小室城

長浜市小室(旧東浅井郡浅井町小室)


■創築年

正保四年(1647)
■創築者  小堀政之
■形式 陣屋(居館)
■遺構 削平地、土塀
■別称 -
■標高  -
■面積 -

正保四年(1647)に千利休・古田織部とともに三大茶人として、また、江戸幕府の作事奉行をつとめた小堀政一(遠州)の遺領を継いだ政之によって慶安元年に築かれた居館である。

以後、政恒、政房、政峯、政方と継いだが、天明八年(1788)伏見奉行であった政方のときに改易となった。

小堀家の居館や家臣の住居などは、寛政元年(1789)に大津代官所によって競売、城は廃された。同年には荒地を開墾して畑とするよう命じられた。

 

小室城の規模は比較的大きく、佐治家に伝わる『江州小室御屋敷指図』によると、

南を正面として表門があり、その東から東側の表門にかけて長屋が鉤形に設けられ、北側は山に面し、西側と南側の西半は築地塀により囲まれていたことがうかがえる。

この中に屋敷と、馬場・蔵などが建っており、他に小堀家にふさわしく、「転合庵」と「養保庵」の二つのお茶屋が存在した。この居館の外側、主に西側と南側に家臣の屋敷が居館をとりまくように並んでいた。