◆◇◆ THE INTERMISSION ◆◇◆


◇3◇


 何時の間に入ってきたのか長身の男が立っていた。闘牛士の衣装をまとい、細身の端正な顔に整った髭を蓄えている。

 「このような男の力の程もわからないうちに、配下に加えようとなさるとは、軽率ではありませんか」

 「ローレンス、しばらくこの部屋には入らないように申しつけておいたはずだぞ」

 「申し訳ございません。しかし飼い主が死んだからといってすぐ別の相手にしっぽを振る犬など、信用がおけないではありませんか」

 「てめえ、なにもんだ?」

 「これは失礼、セニョール・カーン。私はクラウザー様の部下、ローレンス・ブラッド。しかし、君のように口の利き方も知らないような男が片腕だとは、ハワードという男の程度が知れるというものだな」

 「何だと!?」

 「やる気かね?」
 ローレンスはクラウザーを振り仰いだ。
 「クラウザー様。この男の実力をこの場で私が確かめてみせましょう」

 「よかろう」

 ローレンスは腰のサーベルをゆっくりと抜き、胸の前で逆十字架のように捧げ持った。そして一振りして構えをとり、赤い布をひらめかせる。
 「さあ、かかってきたまえ」

 「…オレは牛ってわけかい」
 ビリーは腹が立つより先に笑えてきた。
 棍を構え、ちらりとクラウザーの方を見遣る。クラウザーは感情を全くあらわさず、静かにこちらを見ている。
 …品定めってわけか。まあ、仕方ねえな…
 ぐっと棍を握ると奇声を上げて跳びかかった。

 ローレンスはヒラリと身をかわした。顔には余裕の笑みを貼り付けている。
 「幸い、今まで犬を相手にする機会はなかったのだがね。所詮、私の剣技の前には為す術もなかろう」
 ヒュイッとサーベルが唸る。
 「こんな風にだ!」

 すさまじい速さで繰り出される剣の切っ先をビリーは棍で受け止めようとしたが、瞬く間に何個所か服が切り裂かれ、体に紅い筋が走った。
 「チッ」
 ビリーは舌打ちをした。
 …確かにこいつはかなり速いぜ。大振りはできねえ。
 ビリーは棍を短く持ち替え、自分も鋭く突いていった。

 ジャリーン、ギャシャーン…
 鉄を仕込んだ棍とサーベルがぶつかり合って耳障りな音を立てる。

 「ふはは、この程度の腕でクラウザー様に仕えようとするなんぞ、片腹痛いわ」
 ローレンスはビリーの眉間目掛け剣を伸ばし、飛び込むようにして踏み込んだ。
 ビリーはかろうじて首をひねったが、紅白縞のバンダナはざっくりと切れ、額を血の筋が一本流れていく。

 「……」
 ビリーは唇を舌で湿した。
 棍の方がサーベルより長いが、相手の長い手足のためにリーチは五分五分だ。ビリーは今までの対戦相手に間合いの広さをさんざん卑怯呼ばわりされていたことを思い出し、口元をねじ曲げた。

 「何がおかしい!」
 劣勢に追い込んだはずの相手に笑われたと思い、ローレンスが初めて怒りを見せた。
 「これで終わりだ!」
 再びサーベルの切っ先を唸らせて、鋭く踏み込む。
 と、ビリーが視界から消えた。
 「何!?」

 ビリーは棒高跳びの要領で跳び上がり、ローレンスの背後に降り立った。すかさずガラ空きの脇腹に一撃叩き込む。

 「げはあっ」
 ローレンスの長身がゆらめく。そこへ続いて突きが繰り出される。
 「何の…」
 サーベルを握り直した腕に棍が叩きつけられた。
 ギャリリ……
 サーベルがよく磨かれた石の床を滑っていった。

 ビリーは棍の先をローレンスの喉元に突き付け、肩で大きく息をした。
 「ヘイ、ミスター・ブラッド。確かにあんたの言う通りさ。あんたがどんな大層な生まれかは知らねえが、オレみたいな貧民の出は生きる為にはなりふりなんて構っちゃいられないんだ。プライドもへったくれもねえ。力のあるモンを頼るしかないんだよ。そのかわり食わせてもらった分の働きはしっかりするぜ」

 黙って撃ち合いを見ていたクラウザーは初めて満足げに頷いた。
 「さあ、これで忠誠を誓ってくれるな」

 「…いや、忠誠とやらは誓えねえな」

 「なんだと」
 ローレンスが気色ばむ。

 「…どういうことかな」
クラウザーが静かに尋ねる。

 「オレら用心棒稼業は自分の腕が売り物だ。より高く買ってくれた方につくだけだ。ただし、金の分の仕事はキッチリする。損はさせねえぜ」

 クラウザーは軽く笑い、組んだ膝の上に右肘をつき、掌にあごを乗せ、意味ありげな視線を寄越した。
 「君はあの男にずいぶん忠義を尽くしていたと聞いていたのだがね」

 「…一番最初のお客が一番高値を付けてくれたのさ」

 「なるほど」
 クラウザーは腕を組み、深々と椅子に座り直した。
 「ならばそれ以上の金額で君の腕を買う事にしよう。期待しているぞ」

 ビリーは棍を構え直し、ニヤリと不敵な笑いを作ってみせた。
 「さて、オレはまず何をすればいい?」

 「さしあたって、特にまだ仕事はない。キング・オブ・ファイターズに向けて、技を磨いておいてもらおう。とりあえず部屋を用意したので、旅の疲れを癒すがいい」

 「ありがたき幸せ、ってトコだな。お言葉に甘えさせてもらうぜ」

 執事に案内されてビリーが退室するのを見届け、ローレンスが詰め寄った。
 「よろしいのですか、クラウザー様! あの様な金銭で動く下世話な者を用いて!」

 「フフ、わかりやすいではないか。私の顔を見るなり忠誠を誓うよりはよほど信頼が置ける。それに、騎士というものは己自身の名誉と富のために戦うものだ。…なに、私の力を知れば自然と私に従うようになる。そうではないか? ローレンス」

 ローレンスは一瞬言葉を詰まらせ、頷いた。
 「…御意」

 クラウザーは不意に顔を歪めた。
 「我が力…このクラウザーの力は、あのギースという輩など問題にならぬことを直に思い知らせてくれよう」

 与えられた部屋はやたらと広く、気の休まらないまま、ビリーはスプリングの利きすぎるベッドにゴロリと横になっていた。

 自分で自分の取った言動がいささか不可思議だった。
 素直にクラウザーに忠誠を誓ってみせればよかったのかもしれない。
 だが、彼は自分が決して器用な人間ではないことを知っていた。
 クラウザーに対して心から伏して仕えることなどできはしない…
 その心中を隠し通すことなどできないであろう。
 ならば、はじめから金の関係とお互い割り切ったほうがよいのだ。

 ギース様に代わる人間なんているはずがねえ。

 クラウザーに語ったように、ギースは初めて彼の腕を買った人物であり、彼も生活のためにその人に仕えていた。それだけのはずだった。
 だが何時の間にか、彼にとってギースがただの雇い主でなくなっていた事を、この数ヶ月の間にいやというほど思い知らされた。
 目の前が暗くなるほどの衝撃を、体内が引き裂かれるような喪失感を、まだビリーは自分自身にうまく説明をつけることができないでいる。

 クラウザーの野郎にはオレが金にへつらうと思わせとけばいいさ。

 そううそぶくとビリーは浅い眠りに身を任せた。



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