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(十一) 「行って来ます」 みどりは勤めて元気よく声を掛け学校へ出かけて行った。 「行ってらっしゃい」 町子はいつものようにみどりに声を掛け見送った。 高木はそれを寝室のベッドの中で聞いていた。 みどりの学校は伏見にある私立中学校である、朝七時前に家を出て大津駅まで歩いて行き、 電車で京都駅まで行く、京都駅で私鉄の電車に乗り換え、更に丹波橋駅で違う私鉄に乗り換 え藤森駅で降りると、そこから徒歩で五分程の所にある。 毎日それを繰り返しているのを見ていると、高木は時々みどりが可哀想に思ってしまう。 だが、当の彼女はそれを気にしている様子もない、嫌な顔もせず毎日元気よく出かけて行く、 たまにみどりと一緒に電車に乗ったときなど慣れたもので、席を取るのなど実にうまい、乗客 の間をすり抜けてしっかりと三人分の席を取っている、「お父さん、ここ、ここ!!」などと言って驚 いてしまう。 毎日混んだ電車で通学をしていると、自然に要領が身につくのだろう。 今日もいつものように出かけて行ったが、高木にはみどりの声にどこか寂しさを感じた。 八時頃に高木はベッドから起き、寝室を出てダイニングに行った。 「すみませんすぐ用意をします」 町子はまだ高木の朝食の用意をしていなくて顔を見るなり言った。 「ええよ、起抜けに食べられへんわ」 ダイニングテーブルにあった新聞をとり、たばこに火を着けた。 「今日なあ、昼から大阪に行くから帰りが遅そうなるかもしれへんわ」 「そうですか、出来るだけ早よう帰って下さい、うちも今日は在庫調べがあるので遅そうなるか もしれません」 このところ町子の帰りが遅い、町子の店に行った日は久しぶりに全員揃って食事が出来た が、あのとき以来揃ったことがない。高木も出来るだけ用事がない時は早く帰るようにしている が、それでも突発的な付き合いで遅くなる時がある、母とみどりの二人で食事をしているのを 想像すると可哀想に思ってしまうがどうしようもない。 早く帰って三人で食事をする時は、出来るだけ冗談などを言って明るく振舞っている、だがどう しても一人欠けると、寂しさを埋めることは出来ない。 町子も働いているのだから仕方のないことだと考えても、時々「一体何を考えているんや」と思 ってしまう。 「出来るだけ早よう帰ってやってや」 高木は遠慮がちに言う。 「でも仕事やから、、、」 町子はお茶を持って来ながら無表情で言った。 どちらが主婦なのか、まるで立場が逆である。 高木は「お前の子やないのか」と喉まで出掛かったが、それを言う勇気がない、言ってしまえば 気も楽になるのだろうが言うのが憚った。 暫くして朝食をとっていると母がダイニングまでやって来た。 「おはようさん」 「おはよう、お婆ちゃん調子はどうや?」 「何や知らんけどもひとつすっきりしいひんわ、お婆ちゃんももう今年で終わりかもしれへんな あ」 「何言うてんね、そんなことあらへん」 母を元気づけるために言ってはみたものの、高木自身も何となくそんな気がした、母も「そんな ことはない」と言う言葉を期待して言っているのだろうが、少しはそう思っていたのかもしれな い。 「お母さんお茶煎れましょか?」 「へえおおきに」 先ほどからの高木との会話が気になっていたのか、町子は母に気を使って言った。 「お婆ちゃんなあ、今日は二人とも少し遅なるかもしれへんわ」 高木が遠慮がちに言うと母は急に機嫌の悪い顔をして言った。 「あのなあ、あんたらあこの頃おかしんちゃうか、仕事仕事いうて、仕事のせいにしとるけどちょ っとは子供のこと考えとんのか、いつも二人で晩ご飯食べとんのやで、みどりちゃんは何も言 わへんけど、こんなこと子供にええわけないやないの、あんたらあに何があったんか知らんけ ど、子供まで巻きぞえにしたらあかへん」 みどりの心配をしているように母は言ったが、本当は自分の気持ちが半分以上はあったのだ ろう。 町子にはこの言葉は少し堪えたようである。 「お母さんいつもすみません」 「そらな、働きに行くのはええけど、主婦が夕方の六時を過ぎて帰ってきたらあかへんわなあ」 高木は内心、母が一番言いたいことはこのことだろうと思った、母の世代からみればやはり仕 事と雖も町子の行動は納得出来ないのだろう。 