この度、滋賀県東雲寺住職吉田慈敬師が、廃絶していた伊吹山修験道を復興し、併せて伊吹山を「心の道場」とすべく、諸堂復興の念願を発したことを耳にいたしました。近年の仏教界においては、まれな発願だと感心していた矢先、緇衣の協力団体たる白道会の会長を引き受けよとの命である。唐突な申し入れに、その趣旨を明確に理解していなかった小納にしてみれば、大いに戸惑った次第でありますが、その熱意たるや、他の人の心まで熱くさせ、菩薩道の一端を見る思いがしたので、お引き受けすることになりました。
既に吉田師は、私財を投じて山腹に一堂を整えたことを聞いています。しかもそのお堂は現在登山者に開放しており、今後計画している諸堂が整った折には、「心の道場」として、一般開放し、誰でもが心の修養のために利用できるものにしたいとのことです。
まさにその志は、ローマ法王パウロU世を感動せしめた我が宗祖の聖訓「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」に通ずるものであり、いささかなりと協賛せずにはいられないと感ずるのは、小衲ばかりではありますまい。
また私事でございますが、私が住職を務める西明寺と伊吹山との関係をかんがみまするに素気なくお断りするわけにはまいりません。伊吹山は、行基菩薩も足を運んだ聖地でございますが、諸堂を整えて、本格的に仏教の聖地としたのは、三修上人でございます。西明寺はこの三修上人が開山でありまして、私個人としても、法恩に報いるために協賛せずにおられないだらうと考えた次第であります。西明寺には、三修上人が入山された際、休息したと伝える腰掛け石が現存しており、本堂には、三修上人像が安置されています。眼光鋭いお顔を拝する度に、伊吹山で苦修練行された光景が想い起されます。伊吹山には、上人が修行した岩が遺っていると聞いています。今まさに、上人が生涯を過ごされた清浄な地が甦ろうとしています。清真の心を求める者にとって、この上もない喜びでばないでしょうか。このような理由で、この度、白道会々長をお引き受けする次第となりましたが、多くの方々の協力を得ずしてこの重責及び目的は達せられません。
どうぞ白道会々員諸兄の絶大なるこ協力をお願い申し上げ、ご挨拶とさせていただきます。 |