Swan  琵琶湖水鳥・湿地センターラムサール条約ラムサール条約を活用しよう第8回締約国会議

ラムサール条約

決議.1:水の配分と管理

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「湿地:水、生命及び文化」
湿地条約(ラムサール,イラン,1971)
第8回締約国会議
バレンシア,スペイン,2002年11月18-26日


決議.1

湿地の生態学的機能を維持するための水の配分と管理に関するガイドライン

1.湿地の基本的な生態学的特徴を、水理調整装置、並びに特有の植物相及び動物相、特に水鳥を支える生息地であると認める条約の条項のための前文を意識し

2.21世紀における条約の主要な挑戦を、水の管理と湿地の保全の調和であると確認した決議.23を想起し

3.科学技術評価委員会(STRP)に対し、湿地生態系機能を維持するための水の配分及び管理の分野の知識の現状を評価すること、その結果についてCOP8へ報告すること、もし可能ならば、本課題に関する締約国会議のための指針を提供することを要求した決議.18を再び想起し

4.ラムサール条約を、湿地の保全及び賢明な利用、特に、内陸水生物多様性の維持のための水の配分及び管理に関する行動を含む、 内陸水生態系の生物多様性に関する行動のための中心的なパートナーであると確認した生物多様性条約(CBD)の決定/4に留意し

5.CBD及びラムサール条約の2000−2002年共同作業計画に基づいて、河川流域管理へ湿地及び生物多様性の問題を取り込むことに関する情報及び経験の改善された交換を行うことが計画され、湿地、生物多様性及び統合された水資源管理を推進する水管理機関間のつながりを確立しつつある河川流域イニシアチブ(RBI)の策定について再び留意し

6.大きなダムのための意志決定プロセスにおいて、水の配分の評価及び審査に関する情報、特にダムから放出される環境流量を含んだダムに関する世界委員会の報告書、及びこの会議によって採用された同じ主題に関する決議.2を意識し

7.食料及び水の安全、洪水調節及び貧困緩和といった、人の安寧のために要求される水の配分を確保するための多くの場合に、湿地からもたらされる重大な貢献を認識し、しかし世界の多くの地域における淡水資源に対する需要の増加、及びそれの湿地生態系機能及び生物多様性の維持に対する脅威を重ねて意識し

8.アジェンダ21の実施を調査し、評価するために国際連合特別総会において、また1998年5月の持続可能な開発委員会(CSD)において、淡水管理に対する戦略的アプローチに関連する報告の一部としてラムサール条約の実施のための支援を勧告した、淡水資源に向けられた重要性を更に意識し

9.第1技術検討部会において、本締約国会議が「湿地の生態学的特徴を維持するための水の配分及び管理に関するガイドライン」について検討及び議論したことを認識し

10.湿地の生態系機能を維持するための水の配分及び管理のための手段及び方式の使用に関する、事例研究を含む追加的な技術指針は、STRPによって準備されており、情報文書(COP8 DOC.9)として本締約国会議に利用することができたことに留意し

11.湿地政策の策定に関する締約国のための指針(決議.6)、法制度の見直し(決議.7)、湿地の管理への地域社会及び先住民の参加(決議.8)、湿地に関する広報教育普及啓発の推進(決議.9)、 奨励措置(決議.15)、影響評価(決議.16))、国の計画策定の一要素としての湿地再生(決議.17)及びラムサール条約に基づく国際協力(決議.19)という数多くの関連する決議が以前に採択されており、これら全てが湿地の生態学的な機能を維持するための水の分配及び管理のプロセスに関係があることを認識し

12.特に「ラムサール条約湿地のための地図や他の空間データの規定のための追加ガイドライン」(決議.14)、「湿地再生の原則とガイドライン」(決議.16)、 影響評価(決議.9)、「農業、湿地及び水資源管理」(決議.34)、「特に干ばつ等の自然災害が湿地生態系に及ぼす影響」(決議.35)及び「地下水利用を湿地保全と両立させるためのガイドライン」(決議.40)という、条約のこの会議が湿地の生態学的な機能を維持するための水の配分及び管理に関係する更なる指針を採択していることを重ねて認識し