町子にもこの言葉は少し堪えたようである、しかし、仕事を辞めない限りこのような状態は続 く。 「まあな、あんたらあの好きにしよし、お婆ちゃんは何があっても知らんさかいに」 きゅうにこんな会話になり母は機嫌の悪い顔をして部屋に戻った。 高木は朝から気が重くなった、きつい言葉を言われたが母の言っていることは強ち間違ってい ないように思う、むしろ自分自身も母と同じように思っている、決して町子だけのせいにはしな いが、それでも半分は町子のせいだと思っている。 それからは気分の重い食事だった、そしていつものように十時前になり家を出た。 町子はすっかり元気をなくしてしまい、気の抜けたような顔をして見送った。 「今日は大阪ですか?」 京子が高木の部屋に入ってきて聞いた。 今日は京子と大阪へ行くことになっていた、そのためかいつもと違いどことなく嬉しそうな顔をし ていた。 「うん、三時やったし一時に出たら間に合うやろ」 京子と一緒に車に乗って出かけるのは暮以来である。 「混みませんか?」 「二時間あれば大丈夫やろ」 「それじゃ一時ということで準備しておきます」 「ああたのむ」 行くのは大阪の御堂筋である、会議の場所がホテルであったため駐車場の心配はしなくて済 む、少々混んでもむしろ電車で行くよりも車の方が便利である、連休前であったため混まない か少し心配だったが最初から車で行く予定をしていた。 目的はフランチャイズの説明会であった。 いつものことだが、不況になると色々と工夫をして新しいビジネスが出てくるものである。 不動産業のフランチャイズなどさして珍しいことではなかったが、最近は結構工夫をこらしてい るらしい、以前から何度も勧誘は受けていたが今まで興味を惹かれることはなかった。 ただ今年の正月以来、社員達の教育や企業のイメージアップを考えると、全く否定は出来ない と考えるようになった。 以前から考えていたことだが、やはり営業力には欠けていると思っていた、業者間取引が主体 になるとそれはやむを得ないことかもしれないが、かと言ってそのまま放置する訳にもいかな い。 造成工事をして、完成宅地になったものを小売すれば、それは当然業者に卸売りをするよりも 利益があがる、今まで効率を考えて業者卸ばかりおこなってきたがそろそろ利益のことも考え て小売も行わなければならないとは考えていた。 しかし、ほかの業者と比べるとどうしても営業力に欠けているのが気になっていた、そんな訳で 強力な勧誘もあり説明会に行く気になったのである。 予定通り一時までに仕事を済ませ大阪に向かった。 大津のインターチェンジに入ると案の定車は多かった、しかし停滞をして動かないところまでは いっていなかった。 「やっぱり混んでたなあ」 「間に合いますか?」 京子が心配をして聞いた。 「大丈夫やろ」 高速道路とは言えないようなスピードだったが、それでも三十分もすると天王山のトンネルまで 差し掛かった。 「あなた暮以来ね」 「何が?」 「また、こうして一緒に車で出るの」 「ああ、そやなあ」 京子はそれとなく二人の話しに持って行きたいような口ぶりで言った。 「でも何でまたフランチャイズの説明会など行く気になったの?」 「なんや話がころころ変わるなあ」 これから暮に行ったホテルの話にでもなるのかと思ったところ、仕事の話しになったため肩透 かしをくらったような気分になった。 「いいでしょ」 「まあええけど、またホテルへ行かされそうになるのかと思った」 「あら、嫌なの?」 「いや、そやないけど」 「あの時は私が誘ったんじゃありません」 「、、、」 暮のことがあってから二人きりになると、どうしてもそのことが頭から離れない。 「それでさっきの話ですけどどうしてなんですか?」 「うん、色々と考えるとな、、、」 「解らないこともないですけど」 「まあ今年は訴訟の判決も出ることやし、そしたら銀行の対応も変わるやろ、いろんなことを考 えると何かせんといてもたってもおられへん」 「そうですねえ」 「今までうちは業者卸が殆どやったから、これからは小売も考えんと、うちの連中たよりないわ なあ、あれで厳しい営業活動出来るんか思て」 「そうですね」 「そう思うやろ、今まで営業マン教育なんてしたことがないから、よそと比べたら随分落ちる」 「そうですねえ」 京子も同じことを感じていたようで、結構相槌をうっている。 