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(四) 二十日は木曜会だった。 その日の夕刻、思わぬ来客があり、会には少し遅れて行った。 いつもの木曜会より二週間遅れた例会だったが、彼が行った時には既に他の全員が揃ってい た。 「来客で少し遅れてしもうた」 高木は弁解をしながら席についた。 「ほな全員揃ったことやしもう一度乾杯や」 高木が来る前に一度乾杯をしていたようだが、もう一度乾杯をしようと今回の幹事の森本が言 い、全員のグラスにビールが注がれた。 「ほなもう一回、今年の無事を感謝して、それから来年の活躍を祈念して乾杯」 森本の音頭で再度の乾杯をした。 この木曜会の毎回の会場は石山寺の近くの、瀬田川に面した料亭「近江」である。 この辺り一帯は大津でも一番の観光地域になっている、近江八景で有名な瀬田の唐橋や紫式 部が源氏物語を書いたと言われている石山寺などがある、昔は勢田城があり歴史的にも重要 な地域になっている。 それに案外知られていないことには、琵琶湖の流出河川はこの瀬田川だけなのである。 ほかに浜大津で疎水がありそこからも流出はしているが、河川としての意識は滋賀県人には ない。 広い琵琶湖には流入河川が沢山あるにも拘わらず、流出河川と言われる物が一つだけなの は昔から結構問題があったらしい。 それは琵琶湖の水量の調節が難しく洪水や渇水の対策に手を焼いた歴史でもある。 現在は南郷に堰が出来、昔とは随分かわったが、それでも極端な長雨や渇水にはまだ十分と は言えない。 交通の便はと言えば、京阪電車がこの近くの石山寺駅まで来ている、京阪と名前を聞けば京 都と大阪だけの電車のように思ってしまうが、実際のところは滋賀県と結構縁が深い。 それだけに京阪地域と大津を結ぶこの京阪電車は、比叡山延暦寺や石山寺へ行く観光客で 賑わい結構な乗客にめぐまれている。 それらのことから、この瀬田辺り一帯の開発が県を中心に十数年前から進められて来てい た。 それ程土地としては広い地域ではなく限られてはいるが、観光地開発の目的があるのだろう。 また琵琶湖や瀬田川は自然を守るための法律があり、慎重な工事が行われてきた。 実際の計画より大幅に遅れたため、ここ二、三年前から国の直轄事業になったと聞いている。 直轄事業になれば法律の関係も予算の関係も県が施工する事業よりもスムースに行く。 高木の会社が買った問題の土地はそのような開発の区域の中にあった。 暫くして、宴席に女達が呼ばれた、高木が遅れていた為、別室で待たされていたようである。 若い女性たちがそれぞれに酌をして廻ると一挙に和んだ。 冗談を言いながら和やかに宴が進み、高木は遅れて来ていたため、遠慮をしながら一人で飲 んでいた。 「おい、お前のとこはどうや?」 いきなり別保が話しかけてきた。 「何が?」 「土地の売れ行きや」 「ああ、いきなり何のことや思うた」 「この頃分からんようになってなあ」 相変わらず説明の無い聞き方だが、だいたい別保はいつもこんな調子なので彼の話は大方 の見当はつく。 「建売の売れ行き悪いんか?」 「ああ」 「俺は土地だけやからなあ、けど土地もそんなにええことはないで」 「最近の状況はなんやしらんけどおかしい、お前はどう思う」 「そら悪いのはどこも同じや、そやけど今の時期は仕方が無いやろ」 「うん」 「もう、昔のような訳にはいかんって」 「そやけど、お前この前大きな契約が出来たんやろ」 「知ってんのか?」 「うん、皆知っとる」 「まあ、契約が出来て当たり前やけど、もし出来てへんかったらちよっと困る、一喜一憂しとら れへんわ」 「そらそうやなあ」 「それでもな、いつも思うけど、我々の業界はギャンブルみたいなもんや、先の読みなど出来ひ んと割り切ったほうがええんちゃうか」 「ああ、それはそうかも知れへん、でもなかなか割り切れへん」 別保は豪快な気性の割には、細々と心配をする。 「しかし変わったなあ、あれだけマスコミに叩かれたらそうなるのか?」 たしかに、昔の高木からみれば最近は随分と我慢強くなった。 「うん、それもあるかもしれへんなあ、最もそれだけではないけど」 国との訴訟を嗅ぎつけたマスコミは、時代の要請もあったのか、随分高木を悪者扱いした。 「それでその後裁判はどうなんや」 「厳しい」 「しかしもう大分になるやろ」 「うん五年は過ぎた」 「もうそろそろ目処が経つ頃か?」 