Swan  琵琶湖水鳥・湿地センターラムサール条約ラムサール条約を活用しよう第5回締約国会議

ラムサール条約

ワイズユースの概念の実施に関する追加の手引き

第5回締約国会議(釧路,日本,1993年6月9-16日)決議Ⅴ.6附属書として採択

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[条約事務局注:1971年に条約3条1に記されて以来,締約国会議は条約のいう「ワイズユース」原則の定義と適用を築きあげてきた.これは,近年北米に現れたいわゆる「ワイズユース運動(原文 wise use movement)」とはまったく独自に進展したものであり,同じ用語を用いるからといってその意味や目的が共通しているわけでは必ずしも無い.]

序文

1971年のラムサール条約の第3条第1項は締約国は「登録簿に掲げられている湿地の保全を促進し及びその領域内の湿地をできる限り適正に利用することを促進するため、計画を作成し、実施する。」と規定している。

条約が出来て間もない頃には、ワイズユースの規定の実施は困難であった。国際的に重要な地域の保全を図るという地球的な優先順位に関連して、ラムサール湿地登録簿への湿地指定がなされることに、ほとんどの注意が向けられていた。しばらくすると、保全と開発を統合する根本的な必要性が世界中に認識されたため、ラムサール条約の締約国はワイズユースを、条約を機能させるための中心テーマにした。ワイズユースの概念は「生態系の自然的価値の維持と両立させた方法で人類の利益のために湿地を持続的に利用すること」として1987年カナダのレジャイナで開催された第3回締約国会議において定義された(勧告3.3)。

第3回締約国会議はまた、基準とワイズユースに関する作業部会、中でもワイズユース概念を実施するための指針案の開発の任務をもった作業部会を設立することを決定した(勧告3.1)。これらの指針は1990年スイスのモントルーにおける第4回締約国会議で採択された(勧告4.10)。

指針の採択に加えて、締約国は「湿地のタイプ、地域、資源及び利用の多様性に適用できる指針の一層の開発と改善の推進」を含めた追加業務に着手するようにワイズユース作業部会に要請した。

1990年ラムサール条約事務局は、オランダ政府より資金提供を受けた、湿地のワイズユースに関する3年間のプロジェクトの調整を始めた。またワイズユース作業部会はモントルー会議の際に、世界中の異なった生態学的、社会経済学的状況でのワイズユースの概念の適用例となる一連のケーススタディから成る上記プロジェクトの実施を監督するよう要請された。

このプロジェクトのもとに検討されたケーススタディから、以下のような様々な基本的結論が導き出される。

1) 社会的経済的要因が湿地の喪失の主な要因であり、従ってワイズユースプログラムの中でもこれらの要因を中心的関心事とする必要がある。

2) 登録湿地の管理が改善されることによって利益を最初に受けるであろう地域住民に特に注意が払われる必要がある。先住民族の人々がワイズユースの全ての側面にもたらすことのできる価値は特に認識される必要がある。

3) 特定の省庁が湿地保全に対する国内的活動の調整に責任を持つのであるが、その他の公の或いは私的機関も効果的な長期的湿地管理に関する重要な専門的技術を持っている。ワイズユースプログラムはこれらのパートナーの関与を求め、適当な場合にはこれらのパートナーを通じて業務を行う。

4) 特定の地域におけるプロジェクトはしばしば湿地のワイズユースのためにはより一般的制度的条件が必要であることを示すことがある。

5) より広い海岸地域や集水域の肝心な部分を湿地が形成している所では、ワイズユースはまたその周囲に広がる海岸地域や集水域の問題をも考慮に入れなければならない。

6) 湿地システムの生態学的制限に関して包括的な理解が必要であるが、そのような知識がない場合には、湿地に影響を与えている活動は「予防原則(precautionary principle」により支配されていなくてはならない。いいかえれば、特定の活動の影響がはっきりと理解されていない場合には、活動とその結果として起こる湿地の質的低下との間の直接的なつながりを証明するのに充分な証拠がない場合にもこれらの活動は禁じられるべきである。

ケーススタディ及びワイズユース作業部会による更なる分析から得た経験をもとに、ラムサール条約の締約国に、追加的な手引きがラムサール条杓ワイズユース規定の適用のために提案されている。この手引きは環境と開発に関する国連会議(UNCED、リオ、1992)や他の国際的なフォーラムで採択された生物の多様性の保全、気候変動及び公害規制方策を含めた自然の保全に関するその他の国内及び国際的な責務に照らして適用されなくてはならない。

1992年の生物の多様性に関する条約は、湿地の保全とワイズユースに特別な関連を持っており、生物の多様性に関する条約で求められているような各国における生物の多様性に関する戦略、行動計画とプログラムの準備をすることは、さらに広い規模においての湿地保全とワイズユースを導入するよい機会を提供するであろう。