13.STRPの業務、特に水の配分及び管理に関するガイドライン及び背景文書の準備のための資金的貢献に対してアメリカ合衆国政府に感謝する

締約国会議は、

14.本決議の附属書である「湿地の生態学的機能の維持のための水の配分と管理に関するガイドライン」を採択し、また、全ての締約国に対して、必要に応じ国内の状況及び環境にあわせ適応させつつ本ガイドラインの適用を優先させるよう強く要請する

15.全ての締約国に対して、この会議の情報文書(COP8 DOC.9)となっている、生態学的機能の維持のための水の配分と管理に関する手法と方法論に関する追加的ガイダンスを利用するよう、また、世界ダム委員会の報告書に含まれる情報など、特にダムから放出される環境流量に関する関連のガイダンス及び情報を考慮に入れるよう同じく強く要請する

16.全ての締約国に対して、「湿地の生態学的機能の維持のための水の配分と管理に関するガイドライン」、及び手法と方法論に関する追加的ガイダンスにむけて水資源管理に責任を有する国内各省庁の注意を喚起するよう、また、領域内において湿地の生態学的機能を維持するための適切な水の配分と管理を確保するために、これらの機関がこのガイダンスを適用することを奨励するよう、そして水と湿地に関する国家政策の中にこのラムサールガイドラインに含まれた原則が確実に組み込まれるよう極めて強く要請する

17.締約国に対して、国内ラムサール委員会または国内湿地委員会のメンバーに国内の水管理省庁・機関からの代表を含めるよう重ねて強く要請する

18.国境を超えた河川流域にまたがる湿地を有する締約国に対して、国境をまたがる河川流域における水配分の管理という観点からラムサールの「条約のもとでの国際協力のガイドライン」を利用しつつ、協働して「湿地の生態学的機能の維持のための水の配分と管理に関するガイドライン」を適用することを奨励する

19.科学技術評価委員会(STRP)に対して、地下水の汲み上げが湿地に及ぼす影響と同時に、地下水の補充及び貯蔵において湿地が果たす役割、また湿地の生態学的特徴の維持に地下水が果たす役割を見直すこと、また適切であればこれらの事項に関して、締約国のためのガイドラインをつけて第9回締約国会議(COP9)に報告するよう要請する

20.ラムサール事務局に対して、生物多様性条約(CBD)事務局と協働し、ラムサール・CBDの共同による河川流域イニシアティブ(RBI)を通じて確立されたパートナーシップの機構を利用して、「湿地の生態学的機能の維持のための水の配分と管理に関するガイドライン」にむけ、他の水管理に関する機関、関連する地域機関、河川流域当局及び委員会、及びその他関心を有する締約国及び団体の注意を喚起するよう指示する

21.ラムサール事務局に対して、第3回世界水フォーラム(日本、2003年)事務局と協働して、湿地管理のため湿地が提供する生産物及びサービスが非常に重要であること、また、「湿地の生態学的機能の維持のための水の配分と管理に関するガイドライン」が、第3回世界水フォーラムの期間中に充分に認識され、討議されることを確保するよう要請する

22.ラムサール事務局に対して、この決議で採択するガイダンスを、他の環境協定(MEAs)の締約国及び補助機関、特に内水面の生物多様性の維持に関しては生物多様性条約の科学技術助言補助機関(SBSTTA)が、また、乾燥地における湿地の水資源管理の重要事項に関しては国連砂漠化対処条約の科学技術委員会(CST)が入手できるようにすることを重ねて要請する

23.二国間及び多国間援助機関に対して、河川流域及び水資源の管理プロジェクトを企画、設計及び実施するにあたって、関係国の特別な状況及び制約に留意しつつ、湿地の生態学的機能及び生産能力維持のための水の配分及び管理について充分な考慮を確保するよう強く要請する

24.締約国及びその他関心を有する団体に対して、湿地の生態学的機能を維持するための水の配分及び管理に関する良い実践事例を推進、実証するようなプロジェクト、その他の活動を発展させること、このような良い実践事例をラムサール・CBD河川流域イニシアティブの情報交換メカニズムを通じて他団体が利用できるようにすること、また、これらの活動により得られた成果及び教訓をCOP9に報告することを奨励する

