◆◇◆ BEFORE THE BOUT ◆◇◆

〜scene 2〜


 ギース・ハワードは十数台並ぶモニターを眺めていた。
 キング・オブ・ファイターズの予選は一風変わった方式で行われる。
 試合の組み合わせは主催者側によって決定されるが、基本的にストリート・ファイトなのである。サウスタウンの中であればどこで戦ってもよい。相手と出会った場所が試合場となるのである。街中に配備された主催者側スタッフがその模様を撮影し、ケーブルテレビに於いて放送するのである。
 当然ながら賭けの対象となっている。
 キング・オブ・ファイターズはハワード・コネクションに収益をもたらすイベントであったが、ギースにとっては別の意味も持っていた。
 彼の手持ちの戦力の強化と人材の発掘である。

 ギースの子飼いのファイター達は順調に予選を勝ち上がっていた。

 ライデンは手加減を知らない残虐な力技と容赦無い反則技で、観客の血への渇きを癒す悪役(ヒール)覆面プロレスラーである。だが、彼がかつてパワフルなプレイで人気を博していた正統派プロレスラーの名を変えた姿であることを知るものは少なかった。
 所属事務所とのゴタゴタから試合に出られなくなっていたところをハワード・コネクションが引き抜いた。以後彼は多くの人々の恐怖の対象となっている。

 ホア・ジャイは前ムエタイ・チャンピオンであったが、日本人青年に王座を奪われ引退を周囲からささやかれていたころ傘下に引き入れたのだった。
 今回の大会に当の現チャンプが出場しているという話を聞き、非常に発奮しているらしい。

 前回の優勝者のビリー・カーンは今日は試合が無い。彼は他の二人と違い華々しい経歴は無い。ギースがダウンタウンから拾い上げたチンピラである。
 自己流の棒術で初めてキング・オブ・ファイターズに出場した際は、武器使用は卑怯ではないかとの声も上がったが、棒術は東洋では体術の一つとして認められていることや、「銃刀器の使用を禁ず」という大会規則には触れていないこと、なにより大会主催者の護衛役という事実により、それらの声は黙殺された。

 数多くの画面に視線を走らせていたギースは不意にその一つに目を止めた。
 「今の技は…?」
 あごに手をあてて数秒間考えた後オペレーターに指示を出した。
 「D16の試合をリプレイしろ」

 サウンド・ビーチのそばで革ジャンにキャップを被った青年がボクサーと対峙している。帽子の青年は長い手足を巧みに利用して戦っていたが、突然両手を広げ、一瞬後に拳をボクサーに叩き付けた。ボクサーは激しく後方に吹き飛ばされる。
 「もう一度戻せ」
 青年の拳の周囲が妙に揺らめいていて、はっきりと映像に写らない。
 「これは…気か?」

 ギースは傍らの秘書にこの試合の出場者を確認した。

   マイケル・マックス――格闘スタイル:ボクシング
   テリー・ボガード――格闘スタイル:マーシャルアーツ

 …今の技は東洋の拳、それも「あの」流派に似ている…
 テリー…ボガード…?
 まさか…

 ギースはテリーの試合全てを画面に映し出した。
 その中でテリーは地に拳を叩き付け、衝撃波のようなものを地に沿って飛ばしていた。
 「間違いない。この男、気を操っている」
 東洋の体術を学んだ者であれば「気」の操りかたを知っていても不思議はないが、この青年の戦い方はギースの記憶を刺激した。
10年前、自分に盾突いた男。正義とやらを振りかざしていた愚かな男。
 ジェフ・ボガード。

 ギースはテリーについて調査するように部下に指示を出した。


 キング・オブ・ファイターズも本選に入り、会場がサウスタウン・スタジアムに移された。

 ギースはスタジアムの貴賓席から試合場を見下ろしていた。
 秘書のリッパーがギースに資料を手渡した。
 「ジェフ・ボガードに養子がいたのか。しかも二人」

 「はい、一人はテリー・ボガード。もう一人はアンディ・ボガードといいますが、こちらも今回のキング・オブ・ファイターズに出場しています。二人とも現時点まで勝ち残っています」

 「父親の仇を討ちに来たつもりか」
 ギースは鼻で笑った。
 「さて、ここまで来たことは誉めてやるが、この先はどうかな?」
 資料を傍らに投げ出すと、試合の組み合わせを表示した電光掲示板を眺めながら言った。
 「ビリーを呼べ」


 「ギース様が何だって?」
 特別選手控え室でライデンはビリーと向き合っていた。

 「あんたの次の相手になるテリー・ボガードだが、殺しても構わんとさ」

 「ほう」
 ライデンは巨体を揺すって笑った。
 ウエイトが倍ほど違うので、ビリーと並ぶと大人と子どものようになる。
 「そいつは一体何をやらかしたんだい」

 「さてね、オレにはわからんが。なにやらギース様と因縁があるらしいぜ」
 ビリーはそれ以上語らなかったが、少年期からサウスタウンで生きてきた彼にはうすうすだが事情を察する事ができた。

 「まあ、任せておけ。背中から半分にへし折ってやるぜ」
 ライデンはポーズをひとつつけると控え室を出た。

 「当てにしてるぜ」
 ビリーはにやりと笑ってつぶやいた。



 ギースは試合場に醒めた視線を投げかけていた。
 ムエタイの「元」チャンピオンと「現」チャンピオンの対決の末、彼の配下のホア・ジャイがジョー・ヒガシに敗れたのである。
 「奴め、勝ちをあせりよって」
 ギースは傍らの部下達を振り返り、
 「ホア・ジャイに薬を渡したのは誰だ」
と問い質した。
 緊張と困惑の空気が流れたが、答えは返らない。
 「まあ、よい。個人的怨恨を試合に持ち込んでも、勝ちを得るほど戦いは甘くはない、ということだな」
 ギースは冷たく言い放った。

 「ギース様、どちらへ」  主が立ち上がるの見て周囲は慌てて声をかけた。
 「帰るぞ、後は直に見るまでもなかろう」
 「し、しかし」
 「結果を楽しみに待つとしよう」
 ギースの浮かべた微笑の意味を量りかねながらも、部下達は試合場に背を向ける彼の後を追ったのだった。


◇TOP◇  ◇BACK◇  ◇NEXT◇
author's note