Swan 琵琶湖水鳥・湿地センターラムサール条約ラムサール条約を活用しよう第7回締約国会議

ラムサール条約 基本文書

湿地リスク評価の枠組み

日本語訳:環境庁,2000年[了解を得て再録].

 英語   フランス語   スペイン語  (以上,条約事務局)    PDF  (環境省のインデックスページ)


「人と湿地:命のつながり」
"People and Wetlands: The Vital Link"
湿地条約(ラムサール,イラン,1971)
第7回締約国会議
1999年5月1018日 コスタリカ サンホセ

湿地リスク評価の枠組み

(ラムサール条約決議Ⅶ.10により採択)

目次

はじめに
生態学的特徴の変化の種類
湿地リスク評価
早期警戒指標
早期警戒指標の理想的属性
早期警戒指標例
早期警戒指標の反応度

はじめに

1.ラムサール条約(1971年イランのラムサールにて採択)は、締約国が国際的に重要な湿地等の登録リストに掲げられた湿地及びその他の湿地の、生態学的特徴の変化を予測しかつ評価するのを支援するために、この湿地リスク評価のための概念的枠組みを策定した。この枠組みは、湿地の生態学的特徴の変化を予測しかつ評価するための方法について指針を提供するものであり、特に、早期警戒システムの有効性を高めるものである。「湿地リスク評価の枠組み」は、湿地管理計画策定プロセスの不可欠な構成要素として提示される。

2.ラムサール条約の湿地の生態学的特徴を評価し維持するプロセスは、多くの要素から成っており、同条約の賢明な利用という概念及びこの条約に基づく締約国の義務の中心となるものである。このプロセスの要素には、以下が含まれる。

a.国際的に重要な湿地を選定するための基準(決議.11)、

b.生態学的な特徴がすでに変化しており、変化しつつあり、または変化するおそれがあるラムサール登録湿地のモントルーレコード(決議5.4)、

c.登録湿地の生態学的特徴の実施のための定義と、生態学的特徴を記載し維持するためのガイドライン、及びモントルーレコードの運用のためのガイドライン(決議.1)。

3.1996年の第6回締約国会議で採択された決議.1は、効果的な湿地モニタリング計画を企画するための枠組みも提示しており、またマイナスの変化を検出するための適切な早期警戒システムの確立及び「生態学的特徴」と「生態学的特徴の変化」の実施のための定義に関する評価を行うよう求めている。当該定義はそれに続く3年の間に検討され、この「湿地リスク評価の枠組み」を採択した決議.10に示すとおり修正された。

生態学的特徴の変化の種類

4.湿地の生態学的特徴のマイナスの変化の原因は、大きく分けて次の5種類にまとめられる。

a.水循環の変化、
b.水質汚染、
c.物理的変化、
d.生物産物の利用、
e.外来種の移入。

5.これらの原因の相対的な重要性は、地域によっても国によっても、また各湿地によっても異なる。その上、上述した変化の原因は互いに関連していることが多く、それぞれの原因別に結果を分けることはむずかしい場合がある。「原因別」にとらえるよりも簡単に生態学的特徴の変化をとらえる方法は、「変化の種類」ごとに分けることである。生態学的変化の定義によれば(本枠組みを採択した決議.10の11節を参照)。この変化は、「生物学的変化」「化学的変化」「物理的変化」という三つの基本的な種類に大別できる。

6.湿地の生態学的特徴の変化を予測するための適切な枠組みと方法を概説する場合、湿地管理者は、まず最初に「変化の種類」について注意する。特に、人間活動が引き起こしたマイナスの変化について注意する。

湿地リスク評価

7.早期警戒指標の適切な適用を確保するためには、体系化されしかも柔軟性のある評価の枠組みの中に、指標の反応を選択し評価し分析する過程、及び当該反応を決定の根拠とする過程を含めることが不可欠である。ラムサール条約の場合には、「湿地リスク評価」と呼ばれる修正された生態学的リスク評価の枠組みが推奨される。この枠組みは、特に早期警戒技術の適用に重点を置きながら、湿地リスク評価が、生態学的特徴の変化を予測し評価する過程を推進する「手段」としてどのように働きうるかという概略を示すことを目的としている。