原注:

1.ターキーはこの決議のコンセンサス方式による採択を保留した。保留の文言はCOP8会議報告の段落83に見られる。


付属書

湿地の生態学的機能を維持するための水の配分と管理に関するガイドライン

目次

序論

原則

原則の実践方法
意思決定の枠組み
水の配分を決定するプロセス
科学的ツールと方法
実施

結論


序論

1.湿地生態系はその湿地をとりまく水文環境によって変化する。水深、流れのパターン、水質の空間的、時間的な変化、および洪水の頻度と期間は、湿地の生態学的特徴を決定するもっとも重要な要因である。沿岸及び海洋の湿地は、淡水の流入とそれに伴う河川からの栄養塩類と堆積物の流入が極めて大きな影響を与える。

2.湿地に対する影響は、その湿地内で行われる人間活動だけでなく、広く集水域全体で行われる活動が共に圧力となる。これは水循環がひとつに結びついているためである。(地下水を含む)水を取り除き、または水の流れを変えることによって人為的に水文環境を変更すると、湿地生態系の健全さを脅かす有害な影響を与えかねない。公共水道、農業、工業、水力発電の目的による取水や、貯水、水路変更によって湿地に十分な水が届かなくなるということが、湿地の消失と劣化の主因である。湿地の保全と賢明な利用にとって第一に必要なのは、しかるべき時にしかるべき質の水が十分に湿地に配分されるようにすることである。

3.例えば漁業や家畜放牧などの生産性という面で湿地が提供する社会経済的な価値と便益、及びその社会的重要性について、十分に理解していない河川流域管理当局や水資源当局が多い。

4.洪水調節、資源管理、水質改善など、湿地が提供できるさまざまなサービスについても、湿地が水資源管理者の考え方次第で有益な資産になりうるという事実についても、認識されていないのがふつうである。その結果、水の配分を決定する際に、湿地に対して相応の考慮が払われないことが多いのである。こうした視点とは対照的に、ラムサール条約では湿地生態系は水資源の源である地球の水循環の不可欠な部分であるという理念を推進している。

5.湿地のもつ自然の生態学的特徴[]を維持するには、自然の水循環にできるだけ近い形で水を配分することが必要である。多くの湿地の生態学的特徴は、過去の水環境(water regime)の変化に適応して変わってきてはいるものの、依然として重要な財とサービスを提供している。どのような湿地保全戦略においても、重要なステップの一つは、特に重要な湿地についてその望ましい生態学的特徴を明らかにすることである。従って水の配分を決定するときはいかなる場合でも、こうした生態学的特徴を許容不可能なほどに変化させないようにするには、湿地はどのくらいの水を必要とするのか、その限界水量を定めなければならない。

6.以下の原則とガイドラインは、湿地がその財とサービスの提供を維持できるだけの水を受けとれるように、湿地に対する水配分を改善することが目的であり、1)基本原則、2)基本原則を実践するためのガイドライン、の2つの部分に分かれている。ガイドラインの部分はさらに、a)政策、法律を含む意思決定、b)水の配分を決定するプロセス、c)科学的ツールと方法、d)実施、の4分野に分かれている。

原則

7.1992年にダブリンで開かれた「水と環境に関する国際会議」で採択されたダブリン原則を通じて、水が生態系の不可欠な部分だという考え方、そして水が社会的、経済的な財であり、その量と質から利用の性質を決定すべきであるという考え方を、国際社会は政治の最高レベルで確認した。

8.近年、ダブリン原則を実施するための戦略として、統合的水資源管理(IWRM)という考え方が注目されるようになった。統合的水資源管理とは、「重要な生態系[]を損なうことなく、経済的、社会的な福祉が公平に最大限に得られるようにするために、水、土地、及びそれに関連する資源の調和の取れた開発と管理を推進するプロセス」をいう。統合的水資源管理においては、水の管理計画を策定する場合、河川流域(集水域、分水界とも呼ばれる)を計画の物理的対象にするのが一般に最適である、とすることが重要な要素である。湿地が水文学的、生態学的に重要な機能を持つことを考えれば、湿地を明確な形で河川流域管理[]に組み込むことは不可欠である。

