(八)

 

正月も過ぎてしまい、八日にもなると世間はすっかり正常な状態に戻っている。

そんな中初出勤である、社員達と新年の挨拶をしても何処か白けている。

不動産業界の場合何故か年末年始の休みの期間が長い、役所の書類受付締め切りが、十
二月の二十日で終わることや、不動産の広告会社が、広告の作成上、年末は早く締め切り、
年始は成人式の祝日が広告の開始時期になっているのも影響しているのかもしれないが、そ
れにしても八日の初出勤は間延びをした雰囲気である。

高木は特別新年の挨拶を社員達にしたことがない、ただ「明けましておめでとう」だけである、
社員達もよく心がけたもので、高木がいつもの十時に出勤をすると、正月休みもなかったよう
に仕事に邁進している。

銀行への挨拶は五日の日に行っていたため改めて今日はスケジュールがあった訳ではない。

京子と専務の相田と三人で書類の確認をした、暮に契約をした東山の土地の決済がこの一月
末にある、順調に行っているようで、ほっとする。

京子はいつもと同じである、暮の出来事など何もなかったように、涼しい顔をしている、しかし
涼しい顔をしていることが意識をしているのだろうと、手前勝手に考えている。

 

一月十日に、業界団体の新年会があり別保と出合った。

「今日はこれからどうする?」

宴会の最中、相変わらずのぶっきら棒な言葉が聞こえた。

「祇園でも行くか?」

大体、別保の言わんとしていることはわかる。

「ほな今日は二人だけで行こう」

別保と二人で祇園へ出るのは久しぶりである、他の者達に聞こえないように小さな声で彼が言
う。

「久しぶりやなあ」

「夏以来やな」

「そんなになるか?」

「昔はよく行ってたけど、最近は遠のいてきた」

「お互い歳やから」

「しかし三十代の時は三日にあげづ行ってた」

「うん」

「まだお前が離婚していなかった」

「そうか?」

「ああ」

暮に木曜会の連中と祇園に出たが、それは二人の間では行った内に入っていない。

「あれだけ出たら女房に愛想つかされても仕方が無い」

「うん」

それほど家庭に不満があって毎晩のように飲みに出ていた訳ではない、若かったと言えばそ
れまでだが。

「でもお前はまだ持っとるなあ」

「俺だって色々ある、ただ俺の場合は二人とも両親がおらんから」

別保夫婦はともに両親に早く死に別れ、家庭での夫婦の絆は、高木とは多少違う。

「そうかもしれん、女房が別れても帰る家はある」

「俺の場合、二人とも帰るところが無い」

確かに離婚にはエネルギーがいる、妻を両親の家に帰せばいい場合と、それが出来ない場合
とは後の手間がかなり違う、それに子供のことを考えた場合、別れた妻がアパートで子供と暮
らすのかと思うと、悲惨な思いがする、でも実家に帰ればお爺ちゃん、お婆ちゃんがいるだけ
に、罪の意識も多少は和らぐ。

高木の場合その辺の甘えがあったのかもしれない。

別保は高木のそんな気質をよく知っている、「お前は我慢が足りない」とよく言っていた、高木
はその都度、「お前とは置かれた状況が違う」と反論はするが、或いは別保の言う通りかもし
れないと心の隅で思っていた。

 

祇園町は大体夜の八時に開ける店が殆どである、ホステス達は七時半には出勤をしてミィー
ティングを済ませ客を待つ、客と同伴をする場合はその時間ではなく、八時半までに入店すれ
ばいいことになっている。同伴でも何の連絡もなしに遅刻をすれば罰金と称して、倍引きと言う
罰金を科せられる、その日一日の日当と、もう一日分の日当を引かれるのである。

