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(七) 気ぜわしかった大晦日も過ぎ新しい年を迎えた。 高木の母が来てから二度目の正月である。 毎年みどりは実の父親である鈴木の自宅へ行く、そのため正月は高木と町子と二人で過ごし ていたが、母が来てからは三人である。 高木には兄と姉が二人づつあり、子供の時はいつも賑やかな正月を過ごしていた、そんな賑 やかな正月が今でも記憶に残っている。 良子と別れてからは寂しい正月を送っていたが、町子と所帯を持ってからは家庭らしい正月を 迎えることが出来満足していた。 しかし、母が来てから何処かに隙間風が吹き三人であってもよそよそしく落ち着かない。 「明けましておめでとう」 「はい、おめでとうさん」 新年を迎えて母は機嫌がよく、三人で雑煮などを食べ元日を祝った。 町子もいつになく機嫌よく振舞う。 高木が良子達と家庭を持っていた頃はマンションではなく、一戸建ての家だった、大津の旧市 内であったためもあり近所の付き合いは今よりもあった、子供達も近所からお年玉を貰ってき たり、またそのお礼のようなものでこちらからも近所の子供達にお年玉をあげたりして、高木の 子供の時代とよく似ていた、今のマンション暮らしは近所との付き合いなど全くない、随分違う 正月風景である。 母も町子も朝から御屠蘇を飲んだため二人とも少し顔を赤くしている、母は朝早く起き御屠蘇 を飲んだため眠そうにしていた。 「おばあちゃん寝ますえ」 「ああ、僕は後で初詣に行ってくるから」 母は暮からの風邪が治りきらず体力が落ちている、大人しく寝ていてくれたほうがありがたい。 良子と家庭を持っていた時は、大晦日の除夜の鐘が鳴り始めると、子供達と四人で近くの神 社に初詣に行っていた、日頃震撼としている神社も正月だけは流石に人で埋まっている。 このマンションに引越ししてからは近くに神社もなかったため大晦日の夜には行ったことはな い、それでも少し離れた近江神宮に、毎年元日の朝初詣に行く。 「初詣に行こうか?」 御屠蘇を飲んでいたため少し飲酒運転が気になったが食事を終えて一時間ほどしてから町子 にいった。 「そうね、仕度をしますので少し待っていただけます」 町子の返事が気になったが行くと言ってくれたことで少しほっとした。 近江神宮は天智天皇を祭った神社である、滋賀県では有名な神社であるが、県外ではあまり 知られた神社ではないようである。 それでも地元の初詣客は多い、木々が鬱蒼と茂り参道も長く、社の建っている土地もかなりの 面積である。 広い敷地を持っているだけに駐車場も広く、少々の人出でも車を置くことは出来る。 高木は町子を待っている間暮れのことを思い出していた。 暮は思わずいろいろなことがあり町子にも心配をかけた、まさか京子とホテルに行く嵌めにな るなどと思いもしなかった、それに「たかせ川」へ行き、あれだけ嫌がっていたのを思いおこす と、あの日遅く帰ったことを何も言わないのも気にかかる。 それに京子もあれ以来それらしい態度を見せない、ベッドを共にしていながら、あくる日は何も 無かったようにいつもと同じ態度である、仕事納めの日もほかの社員と同じように挨拶をして 別れた。 久しぶりにベッドを共にしたのだから、少しは親しく接してくれるものと思っても、女はどうやらそ うでもないようだ。 「行きましょうか」 用意が出来たらしく町子が声を掛ける、高木は我に返りコートを持ち立ち上がった。 エレベーターで降り、外に出ると冷たい風が頬にあたり、東の空の雲の間から少しだけ初日が 照っていた。 「寒いわね」 「うん」 エンジンをかけ国道に出ると、車は殆ど走っていない。 「車少ないですね」 「元日やからなあ」 「皆まだ寝てはるのかしら」 「そうかもしれん」 車が空いていたためか近江神宮にはすぐについた、駐車場も少し並んでいたがすぐに置け る。 「京都と違って便利ね」 「そりゃ向こうは都会や」 車を降りて参道を歩く、露店商の店が所々でているが昔程多くはない。 本殿まで来ると大勢の人が並んでいる、二人もおなじように並ぶ。 「あとで御神籤を引こうか?」 「あなたも好きね」 「なんで、正月やから誰でも引くやろ」 「私はいらないわ」 「素直やないやつや」 「だって凶がでたらどうするの」 「べつに出たら出たときのことでええやろ」 「正月早々そんなものが出たら縁起が悪いでしょう」 三十分程並んでいると順番が廻ってきた、二人並んでお参りをする。 