次の日の朝、ビリーはハワード・セントラル・ビルを訪れた。
数週間ぶりのギース・タワーである。
建物の中に入ると気のせいか以前より活気がなくなったように思える。
受付の前に立つと案内嬢が目を丸くした。
「…ビリーさん?」
「よう。リッパーかホッパーはいるかい?」
「はい、リッパーさんなら秘書室にいらっしゃいますが」
「ありがとよ」
ビリーはエレベーターに乗り最上階へ向かった。
秘書室ではリッパーが書類の束に目を通していた。
例のごとくサングラスをかけているのではっきりしないが些かやつれたようである。
ビリーの入室に気付いてリッパーは書類を机に置いた。
「しばらくだな。何をしに来た」
「ずいぶんな言われ様だな。まだ首切りの電話はもらってないはずだが…」
言いながらビリーは封筒を取り出した。
「だからこいつを持ってきた」
「これは?」
受け取りながらリッパーは訊いた。
「辞表さ。守る相手がいないんじゃ用心棒は仕事にならないからな」
「そうか…」
リッパーは無表情に辞表を引き出しにしまった。
「これからどうする気だ?」
「さてね、とりあえずこの街をできるだけ離れるつもりだ。いっそのこと外国にでもいってみるかな」
「外国ってお前、英語以外話せたか?」
「日本語なら挨拶くらいできるさ」
如何にも意外だという顔のリッパーに、ビリーは悪戯っぽく笑ってみせた。
「まあ、英語が通じる外国といえば英国くらいかな。考えてみるか。じゃあ、今まで世話になったな」
「ビリー、ちょっと待て」
立ち去ろうとする背中にリッパーは呼びかけた。
ビリーが振り向くとリッパーは何やら紙に書き込んで差し出した。
受け取るとそれは小切手だった。ゼロが五つ並んでいる。
「何だ、こりゃ」
「退職金のつもりだが不足か?」
「いや、そうじゃなくて」
リッパーは溜め息をひとつついた。
「挨拶の礼さ。ライデンもホア・ジャイも何も言わずに消えてしまったからな」
「そうか…」
ビリーはしばらく小切手を眺めていたがポケットにしまった。
「ありがたくもらっておくよ。…あんたらも大変だな」
「まあな。ハワード・コネクションは総合商社だからトップがいなくなっても運営は継続する必要がある」
「表の稼業だけでも続けにゃならんって訳か」
リッパーは苦笑した。
「オレにゃ何にもできないが、頑張ってくれよな」
ビリーは軽く手を上げるとドアへ向かった。
「…ビリー」
リッパーが再び声をかけた。
「何だ」
「いや、その…そう、妹さんの事はどうするんだ」
「リリィはこの街に残ると言っている。正直いって心配なんだが…」
「そうか、なるべく気にかけるようにしておこう」
「そうしてもらえると助かる」
ビリーは真剣な表情をすると、今度こそ退室した。
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