「しかし、フランチャイズに加盟して厳しい教育や、営業したらうちの連中耐えられるやろか?」 高木自身は正月に追いて来られない社員を切る決心をしていたため迷いはなかった、だが社 員達は高木がそこまで決心をしているとは考えてもいないようである。 「私が追いていけなければどうなりますの?」 「京子は別や」 「何で?」 「何を考えているんや? 」 「あなたが追いてこられるか?と言うから」 「それは他の者や」 「私が社長の女だからですか?」 「何を言いたいんや?」 「でも、気分悪いわ」 「言い方が悪かったかな?」 「あたりまえでしょ、あなたはどう思っているか知らないですけど、私も一応社員です」 つい親しさが京子の立場を忘れさせていた、よく考えれば、給料を貰っている以上社員である ことにはかわりがない。 高木はこれまで京子を社員などと思ってみたことはない、特に肉体関係を持ってからは尚更の ことである、しかし、京子は一応社員であることを意識しているのである。 立場の違いと言ってみればそれまでのことだが、そこは男と女の違いなのかもしれない。 いずれにしても、高木にとって京子は他人ではない存在になっていた。 しかし不思議なものである、町子とあれだけ恋愛感情を持ち、所帯を持ったのに、それが年月 を経ると消えてしまう。 思い出してみると、確かに良子と所帯を持った時もそうだった。 良子との結婚は、自分自身の意志よりも、養父である良子の父親の強い希望で養子縁組をし たのである。 高木は、どうせ遅かれ早かれ所帯を持たなければならないのなら、望まれて結婚をした方が 良いのではないかと思った、恋愛と結婚とは別であると思っていた、良子との結婚はそんな結 婚だった、そのため最初から恋愛感情は全くなかった、だから年月を経ると結婚が惰性に陥っ た。 一方、町子とのことは、多少の違いを笑って見過ごすことが出来た、心のすれ違いなど一晩身 体を共にすれば何ほどのこともなく消えてなくなってしまうと思っていた。 だが、なくなっていたと思っていたのは、最初の頃だけの錯覚だったのかもしれない。 「なにを考えていらっしゃるの?」 「いやなんでもない」 京子のことから、つい町子や良子の結婚のことまで考えていた、急に何も言わず考え事に浸っ ていたため気になったのか京子は問い正した。 天王山を過ぎてからも車は多かったが、それから一時間ほどして御堂筋に着いた。 「案外早く着いたなあ」 「そうですね、混んでましたのに」 三階のセミナー会場で受付を済ませてから、一息を入れる為近くのコーヒーショップに入った。 暫くするとセミナーが始まる連絡を受け二人で会場に入った。 「結構多いなあ」 誰も同じことを考えるのか、同じ経営者として何となく解るような気がした。 一時間程、システムの説明があり、それから個々の会社と個人面談があった。 それぞれの会社の問題点や課題の相談会があり、システムの取り入れ方を打ち合わせする のである。 無論高木も会社の問題点を述べ、どのようにシステムを取り入れていくのか打ち合わせをし た、しかし、結局は営業力の問題に行き着いてしまう。 それぞれの営業担当地域を決めて、軒並み飛び込み営業をするわけである、担当地域に集 中的に宣伝を行い、顧客を掘り起こしていく、今までのように企業を相手にしているような、云 わば受身では全く対応が出来ない。 高木は、この凄まじい活動を想像しただけで、自分の会社の社員ではとても無理であることを 思い知らされた。 もっとも、社員だけのせいにすることは出来ない、考えれてみれば高木自身も今までのぬるま 湯に浸っていたことを思い知らされた。 もし、このシステムを取り入れるとした場合、高木には管理が出来ないことが解った。 どうしても、管理の専門家を新たに雇わざるを得ないと思った。 「これは容易なことではないなあ」 久しぶりに大阪に来て厳しさを実感した。 