9.国際的な開発課題との一貫性を確保するため、これまでのラムサール条約の政策文書の分析のみならず、他の国際組織やイニシアティブの策定した原則を参考にして、以下の7つの基本原則が定められた。

10.基本原則は次のとおりである:

10.1 最終目標は持続可能性  将来の世代の利益のために湿地の自然の動態を尊重し、湿地という生態系の機能を持続させるため、湿地に十分な水を供給しなければならない。必要な水量がわからない場合、あるいは湿地に対する水の配分量を減らした場合の影響が不明なときには、予防的アプローチ[]を適用する。湿地生態系は水資源の基盤である。財とサービスの提供が持続可能であるためには、この資源基盤を保護できるよう湿地を管理する必要がある。そのためには、湿地生態系の構造と機能を維持するのに十分な水を配分しなければならない。これはラムサール条約に謳われた「賢明な利用」の概念と一致する。締約国会議は賢明な利用を、「人類の利益のために、生態系の自然の特徴を維持しうるような方法で湿地を持続的に利用すること」と定義している。

10.2 プロセスの明確さ  水の配分を決定するプロセスは、すべての利害関係者にとって明確なものでなければならない。水の配分はこれまでも争いの種になることが多かったが、今後水の需要に関して競合が増えるにつれ、また利用できる水資源が特に気候変動のために減少するにつれて、この傾向はいっそう激しくなるものと思われる。多くの場合、水配分の決定がなされたときに、なぜそのような決定が行われたのかを利害関係者は理解していない。その結果、意思決定者への疑念や不信感が生じるのである。水の配分を決定する場合にすべての利害関係者を満足させるのは不可能だとしても、意思決定のプロセスを透明にすることで、争いが少なくなり、より受け入れられやすい結果が得られる。

10.3 参加及び意思決定要因における公平性  水配分の決定にあたっては、利害関係者の公平な参加がなくてはならない。また、湿地の機能、産物、特性など意思決定の際に考慮する要因の面でも、公平性を確保すべきである。意思決定は、多くの要因や競合する需要への考慮を要するという複雑なプロセスとなることが多い。ある水利用者が自分たちの需要が他よりも軽んじられたと感じることもある。法律的、あるいは政策的な理由からそれぞれの需要に重み付けをすることがあったとしても、どの需要も決して無視してはならない。どのような決定であっても、生態学的及び社会的な問題を経済的問題と同じように考慮しなければならない。

10.4 科学の信頼性  水配分の決定を裏付けるのに使われる科学的方法は信頼できるもの、また科学者たちの審査によって支持されるものでなければならない。生態系に関する適切なベースラインデータを始め、科学は適切な水文学的、生態学的データに基づいていなければならない。利用できる最善の知見と科学を用いることとし、その知見と科学は、研究やモニタリングによって知識が向上するに従って更新されなければならない。ただし、完全な知見が得られていないという理由をもって、行動をとらないことの口実としてはならない。予防的なアプローチ[]をとるべきである。

10.5 実施の透明性  水配分の決定に関する手順が定まり合意に達したならば、それらの手順が正しく実施されていると確かめられることが重要である。これにはすべての関係者が、各段階で行われた選択を確認でき、その選択の土台となった情報にアクセスでき、合意された手順を確認できるような、透明な実施プロセスが必要である。

10.6 管理の柔軟性  湿地は、多くの生態系と同じように、複雑さ、状態の変化、不確実性を伴う。したがって適応的管理の戦略をとることが不可欠であり、それには新しい情報や理解が得られるのに応じて変更できるような計画が必要である。

10.7 決定に対する説明責任  意思決定者には説明責任がある。合意された手順が守られていなかったり、主観的な意思決定が上記原則の精神に反するとされたりした場合、意思決定者は十分な説明を行わなければならない。一方利害関係者は、手順が守られていないと感じた場合、独立機関に支援を求めることができる。