スナックと称している店は比較的若いホステスばかりなので、それ程厳しい規則はないようで
あるが、クラブと称しているところはプロ集団のため厳しい。

「そろそろ出よか?」

新年会のシーズンでもあることから、祇園も遅くなれば混むかもしれないと、別保が心配をして
高木に言った。

「そやなあ」

「ほな先に出て外で待っとるわ」

二人揃って出るとほかの者が付いて来るとも言いかねない、別保が先に出てホテルの玄関口
でタクシーを確保していると言って先に出て行った。

高木は一応業界のボスであるこの会の会長に挨拶をしてから、宴会を抜け出した。

「何も言うてなかったか」

「一言言われた」

「何て」

「お早いことで、やって」

「はははー」

「どうせ自分らも行くやろに」

「今からやと八時半かな?」

「そやな、それくらいやろ」

「丁度ええ時間や」

夜の街を京都に向かってタクシーは走った。

やはり案の定八時半に花見小路についた。

「お客さん、何処までいかはります?」

運転手が聞く、

「ほな花見小路を四条まで下がって」

別保が答えてから高木が聞く、

「何処行く?」

「お前何処がええ?」

「取敢えず新橋の信号で降りようか?」

「ああ」

二人は花見小路新橋でタクシーを降り、そのまま石畳の道路を「たかせ川」に向かった。

「結局ここになるなあ」

「まあ、長年の馴染みやから」

「俺は、女房のことがあるから、ほんまわ来難いんやけど」

「よう言うわ、お前暮に来たんやろ」

「何や知ってたんか」

「ああ、暮に来た時、ママに聞いた」

「あの時は何となく寂しなってなあ、久しぶりやったわ」

二人は揃って「たかせ川」のドアを開けた。

ざわざわとした雰囲気の中をいつものように愛想のよい声がした。

「いらっしゃいませ」

忙しそうにしていたマネェージャーが二人を迎える、店には既に十人程度の先客があり、ボック
ス席は空いていなかった。

「まあ、おそろいでおめずらしい」

ママが驚いたような顔をしている。

「カウンターしかあらしまへんけど、かんにんどっせ」

それ程広くない店内は、十人も入ればもう満杯のように賑やかである、二人は空いていたカウ
ンター席に座る。

「すんまへん、ボックスが一杯で」

「いいよ」

出されたおしぼりで手を拭いていると二人のボトルが出た、高木はバーボンだが別保はヘネシ
ーである。

「高木さんどちらが」

ママが気を使って、作る水割りを聞いている。

「俺はバーボン」

「別保さんは?」

「俺はヘネシー」

それぞれの水割りをつくり、二人の前へ出す。

「ほな」

二人はグラスを軽く合わせ乾杯をする。

「お前と知り合ってもう何年になる?」

高木がふいに別保に聞く。

「何やまた改まって」

「いや、これまで何回こんなことがあったかなと思っただけや」

「あの時二十七か八やなかったかなあ」

「うん、たしかあの石山の墓地の近くの土地をお前が見に来たときやったなあ」

「そやそや、お前がその近くの土地を広告に出していた、それを見にいったんやったなあ」

「あの時の印象、今でも覚えとる」

「俺もや」

「あの時何処の営業マンかと思った、あれから間なしにお前が独立した」

「ああ、お前その時もう独立してたわなあ」

「二、三年やった」

「後で分かったんやけど、我々みたいな若いのが結構いたんやなあ、皆お前が独立してバリバ
リやってたの羨ましかったらしい」

「うん、それは俺も聞いたことがある」

「皆お前の真似して独立した」

「しかしお前は間なしにええ土地買うて二、三年で起動に乗った」

「うん」

「俺は運に恵まれなかったのか、中々起動に乗れなかった、独立して十年かかった」

「そやったなあ、しかし今となったら皆同じや」

「世の中公平に出来とるわ」

お互い競争をして来た、ほかの商売と違い、面と向かって客の取り合いがある訳ではない、た
だ一人が儲ければ、俺もと考えるのがこの業界である、商売の競争と言うよりもむしろジェラシ
ーとの競争のようなものである。