一時間程個別相談会を持ったが、結局フランチャイズに加盟するのかどうかは後日返事をす ることにして退出した。 個別相談会の間、京子はコーヒーショップで待っていた。 「お待たせ」 それぞれの不動産会社の経営者達も厳しい顔をして出てくるのだから、暢気な顔をして居られ ない雰囲気がそのフロアーには漂っていた。 高木もコーヒーを頼み一息をついた。 それから三十分ほどしてホテルを出た。 「やはり混んでましたね」 ホテルの近くのインターチェンジから阪神高速に入ったが、帰宅時間の渋滞に巻き込まれてし まった。 「仕方がないなあ」 明日から連休であり、レジャーに行く車や帰宅する車などで渋滞をしなかなか進まない。 それでも二時間ほどすると何とか京都の南インターチェンジまでたどりついた。 「申し訳ないですけど家まで送っていたたけません?」 このまま走っても高速はまだ混んでいる、京子はそれなら同じだろうと思ったのか、ここで高速 を降りて伏見の彼女の家まで送って欲しいと言った。 会社に戻っても特別に仕事があるわけでもなかったため、高速を降り伏見の京子の家に向か った。 以前にも京子を家に送ったことがあった、京子との関係は続いていた時だった。 その時初めて母親に出会った。 京子は母親と二人暮しである、姉が一人いると聞いていたが高木はその姉とは会ったことはな い。 京子の母親も京都生まれの物腰の柔らかい女性だった。 「娘がいつもお世話さんどす」 通り一編の挨拶を交わしたが、何か複雑な思いを持ったことを覚えている。 母親が二人の関係を知っていたはずはないのだが、少し後ろめたい思いをした。 南インターを降りて一号線を十条通りから東に竹田街道まで来るとJRの鳥羽街道駅がある、 そこからは京子の家まですぐである、東福寺と伏見稲荷の間辺りに京子の家はあった。 この辺りは市内と異なり、昔の町並みと最近建ったような家が雑然と続いている。 「あなた少し寄っていかない?」 家の近くまで来たとき京子が言った。 「うん」 以前もこんな会話で家に寄ったのだったが、あの時と違って今日は少し気が楽だった。 「お母さんは元気?」 高木が何気なく聞くと京子は言った。 「ええ、相変わらず、今日はお知り合いと何処か旅行へ行ってます」 母親が留守であることを聞き一瞬戸惑った。 「お母さんのいない間にええの?」 「いいわ」 「しかし、、、」 「気にしないで」 昔と違い京子も四十を過ぎている、世間の目もあまり気にしていない様子だった。 「家の少し向こうに置けますのでそちらまで行って下さい」 京子の言ったとおり、家の少し向こうに一台ぐらは車を置けるだけのスペースがあった。 「なんか気がすすまんなあ」 車を降りてぼやきながら歩いていると近所の家から誰か出てくるのに出くわした。 高木は何となく気恥ずかしさを覚え、知らない振りをして通りすぎようとしたが、その相手がこち らを向き驚いたような顔をして頭を下げた、高木も咄嗟につられて頭を下げたが、誰なのか解 らなかった。 「あなたお知り合い?」 「いや」 「そう、誰かしら」 「京子も知らないのか?」 「ええ」 「誰やろ」 頭を下げたときの態度からして、高木を知っているような素振りだったことが気になったが誰な のか解らなかった。 心に後ろめたさがあると何かしらこそこそとした態度になってしまう、京子は気にもしていない のだろうが、高木はそわそわした気持ちで早く家の中へ入りたかった。 「どうぞ」 以前に京子の家に来たのはいつだったのだろうか、そんなことを考えながら誰もいない薄暗い 部屋へあがった。 昔から建っている家のため、間口が狭くて奥行きの長い造りの家である。 京子の持つイメージからはあまり創造出来ないような家である。 「母も居ませんしゆっくりして下さい」 京子は高木が家にきたことが嬉しそうにしているように見えた。 「なんか落ち着かんわ」 「なんで?」 「そやかてお母さんの留守の間にこんなことしててええのか」 「気にしないで」 「そう言うてもなあ」 「あなたらしくもないわ」 (あなたらしくもない)高木は京子の言った言葉を心の中でもう一度繰り返した、そんな言葉を聞 くと、いったい京子は自分のことをどのように思って居るのだろうと考えた。 