「今年も何事もありませんように」 心の中で願い事を唱えた、気になり町子を見るとまだ目を瞑り何かを唱えている。 そのまま石段を降り御神籤を売っている所まで行き百円玉を入れると「チン」と言う音がして御 神籤が落ちてきた。 高木が御神籤を開けていると町子も気になるのか覗き込んだ。 「お前も引けば」 「いらない」 「人のは気になるくせに」 高木は正月の御神籤には思い出がある、それは良子と別れると決心した年だったようにも思 うが、そうではないかもしれない。 その時生まれて初めて大吉を引いた、妙に嬉しかったのを覚えている、そして帰ろうとして山 門を出た時、眼下に雲海を見た、それは故郷の松尾寺でのことである。 確か大晦日に良子と喧嘩をして高木一人で実家へ帰っていた時だったような気もする、兄達 の家族と除夜の鐘が鳴り終わってからこの松尾寺に来た、滅多に見ることが出来ない雲海 に、大吉を引いたこともあり強運が開けるような気がした。 松尾寺は西国の札所である、青葉山という山の中腹にあり眼下には田や畑、そして所々に農 家がある、それに松尾寺より低い山があり、それらを多い尽くすように一面に雲の海があっ た、空には煌々と月が輝いていた。 そのイメージが未だに正月の御神籤と結びついている。 今回のは小吉だった、中身を読んでから、がっかりして町子に渡す。 「無難なとこね」 「勝手に言っておれ」 少し期待していただけに、町子の言葉が嫌味に聞こえた。 二日の日は例年町子の実家へ行く、初詣のあと義母から何時頃に来るのか電話があった、昼 食の準備をしているから昼ごろに来るように言われその日は十二時にマンションを出た。 高木の母は一人の方がいいのか、町子の実家へ行くと言っても機嫌がよい。 「おはようおかえり」 と言って見送ってくれる。 町子の実家は山科である、山科は大津の隣で、車で行けばマンションから十五分の所であ る。 閑静な住宅街で、山科駅の西口から歩いて五分程の百坪の敷地の平屋建である。 実家の前の道をそのまま五分程歩くと大きな神社があるが、高木はその神社の言われは知ら ない、その神社の裏手からは山になっており、住宅街としては山裾から駅までの小さな地域で ある、昔からの住宅街のためこのあたりも京都の雰囲気をかもしだしている。 二人は昨日より少し車の増えた国道を山科に向って走った。 「お義母さんご機嫌よかったですね」 「一人で気楽に過ごせるからなあ」 「私がいたら邪魔なのかしら」 「そんなことはないやろ」 自分達の家なのにといった気持ちがあったのか、町子の言葉は妙に韻にこもっている。 逢坂山を越え滋賀県と京都府の県境を旧三条通りに入る、五百メートル程行き右折をすると 山科駅の裏手に出る、少し走り冠木門のある家が実家である。 「車を置いて来る」 実家には駐車場がなく、いつも奥の神社の駐車場に車を置いている、正月も二日になれば初 詣客も減っている、市内にある有名な神社ならともかく、山科のこんな奥にある神社では元日 に近所の参拝客が来るだけである。 駐車場まで行くと案の定空いていた。 車を置き家まで歩いていく、松飾をした冠木門をくぐると義母が待っていた。 「隆彦さんよう来てくれはりました」 「おめでとうございます」 「はあ、おめでとうさんどす」 義母は快く高木を迎えてくれる。 「いつも町子がお世話さんどす」 「いいえ」 丁寧な挨拶に高木はいつも恐縮をする。 「おかあさんはお元気どすか?」 「ありがとうございます、少し風邪ひいて、、、」 「それは気つけとくれやす」 この歳まで京都を出たことのない義母は典型的な京都の町屋訛りの言葉である。 「まあ入ってゆっくりしとくれやす」 奥の六畳の和室に通されると、そこには既に正月料理の昼食が用意されていた。 まだほかの身内は誰も来ていないのか、義母は高木達が来たのが余程嬉しかったようであ る、いつも一人で暮らしていると人が来るのが嬉しいのだろう。 町子の兄の家族は毎年三日に来ているようだ、義母の兄弟は妹達が二人に弟が一人であ る、毎年三日の夜に兄弟達の家族と新年会をしている、高木も町子と所帯を持ってからその 新年会に何度か誘われた、だが何となく行き辛く、まだ一度も行ったことはない。 「隆彦さん何で来てくれはらしませんの」 義母は何度誘っても行こうとしない高木の真意を測りかねていた、高木は町子の親戚達に 個々には会っている、ただ一族が集まる席には何となく行きづらかった。 「皆さんのお集まりになる席には行ける身分ではありません」 一度結婚に失敗した手前堂々と行くことに、何故か抵抗がある、義母はそこまで気を使わなく てもと言っていたが、高木自信がその気になれない。 