以下にあげる手引きの内容は、ワイズユース概念の適用のための主な原則を示している。それらはラムサール条約の適用に責任ある政府担当官を更に支援することによって、ワイズユースの指針を拡充させるためのものである。ワイズユースの概念は条約の全ての局面の中心となっているものなので、その手引きもまた、国際協力、保護区の設定、登録湿地の保全を含めた、条約の様々な責務の下でとられる活動に関連をもっている。

釧路で決議5.5で設立された科学技術レビューパネルはその業務に「ワイズユースに関する追加的手引き適用の評価」を含む。


I. 各国の湿地政策の確立

I.1 制度的組織的な整備

1) ワイズユースの指針の主旨は、湿地におけるワイズユースには国内的規模で調整されたアプローチが必要であるということであり、これには湿地政策、保全政策、またはより広い規模での政策(環境的な、水に関する法律の適用或いは資源計画)の枠組みの中に位置づけられる計画が必要である。また制度的及び行政的に整備がなされる必要がある。

一方、各国の湿地政策の発展の障害となるものとして以下の事柄が挙げられる。

2) 各国がこれらの障害を克服するには多くの異なった方法がある。

以下にその2、3の例をあげる。

利用者、NGO及び地方自治体の代表による作業部会や諮問委員会が設立されなければならない。

I.2 政策/法制度とその他の適切な方法

政府は政策を推進するために立法的措置のような様々な手段を用いることができる。実際上ワイズユースの実施には以下のような5つの異なった機構が必要である。

1) 現行の法律が概してワイズユースの責務と両立しているかを確認し、必要な場合には調整を行うための定期的なレビュー。これは強制的な湿地破壊に関する特定の法律又は、税制上の優遇処置及び補助金を通して、破壊を促進するような特別な法律に対して行われる。

2) 以下を考慮に入れ、湿地の賢明な利用の一般的法制度を開発すること。

環境影響評価は関係する湿地における事業活動及びプロジェクトだけではなく、湿地に重要な影響を及ぼすおそれのある場合にはその地域外の活動に対しても行われなければならない。環境影響評価にはまた、予定されている活動、プロジェクト、計画、プログラムの長期的影響並びに集水域レベルにおける水系の全ての要素間の相互作用も含めるべきである。

3) 特定の登録湿地の保全とワイズユースのための法制化(例えば、ラムサール登録湿地、生態学的に敏感な地域、生物の多様性レベルの高い地域、固有の種を持つ地域、湿地自然保護区等)

この様な法制度は一般的には、生態系の保全と両立した形での人間の活動が地域の住民の利益ために継続され、促進され、発展されるような広い湿地に適用される。この法制度は一般的な湿地に関して前段落に明記されている規定に加えられるものである。それには以下の点が含まれる。

4) 政府機関間の管轄範囲の分担のレビュー

この問題は、領域と機能的事柄の両面に関わることであり、集水域的アプローチに基づいて行われる必要があるため、それはしばしば湿地の総括的管理に対する大きな障害となっている。

正しい規模における管理(例えば集水域の管理)を妨げる立法上行政上の制約をレビューすることが、管轄範囲の問題への適切な解決を促すという点から行われるべきである。地上と海という管轄範囲の通常的な区分に関係なく、一つの単位として海岸地帯の湿地を管理する必要性に、特別な注意が払われなくてはならない。

5) ワイズユース達成のための2つ以上の国の間で共有される水系の協力的調整の推進

これは必然的に条文第5条で要請されているような水系の保全、管理、ワイズユースに関する合意につながる。これに関しては、この手引きの内容がそれらの合意への到達のために使用されるべきである。更に、国境を越えた水流と国際的な湖沼の保全と利用に関するへルシンキ条約、移動を行う動物種に関する1979年ボン条約、そして国境を越えた環境における環境影響評価に関する1991年エスポー条約のような、他の現存する協定との調整をもって、或いはそれらを通じてそのような活動は遂行される必要がある。


II. 湿地及びその価値に関する知識

湿地を管理するには、その機能に関する適切な知識が必要である。湿地のワイズユースを推進し、また適用するために、目録、調査研究、モニタリング及び研修活動が行われなければならない。

湿地の価値は教育プログラムにおいて又は一般大衆に対して、より広く知らしめ推進される必要がある。地理的、経済的、政治的配慮を行って、特定の対象者集団に特別な注意が払われるようにしなければならない。それぞれの対象者集団を扱うために、それぞれに異なった方法が用いられる。いくつかの国がワイズユース概念の適用に関するかなりの経験を持っている。またラムサール条約事務局により発行されたワイズユースに関するケーススタディは重要な情報源である。事務局はその協力団体の助けを借りて、ワイズユースの実行に関する情報の中心となるものとして利用されることが可能である。

