と同じような感想を持てたかもしれません。
 色々ありましたが、羽田さんがゴローさんに歩み寄ろうとする姿勢は評価できますし、年上の男性の力を借りようとする、頼ろうとするのは、羽田さん自身にとって良い傾向であると思えます。
 ここからは想像を交えた考察です。
 羽田さんの過去話を読んでいて特に疑問に思ったのが、なぜ、たいして面識のないゴローさんを「死んでもあんたらみてえにならねえ」と名指しするまでに嫌うのか、なぜあそこまで村越さんに入れ込むのかの二点でした。前者については、回想終了後に「出戻りの人間はクラブへの愛情がないから認めない」という趣旨の発言をしていましたし、後者についても、村越さんがゴールを決めたアウェイ千葉戦が、スカルズの幹部にとって初めて一緒に観戦した思い出深いカードであることが明かされました。当時、それぞれ辛い立場にあったスカルズの幹部たちが、苦境の中で戦う村越さんに自分の姿を重ね合わせたという部分もあると考えられます。
 でも、果たしてそれだけなのだろうかと。
 羽田さんは両親の離婚を経験しています。羽田さんの母親の「あのひとに言われたように、家のことはしっかりしていた」という言葉から察するに、進藤家では外に出てお金を稼ぐ父親と家を守る母親というように役割が分担されていたと思われます。ただ、羽田さんが精神的に追いつめられたときに真壁先生に会おうとしたことからもうかがえるように、父と子の関わりはどちらかといえば薄かったのかもしれません。
 サッカー部のキャプテンにして生徒会長。将来の夢は教師。中学時代の羽田さんが、いわゆる「良い子」であったことは疑えません。親に黙って高校を中退し、外見を変えたことが、彼が迎えた反抗期だったのでしょう。 そんな息子の行動に、母親は怒り、嘆き、酒に逃避します。中学校時代の恩師である真壁先生は、羽田さんの性格を知っていましたから、彼の決めたことを受け容れ、支持しました。恩師の存在は大きいですが、やはり父親とは違います。羽田さんにとっては、自分を受け止めてくれる人ではあるけれども、遠慮なしに全力でぶつかっていける相手ではありません。その後の事件もあり、当時の羽田さんの側には、父親の代わりを果たせる人間がいなかったわけです。
 本来ならば、思春期に父親に向けられるはずだった思慕と反発を羽田さんが抱え続け、それらが周囲の年長の男性に向けられた結果が、村越さんへの心酔や、ゴローさんたちへの嫌悪感、フロント(永田兄弟、笠野さん)に対する問題行動につながったのではないか。
 コータくん(決闘という言葉を知っている小学四年生男子は少ないと思います)の父親としてゴローさんを評価した羽田さんを見て、何となくそんなことを考えました。

 閻魔大王にこんにゃくを食べさせようとしたり、雪の中に佇むお地蔵さまに笠と蓑を被せたりと、鬼灯様は色々と試してみたいお年頃のようです。
 生きている人間なのに地獄の裁判官を務めていただけではなく、まだ生きている人を連れてきて地獄巡りさせた小野篁さんは只者ではないと思いました。


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