8.湿地リスク評価の基本モデルは、一般化された生態学的リスク評価パラダイムを修正したものであり、これを図1に示す。この基本モデルは、以下に説明する6つのステップの概要を示している。

9.ステップ1−問題の特定。これは、問題の性質を特定し、この情報に基づいて、リスク評価の計画を作成する過程である。この段階では、リスク評価の目的と範囲を定めて、当該評価の基礎を築く。化学的影響の場合には、対象となる化学物質の特徴(性状、既知の毒性等)、その発生源、何が影響を受ける可能性があるか、どのように影響を受けるか、及び重要なこととして、何が保護されるべきかに関する情報を得て、それを盛り込むことを含む。

10.ステップ2−悪影響の特定。この段階では、湿地に対するマイナスの変化または影響が及びうる範囲を評価する。データはできれば現地調査から得るべきである。その理由は、フィールドデータのほうが、多くの湿地に生じているような複合的影響を評価するのに適しているからである。マイナスの変化の範囲と利用できる資源に応じて、こうした調査は定量的現場実験から定性的観察調査まで様々なものとなりうる。化学的影響については、現場で環境毒性の生物検定法を行うのが適切な方法であり、雑草や野生動物によって引き起こされた変化については、現場観察とマッピングを行うだけでよい。

図1

図1:湿地リスク評価モデル案
[付録:和訳ワードファイル (27)]

11.ステップ3−問題範囲の特定。この段階では、湿地の挙動及び問題の発生範囲に関して他で集められた情報を使って、対象となる湿地について問題となる可能性の高い範囲を推定する。化学的影響の場合、この情報には、一般的な化学的性質、及び化学物質が環境に入ってくる割合に関するデータに加えて、輸送、希釈、分離、残留性、劣化、変容等のプロセスに関する情報も含める。侵入種の植物の場合、この情報には、生態系への進入、広がる速度、生息地の好みに関する詳しい情報を含めることができる。現地調査はもちろん理想的な方法ではあるが、過去の記録の利用、シミュレーションモデリング、現地や実験室で実験研究を行うことは、いずれも、問題範囲の特性を指摘する代替法ないし補完法となる。

12.ステップ4−リスクの特定。この段階では、湿地のマイナスの生態学的変化がどのような水準で起こりうるかを推定するために、起こりうる影響についての評価結果と、見込まれる問題範囲についての評価結果とを統合する。リスクを評価するには一連の技術があり、どの技術が適しているかは、起こりうる影響の種類、質、その範囲に応じて決まる。湿地のリスクを特徴づけるのに有用と見込まれる技術は、GISをベースにした枠組みによるものであり、この方法では、影響と要因を関連づけるために、各種評価結果を対象地域の地図上に重ねる。こうした方法はリスクを評価するだけでなく、将来の評価やモニタリングを、特定した問題地域に集中して行うのにも役立つ

13.ステップ5−リスク管理とリスク削減。この段階は最終的な意思決定過程であり、ここでは上述した評価過程から得た情報を利用して、他の社会価値、地域社会の価値または環境価値を損なわずに、リスクを最小限にとどめようとする。ラムサール条約の場合、リスク管理は、「賢明な利用」の概念を考慮するとともに、管理上の決定がこの概念に及ぼす潜在的影響についても考慮していなければならない。リスク管理において考慮する要因は、リスク評価の結果だけではなく、政治的要因、社会的要因、経済的要因、工学的技術的要因、並びにそれぞれのリスク削減行動の長所と限界についても考慮する。リスク管理は、湿地管理者と関連分野の専門家とのコミュニケーションを必要とする学際的な作業である。

14.ステップ6−モニタリング。モニタリングはリスク評価過程の最終段階であり、リスク管理に関する決定の有効性を検証するために、これを行うべきである。モニタリングには、深刻な環境上の悪影響が発生する前に、リスク管理に関する決定の不履行または履行不十分という状況を探知し、信頼性のある早期警戒システムとして機能する要素を組み込むべきである。効果的なモニタリングを行わないならば、リスク評価はほとんど価値のないものとなる。モニタリング過程においては、測定する終点の選定がきわめて重要な意味を持つ。またGISに基づくアプローチは、湿地への悪影響をモニタリングするのに役立つ立体的寸法を組み込んでいるため、湿地リスク評価にとって有用な技術になるはずである。