「ああ」 心配をして言っているのか、野次馬なのか、それは高木にはわからない。 相手が別保ならばそれほど隠し事をする必要もないだろうと思い話した。 「今月の二十三日が証人尋問や、それで大方の目処はつくやろ」 彼は別保に応えた。 「ようやるわ」 自分のことも少しは含まれていたのか、お互い経営者はつらい。 しかしこの国との訴訟は業界でも興味のある訴訟だった。 通常はあまりこのようなことはない、高木は単に土地を買っただけのことで、これほどまでの訴 訟になるとは夢にも思わなかった。 確かに原告の国が、この土地は国有地であると主張するのは一見筋が通っているように見え る。 だが、譬えその土地が国有地であったとしても、このように行き成り訴訟になることはない。 普通土地の境界は両者が立ち会って決めるものである、今回の場合、立会いもなく行き成り 訴訟になってしまった。 「銀行もよう付いて来たなあ」 当然、銀行融資で買っているのは同業者ならば誰でも分かる、別保はそのことを言っているの である。 「今更返済をしろと言われても売れへんかったら返できんわなあ」 「銀行は何かゆうてきているんやろ」 「そりゃ言われる」 「それで」 そのところは業者同士では最も興味のあるところである。 「仮に、もし俺が破綻をしたら訴訟は銀行が引き受けざるを得んやろ」 「うーん、しかし、銀行は国相手にそんなことできんやろ、まして今のように厳しい状況で」 「そうかもしれん」 「その場合どうなるんやろ?」 「さあ?」 高木と別保が話している間に、宴は進んでいた。 二人はそれ以上その話をしなかった。 暫く皆の雑談を聞いていたが、別保が高木にビールを注ぎながら言った。 「お前今日はこのまま帰るんか?」 この後どうするのか聞いた。 「特に決めてへん」 「皆どうするんやろ」 「この雰囲気ならこのまま終われそうにないなあ、お前が一声掛ければええやろ」 別保はこの会のリーダーである、彼が一声掛ければだいたいそのようになる、高木はそのこと が分かっていたため、別保に言ったが、どうも今日の彼はいつもと違い勢いがない。 「元気だせ」 「うん」 高木の一押しで彼も踏ん切りがついた。 彼のような人間でも、このようになるのかと、改めて情勢の厳しさを実感した。 結局、別保の一声で祇園へ二次会に行くことになった。 行くのは全員で八人である、この年末の忙しい時に、八人も入れるのか多少の心配があった が、皆遊び慣れた不動産会社の社長連中である、何とかなるだろうと思い気を取り直した。 祇園へ行くことになり、それを聞いた若い女達も一緒に行きたいと強請って来た。 「祇園いかはるんですか、それやったらうちらも連れってって」 酔いも廻っていたため、誰も異議を唱えない。 幹事の森本は派遣会社の社長と知り合いだったため、そのまま女の子を連れ出していいもの かその辺の所を女の子に確認している、高木はそれを見て相変わらずの森本の律儀さに感 心した。 十時になり料亭を出た、来ると言った女の子を含めて、全員で十一人になった。 三台のタクシーに分乗して、祇園に着いたのは十一時に少し前だった。 花見小路に面した、幹事の森本の行き付けのクラブに入った。 タクシーの中から電話でもしていたのか、予約席として十一人分の席が用意されていた。 「俺も行こうとはいうたけど、よお席が取れたなあ」 別保は無責任にもそんなことを言った。 「森本も今日は幹事やから無理をして頼み込んだんやろ、後で請求書を見て驚くわ」 会費は一人三万円を渡している、とてもじゃないが足りないのは分かっていた。 「どうせ後で不足分の請求が来る」 相変わらず今夜の別保は元気がない、何処かでそれどこじゃないと言った口ぶりだった。 その夜は、結局深夜の三時まで飲み歩いた。 最初の店はよかったが、後から行った店は何処も込んでいてすし詰め状態だった。 それでも若い女連中と馬鹿騒ぎをして結構楽しんだ。 高木は、ロイヤルホテルに泊まった時と違い、事前に町子に言っていたため心配をせず飲む ことが出来た。 しかし、なんとなく、この中の誰かが亡くなった子供の話を「たかせ川」のママに言ったのではな いのだろうかと、そんな気がしていた。
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