「いらっしゃいませ」

ママと変わって暮に出会った若い瞳が前に来た。

「何を真剣に話していやはりますの?」

昔の話をしていたため、何か真剣に話し込んでいたように思ったらしい。

「いやいや、年寄りの昔話や」

別保がそれに答える。

「高木さん水割りもう少し入れましょうか?」

「ああ、ありがとう」

高木がグラスを瞳に渡すと別保が言った。

「お前この子知ってたのか?」

「ああ、暮に来た時会った」

「隅におけないなあ」

「何で?」

「この子の顔見てたら普通やないで」

「そうか?」

二人の会話を聞いて瞳は嬉しそうにしている。

「うちは高木さんええ人や思うてます」

「ええ?」

別保は驚き、瞳は京都弁で、高木に向き直り親しげな仕草をする。

「瞳ちゃん、何時から京都弁になったんや?」

「おかしい?」

「いや、おかしくはないけど、この前は全然そんな言葉やなかったから」

金沢から来て、こんな短期間に京都弁を話す、これは京都独特の土地柄なのか、或いは京都
に来れば京都弁を話さなければならないようになるのか、いずれにしても祇園に来ればみんな
がそうなってしまう。

「高木さんうちとごはんに行くのどうなりましたん」

「もうそんな約束出来てんの?」

別保が聞く。

「いや、約束した訳やないけど」

「うそ、この前約束しましたえ」

この前の金沢弁の彼女のイメージが残っていただけに、急に京都弁になった瞳の言葉を聞くと
少しとまどう、別保との昔話がとんでしまった。

「そんなにはっきりと約束した訳やないけど」

「いや、高木さんずるい」

「行ってやれや」

横で別保が火に油を注ぐように茶化す。

「高木さんはうちのこと嫌いなんやわ」

「ほれ、拗ねとるで」

「違うって」

「ほな、なんやの?」

次第に瞳の言葉がきつくなる。

でも今更、娘と同じような年頃の女の子と食事を行く気がしない、それだったら裕香と行くほう
が余程楽しい、それに町子のことも頭の隅にある、それでなくても暮の京子とのことがある、も
し、ばれればどんなことになるのか、それを考えただけで気が重くなる。

