お出かけですよ♪

3話 旅館到着、しかし・・・


旅館の最寄り駅で電車を降り、迎えの車がくるまでの間、

駅前をぶらついていたフェル君が、ある建物を指差して征樹君に質問してきました。

「何故このような所に自由の女神や、西洋の城などが建っているのだ?」

そう、フェル君が指していたのは、・・・いわゆる『ラブホ』だったのです。

危うく倒れそうになる身体を壁に手をついて堪えた征樹君、

直後のフェル君のご質問にずるずると崩れそうになってしまいました。

「マサキ? 何故に反省猿のポーズなどをとっているのだ?」

何で自由の女神や、反省猿なんて知っているんですか、

と突っ込みたくなるのを押さえ、しどろもどろでご説明申し上げました。

「つまり人間どもが繁殖行動を行う為の場所と言う訳か。」

「ニュアンスは少々違いますが・・・、そういう事ですね。」

興味深そうに建物を眺めていたフェル君、振り向くと、とてもにこやかにこう言いました。

「マサキは使用した事があるのか?」
 

・・・ついに撃沈・・・
 

声も無く突っ伏す征樹君にトドメの一言が刺さりました。

「面白そうだな・・・、入ってみたいのだが。」

完璧に硬直してしまった征樹君ですが、フェル君と自分とでは

それは不可能ではないかと思い至り、にこにこしながら返事をしました。

「ここは男女が使用する所ですから、私たちでは無理ですね。」

ところがフェル君、不思議そうな表情をした後、

自分のロングスカートをつまんでみせ、にんまりと微笑んで見せたのです。

(本人はにっこりのつもりなのでしょうが、征樹君には邪悪なにんまりにしか見えません)

ご丁寧に小首まで傾げて。

今の自分の格好を見事に悪用してみせるあたり、フェル君なかなかの役者振りです。

あまりの愛らしさにクラクラしてしまった征樹君ですが、ぎりぎりで自分を取り戻し、

「ですが、荷物も持ったままですし、一度旅館に落ち着いてからゆっくりと検討した方が

よろしいかと思います。・・・おや、迎えが来たようですし、その件はまた後ほど。」

もっともらしく言い訳すると、やって来たお迎えの車に向かったのでした。
 
 

本館でも良かったのですが、廊下で一般人とすれ違っていては

フェル君が落ち着かないかも知れない事と、人目につくのもまずいという事とを考えて、

離れを一つ貸し切りにして貰いました。

部屋に落ち着いてみると、窓からは小川のせせらぎと緑の木々が美しく、

水音とさわさわという葉擦れの音とが安らぎをもたらしてくれます。

征樹君は、緊張しっぱなしだった神経がゆるんでいくのを感じていました。
 

部屋の調度品についていろいろと質問をした後、

一般人の振りも良かろうと、なんとなしにバラエティ番組を眺めていたフェル君、

先刻まであれこれとうるさかった征樹君が静かになっている事に不審を覚えて、振り向くと・・・。

余程疲れてしまったのでしょうか、

征樹君は座椅子にもたれて、すやすやとおやすみになっているではありませんか。

フェル君、自分を放ったらかしにして眠ってしまうとは何事だと腹を立ててしまい、

叩き起こしてやろうと思ったその時、ふと目線がつけっぱなしのテレビに向いてしまいました。

そこには何かの罰ゲームなのでしょうか、瞼に目を書かれ、

額に罰点を付けられている芸人の姿が・・・。

その光景をじっと見てしまったフェル君は、何を思ったのか、

鞄の中をごそごそと探り、化粧道具を取り出しました。

島での征樹君の行動からこれは顔に塗りたくるモノだと理解していたのでしょう、

フェル君、テレビに流れる場面を思い描きつつ、

自分の面倒を見ないで居眠りこいてる従者にお仕置きを開始したのでした・・・。
 

なにやら顔面が気持ち悪くなってきた征樹君は、安らかな居眠りから現実に引き戻されたのですが・・・。

妙な表情で自分を覗き込むフェル君と目が合い、

「アルカンフェル? 何をしてらっしゃるのですか?」

「お前が私を放り出して眠ってしまうのが悪いのだ。」

楽しく悪戯をして少々機嫌を直していたフェル君ですが、そこは超越支配者、

むかっ腹はおさまりきってはいないので、不機嫌に応えます。

フェル君のご機嫌を損ねては大変と謝ろうとした征樹君ですが、

彼の手にしたお道具を見咎めて、とてつもなく嫌な予感に襲われます。

「あの・・・、その手に持っているモノは、何のために・・・?」

「ヒマだったので、遊んだだけだが。」

「遊んだ・・・とおっしゃいますと・・・?」
 

「お前で。」
 

ざあーっと血の気が引きました。

慌てて自分の服装をチェックしてしまいましたが、どこにも異常はなく、

(・・・このお話「表」仕様ですってば(汗))

そっちの心配が無くなった所で、べたべたする顔を擦った途端に、

「こら、せっかく書いたモノが消えてしまうだろう。」

という注意を受けて・・・、『遊んだ』の意味を理解した征樹君、そのまま固まってしまいました。

「なかなか面白かったぞ。本当に瞼に目を書くと変な顔になるのだな。」

真っ白になっている征樹君を前に、フェル君は無邪気にニコニコしています。

その微笑みに毒気を抜かれつつも、一応抗議してみました。

「アルカンフェル〜、こ、これはあんまりですう・・・。」

「何を言っているのだ? お前だって私の顔に落書きして楽しんだのだろう?」

楽しんだのは確かですが、あれは落書きではなくて化粧ですうと叫びたくなりました。

・・・しかし、実際に叫ぶ事はありませんでした。

叫ぶだけの気力が残っていない自分に気づいてしまったからです。

既に気力が尽き果てた今、抗議などしても空しいだけと、

脱力した身体を引きずり、落書きされた顔を洗う為に洗面所に向かうのでした。
 

いざ、顔を洗おうとして、鏡に映る愉快な自分の姿に張り飛ばされた征樹君、

神経すり減らして居眠りしてしまうまで頑張っているのに、

これではあんまりだ〜と泣きたくなってしまいました。

しかし・・・、

心底からフェル君の保護者役にはまっている征樹君は、いや、モノは考えようだと思い直します。

元はと言えば、自分のうかつさが原因だし、万が一、放って置かれて、

不機嫌になってしまったフェル君がそこいらに八つ当たりでもしていたら、

今頃ここら一帯は廃墟と化している筈、

それを我が身一つで防いだのだから、これこそ尊い犠牲というものではないか。

お忍びもばれず、騒動もおこさずに済ませた功績は大きいぞと、

自分自身に言い聞かせたのでした。

(・・・それ、何か違うと思う・・・)
 


前へ   次へ