(九)

 

「あなた、まゆちゃんのお墓参りに行きません?」

正月の匂いもすっかり消えてしまった頃、町子が高木に言った。

「そやなあ、正月も行かんかったし、日曜日にでも行こか?」

暮も正月も何かと気分的に慌しい、亡くなった子供の墓参りのことはすっかり忘れてしまってい
た。

町子は母親らしく気になっていたようである、滅多にまゆのことは話さなくなっていたが、暮れ
に「たかせ川」での話が出て、町子は少し気にしていたのかもしれない。

「駐車場は無理やと思いますし、地下鉄でいかはります?」

「そやなあ」

お墓は京都の西の外れの金閣寺にあり、大津から行くと結構距離がある、電車で行く場合は
大津駅から京都駅まで行き、そこから上京まで地下鉄に乗る、地下鉄の今出川駅からタクシ
ーに乗り換えて、だいたい十五分くらいである。

子供を亡くした時、四十九日を過ぎても埋葬する墓がなかった為町子の母にどうしたものか相
談をした。

「それやったら、うちのお墓にいれたらよろしおすがな」

あの時義母は快く引き受けてくれた、町子の生家と苗字は違っていたが「高木まゆ」

として受け入れてもいいと、お寺は言ってくれた。

それ以来何度も墓参に行くようになり、観光地としてしか知らなかった金閣寺が、身近な存在と
して親しみが湧くようになった。

日曜日、二人は朝早くマンションを出た。

電車には通勤客もいなく、空いていた。

地下鉄の今出川駅を出て、近くの花屋でおそなえの為の花を買い、金閣寺に着いたのは八時
半だった。

まだ観光客を受け入れる時間になっていなくて、駐車場には沢山の車と客が待っている。

法衣を着たお寺の人が数人、参道に水を撒いている中を歩く。

大きな樫の木や、すっかり葉が落ちてしまったもみじが鬱蒼と茂り、参道を覆っている。

山門まで歩いて行くと、門の傍にいた法衣を着ている人に声を掛けられた。

「まだ時間になってませんが」

観光客と間違えたのだろう。

「いえ、お墓参りに来ましたんやけど」

「そらすんまへん、どうぞどうぞ」

墓参りであることを告げると快く門を開け通してくれた。

「ご苦労はんどす」

山門の小さなくぐり戸を抜け、そのまま参道を釣鐘のあるところまで歩く、そしてその釣鐘のあ
るところに竹で囲いがしてある赤土の通路がある、観光客が入らないようにしてある竹囲いの
しおり戸を開け、赤茶けた苔の間を歩いた。

さらに奥に進むと小さなくぐり戸があり、それを抜けると墓地である、通路の左右には手入れの
いきとどいた美しい竹林と桃の木の林が見える。

墓地の入り口に水汲み場があり、そこで桶を借りて水を入れた。

「ここへ来たのはいつやったかなあ」

高木が町子に聞いた。

「去年の八月頃やったでしょう」

「そうか?」

大文字の送り火の頃であったらしい。

町子の実家の墓石は墓地の真ん中あたりに立っている、正月の間にだれか来たのか、枯れ
たしきびと花が残っていた。

枯れたしきびと花を持参してきたビニール袋に詰め、水で墓石を洗う、線香をさす入れ物が水
で濡れてそれをハンカチで拭く。

既に子供が亡くなって四、五年にはなっている、あのまま元気にしていれば幼稚園に通ってい
る年齢である、普段はあまり思い出さないようにしているが、こうして墓参りに来ると改めて悲し
さが黄泉がえる、数珠を持ち、揃ってお参りをした。

水汲み場の横にゴミ箱があり、そこにかたづけたゴミ袋を捨て、そしてまだ蕾もない桃の木と
竹林の間を歩いている時、突然町子が言った。

「あなた、うち、勤めに出ようかと思うてますのやけど」

話の内容が唐突だったため驚いて町子の顔を見る。

「なんやまた」

唐突な話だったため、それ以上言葉が出ない、じっと顔を見ている。

「どういうことなんや」

暫くしてから再び聞き返した。

「、、、」

「わけが分からんなあ」

町子はまだ黙っている。

「お婆ちゃんと一緒が嫌なんか?」

「、、、」

「黙っとったら分からへん」

一言いっただけでそれ以上いおうとしない町子にだんだん腹が立ってきた。

「なんか言うたらどうなんや、一言だけで、なんや」

そこまで言ってから、やっとで口を開いた。

「お義母さんといるのが嫌なん違います」

「ほな、なんや」

観光客が沢山いる参道にさしかかった。

難しい顔をして歩いているのも、あまり格好のいいものではない、高木も暫く黙って歩いた。

門が開いたため、観光客はぞろぞろと山門を通っている。

高木は町子の言ったことを繰り返し考えた、勤めに出るなどと思ったこともない、だいたい女が
勤めに出ることは、別れるための前兆であり、その準備であると思っている。

昔、佳織と別れようとしたときもそうだった、あの時は一向に家を出て行こうとしない佳織を取
敢えず、働きに行かす事を考え、多少でも収入を得ればその気になってくれるのではないかと
思った、案の定佳織は別れた後の不安を取り除き、結局別れることを納得した。

今度は町子が自ら働くと言っている。

金閣寺を出て賑やかな通りを歩き、高木は再び聞く。

「しかし働くと言ってもあてはあるのか?」

「ええ」

今度は町子も素直に返事をする。

「どんな仕事や?」

仕事の内容を聞いてしまえば、それを認めてしまうことになるのではないかと思ったが、聞かず
にはおれない。

「ホテルのアクセサリーショップの店長です」

「へえー」

アクセサリーショップと聞いて、町子らしい仕事だと思った。

「それでいきなり店長?」

「ええ、京都に三つ店があるそうですが、一応その三つの統括責任者ということで」

何時の間にそこまで話をしたんだろう、早い話三つの店舗を任せると言うことではないか。

内心、町子の心が高木から離れて行きつつあるのを感じざるを得なかった。

「俺がだめだと言っても行くつもりなんやろ」

「、、、」

町子はもう心の中で決めてしまっているようである。

これ以上話をしたところで、もう仕方がないと思いその話はそれ以上しなかったが、心にわだ
かまりが残った。

通りのおみやげ物店で母の好きな「五建ういろ」を買い、タクシーで京都駅まで向かった。

マンションに帰ると母は床に伏せっていた、暮からの風邪がまだ治りきらないようである。

「お婆ちゃんどうや?」

「ああ帰ってきたんか」

「うん」

「何処行ってたんや」

「うん、ちよっとな、これ買うてきた」

「なんや」

「ういろや」

「へえー、ういろ?」

「好きやろ」

母は床から起き出し早速食べるつもりである。

上っ張りを掛け、居間まで来た。

「町子はん、お茶煎れてくれはる?」

「はい」

町子は愛想よく返事をする、先ほどのこともあるのか笑顔で応えた。

母には金閣寺に行ったことを言わなかった、二人の子供が亡くなり、金閣寺の墓に埋葬してあ
ることも言ったことはない、もう母には複雑な高木の家庭環境など、理解出来るだけの思考能
力は薄らいでしまっている、息子の子供は裕香と一郎だけだとおもいこんでいた、今更、町子
との子供がいたことを言ったところで仕方のないことだと、高木は思っていた。




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