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ラムサール条約 情報集

湿地の文化遺産10:
湿地−芸術や文学,民俗的着想



湿地−芸術や文学,民俗的着想

Central American indigenous people's painting of wetlands
この絵は1999年5月にラムサール条約第7回締約国会議がコスタリカで開催された折りに描かれた.ニカラグアのコシボルカ湖南東部にあるソレンティナメ群島からの7名の先住民芸術家は,そこの湿地環境に密接につながる漁業と農耕の村に暮らしていた.彼らが締約国会議に来たのはIUCN中米が主催するプロジェクトの一環で,そのプロジェクトは中米各国の住民グループが集まり,彼らの暮らしにおける湿地の重要性を議論するものであった.その会合の成果として『中米の人々と湿地の宣言』がまとめられて,締約国会議に提出された(英語原文:http://ramsar.org/cop7/cop7_declaration.htm).そのプロジェクトの中で,ソレンティナメの芸術家たちに自分たちの湿地と人々との密接な関係を芸術表現することが提案され,彼らはその締約国会議のあいだにソレンティナメの環境をこの絵に描いた.この絵は締約国会議のちスイスの条約事務局の事務局長室に飾られている.

絵画: Fernando Altamirano, Paula Clarisa Arellano, Rodolfo Arellano, Silvia Arellano, Gloria Guevara, Elba Jiménez, Rosa Pineda.
ラムサール条約事務局の絵の紹介ページ「Central American indigenous people's painting of wetlands」 () より.

湿地は古来より,豊富な歌や音楽,踊り,芸術,文学,物語や祭礼などを生み出す人類の創造的な才能を刺激してきた.昔はたいていの人々が湿地資源に依存しており,豊かな歌や物語,踊りなどが特に湿地に対する尊重や畏敬の念を集合的に表現するものとして口承されていた.そして多くの場合,伝統的な湿地管理慣習の維持を助けていた.このような伝統は,世界中で300万人と推定される先住民の少なくとも5千の異なる文化において,いまも日々の暮らしに息づいている.

[タイ王国旅行公社「Loi Kratong Festival」 ()]

 水や湿地は,いにしえの祭礼における重要な要素であり少なくともある程度は今日でも見られる.例えばタイの灯篭流し「ロイ・クラトーン Loi Kratong」がある.人々はバナナの葉と色紙で形づくり,ろうそくや線香,花で飾ったクラトーンを水に対する畏敬の念とともに流す.同様の祭礼がラオスやミャンマーでも祝われる.中国のダイの人々が毎年祝う水の祭礼は子宝の恵みと幸運に関連する.鶴にまつわる祭礼は日本で数百年の歴史を持ち,冬越しに渡来した鶴を歓迎し,春はシベリアへ子育てのために飛び立つ鶴を祝福する.中国や日本の文化では,鶴は長寿のシンボルとされている.

 古来よりの伝統がまだ多く実施されているとはいえ,すでに数世紀にわたって日々の暮らしにおいて湿地から物質的にずっと離れてしまった人もまた多くいる.そのような人々にとっても湿地は,ときには全く違った面で,まだまだ着想の源である.19世紀の二人の作家の湿地に対する異なる見方をみてみよう:

汚れた下水 ... ぞっとするヨシ原 ... 人の足では到底横切ることができない ... 悪疫に満ちた大気(R.ワーナー,1826年)

色とりどりのさまざまな水生植物の花が,人里を離れ深遠で野生のこの地のいたるところに見られ ... 静寂に包まれ(バッキンガムスミス,1847年)

 湿地は,害悪や危険など不吉な場所と見られることもあれば,未曾有の自然美のありかと見られることもある.どちらの見方も芸術家や作家,詩人,音楽家などに着想を与える.

 湿地やそこに生息する野生生物は,中国や日本の芸術家に数千年ものあいだ繰り返し画題にされてきた.こんにち平和に満ちた湿地の風景や湿地の生き物を描く筆画が広く評価されている.例えば,19世紀の著名な日本画家の狩野永岳.古代エジプトで最もよく知られたものの多くはナイル川の動植物相に着想した.西欧の風景画は15世紀から20世紀初期にかけて,北部ではヨアヒム・パティニアや,アルブレヒト・デューラー,ヤーコプ・ファン・ロイスダールによって発展し,さらにヴェネツィアのカナレット(ジョバンニ・アントニオ・カナル),のちにロマン主義に統合される英画家ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーとジョン・コンスタブルなど,湖沼や沼沢地,河川を好んで画題にとりあげたものも見られる.フランス印象派のクロード・モネには,フランスのジヴェルニーの自宅に築いた池に生育する水生植物を描く一連の作品で彼の仕事を完成させた.こんにちまで,世界中の先住民芸術家たちも湿地をテーマにわくわくする作品をつくり上げている.

