◆◇◆ WILD ENCOUNTER ◆◇◆


◇2◇


 ビリーはオフィス風の部屋のソファの上で意識を取り戻した。

 黒服黒眼鏡の男が電話の受話器に向かって話し続けている。
 「…そうだ、重傷者には全員治療費と当面の生活費を保障することを改めて通達しろ。」
 受話器を置き、ビリーに気付き振り向く。
 「やっと目が覚めたか」

 「ここは…警察じゃないのか」

 「ハワード・セントラル・ビルディング、通称…」

 「…ギースタワーか…」

 「そうだ」
 黒眼鏡の男は投げ遣りな調子で言葉を返した。
 「ギース様の気まぐれでな、お前を刑務所に放りこませないために、こっちは今おおわらわだ。」

 ビリーは自分が打ち倒した人間の数の多さを思い起こした。自分の前に広がった血まみれの光景…現実感の乏しい情景を。

 「金で片をつけているのか?」

 男は視線を投げて寄越したがそれは明らかに
 「お前にそれだけの価値があるとは自分には思えない」
と語っていた。
 「先程からギース様がお待ちだ」
とだけ口にした。


 黒眼鏡の男に導かれて入室したビリーは、立派なデスクの向こうに先刻自分を子どものようにあしらった男が背を向けて立っているのを認めた。
 一面ガラス張りの窓から外を眺めている。彼の立つ位置よりも高い建物は存在しない。

 サウスタウンの支配者と呼ばれる男はゆっくりと振り向いた。

 「やっと話ができるな、ビリー・カーン」

 「どういうつもりか知らねえが、オレに恩を売ったってなんにも返ってこねえぜ」

 「貴様、ギース様に対して何という口の利き方を」

 「かまわん、リッパー。しばらく二人で話をしたい」

 「し、しかしギース様…」

 「何も起こりはせんさ」

 なめられたものだ、と思わないでもないビリーだったが、確かに今の自分は目の前の男に打ってかかっていく気には毛頭なれなかった。
 叩き伏せられた恐怖心というよりは、今目の前で男が放っている静かな気を体が感じ取っているせいだ。

 リッパーは不満を完全に隠しきることに失敗しながら退室した。


 「さて、ビリー。私はこうやってお前と話をする準備をしただけだ。別に恩を着せたつもりはないし感じる必要もない」
 ギースは一旦言葉を切り、デスクに腰を下ろすとおもむろに口を開いた。
 「ビリー・カーン、私の下で働かないか」

 …これは勧誘という形の命令と取れなくも無かった。おそらくNOという答えは受け入れられないだろう。だが不思議と不快には感じなかった。

 「…オレはスラム育ちでハイスクールも出てねえし、何も資格を持ってねえ。こんな立派なビルの中に入ったってオレの出来る事なんかありやしねえんじゃねえか」

 ギースはアイス・ブルーの目を細めて笑った。
 「私はお前の力を買いたいのだ、ビリー・カーン」

 ビリーは思わず自嘲的に笑った。彼我の力の違いを思い切り見せ付けられているというのに…

 「あんたは充分強いじゃないか。それにオレは格闘技を習ったことなんてないし、ストリートファイトをやっていた訳でもねえ」

 「だからこそ、なのだがな」
 その台詞は口の中で語られた。

 「確かに私の望みは私自身が誰よりも強く、高くあることだ。だがそろそろ私の代わりに私が望む通りの事を為し遂げる部下が必要なのだ」

 「望む、こと…?」

 ギースの瞳がビリーの瞳をしっかりと見据えた。その口元に不敵な笑みが浮かぶ。

 「人々に強さを見せつけることだ」

 ビリーは自分が相手に飲み込まれているのを感じた。背中に震えが走っている。

 「銃火機などによらない純粋な力だけが真に人々に畏怖の念を抱かせる事が出来るのだ。お前はまだ自分の力に目覚めたばかりで未熟だが、鍛えようによってはまだまだ強くなるだろう。どうだ、お前は自分の力の行先を見定めたくはないか」

 ビリーの背中を冷たい汗が伝い降りた。

 「お前はまだ己の強さによって得られるものを知らないだろう。今までお前を押さえつけ、縛り付けてきたものを振りほどくのだ、ビリー・カーン」

 ビリーは呪縛を振り払うように目を閉じた。深く、深く息を吸い、静かに瞼を開いた時、その青い瞳はもう揺らいではいなかった。

 「オレなんかの力を認めて買ってくれる、というのなら、オレに…自分にどれだけの事ができるかわからないが、オレの力はみんなあんたの物だ」

 「役に立つ間はな」

 自ら勧誘しておきながらあまりにも冷たい言い様であった。が、二人の間はそういう関係なのだという宣言であり、ビリーもそれを理解して肯いたのであった。


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