早期警戒指標

15.現実の環境上の影響に対して事実上の先駆物質として生じる結果、または現実の環境上の影響が発生したことを示す結果というものは検出可能である、というのが、早期警戒指標の基本的概念である。こうした「早期警戒」は、それよりも大きな規模の環境上の劣化が生じることに対して、必ずしも確固たる証拠を提示するとは限らないが、介入や更なる調査を行う理由があるかどうかを決定する機会を提供する。つまり早期警戒指標とは、「対象となる系に対する潜在的に重要な悪影響の発生に先行する反応であって、ある特定のストレスに対する測定可能な生物学的、物理的、または化学的な反応である」と定義できる。

16.上記第4節で説明した主な5種類の生態学的特徴の変化のうち、化学的変化は、環境上の影響とその予測という面で、断然大きな注目を浴びてきた。その結果として、圧倒的に大部分の早期警戒技術が、水界生態系に対する化学物質の影響を評価するために開発されてきた。その他の重要な生態学的特徴の変化に対する適切な指標を特定するため、更なる評価を実施することが勧告される。本枠組みに含まれる早期警戒指標の例は、その大半が、湿地に関する重要な化学的変化(つまり汚染)について予測または予め警告するための生物学的及び物理化学的な評価方法である。

17.生態系の健全性を評価するためのモニタリング計画を策定する場合、指標の選択は、管理者によって求められる他の決定の段階に従って行う。こうして、重要な問題または重要になる可能性のある問題を特定して、保護すべき環境価値を決定した後は、管理者は湿地を保護するための「評価目的」の特定に注意を向ける。それには、例えば以下を利用できる。

a.急性及び慢性の変化の早期検出。これは、生態学的に重要な影響を回避できるように先見性のある情報を提供するものである。

b.影響の生態学的な重要性の評価。これは、生物多様性、保全状況、または個体群もしくは群集群落もしくは生態系のレベルでの反応を測定して行う。

18.生態系全体に対する影響、つまり、観察される影響の生態学的重要性を決定するには、一般に、生態系の「代理となるもの」を測定することが必要となる。このような代理物は、ふつう、生物群集もしくは生物集合、または生息地もしくは指標種である中枢種(これらが生態系レベルの影響と密接に結びついている場合)である。悪影響の生態学的な重要性に関する情報は、地域または国を対象とする計画、及び完全な攪乱勾配を含む計画、つまり、劣化していない湿地から深刻に劣化した湿地にいたるまでの一連の湿地を対象範囲とする計画の中で、最も良く収集できる。迅速評価法は、この条件を提供できる。

19.指標を選ぶ場合には、湿地の生態学的特徴の定義(本枠組みを採択した決議.10の11を参照)並びに、当該特徴が生態系の生物学的、化学的及び物理的な構成要素に対してもつ重要性に留意することが大切である。それゆえ、上記三つの構成要素のうちでどれが変化を受けやすいとみなされるかに応じて、早期警戒指標を選ぶことが有用かもしれない。この三つの構成要素は複雑に結びついている。こうした相互関係はあるものの、「湿地リスク評価の枠組み」は、変化を評価しまたは予測するのに最も適した指標を特定しやすくする過程を提供する。

20.早期警戒指標の生態学的関連性についても検討すべきである。ただし、早期指標と生態学的関連性という概念は対立することがありうる。図2は、測定できる生物学的反応と、生態学的関連性と、早期警戒能力との関係を図にまとめたものである。一例として、バイオマーカーの反応は悪影響の蓋然性に対してすばらしい早期警戒指標となりうるのだが、ただし反応が観察された場合に必ず悪影響が生じるのかについては、個体群、群集群落あるいは生態系のレベルでどころか、個体レベルでさえほとんど証拠がない。したがってバイオマーカーを生態学的に関連性があるとはみなせないのである。もし第一の評価目的が早期検出にあるなら、生態学的な関連性を考えずに評価できるかもしれないが、もしも影響の生態学的な重要性に関する知見を考慮するならば、バイオマーカーの反応はおそらく早期警戒指標にはならないことになる。