原則の実践

11.以下のガイドラインでは、上記7つの基本原則を実践するためにとるべき行動を示す。このガイドラインは、a)政策と法律を含む意思決定の枠組み、b)水の配分を決定するプロセス、c)科学的ツールと方法、d)実施、の4つの部分に分かれている。詳細な補足情報はラムサールハンドブックに収められている。

意思決定の枠組み

12.湿地生態系に対する水の配分を決定するには、それを可能にする政策環境が必要である[]。この政策環境は、水と水の配分の法的位置づけを明確にするような、適切かつ適当な法的手段[]と、さまざまな配分方法の長所を評価する枠組みによって支えられていなければならない(Box A)。

13.決議.23と、ラムサール条約2003−2008年戦略計画[]のセクションにある実施目標2に示すように(Box B)、経済評価は意思決定を助ける枠組みの一つとなりうる。ただし、さまざまな形式の経済評価があることに留意しなければならない。この評価を水配分問題に適用する場合には、経済的な判定基準に加えて生態学的、社会的基準での評価ができることから、多基準分析を用いるのが望ましい。

14.また、湿地政策策定、立法、及び経済評価のそれぞれの枠組みの中で水配分の問題への取組みが行われるためには、生態系のサービス(訳注:生態系が環境・社会に対して与えるさまざまな利点)及び生態系の健全性のもつ価値に関する市民の認識を高める必要がある[]。そうすることにより、湿地への水の配分を支持するような政策、法律及び決定に対する理解が深まり、容易に受け入れられるようになる。

15.水を配分する場合の重要な要素は、利害関係者を意思決定プロセスに参加させることである。ここで言う参加とは、作業部会など意見交換と紛争解決を可能にするような討論の場の設置も含めなければならない。実施機関は学際的なチームを設置し、あらゆる報告書とデータを保管して公開する情報センターを開設する必要がある。

16.利害関係者の参加を通じて、集水域全体の水のさまざまな用途及び利用者を明確にするとともに、湿地の望ましい生態学的特徴の明示など水配分の目的を明らかにする必要もある。湿地に水を配分するのは、まずは生態学的な目的のためであるかもしれないし、漁業や家畜放牧などのような、賢明な利用の実施に関連する目的のためかもしれない。管理上の問題は数値で示すのがよい[]。

Box A: 湿地生態系への水の配分に関する政策と法律に関するガイドライン

決議.6で採択された「国家湿地政策の策定と実施のためのガイドライン」、決議.7で採択された「湿地の保全と賢明な利用を促進するための法制度の見直しに関するガイドライン」、決議.8で採択された「湿地管理への地域社会及び先住民の参加を確立し強化するためのガイドライン」を考慮して、

A.1 湿地生態系に水を配分することの法的位置づけを、他の用途への水配分と比べて優先性が明確になるように、水に関する政策と法律を見直す。

A.2 湿地生態系への水配分の決定に関する原則とアプローチの一貫性を確保するため、環境に関する政策・法律と水に関する政策・法律とを整合化する。

A.3 湿地生態系への水配分の決定と実施に関して、各省庁及び資源管理機関の責任を政策と法律の中で明確に規定する。

A.4 湿地生態系への水配分を管理する正式な意思決定プロセスに、必要に応じて、水資源管理に関する慣習法と慣行を組み込むため、関係の慣習法と慣行について調査し、文書化する。

A.5 環境への影響を最小化するために、新規及び既存の水関連施設に適用すべき最低基準を定める。特に、環境に益するよう水を配分して放流する施設、熱汚染緩和装置、魚道などがこうした施設の代表例である。


Box B: 湿地生態系の評価に関するガイドライン

B.1 湿地生態系の提供する財とサービスの価値に対する認識を高め、これらの価値評価を水資源計画に組み込む。

B.2 湿地の経済的な価値に加え、社会的、文化的、生態学的な価値をすべて評価できるような枠組み(多基準分析など)を明確に示す。

B.3 工業用、上水道用、集約的灌漑用、水力発電用といった他の利用価値と比較するため、湿地生態系に対するサービスという面から水利用を評価できるような経済ツールを開発する。