良子と所帯を持っていたことを思い出すと、今更町子の夫と言った顔をして席を並べることが 出来なかった。 義母は機嫌よくあらためて挨拶をした。 「新年おめでとうさん」 義母に御屠蘇を注がれ飲む、義母も町子も飲んでいる。 「隆彦さん今年も来てくれはらしませんの?」 義母に例年通り聞かれた、今日も高木は頑なにも断り続ける。 「申し訳ありません、堪忍して下さい」 「そこまで気を使わはらへんでもよろしおすのに」 「おかあさんもういいでしょう」 町子は少し拗ねたように言った、義母はまだ納得しかねるような顔をしている。 暫く京料理の煮しめを食べ雑談をしていた、昨日と違い座敷で昼から飲む酒に廻り、時間が経 つと眠くなって来た。 「おかあさん少し横にならしてもらいます」 行儀が悪いかとも思ったが、我慢が出来ず言うと、義母は愛想よく言った。 「はあよろしおすえ、おふとん持ってきまひょ」 そう言って押入れから掛け布団を持ってきてくれた。 高木はふとんを掛けて横になり暫く取り止めもない親子の会話を聞いていたが何時の間にか 眠ってしまった。 町子の会話は、家に居るときと違い、何処か我侭な話し方である、やはり親子になるとこんな 話し方になるのかもしれない。 その日の夕刻、夕食に間に合うように町子の実家を出た、なんとなく身体がだるく車の運転も 億劫である、お酒はすっかり覚めていたが注意をして家まで帰ってきた。 マンションへ帰ると、高木の母は好きな蜜柑を食べ、居間でテレビを見ていた、いつもなら母の 部屋で見ているものを今日は居間で見ている。 「ただいま」 「お帰り」 機嫌のよい返事が返ってくる。 「町子はん、おかあさん元気どしたか」 「はい、ありがとうございます」 町子も気分よく返事をしている。 「みどりちゃんはいつ帰ってきますのえ」 「四日や言うてました」 「みどりちゃんにお年玉用意してますのやけど、ほなその時渡します」 「気使うてもうてすみません」 三日目の朝は町子が親戚の新年会に行くため大津駅まで車で送って行き、その帰りに会社に 寄った。 誰もいない事務所は殺風景なものである、高木はビルのロビーにある郵便受けから年賀状を 取り出しそのまま八階に上がった。 自分の机に落ち着き年賀状の差出人を一つ一つ確認する、会社に来る年賀状は殆ど型に嵌 った物である、が中には幾つか手を掛け丁寧に作られた物もある、そんな年賀状は高木の会 社から建売住宅を買って新年を新しい家で迎えたお客さん達などである。 年賀状に一通り目を通し机の前で椅子に座ったまま窓の外に見える比良山をぼんやりと眺め る、山頂に少し雪が積もり白くなっている、どんよりとした天気で、全体に少し青みかかった灰 色に包まれ、寒そうに聳えていた。 正月の休みの間にいつもその年の一年の計画をたてる、だが毎年計画通りいったことがな い、いつもこの様なことをしたところで仕方がないと思ってはみるが、習性のようなもので、どう してもしないと気が済まない。 販売の方はある程度計画的に行くこともある、もし売れ行きが悪い場合は値段を卸価格まで 下げて、同業者に買ってもらうこともある、ところが仕入れに関しては全く偶然性が強い、計画 通りに仕入れ用の土地があるわけではなく、様々なルートから入る情報に基づいて、買うか買 わないか判断をするのであるが、こちらの計算に合う土地が必ずしもあるわけではない、そん なこともあり、出来るだけ先を見越して余計舞いに仕入れるのだが、その辺りのことを銀行は 中々理解してくれず、契約をしてからその土地代の支払いに困ることもある、銀行の融資を確 認もせず契約をするのだからどんぶり勘定というのか、典型的な不動産屋的発想である。 そんな訳で不動産業者と銀行は切っても切れない関係にある。 扱う金額が高額なため、どうしても一旦は銀行の融資に頼らざるをえない、高木の仕事の半分 は銀行との付き合いにある、それだけに今度の国との訴訟は微妙な出来事になっていた。 こんな訴訟を抱えながら銀行は何処まで付いて来るだろうか、或いは今年一杯で離れて行くか もしれない、そんなことを考えると、どうしても手元の流動資金を増やさなくてはならない、持っ ている土地を早く売ってしまおうか、営業成績の上がらない社員は切らざるを得ないだろうか、 その決断は難しいものだった。
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