II.1 目録

目録は、地図、チェックリスト、地域的な分析、生態学的及び文化的資源を記述した形で情報を提供することかできる。しかしながら、それらが役立つためには手の込んだものである必要はない。目録作成の最終目的は様々あり、目標を設定することはそれぞれの目録の手法と範囲を決定する助けとなるであろう。

1) 目録に記載されるいくつかの目標

湿地目録は最終的な書類として捉えられるべきではなく、途中経過と見なされるべきである。長期間にわたり、その情報の収集と更新の両面に対して努力が注がれる。目録には様々な学問分野つまり、生態学、陸水学、水文学、社会科学、農学、野生生物管理、水産技術、更に政策作成者から提供される情報も含まれる。

2) 目録は以下のことに適用できる。

II.2 モニタリング

モニタリングはある一定の期間における湿地の生態学的特徴の変化を測る方法である。

1) モニタリング業務においては以下の点に注意しなくてはならない。

モニタリングは利用可能な予算や技術により、異なったレベルの綿密さで行われ得る。モニタリングとは必ずしも高度な技術や高額な投資を要するものではないことを明記しておく必要があろう。

2) 以下のアプローチが有効であろう。

II.3 調査研究

基礎知識を基に発展したものは調査であり得る。注意を要する特別な領域は、湿地の価値の特定及び数量化、湿地の利用の持続性、景観的機能と改修である。締約国は湿地の価値、機能そして利用に関して発達した知識を得るため、また可能であれば、知識を共有するための積極的な対策をとるべきである。

1) 優先される調査研究活動には以下のものが含まれる。

2) 上記の調査研究的課題は必要事項を表したものである。実際には、設定されるべき特定の調査研究事項は自然資源プログラムの成果かあがるにつれて増えていく。調査研究の優先順位は管理的必要性に基づいていなければならない。

II.4 研修

1) 研修に関しては、以下4つの事柄について注意がはらわれなければならない。

専門的な技術や知識は常にあるとは限らないし、ワイズユースの鍵となるいくつかの点は現存のプログラムには含まれていないこともある。この鍵となる事柄は今後の研修活動における優先事項として考慮されるべきである。従って、研修プログラムを設定する最初の段階では、どのような研修が必要とされているかの分析が行われなければならない。

教育及び普及啓発プログラムと、専門的な研修との間には大きな隔たりがある。一般的には、大衆及び上級の政策策定者は湿地生態系の生態学的、文化的、社会的或いは経済的価値を認識すベきであり、一方で、湿地の管理の実施に直接係わっている人々には研修が行われるべきであるといえよう。研修ではワイズユースを実行する最新の方法に焦点があてられる。またそのような会合は司法機関と他の法の施行者に対しても設けられる必要がある。

研修においては、湿地管理者及び行政官に湿地のワイズユースの概念の確立、保持、実行に必要な専門的知識が与えられなくてはならない。

2) 湿地の専門家に対しては、以下大きく三つにまとめた研修のタイプが特に適切である。

研修においては、湿地の管理と計画に関する共通理解と共通のアプローチを得るために異なった領域から専門家を集めるように努める。

研修では、目録の作成、計画、モニタリング、環境影響評価(EIA)、復元の最新の効果的な技術を参加者に提供するよう努める。

監視官及びレンジャーはワイズユース概念の非常に基本的な理解を持ち、法の執行及び普及啓発活動の様な日々の状況に対応することができるようにする必要がある。

研修の手引きやそのほかの研修資材の発達はいかなる研修プログラムにおいても重要な長期目標とされなければならない。

3) 研修方法及びその教材

研修活動と適切な知識の伝達は、全てのワイズユースプロジェクトにおける必要な要素である。その活動はできる限り触媒的であり、地域レベルにおいて将来指導者となる人が研修を受けた後、持っている知識を自分より下位職員の人達に伝達すること、そして政府、非政府機関の協力を得て、可能な時にはいつも地元にある資源と施設を利用することを目指すものである。

II.5 教育と普及啓発(EPA)

教育と普及啓発は湿地を賢明に管理するための専門職員を対象とする研修とは根本的に異なっている。教育とは深く長期にわたる個々人の内的変化の過程であり、個々人の長期にわたる能力と価値の発達である。啓発(認識)とは知識の個人的な状態である。後者はしばしば先行し、より大きな興味を引き起こし、さらなる学習と活動へと導いてゆくものである。

湿地の価値は教育及び普及啓発プログラムを通じて大衆にまだ十分効果的には伝わっていない。ほとんどの人々は湿地とは何であるかを知らず、知っていたとしても、彼らは湿地を役に立たない土地としてみる傾向があり、熱帯雨林に形成されたような大衆の支持が湿地に対しては形成されていない。湿地に対する教育及び普及啓発を改善する事はワイズユースを達成するにあたっての基本的な事柄である。それには以下の活動が要求される。

