こじんまりとしたアパートのダイニングのテーブルでリリィ・カーンは歳の離れた兄の帰りをまんじりともせず待っていた。
兄は彼女が人前に出る事を嫌うのでキング・オブ・ファイターズの観戦はもっぱらテレビであるが、兄の決勝戦での敗退を知り、用意していたシャンパンと手作りのケーキは片付けてしまった。花束は捨てるに忍びないので花瓶に活けている。
わたしは準優勝でも充分スゴイと思うけど、お兄ちゃん負けず嫌いだから…
時計は既に日付が変わった事を示している。
街の有力者の護衛役という兄の仕事柄、連絡の無いまま外泊という事も珍しくないのでいつもなら諦めて先に寝ているのだが、ここ数年キング・オブ・ファイターズの決勝戦の日はどんなに遅くなってもリリィの祝いの言葉を受けるため帰宅していたのだ。
やっぱり、負けたら負けたで大変なんだ。
さすがにもうあきらめようかと思ったとき、ドアが開いた。
迎えに出たリリィは思わず立ち尽くした。
兄ビリーが包帯だらけの姿で立っていた。
「お兄ちゃん…? ひどいケガ!」
「大丈夫だ、病院には寄ってきた。」
兄は片足を引きずって入ってきた。リリィは支えようとしたが、自分の背は兄の肩までしかないので役に立たない。
「お兄ちゃん…晩御飯、どうする?」
「イヤ、いらない。医者で薬を注射されてきたんで、悪いがすぐ横になる」
自室に向かう兄を見ながらリリィはああ、外の顔のままだ、と思った。
兄がどのような仕事をしているのか彼女はよくは知らないが、時折、例えば試合などでテレビに映る兄の顔は、肉親ながらこわいと思える。
だが、家に帰ってくる時はいつも優しい顔をしていた。
これが彼の地なのか、妹に心配をかけまいと気を遣っているのか…
どちらが本当の兄の姿なのかリリィにはわからない。
たまにケガをして帰ってくるときも心配するリリィを、「大丈夫、大丈夫」と明るくあしらっていた。もっとも最近は大きなケガをすることも減っていたのだが。
今夜の兄は真っ青にこわばった恐ろしい顔をしている。
自分の部屋で横になり、どれほど経ったろうか、リリィは何かの声に目が覚めた。
うめき声が聞こえてくる。
兄の部屋を覗いてみると、ひどくうなされている。
額に手を当てると驚くほど熱かった。
ケガから熱が出ているんだ
リリィは急いで濡れタオルでビリーの額を拭いた。
真夜中、というより夜明け前である。しばらくはどうしようもない。
ビリーは苦しげにうめき続けた。
リリィは兄の服のポケットから一枚の紙を見つけた。
病院でもらったらしい処方箋だった。
夜が明け、店が開く時間になるとすぐ、リリィは処方箋を手に近所のドラッグストアへ赴いた。
ドラッグストアの店主は一人の客と何やら話し込んでいたが、リリィの顔を見るとピタリと話を止めた。
リリィの渡した処方箋を手にしきりにうなずきながら薬を取りだし、彼女に渡した。
リリィが店を出ると同時にまた話を始める。
「あの子の兄貴も…」
「これからどう…」
そんな言葉が切れ切れに聞こえてきた。
何だかわからないけれど、いつもと何かが違う。
リリィはそう思わざるをえなかった。
アパートに帰る前に朝食のための買い出しをしようと寄った雑貨屋で、リリィは今朝の地方紙を手に取ってみた。
「ハワード・コネクション会長、墜落死」という文字が大きく躍っていた。
これって、お兄ちゃんが勤めている所の…!?
アパートに帰ると、兄はベッドに腰を下ろし、宙をにらむようにしていた。
「お兄ちゃん、薬買ってきたよ」
「置いておいてくれ」
押し殺したような声で兄が答える。
「じゃあ、お水もってくるね」
台所へ行きかけると、ガシャーンと背後でものすごい物音がした。
あわてて駆け寄ろうとしてすぐ立ち止まる。
「畜生、チクショオゥ!オレがもう少し…オレがもう少し…」
ずいぶん昔には時折こういうことがあった。
兄がコネクションで働くようになる前、まだリリィが幼かった頃、たびたび兄は顔をあざだらけにして戻ってくると、部屋にこもって悔しさをぶちまけていた。
「ギース様、オレが」
叫びはいつしか鳴咽に変わっていた。
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