瞳が自分のことをどの程度思っているのかも分からない、一度会って気にいられたからと言っ
て付き合わなければならないこともないだろうと思う。

しかし、本当に気にいられたのか、もしそれが本当なら悪い気はしない。

「あのなあ瞳ちゃん、本当に俺のこと気にいったん?」

「分からへんの?」

「分からへんの言うたって、そら分からへんわ」

「ほなもうええ」

「おいおい、向こうへ行ってしもたで」

別保が面白そうな顔をして高木に言う。

「しかし、一回しかおうてへんのに」

「それでも好きになったんやろ」

「そんなもん、何処から何処までほんまや分からへん」

「そやけど今のは結構本気やった」

最初は茶化していたのが、何やら真面目な顔をして言う。

「まあ悪い気はせんけど」

「そやなあ、昔のお前やったらすぐ行ってたなあ」

「そや、ほんまや」

瞬間昔の状況が頭を掠めた。

「すんまへんなあ、ほったらかしにしといて」

二人の前に女の子がいなくなったのを見て、ママが気を利かす。

「なんや怒って、行ってしもたわ」

別保がとぼけたように言った。

「ほんまにすんまへん、もうこの頃の子は我侭で」

「ママも大変やなあ」

「へえ、おおきに」

ママが二人に水割りをつくり前に出した。

「瞳ちゃん、はよこっちにきよし、なにしてんのえ」

わざとらしくカウンターの奥に行った瞳をしかる。

それを見て、あまりのわざとらしさに二人は顔見て噴出した。

「ところでなあ」

「なんや」

「お前この頃ほんまに変わったなあ」

「なんやまた、この前の蒸し返しか?」

いつもの別保の言い方である。

「落ち着いたように見えるのか、勢いが無くなったのか分からんけど」

「何が言いたいんや」

「何かあるのと違うか?」

別保が京子と同じようなことを言った。

「別に」

「それやったらええんやけど」

「なに言うてんね、それよりお前の方はどうなんや、暮にしょぼくれてた」

「うん、それはまだ同じや」

「まあ、こんな時節やから、お互いがんばらんとなあ」

「うん」

自分に勢いがなくなると、他人もそう見えるのか、別保はまだ暮から勢いをなくしたままであ
る。

「ところでお前この頃女の方はどうや?」

「相変わらずや」

「あのクラブの子、あれからどうした?」

「ああ、あれか?まだ会うとる」

「しかし、ええかげんにせんと、また前みたなことになる」

「いや、あれは大丈夫や」

「そんなもん分からへん」

昔一度、別保は大変な目にあっている、半年ほど付き合った子が家まで押しかけてきたので
ある、さすがにあの時はうろたえ、高木に助けを求めてきた、夜中の十二時頃に別保の家まで
行き、何とかなだめすかして、その子を帰らした、後で別保の妻から嫌味をさんざん言われた
が、まあ何とか丸く収まり二人して胸を撫で下ろした。

まだ四十位で、お互い若さの勢いがあった。

「それよりお前の方こそどうなんや」

「誰のこと?」

別保が何やら意味深なことを言った。

「お前の会社の社員や」

「あれなあ、、、」

「まだ関係あるのか?」

「あると言えばあるし、ないと言えばない」

「それどう言う意味や?」

「この前またホテル行ってしもた」

「なんやなまた」

「いや長いことそう言うことなかったんや、けど、暮に何となくそなってしもて」

「お前も俺と変わらへんやないか」

「まあ、そうやなあ」

「よう言うとるなあ、お前も」

結局二人とも似たような者である、お互いがお互いを心配しているようなことを言っても、どちら
も同じようなことをしている。

「しかしなあ、こんなことでもなかったら、やってらへんし」

こんな話をしていると、自然にため息がでる、他にもう少しましなことでもないものか。

二人でぼうっと飲んでいると、先ほどの瞳がまたカウンターの前まで来た。

「さっきはすみませんでした」

高木に向かって謝罪をする。

「何や、もう来んのかと思うてた」

「すみません、ママに怒られてしまいました」

「ほんまに怒ってたんか」

「いえ、それほどでもないんですけど」

「そりゃそうやわなあ、あんたとは一回しか会うてへんのに」

「そやかて、一回外で会うて下さい」

「うんまあ今度な」

「うちの携帯の番号言うておきますし」

「あそうか」

「高木さんの貸してください、メモリーしておきます」

そう言って高木の前に手を出した。

高木はしかたなくスーツの内ポケットから電話を出し、瞳に渡した。

「はい、これで入ってますので」

「おおきに」

なぜ「おおきに」なのか、とっさに言葉が口をついて出てしまった。

「よかったなあ」

別保は横で茶化し半分に瞳に言っている、それでも瞳は嬉しそうにしていた。

それから暫くしてから新たに一組客が入ってきた。

「おお寒、ママ外は雪が降ってきた」

「いや、ほんまどすか?」

カウンターの椅子に座っていると足元が冷える、それでも二人とも雪が降っているとは思っても
いなかった。

二人の客が高木達のカウンターについた。

ママも今日は機嫌がよい、暮に一人で来た時のことを思うと随分繁盛している。

「そろそろ行こか?」

何となく長く居るのがいづらくなり、別保が「帰ろう」と言った。

「ほやなあ、でも外寒いやろなあ」

「雪が降っとるとは思わんかった」

二人はママに帰ることを告げ外に出た。

「ほなまた来とうくれやす」

「うん、おおきに」

外まで見送りに来てくれたが、寒いと思ったのか、見送りの声をかけてから、そそくさと店の中
へ入って行った。

石畳の小路を歩き小川沿いの桜の木を見上げると、雪が枝に少し積もりかけている、

二人はそれから何軒か飲み歩いた。




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