水の配分を決定するプロセス

17.政策、法律、及び意思決定に関する枠組みが定められたならば、上の手引きに示された概念を盛り込みながら、水の配分を決定するプロセスを定める。

18.明確に表現された測定可能な最終目標と目的を定め、はっきりと特定できる成果を指定すべきである。水配分の決定如何で影響を受ける可能性のある湿地をすべて特定し、その生態学的特徴を定義する一環として、その湿地が提供する財とサービスを明示する。このプロセスに見込まれるステップを Box C に大まかに示す。

Box C: 水の配分を決定するプロセス例

C.1 利害関係者の役割と責任を定める。

C.2 学際的なチームを設ける。

C.3 利害関係者が意見交換できるような討論の場を設ける。

C.4 意見交換と紛争解決のための討論の場を設ける。

C.5 データを公開する情報センターを開設する。

C.6 湿地の望ましい生態学的特徴を含め、水配分の管理目的を定める[10]。

C.7 水配分の決定の影響を受ける可能性のある湿地を特定し、それらが提供する財とサービス(これは湿地の生態学的特徴の一つである)を明示する。

C.8 湿地のモニタリングを(まだ行われていない場合)開始し、十分なデータを収集する。

C.9 湿地が要求する水の需要を明らかにし、湿地が提供する財とサービスの価値評価を行う。

C.10 湿地に水を配分するメリットについての知識を基にして決定を下す。

C.11 水の配分を確定し、実施し、モニタリングする。


19.湿地の水需要と湿地が提供する財とサービスを特定するためのツール、また湿地が社会に与える利益を評価するためのツールを開発すべきである。ツールの善し悪しはその土台となったデータによって決まるため、適切なモニタリングがまだ行われていない場合には、湿地の水文環境と生態についての適切なモニタリングを行うことが不可欠である。

20.湿地の水需要について計画を策定する場合には、湿地がその土地の生物相や生息地の維持に果たす役割を判断するため、過去の流れのパターン、地下水の流量、雨量、及びそれらの年々の変動を詳しく調べる。湿地への配慮を適切に行って水配分を決定しようとするならば、この情報を欠くことはできない。計画を策定する際には、湿地が本来受け取る水量の少ない、あるいはまったくない「乾期」についても検討する。ダムから放流される水の適温など、湿地の生態を維持するのに必要な水質も特定しなければならない。

21.決定が下されて実施に移されたならば、財とサービスの減少や消失について記録するため、湿地のモニタリングを行う。このような減少や消失が検出された場合には、実行可能ならば改善措置を講じる。

22.既にダムのある、またはダムが計画されている集水域では、水利用の優先順位の変更、ならびに下流域の生態系及び人々の生活にとって必要な条件を満たす環境流量放流の実施について十分に考慮する。場合によっては、川岸を越えて氾濫原の湿地や沿岸のデルタに水を供給するため、「人工洪水」が必要になることがある。

Box D: ダム下流の環境流量評価に関するガイドライン

D.1 水及びエネルギーの開発ならびに湿地生態系に対する水配分の管理に関する意思決定プロセスに、社会的、環境的(生物多様性も含む)、技術的、経済的、財政的な問題を組み込むことに関して、既存のガイドラインと情報(世界ダム委員会の報告書に含まれているものも含む)を適宜利用する。

D.2 湿地生態系への水配分の決定を水資源プロジェクト[11]影響評価プロセスの一環として行うことを奨励する。

D.3 プロジェクトが現在計画策定段階にある場合には、環境影響評価プロセス、湿地生態系への水配分の決定、及び必要であれば、有効な影響緩和措置の開発を支援するため、基礎データが確実に利用できるように、水資源に関するベースラインの生態系評価を開始することを奨励する。


ツールと方法

23.次のような3種類のツールが必要である。

a) 湿地の望ましい状態を確定し、水の配分プロセスの承認のために、利害関係者を参加させるためのツール;

b) 物理的、生物学的な科学ツールで、湿地の提供する財とサービスを定量化できるもの、また、これらの財とサービスに対する水の利用可能性の変化から生じる影響を予測できるもの;

c) 湿地の提供する財とサービスから社会が取り出す利益を評価するツール。

24.一般的なツールは入手できるとしても、それをさらに改良したり、地域的な要件に合うように調整したりする必要があるであろう。さまざまな課題(時間的、空間的)や期待レベルに対応できるよう、さまざまなツールが必要になるはずである。