 英文学では,たとえばチャールズ・ディケンズの古典「大いなる遺産(原題 Great Expectations)」のように,河口域を野性的でスリリングな,しかしまた荘厳な場所として描いている.ずっと穏やかな外観で安息の地やロマンスの舞台を演じるものもある,例えばダフネ・デュ・モーリアの「情炎の海(原題 Frenchman's Creek)」における湿地の設定.湿地の「暗い」側面に作家や映画制作者が着想して,英雄の功業にとって危険な環境,あるいは犯罪のにおいのする不気味な舞台,超自然の舞台として沼沢地や湿地林が用いられることもある.西洋映画の古典C・S・フォレスター原作の「アフリカの女王(原題 The African Queen)」を見てみると,アフリカのビクトリア湖周辺がそのような舞台に用いられているのがその典型である.いくつかの湿地に与えられた名称にすら,人々の前に立ちふさがる湿地の性質がこめられている.たとえば,米国バージニア州南東部からノースカロライナ州北東部にかけてひろがるグレート・ディスマル湿地林(広大な荒涼たる湿地林の意)は,その著書に『ぞっとする不毛の地,終わることなくわきあがる汚い湿気が,大気を堕落させ息をするのもいやなくらいだ』と記したイギリスの探検家によって命名されたとも伝えられる

 湿原や泥炭地は北欧の一般的な湿地タイプで,この地域の人々にとって物語や伝説,祭礼の基盤にこの景観がある.現在でも地元の人々に着想を与えていることが湿原と泥炭地にまつわる短編コンテストに明らかである.このコンテストは1998年にフィンランド泥炭地協会が始めたもので,フィンランドだけでなくスウェーデンやカナダからも含めて1千に近い作品の応募があった.もちろん多くはその自然をテーマにしていたが,その湿地を舞台に犯罪やロマンス,戦争や超自然を扱ったフィクションも多数見られた.

 3千年以上の昔のギリシャと小アジアでの宗教の起源には,ギリシャの神々とその功業の物語がギリシャ神話にまとめられ,文学や詩歌,芸術の豊かな源となった.ギリシャ神話における湿地は多くの場合に神々に関連する場所であり,いくつものギリシャの神が,例えばアケロオスやアルピオスのような川をそのからだの一部に選んだ.神話のステュクス川はたぶん今日のアヘロン川と考えられているが,ハデス(冥界)と現世を区切る川として特に重要であった.口承ならびに記述された詩歌も,ギリシャ神話のシンボルや物語に芸術的形態を与え,2500年前のホメロスやヘシオドス,またアウグストゥス時代ローマ帝国の詩人オウィディウスのように,彼らのとてもわくわくする話に内陸の河川や沿岸域の舞台にうたわれる.

[サパタ湿地訪問記「Ciénaga de Zapata」 () 条約事務局]

 豊富な詩歌が湿地から着想している.それらの多くはその国の中で,あるいはその地方でしか知られていないこともあるが,湿地の文化遺産の力強い語り手の代表であり,湿地についての意識を高めることにたいへん貢献する.このような例にキューバの詩人エフライン・オタニョ・ヘラルドが挙げられる.彼はキューバのラムサール湿地サパタ湿地から着想し,湿地やその野生生物などについて数多く詩作している.近年作品が本にまとめられた.

 驚嘆すべきほどたくさんの欧州のクラシック音楽が水や湿地をテーマにつくられている.ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルは,例えば,水上で演奏するために組曲「水上の音楽」を作曲し,1715年にテムズ川に遊ぶイギリス王ジョージ1世のために演奏した.他にも,ベドルジハ・スメタナの「ヴルタヴァ Vltava」(またはドイツ語で「モルダウ」),ゲオルク・フィリップ・テレマンの「ハンブルクの潮の満ち干」,エドワード・エルガーの連作歌曲「海の絵」イ長調,フランツ・シューベルトのピアノ五重奏曲イ長調「ます Die Forelle / Trout Quintet」(D.667, Op.114),ピョートル・チャイコフスキーのバレエ「白鳥の湖」などが著名である.

 近年には湿地に着想した「新たな」伝統が生まれている.たとえばシギチドリ類フェスティバルが米国とメキシコで過去10年間発展してきている.延べ箇所数で100以上の湿地で地元の人々と湿地への訪問者をひきつけてシギチドリ類の春の到着を祝っている.これは明日の文化遺産を築いているところだと言えよう.

 これらの全ての場所で,湿地の舞台やそれに関わるものが,世界中のたいていの,たぶん全ての文化において,その芸術的遺産への重要な道筋に貢献している.ここに挙げた例はそのほんのさわりに過ぎない.湿地が大きな影響を与えるのは映像,口承,実演的芸術のすべてにわたり,それらは古典的な西洋の伝統だけでなく世界の全ての地域の国内的・地方的文化である.それらについてより理解を深め真価を認めるために,ますます研究が必要である.


The cultural heritage of wetlands 琵琶湖ラムサール研究会 [英語原文:Ramsar Bureau. 2001. The cultural heritage of wetlands. Ramsar Information Pack for World Wetlands Day 2002, 11 sheets. [on-line] http://ramsar.org/wwd/2/wwd2002_infopack_pdfmenu.htm.
[和訳と編集:琵琶湖ラムサール研究会,2005年.HTMLページ左側に緑色で示したリンクに,情報集本文の参考になると考えられるものを同会が独自に紹介する.]


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