図2

図2:生態学的関連性、早期警戒能力及び測定可能な生物学的反応の関係

早期警戒指標の理想的属性

21.早期警戒指標としての能力を有するためには、検知される反応に以下の属性が備わっていなければならない。

a.予測性:環境上の深刻な害が発生する前に、劣化または何らかのかたちの悪影響の兆候を示す反応が、生物的組織であれ物理的組織であれ、組織のレベルで発生すること。

b.感受性:重大な影響が発生する前にその可能性のある影響を探知する場合に、早期警戒指標が低レベル、または初期段階の問題に対して敏感に反応するものであること。

c.診断力:ある結果の原因特定に対する信頼性を増すため、反応が問題に対して十分に特異的なものであること。

d.適用範囲の広さ:反応が、広範な問題から、将来起こりうる影響を予測するものであること。

e.実際の環境上の影響や生態学的な関連性との相関関係:問題に対して継続的に曝露していると、そしてその結果として反応が継続的に現れていると、ふつうは、または多くの場合には、いずれ重要な環境上の(生態系レベルの)影響が生じるということが了解されていること。

f.時宜に適った、高いコスト効果:重大な環境上の影響が生じる前に、効果的な管理行動を開始できるように、情報を十分迅速に提供すること、また、努力量当たり最大限の情報を提供しながら、安価に測定できること。

g.地域または国との関連性:評価対象となっている生態系と関連性があること。

h.社会的関連性:利害関係者にとって明らかに価値があること、利害関係者が観測しうること、または、社会的に関連性のある措置を予測するものであること。

i.測定しやすさ:既知の信頼性を有する、計測誤差の低い標準的な手順を用いて測定できること。

j.場所と時間が一定していること:小さな変化を検出できる能力があること、及び自然環境の一部である自然の要因によってではなく、人為的な発生源によって引き起こされた反応であることを明確に判別できる能力があること(つまり、信号対雑音比が高いこと)。

k.非破壊性:評価対象となる生態系を破壊せずに、指標を測定できること。

22.生態学的特徴の現実的または潜在的な変化の評価は、それを評価するために選んだ指標の有効性と同じだけしか有効でないため、上記の属性の重要性を過度に強調することはできない。またほとんどの場合において、対立する属性があったり、あるいは単に達成不能な属性もあったりすることから、理想的な属性のすべてを備えた早期警戒指標というものは存在しえない。

早期警戒指標例

23.湿地生態系を評価するために、多数の早期警戒指標が開発された。これらは大きく三つの種類に分けられている。

a.迅速反応毒性試験、
b.早期警戒実地試験、
c.迅速評価。

24.潜在的な限界を含め、上記手法の概要を表1に示す。それぞれの手法は、水質評価計画の様々な目的に適合しうる。早期警戒指標の大半は生物学的な性質のものだが、中には物理化学的な指標も存在しており、これが水質評価の第一段階となることも多い。

表1:種類別早期警戒指標の役割と潜在的限界
反応の種類と役割潜在的限界
a.「迅速反応毒性試験」
感受性のある生物体の反応に対する実験室毒性評価(成長、繁殖等)で、結果も迅速に出る。この試験は、時宜に適った柔軟性のある管理行動(組成の変わる廃液の放出に対して、安全な希釈方法を決定する等)を実施できるようにする予測試験である。

測定された亜致死的な反応(成長、繁殖等)の生態学的関連性は、確定していないのがふつうである。
b.「早期警戒実地試験」
モニタリング又は評価を通じて、感受性のある生物体の亜致死的な反応を測定する。この試験は、生態学的に重要で実質的な影響を回避できるように、先行的又は予防的な情報を提供できる。

測定された反応(特に生化学的バイオマーカー)の生態学的関連性は、確定していないのがふつうである。
c.「迅速評価」
標準化され、コスト効果の高い各種形式のモニタリングであり、広範囲にわたる湿地の生態学的な状況に対する「最初の」評価を提供できる。 対象範囲が広範囲に及ぶことから、「ホットスポット」を特定して、別の場所で同じような事態が発生することへの対策を講じ、予防できる可能性がある。