25.水配分の及ぼす影響が少ないと思われる場合には、迅速で簡単な方法を採用することができる。また、生物種の水需要などのように、他の湿地から得られた知識を利用できる場合もある。しかしながら、議論を呼びそうな問題で、(公的調査などにより)詳細に調査しなければならないような問題については、水文・生態反応モデルなどのような精緻なツールが必要になろう。そのような状況の場合には、影響を受けるおそれのある湿地からも詳細なデータを収集する必要が生じるであろう。

26.それぞれのツールについて、さまざまな現地ケーススタディでその性能と適用性を試験する必要がある。水配分の事例にツールを使用した場合のモニタリングも行い、方法をより良く改良しなければならない。多くの場合、地域に生息する生物種の選択性と許容性を確立するため、基礎研究が必要になろう。

Box E: 個々の湿地生態系に対する水配分の決定に関するガイドライン

E.1 生活史の重要な段階における代表的在来種の生息地の選択性(水、物理化学性、地形の面で)、及び生息地の変化に対するその許容性を特定する研究を実施する。

E.2 水の配分を決定する対象となる湿地生態系において、生態学的特徴、(自然の、及び現在の)水文学的条件、(バックグラウンドの、及び現在の)水質条件、ならびに地形条件を確定できるようベースライン調査を実施する。

E.3 湿地生態系に水が配分されているかどうか、及びそれが生態学的に望ましい効果を上げているかどうかを確認するため、適切な生態学的・水文学的モニタリングを設計して実施する。

E.4 高水準の保護を要する湿地生態系(国際的に重要な湿地のリストに登録されている湿地または登録が提案されている湿地を含む)、または生態学的もしくは水文学的にラムサール条約湿地とつながっている湿地生態系を特定し、これらの生態系に対する水の配分を優先事項として決定し、実施する。

E.5 それぞれの現地で適用できるツールを開発し、または既にあるツールを現地に合うように改良し、その適用性を試験する。

E.6 ツールの適用状況についてモニタリングし、適宜改良する。


実施

27.生態系に適切に水を配分するため、水需要の管理に関して、長期的な戦略や計画を策定しなければならない。水の配分は、貯水池からの放流や取水制限など、さまざまな方法で達成できる。場合によっては、河川流量を増やすために地下水からの汲み上げを利用することも可能である。ただし河川から湿地への流入量を補うための地下水汲み上げは、その水に依存している他の生態系とその価値に著しい影響を与えない場合に限って認められるべきである。

28.通常の場合、水の流れは、自然の生態を維持できるように、自然の水循環にできるだけ近い形にしなければならない。放流や取水の程度、期間、タイミングを、人工的調整の行われていない近隣の基準集水域における水の流れと連動させることでこのことを達成できるが、そのためにはリアルタイムでのモニタリングが必要になる。干ばつ、洪水及び緊急事態については、特別な取水・放流規則を定める。湿地の第一の用途が農業(氾濫原における農業など)である場合には、氾濫原での田植えに合わせるなど、流量を特定の要件に合わせることができる。

29.放流と流量のパターンについて、あらゆる利害関係者とリアルタイムの情報を交換できるように、効果的な連絡の仕組みを確立しなければならない。

30.水質の管理においても同じく、できるだけ自然のプロセスとメカニズムにしたがう必要がある。水質は、水源、ならびに排水などの人為的影響によって必然的に変化するものである。貯水池から放流された水は、自然の河川の水質とは異なる(水温が低い、酸素量が少ないなど)ため、その影響を減らすように放水口の構造を設計しなければならない。

31.水の配分の遵守状況をモニタリングすること、また適切な行動と対応策を確保するようにすることは重要である。必要な場合には、モニタリングと評価結果を考慮して、管理戦略を調整する。

