(十三)

 

明くる日、早い目に仕事を終え京都に向かった。

特別待ち合わせ場所を決めてはいなかった、取敢えずいつもの場所の河原町通りへ行った。

春の日差しが漸く暮、心地よい風が通り抜けていた。

河原町通りの賑やかさはいつもながら心を浮き立たせる、大津の町もここ最近は再開発が進
み賑わってはいるが、やはり京都とはその質が異なる。

少し早かったが河原町通りに来ていることを裕香に携帯電話で伝えた。

「今何処?」

「三条河原町」

「私、今友達を待っているの、もう少し待っていて」

「ああ、ええよ」

「七時頃には行けると思うし」

「ほな、いつもの本屋にいるから」

「じゃ」

裕香が友達と言った言葉に少し引っ掛かった、父親と会う約束がありながら友達を呼ぶはず
がない、おそらく男友達で、それを父親に会わせる為なんだろうと、瞬間に思った。

彼女も、もう年頃なんだからそういうことがあっても何等不思議な話ではないが、改まって父親
に会わせたいのは結婚のことも考えて居るのかもしれないと、思いは勝ってに飛んで行く。

いつも行く本屋で暫く立ち読みをしていたが、どんな男だろうと、そのことばかりが頭の中を駆
け巡っている、そうしていると、ふいに背中を突付かれた。

振り返って見ると裕香が立っていた。

「なんや、早かったなあ」

「もう七時よ」

「そうか、夢中になって読んでいたから」

心の中を見透かされないかと、言葉で誤魔化した。

「友達は?」

「外で待ってる」

「ほな出よか?」

「うん」

そのまま何も買わず外に出た。

店のドアを開けて外に出ると、背の高い男が高木の方を見て、少し頭を下げた、裕香がその
男のそばまで行って何か言っている。

「お父さん、橋本君」

「今日は」

「ああ、今日は、橋本君ですか」

二人はてれくさそうに高木を見ていた。

「いつも娘がお世話になっています」

「いいえ、お世話なんて、、、」

三人はぎこちなく顔を見合わせた。

「そうやなあ、何処え行こう?」

てれかくしに何かを言わなくてはと高木は言葉をかけたが、二人に言うよりも、むしろそれは自
分に言ったようなものである。

「裕ちゃん今日は何食べたい?」

「今日もロシア料理?」

何がいいか聞きながらも、裕香には高木がまたロシア料理の店へ行くのではないかと思わせ
たようである。

「嫌なんか?」

「ううん、そうではないけど、今日は違うとこがいい」

「そうか」

店の雰囲気もよく、子供と会うにはいい所だと思っていただけに、娘が他のところがいいと言う
と少し残念に思う。

「取敢えず歩こうか」

歩きながら考えればいいと思い賑やかな歩道を歩いた。

二人は高木の後ろを何やらヒソヒソ話をしながら付いて来る、後ろに神経がどうしてもいくが、
気になりながらも何処へ行こうかと考えた。

河原町通りを渡り先斗町へ入った、ふっと気がつくと、自然にいつものレストランのある四条縄
手へ向かっている自分に可笑しさがこみ上げ、思わず笑い出すところだった。

裕香に違うところと言われ、咄嗟に思いつかなかったが結局先斗町のスペイン料理の店にし
た、この店は高木が祇園のホステスを連れて偶に来る所である、子供と来るには何となく気が
引けるが、裕香たちにはそんなことは分らない、店の中を見渡し珍しそうにしている、まだまだ
学生の年代では、来れるような所ではない。

「珍しいですね高木さん」

「マスターも元気そうで」

「から元気ですよ、このところ暇でねえ」

一緒に来た人間がいつもと違うのを悟ってか、マスターが掛ける言葉もいつもと少し違う。

「こっちがうちの娘で、そっちがどうやら彼氏らしい」

「今日は親子で」

「うん」

「それはいいですね」

「お父さん!!」

紹介の仕方が恥ずかしかったのか、裕香は照れ隠しにむくれたような顔をした。

「このカウンターいいかなあ」

「ええ、どうぞどうぞ」

「二人もここへ座り」

肩から提げた大きなずた袋のような鞄を足元に置きながら橋本が座り、裕香もそれにつられる
ように、高木の横に座った。

「よく来るの?」

「うん、偶にな」

「ふーん、いろんな所知っているんだ」

学生にすれば、この様なところは高級に見えるのかもしれない、何となく落ち着かないようであ
る。

「なんでも好きなもん頼めば、いつものとこと違ってここにはコースはないから、メニュー見て適
当に」

ここは、マスターがスペインへ行って覚えた料理を我流で作っている、改まってスペイン料理を
修業したわけではなく、マスター流の創作料理である。

「取敢えずお父さんは自家製の赤ワインとエスカルゴ、橋本君もほらなんでも頼めば」

遠慮をしている橋本に料理を勧め、そのうち裕香も決まったのかオーダーをした。

「ほな乾杯をしよう、裕香がお父さんに始めて彼氏を見せてくれたことに乾杯」

「もう、お父さん!!」

「ええやろ、本当のことやし」

少しは嫌味が入っていた、いつも自分だけの裕香だと思っていたところ、男が出来た。

どこの父親だって戸惑うものだろうと思う。

かってに想像して、かってにむくれてしまうのか、否そうではない、それはいずれそうなるのだと
思おうとしている自分に寂しさを感じるのだ、などと考えている自分に気が付く。

「橋本君、裕香を宜しくね」

咄嗟にまた嫌味が入った言葉を投げかけてしまった、二人は若さのためかその嫌味に気付い
た様子はないが、マスターには分かったようである、高木の言葉が耳に入り顔を見上げた。

「はい」

そんなこととは関係なく、橋本はしおらしく応えた。

「ところで君の名前の方はどう言うの?」

「はい、誠です」

「誠君、、、、うん誠君ねえ」

橋本誠、語呂のいい名前である、それまでのジェラシーの入り混じった気持ちを打ち消すよう
に、何度か橋本誠の名前を心の中で繰り返した。

それにしても裕香が父親に食事をしようと言って電話をした、よく考えれば裕香からの誘いは
始めてではないのか?

裕香は何も言わないが、心の中ではいろんな思いがあってここにいるのかもしれない。

「裕ちゃん、お父さんに何か言いたいことがあるんじゃないの?」

「ううん、もういいの」

「ほんとにええの?」

「もういいの!」

「そうか」

それ程深刻に考えていたわけではない、嬉しさもあった、そんな思いで、このときは軽く言った
つもりだった。

 



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