管理当局、土地所有者、地方自治体の役人、その生活が湿地資源に依存している地域社会、そして一般大衆を対象に普及プログラムが企画される。

これは世界の異なった地域における湿地の価値に対する認識を増大させるにあたって、最も適切な技術は何かを特定するものである。

教育普及啓発は下から上へのアプローチを通してのみ働く。一方では、その多くは全地球的に、或いは各国レベルにおいてコーディネイトざれたキャンペーンを通して達成され、それは資科や専門知識の共有を可能にし、湿地が全地球的な規模で人々の関心を引くようにするために必要な勢いを生み出す。


III. 特定の登録湿地における活動

III.1 生態学的視点

湿地の管理は時間と場所の基準を考虜に入れた統合的過程でなければならない。それには長期にわたって持続的である最終目的を組み入れる必要がある。また流水域アプローチも考虜に入れる必要がある。統合の過程においては、持続的である様々な利用と活動を組み込んでゆく必要がある。

この様な湿地の管理においては、とりわけ生物学、経済学、政策、社会科学等の原則を利用した、非常に様々な人類の努力を反映する学際的なアプローチを組み込んでゆく必要がある。特にそれは共有する種、水系、全地球的な変化の問題に関連するので、多くの場合、全地球的な問題にも対応してゆく必要がある。

III.2 人類の活動

湿地のワイズユースを達成するためには、厳格な保護から、復元活動を含んだ活発な働きかけにまでわたる活動を通して、全ての湿地タイプの維持を確実にするようにバランスをとる必要がある。

従ってワイズユース活動は、実際全く手つかずか非常にわずかな資源の開発から、その湿地資源が持続的である限りにおいての積極的な資源開発にいたるまでの様々な形をとっている。現在のところ地元の住民に何らかの形で利用されていない湿地はほとんど無いことが認識されるべきである。湿地の管理は固有の地域環境に適応したもので、各地域の文化に敏感でありその伝統的な利用を尊重した形で行われなければならない。従ってその管理は広く適用できる普遍的な概念ではなく、むしろ各地域環境に適応させた形で行う必要がある。

III.3 統合的管理計画策定

湿地の管理は特定の地域または地方のための統合的管理計画又は戦略の策定により実行されるであろう。釧路会議の分科会Cにおいては、後に本会議において採択された、「ラムサール登録湿地及びその他の湿地のための管理計画に関する指針」案がレビューされた(決議5.7の附属書参照)。

これらの指針は、管理計画が湿地保護区のみでなく全ての湿地に適用されること、そしてそれは継続的なレビューと修正とを必要とするプロセスであることを強調している。従って管理計画は柔軟でダイナミックな文書であると考えられる。

1) 一般的に管理計画は以下の4つの部門から成る。

モニタリングは計画策定過程において必要不可欠な部分である。計画の年間又はより長期にわたるレビューが行われる必要があり、それをもとに、上記の記載、目標、行動計画の修正が行われる。

2) 管理プロセスの実行に責任を持つ管理当局が指命されなければならない。このことは計画を行ううえで全ての利害関係、利用、負担を考慮に入れなければならないような広い湿地に関して特に当てはまることであろう。政府及び非政府機関からの、そして地元の人々の多くの協力と参加を必要とする。

3) 管理計画は伝統的、現代的な技術の両方を、適宜合わせ持たねばならない。計画においてはその水系の全域に渡る環境収容力が反映されねばならない。実行するにあたっては、現存する資源の持続的な使用を最も効果的に行うべきであろう。

モントルーの指針に既に述べられているように、湿地の管理が各国の政策全体に組み入れられる必要がある。これらの政策は入手可能で最も優れた技術的情報を反映したものでなくてはならない。特殊な技術的情報はラムサール事務局とその協力機関を通して入手が可能である。

III.4 技術的項目

世界の多くの地域にとって、ワイズユースは新しい概念ではない。人々は何千年もの間湿地の周辺に文明を生み出し、それを利用するための技術を発達させてきた。

これらの技術の多くは持続可能であり、従って緊急に特定され、研究され、推進されなければならない。これらの技術が持続的でないところでは、それらはその持続可能性を最大限にするために修正され適用されなければならない。


[条約事務局注:この「ワイズユースの概念の実施に関する追加の手引き」は,1990年にモントルーで開催された第4回締約国会議の勧告4.10の附属書として採択された「ワイズユースの概念を実施するための指針」をより精密にするものとして採択された.]


[和訳:『ラムサール条約第5回締約国会議の記録』(環境庁 1994)より了解を得て再録,2001年,琵琶湖ラムサール研究会.]
[レイアウト:条約事務局ウェブサイト所載の当該英語ページに従う]

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