暮のことがあって以来、時々心にぐさっとくる言葉を投げかける、以前の京子のイメージがあっ たため、この時々心に刺さる言葉にどの様な意味が込められているのかと気にかかってい た。 「時々きついことを言うなあ」 「何が?」 京子はコートを掛けながら奥の部屋から聞いた。 「いや解らんかったらええ」 「おかしな人ねえ」 どっちがおかしいんやと心の中で思ったが気を直して部屋のソファーに座った。 しかし言いたいことがあればはっきりと言えばいいのである、何か韻にこもった言い方がどうも 気になって仕方がない。 「着替えてきます」 そう言って京子は二階の部屋に上がって行った。 京子の一言が少し気になったが高木も上着を脱ぎ一息いれた。 テーブルの上にあったテレビのリモコンをとりスイッチをいれると夕方のニュースをやってい た、明日からの連休のニュースが流れていた。 暫くニュースを見ていたが、二階から京子が降りてきて言った。 「お食事つくります」 なんの拘りもなく、当たり前のように京子が言った。 「そんなんええわ」 一体どう言うつもりなのか。 「ほんまにええわ、もう帰るし」 「いいのよ、ゆっくりして」 「ええって、誰もいいひんのに」 高木の言葉も聞かず京子は台所に立って行った。 「ええ言うとるのに」 高木の言葉が終わるか終わらないうちに京子が悲しそうな顔をして振り向いた。 「そんなに帰りたいの?」 「いやそう言う訳やあらへん」 「じゃ何なの?」 「悪気があって言うたんじゃないし、ただお母さんも誰もいないところでご飯まで食べるのが気 がひけただけや」 京子の顔が高木を引き止めている。 「いつもそうね」 ぽつりと一言漏らした。 「なんか悪いこと言った?」 しょんぼりとしている京子を見ると、むしょうに自分が悪いことを言ったような気がしてそれから 言葉が出なかった。 それから京子は何も言わず台所で食事を造り始めた。 高木はもう何も言わずテレビを見ていた。 京子はいつも一言が少ない、仕事をしていても高木が言った言葉をそのまま聞くだけである、 そんな彼女につい慣れきってしまっているためもあるのか、いつも高木の方からの一方的な言 葉で会話が終わってしまっている、昔はそれで別に支障はなかった、町子と所帯を持ってから も京子とはそんな会話で済ましていた、と言ってもそれからは仕事の上での会話だけであった のだが。 暮に京子と久しぶりに関係を持って以来、時々今のような心に残る言葉が目立つようになって きた、これまでそれ程も気に留めていなかったが、今日のような顔を見ると、京子の心境が変 わってきたのを感じる。 テレビを見ていたが、次第に京子が可哀想に思えてきた。 暫くすると食事の用意が出来たのか京子がテーブルまで来るように言った、高木は黙って彼女 の言うままに席に着いた。 「在り合わせで何もないですけど」 一応遜って言ったが短時間で造った料理にしてはご馳走が並んでいた。 「ありがとう、美味しそうや」 「嬉しい」 高木はもう諦めて京子の言うようにしようと思った。 食事が終わりかけたとき京子はお風呂をいれると言って立ち上がった、高木は黙って頷いた。 食事が終わると京子は高木に風呂に入るように薦めた、彼女は洗いものをするからと言って その間に風呂に入ることを薦めたのである。 (何を考えているのか)高木は心の中でそんなことを考えながら風呂に入った。 結局、高木はその夜京子の家に泊まった。 薄々は彼女の考えていることは解ったのだが、それを肯定することに戸惑いがあった。 町子に何も言わず外泊をしたのは、町子と所帯を持ってから初めてのことであった。 京子もそれは解っていたと思う、そのためもあるのか、二人はその夜町子を忘れるかのように 関係を持った。 その夜、高木は何度も町子の夢を見た、暮に京子とホテルに行った時ははっきりと見た夢を 覚えていた、だがその夜は朝起きてしまってからはどんな夢だったか忘れてしまっていた。 朝、目が覚めてどんな夢だったのか思い出そうとしていたが、ふっと隣を見ると京子は床にい なかった、階下で水の音がしていた。 「泊まってしまった」 後悔の言葉が口をついて出た。
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