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ラムサール条約 情報集

湿地の文化遺産9:
湿地と精神生活



湿地と精神生活

水は人々の生活に欠かせない.従って,古来より人々の信仰体系はどれも共通して水や湿地を神聖なものと見なしていた.このことは降雨の多い地域でも乾燥地域でも同様であった.人々と湿地のあいだの神聖な関係は,いまではすたれてしまった文化もあるが,今日もまだ世界の多くの地域にある.

[コスタリカのニコヤ湾岸での埋葬例「Bundle Burials」 () 条約事務局]

 考古学によって古代の湿地信仰の形跡が広範に提供される.米国フロリダ州の8千年前の埋葬地や,2500年以上も前から巡礼の旅が盛んであったことを示すチチカカ湖周辺で見つかった数多くの遺跡がまず例として挙げられる.英国においては,現在のダービー州のバクストンの街の古代ローマ時代の名称は「Aquae Arnemetiae」で,これは神聖な水と木立という意味の古いケルト語を思い出させる.この名称は約2500年前のもので,このような泉と林と神聖さの結びつきは,ブリテン島に広まったキリスト教のように,誇張なく数千の神聖な泉や井戸,渓流や島で保持されてきた.

人々と湿地の精神的な結びつきは長い歴史を持ち,こんにちでもたいへん重要である .

 同様な関係は,干ばつが普通にあり生活を脅かすこともしばしばある,インドにも見られる.ヒンドゥーの人々が伝統的に降雨を得ようとする願いは聖なる湖や周囲の木立の信仰に焦点があてられた.インド北部にありクリシュナの聖地であるヴリンダーヴァンの林では,村々はすべて自分たちの神聖な小さな湖「クンド kund」を保持した.クンドの周囲に植えられた木立が雨水の保持を助け,その木立のなかほどに寺院が建てられた.その寺院はクリシュナにまつわる神あるいは女神ラーダを祭った.クンドと木立は神聖不可侵であり,法的にもその寺院の神の所有とされた.こうしてクンドは維持され,雨水を蓄え,洪水を軽減し,灌漑用水を提供し,村の井戸水を供給する地下水を涵養し,また野生生物を支えた.近代になって,かつて神聖であったこれらの湖を軽視し汚染することによって,水不足や洪水,清潔な水の欠如といった問題を増加させている.いくつかのところではようやく,これらの聖なる場所の機能に対する配慮を高めようとする努力が払われている.

 アラビア半島では,湿地や泉は11世紀からイスラムの法的保護を受けている.「ヒマス himas」と呼ばれ,重要な水域や泉あるいは沼沢地の周辺に最大1までの範囲にこの保護区が設定される.イスラム法では,全ての生き物は新鮮な水を必要としそのような資源に妨害されずにやってくることが許されなければならない.従って,ヒマス内での搾取や開発が禁止された.1960年代に数千のヒマスが開発目的に廃止されたが,近年のイスラム環境法の意識の高まりにより,この原則を復権し,残っているヒマスを再生させようとする努力が払われている.この動きはいまや他のイスラム地域,例えばインドネシアやザンジバルなどにも拡がりつつある.

 ギニアの森林やサバンナ地帯では,伝統的信仰が村落の毎日の暮らしにまだ深く守られている.ここでは,いくつかの湖が地元社会にとって神聖であり,厳しい宗教的タブーや地元のルールが湿地資源の正しい利用を規定している.ワッサヤ湖では狩猟が禁止され,ごく短かい漁期が許される.この湖のワニさえも神聖である.人が湖を見に行きたい場合はまず村の長老グループの許可を得なければならない.これらの信仰は現在にまで受け継がれており,これら森林の湿地環境の生態学的完全性の維持を助けている.

 フランス南部,ローヌ川三角州のカマルグ地方は,キリスト教の聖母マリアを敬う古来よりの祭礼とその湿地や海で有名である.その主要な町サント・マリ・ドゥ・ラ・メール は聖母マリアの水とのつながりを祝ってその名が付けられた.ここでは毎年夏に,聖母像を三角州じゅうの各地へ運び,海に洗い,この地方の水と土地ならびに人々へのご加護を祝う.

 湿地の神聖な価値が数世紀にもわたって人間活動による妨害を受けずに残存することを可能にすることもある.標高4−5千メートルのチベット高原の西端にあるカシミール地方ラダック地区には多数の聖なる湖がある.地元の仏教徒の人々はたいへん尊び,その水域に入ろうとせず,そこから決して何も取らない.これらの湿地は,いくつかの鳥種の唯一の繁殖地となっており,独特の植物相と稀少な哺乳類を支える.

 文化によっては,湿地の経済的価値や社会的,文化的,精神的価値を区別しないものもあり,そこでは人々は自分たちの世界をずっと全体的に展望する見方を持っているように思われる.オーストラリアの先住民たちは,自分たちを自然環境の統合的な一部とみなしている.人が住む大陸の中で最も土壌がやせていて,たいへん乾燥した気候条件の下で,オーストラリアの湿地環境の高い生産性は,彼らに特別な重要性を与えている.彼らにとってたいへん多くの場合に湿地が神聖である.例えば,大地を形づくり人々の必要性を満たすために施してくれた創造主の物語やその働きの形跡と考えられている.このような全体的な見方は,アフリカや南北アメリカの先住民の多くの信仰体系にも見られる.

 人々と湿地の精神的な結びつきは長い歴史を持ち,そして多くの文化においてこんにちでもたいへん重要である.これらの信仰体系や伝統は湿地の文化遺産の重要な点であり,同時に多くの場合に湿地の保全と賢明な利用を確保する.


The cultural heritage of wetlands 琵琶湖ラムサール研究会 [英語原文:Ramsar Bureau. 2001. The cultural heritage of wetlands. Ramsar Information Pack for World Wetlands Day 2002, 11 sheets. [on-line] http://ramsar.org/wwd/2/wwd2002_infopack_pdfmenu.htm.
[和訳と編集:琵琶湖ラムサール研究会,2005年.HTMLページ左側に緑色で示したリンクに,情報集本文の参考になると考えられるものを同会が独自に紹介する.]


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