結果はきめが粗く、比較的深刻な影響だけを検出するのがふつうである。

迅速反応毒性試験

25.迅速反応毒性試験は、1以上の化学物質に対して迅速かつ感受性の高い反応を起こすように設計された実験室毒性生物検定法である。この試験を行うと、より高レベルの生物的組織(群集や生態系等)で悪影響が生じている危険性があるという兆候が提示される。実験室毒性試験は、特に、水環境にこれから放出される化学物質に有用である(新しい農薬、排出前の廃水等)。この試験は、安全な濃度や希釈率、排出速度等を決定する基準を提供し、それによって水環境に対する悪影響を除去したり、あるいは少なくとも最小限にとどめたりする。しかしながら、測定できる反応の生態学的関連性の強弱には大きな開きがある。

早期警戒実地試験

26.早期警戒実地試験は一連のまとまった手法で構成される。これは、この試験が現場での反応やパターンの測定に用いられ、環境中の影響の現実的な兆候を提示するからである。早期警戒実地試験は、実験室迅速反応毒性試験とは対照的に、既存の化学物質の影響を予測しまたは評価する。一部の手法は、生物学的及び物理的な問題にも応用できる。

27.直接毒性評価。これは、水界生態系における化学物質の行方(排水の放出、農薬等農業用化学物質による水路の汚染等の場合)を評価し及びモニタリングするために、毒性試験を用いることである。汚染物質という投入物を受けいれた水域について、現場で毒性評価を行えば、上記第25節に述べた迅速反応毒性試験に基づく予測に対して、その有効性をモニタリングできることになる。しかも、測定された反応が感受性の高いものだとすれば、この評価結果もまた、より高レベルの生物的組織で生じうる影響に対して、早期警戒指標となりうるのである。

28.植物性プランクトンのモニタリング。植物性プランクトンは、その栄養所要量、水系食物連鎖の底辺にいるという位置、及び広範な汚染物質に対して迅速かつ予測通りに反応する能力ゆえに、化学物質による湿地の生態学的特徴の変化の早期警戒指標として、おそらく最も有望なものとみられる。その上、植物性プランクトンは栄養濃度の変化に対して感受性を示すので、富栄養化を評価する場合にも、理想的な指標になる。植物性プランクトンは、上述した種類の毒性生物検定法、つまり迅速反応毒性試験及び直接毒性評価に利用できる。こうした手法は迅速で安価で感受性が高く、実験室で培養した藻類を使って実験室でも実施できるし、自然の植物性プランクトンの群集を使って現場でも実施できる。一例として、藻類生育阻害試験(AFB)では、汚染物質や自然の水が、様々な大きさに分けられた自然の藻類群集の機能パラメータ(例:14C取り込み、バイオマス)に及ぼす影響を評価する。種の構成や群集のサイズの変化といった構造的な指標も、特に感受性が高いことが確認されている。

29.バイオマーカー。バイオマーカーとは、亜生物体レベルもしくは生物体レベルにおける特定の化学物質への曝露またはその影響に対する、生化学的、生理学的、または組織学的な指標と定義することができる。その基本的概念は、個々の生物の生化学的性質、生理、または組織の変化は、生物体レベルでの影響に先行することが多く、したがって、個体群レベル、群集レベル、及び生態系レベルの影響に先行する可能性がある、というものである。つまり、対象とする湿地と参照標準とする湿地から水生動物を収集し、そのバイオマーカーを評価し比較する。この変型方法として、「ケージ」に入れた微生物を対象となる環境中に配置し、予め決めた期間が経過してからバイオマーカーの反応を測定する方法がある。バイオマーカーは、農薬等の有機化合物、石油炭化水素、重金属、及び工業用廃水等の複雑な混合物をはじめ、様々な種類の汚染物から起こりうる悪影響の予測に使われてきた。

30.潜在的に有用な種類のバイオマーカーは、混合機能オキシダーゼ、潜在的内分泌攪乱物質のバイオマーカーであるビテロゲニン、生物濃縮、の3種類である。多くのバイオマーカーが、特定の化学物質や複合的な廃水によって生じうる環境上の悪影響に対する早期警戒指標となることが実証されている。バイオマーカーは最新式の生物学的早期警戒指標である。