Box F: 湿地への水配分実施に関するガイドライン

F.1 湿地生態系に適切に水を配分するため、水需要を管理するための長期戦略または計画を策定する。

F.2 基準集水域での状況を自然の手がかりとして、あるいは特定の利用要件を満たすように、できるだけ自然の水循環(雨期、乾期の両方の)に近い形で水を配分する。

F.3 迅速な決定が求められるような干ばつ、洪水、緊急事態に関する運用規則を定める。

F.4 適切な配分量の水を適切な水質で放流できるようにするには、既存の施設をどのように修正すべきかを判断し、新たな施設についてはこの要件を確実に満たせるようにする。

F.5 放流と流量のパターンに関するリアルタイムの情報を利害関係者に発信する。

F.6 水の配分の遵守状況をモニタリングし、適切な行動や対応策がとられるようにする。

F.7 モニタリングと評価結果を考慮して、管理戦略を調整する。


結論

32.湿地生態系は、水資源の源である地球の水循環の不可欠な部分である。湿地の保全に対して十分な水を配分することで、産物(漁業など)及びサービス(洪水調節など)など、水資源の重要な便益を人々に提供することができる。

33.湿地を保全するには、湿地への水配分を推進するような国家政策、法的手段、及び意思決定のための枠組みを構築していかなければならない。また、湿地の提供する財とサービスなど湿地の望ましい生態学的特徴を明らかにし、その特徴の保全を意図した、意思決定プロセスを定める必要がある。

34.次の図は、湿地生態系の機能を維持するための水の配分と管理に関し、推奨される全体的なプロセスの諸要素を概略的に示したものである。

水の配分と管理に関する全体的なプロセスの諸要素.


原注:

1.ラムサール条約締約国会議は生態学的特徴を「湿地生態系の生物的、物理的、化学的構成要素、及び湿地とその生産物、機能、属性を維持する相互作用を総合したものである」(決議.10)と定義している。
2.地球水パートナーシップ2000。「水の安全保障への道:行動のための枠組み」。GWP、ストックホルム、スウェーデン。
3.ラムサールハンドブック第4巻「河川流域管理に湿地の保全と賢明な利用を組み込むためのガイドライン」を参照のこと。
4.1992年のリオ宣言原則15では、予防原則を次のように打ちだしている。「環境を保護するためには、各国がそれぞれの能力に応じて広く予防原則を適用しなければならない。重大な損害または取り返しのつかない損害が生じるおそれがあるときには、科学的に完全な確実性がないという理由をもって、環境の劣化を回避するコスト効果の高い措置を延期する口実としてはならない。」
5.ラムサールハンドブック第2巻「国家湿地政策の策定と実施に関するガイドライン」を参照のこと。
6.ラムサールハンドブック第3巻「湿地の保全と賢明な利用を促進するための法制度の見直しに関するガイドライン」を参照のこと。
7.Barbier, E., Acreman, M.C. & Knowler, D. 1997. Economic valuation of wetlands: a guide for policy makers and planners. Ramsar Convention, Gland, Switzerland.[邦訳:Barbier, E., Acreman, M.C. & Knowler, D. 著,小林聡史訳.1999年.「湿地の経済評価:湿地にはどのような価値があるか」.釧路国際ウェットランドセンター.]も参照のこと。
8.ラムサールハンドブック第6巻「広報・教育・普及啓発:ラムサール条約普及啓発プログラムによる湿地の保全と賢明な利用の促進」及びその問題に関する決議.31を参照のこと。
9.「ラムサール条約湿地及びその他の湿地に係る管理計画策定のための新ガイドライン」(決議.14)を参照のこと。
10.ラムサールハンドブック第8巻を参照のこと。
11.決議.9「生物多様性条約において採択された『環境影響評価の法制度・プロセス及び戦略的環境影響評価に生物多様性関連事項を組み込むためのガイドライン』及びそのラムサール条約との関連」も参照のこと。


ラムサール条約第8回締約国会議の記録 [和訳:『ラムサール条約第8回締約国会議の記録』(環境省 2004)より了解を得て再録,2005年,琵琶湖ラムサール研究会.]
[レイアウト:条約事務局ウェブサイト所載の当該英語ページに従う.]

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