迅速評価

31.この評価方法は、標準化された方法で、しかも比較的低コストで、地理的に広範な地域にわたって生態学的関連性の高い情報を収集できる利点があるため、ますます水質モニタリングに使われるようになっている。こうしたメリットがある代わりに、この方法は比較的「きめが粗い」のがふつうであり、したがって微細な影響を検出するには適していない。迅速評価に望まれるまたは不可欠な属性には、以下が含まれる。

a.一般に、測定された反応は、湿地、集水域もしくは地域(つまり生態系に代わるもの)の生態学的な状況もしくは全体的な状態を適切に反映するものとみなされている。

b.サンプリングやデータ分析の方法がきわめて高度に標準化されている。

c.迅速かつ安価に反応を測定でき、結果も迅速に出る。

d.専門家でなくても結果を簡単に理解できる。

e.反応はある程度診断的な価値を持つ。

32.現在、一連の迅速評価手法の開発が進行中である。これには、無脊椎動物を利用した迅速生物学的評価、鳥類のモニタリング、リモートセンシング等が含まれる。これらにはいずれも特定の用途があり、多くの場合にはさらなる整備が必要である。

33.物理化学的なモニタリングもまた、生物学的尺度を利用して水路の状態を評価する総合評価計画にとって、不可欠な要素とみなされてきた。標準物理化学的パラメータのモニタリングは、いくつかの点で有用である。まず、このモニタリングは、水域の物理化学的な特性について記録を提供し、長期間にわたってモニタリングが続けられた場合には、時間の経過とともに特性がどのように変動するかについて記録を提供する。第二に、多くの物理化学的パラメータには、特定の汚染物質の毒性を変える能力がある。標準物理化学的水質パラメータの大多数は、単純で、安価で、しかも迅速に測定できるため、これを環境毒性モニタリング調査や生物学的モニタリング調査の補足として使うべきである。

早期警戒指標の反応度

34.モニタリング計画において早期警戒指標を必要と認めることは、早期変化に関する情報に基づいて措置を講じ、合意された管理計画を実施するということである。この管理計画の初期段階には、重要とみなす変化の種類と大きさ、事実上何も影響がない場合に、影響がある、と推論することの相対的なコスト、及び現実の影響を検出しない場合の相対的なコストについて、利害関係者の間で一連の相互交渉が必要となる可能性がある。これらは、モニタリング結果が受け入れられるときの信頼性を定めるものであるため、合意しなければならない重要な統計的パラメータである。

35.モニタリング計画に早期警戒指標を組み入れることは、予防的管理方法をとることであり、つまり現実の重要な変化が生態系レベルで発生する前に、介入するということである。したがって、測定した反応が、なにがしかの、保守的でおおむね随意の許容限界に達したときに、または介入発動値に達したときに、早期警戒指標の変化に対する介入が行われる。

36.最強の影響評価計画は、一般に2種類の指標を組み込んでいる。それは、変化に対する早期警戒に関する指標、並びに生態系レベルの影響と密接に関連する(とみなされている)指標である。「生態系レベル」の種類の指標には、生態学的に重要な個体群(中枢種等)もしくは生息地、または生態系の適切な「代理」として役立つ生物群集が含まれる。一般には、迅速評価に用いられる指標もまた、この役割を果たす。モニタリング計画においてこの2種類の指標が測定されれば、「生態系レベル」の指標を用いて、早期警戒指標で観察された変化の生態学的重要性を評価できるのである。

37.早期警戒指標の場合と同じく、変化の許容限界等、「生態系レベル」の指標に関する統計的な決定基準についても交渉し、予め定めておかなければならない。変化の許容限界というものは、対象となる湿地の価値と賢明な利用について考慮しながら、特定湿地ごとに定めてはじめて、効果が出る問題である。


「記録」表紙

[英語原文:ラムサール条約事務局,1999.Ramsar Resolution VII.10 Annex "Wetland Risk Assessment Framework", May 1999, Convention on Wetlands (Ramsar, 1971). http://ramsar.org/key_guide_risk_e.htm.]
[和訳:「ラムサール条約第7回締約国会議の記録」(環境庁 2000)より了解を得て再録,琵琶湖ラムサール研究会,2001年6月.]
[レイアウト:条約事務局ウェブサイト所載の当該英語ページに従う.]


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Last update: 2006/09/27, Biwa-ko Ramsar Kenkyu-kai (BRK).