Swan 琵琶湖水鳥・湿地センターラムサール条約ラムサール条約を活用しよう | ●第2部主要な決議等

ラムサール条約 基調文書
国際的に重要な湿地のリスト拡充の戦略的枠組み,2009年版

日本語訳編集:
琵琶湖ラムサール研究会,2012年[詳細はページ末尾に記す].

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条約事務局原文:
 英語   フランス語   スペイン語 

ラムサール条約(1971年にイランのラムサールにて採択)の国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン

[第3版(2009年版):決議Ⅶ.11で採択された附属書(1999年)に,それぞれの決議に従って適切な位置に,決議Ⅶ.13(1999年),Ⅷ.11Ⅷ.33の附属書(2002年),決議.1付属書A(2005年) ,および決議Ⅹ.20(2008年) の内容が統合された.]

目次

はじめに
国際的に重要な湿地のリスト(ラムサール条約湿地リスト)に関する展望、実施目標、短期目標
国際的に重要な湿地とラムサール条約における賢明な利用原則
優先的に条約湿地に指定する湿地を特定するための体系的方法の採用に関するガイドライン
国際的に重要な湿地を特定するための基準並びにその適用のためのガイドラインと長期目標
個別湿地タイプを特定し指定するためのガイドライン(カルスト等の地下水文系、泥炭地、湿性草地、マングローブ、サンゴ礁、一時的な湿地、人工湿地)
 [編注:以上の章Ⅰ−Ⅵをこのページに,以下の添付文書は別ページに構成.]

添付文書A:ラムサール条約湿地情報票
添付文書B:ラムサール条約の湿地分類法
添付文書C:国際的に重要な湿地の選定基準 [編注:この添付文書Cは本指針本文第節のサマリーである.]
添付文書D:ラムサール条約湿地のための地図や他の空間データの規定のための追加ガイドライン
 [編注:以上の添付文書ADは湿地情報票のページに構成.]
添付文書E:戦略的枠組み用語集 [編注:別ページ.]


[前]] [もくじ

.はじめに

背景

1.主権国家は、ラムサール条約(1971年にイランのラムサールにて採択)に署名する際、または同条約の批准書もしくは加盟書を寄託する際に、条約第2条4に基づいて、少なくとも1か所の湿地を国際的に重要な湿地として指定するよう義務づけられている。その後は、第2条1に定めるように、「各締約国は、その領域内の適当な湿地を指定するものとし、指定された湿地は、国際的に重要な湿地に係る登録簿に掲げられる。」

2.上述の条約第2条1で用いられている「適当な」というキーワードについては、条約第2条2に部分的に解釈を助ける条文があり、当該条項では、「湿地は、その生態学上、植物学上、動物学上、湖沼学上または水文学上の国際的重要性に従って、登録簿に掲げるため選定されるべきである。特に、水鳥にとっていずれの季節においても国際的に重要な湿地は、掲げられるべきである」と定めている。

3.ラムサール条約は、その進展過程を通じて常に、国際的に重要な湿地(条約湿地)を選定するための基準を策定し、絶えずその見直しを行ってきた。またこの条約は、自然保護科学の発展を反映した基準を締約国が解釈しかつ応用するのを補佐すべく、定期的にガイドラインを更新して当該基準を補ってきた。

4.「国際的に重要な湿地のリスト」の拡充に対する戦略の方向性は、これまではどちらかといえば限定的なものであった。その顕著な例として第6回締約国会議では、条約の「1997−2002年戦略計画」を通じて、「地球規模または国内で、特にこれまであまり登録されていない湿地タイプに関して、国際的に重要な湿地のリストへの登録湿地の面積を増やす」よう、締約国に要請している(実施目標6.2)。

目的

5.1999年の第7回締約国会議において条約湿地の数が急速に1000に近づきつつある中で、ラムサール条約は、この「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」を採択し、以後改正や追加を重ねてきた。その目的は、ラムサール条約が条約湿地を通じて達成しようとしている長期目標または成果に関して、より明確な展望、つまりビジョンを示すことである。また締約国が条約湿地の総合的な国内ネットワークを構築するために、将来の指定に関して優先順位を特定しようとする場合、体系的な方法をとれるように締約国を補佐すべく、手引きも提供している。この条約湿地の総合的な国内ネットワークは、地球レベルで考えれば、条約湿地リストに関して掲げた展望(ビジョン)を実現するものである。


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.国際的に重要な湿地のリスト(ラムサール条約湿地リスト)に関する展望、実施目標、短期目標

ラムサール条約湿地リストに関する展望(ビジョン)

6.ラムサール条約は、「国際的に重要な湿地のリスト」に関して、以下の展望(ビジョン)を採択した(2005年の決議Ⅸ.1付属文書Bに改正したもの)。

展望(ビジョン)

生態系の構成要素、過程及び恩恵/サービスを維持することにより、地球規模での生物多様性を保全し、人々の生活を維持するために重要である湿地の国際的なネットワークを構築し維持すること。

(この文脈において『生態系の恩恵』は、「ミレニアム生態系評価」における生態系サービスと合致するものであり、『人々が生態系から受ける恩恵』として定義される。)

7.上述した湿地の国際的ネットワークについては、条約の各締約国の領土内に設けられた国際的に重要な湿地の、緊密な総合的ネットワークから構築しなければならない。

条約湿地リストの実施目標

8.条約湿地に関する上述の展望(ビジョン)を実現するため、締約国、条約の国際団体パートナー、地域の利害関係者及びラムサール条約事務局は、以下の4つの実施目標の達成をめざして協力していく(この実施目標は優先順に並んでいるわけではない)。

実施目標1.各締約国に、湿地の多様性並びにその主要な生態学的及び水文学的機能を完全に代表する条約湿地の国内ネットワークを設立すること。

9.1.1)各生物地理区内に存在する自然のまたは自然度が高い湿地タイプごとに少なくとも1か所の適当な(つまり国際的に重要な)湿地を条約湿地に加えること(生物地理区の定義については添付文書E「用語集」を参照のこと)。生物地理区分は地球、超国家的な地域、または各国で定められるものであり、各締約国が自国に適切な形でそれを適用する。

10.1.2)湿地タイプごとに適当な湿地を決定する場合には、主要河川流域、湖または沿岸系の自然の機能の中で、生態学的または水文学的に重要な役割を果たしている湿地を優先すること。

実施目標2.適当な条約湿地の指定と管理を通じて、地球規模の生物多様性の維持に寄与すること。

11.2.1)地域、地方、国、超国家的な地域のレベル及び国際的なレベルにおいて、生物多様性の保全と湿地の賢明な利用を最善の態様で推進するため、条約湿地リストの拡充について見直し、適宜、条約湿地の特定と選定のための基準を一層向上させること。

12.2.2)絶滅のおそれのある生態学的群集を含む湿地、または、絶滅のおそれのある種に関する国内法もしくは国家計画、またはIUCN(国際自然保護連合)レッドリスト、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)の付属書、及び移動性野生動物種の保全に関する条約(ボン条約)の付属書等の国際的な指定により、危急種、絶滅危惧種または近絶滅種と特定された固有種の生存にとって重要な湿地を、条約湿地に加えること。

13.2.3)各生物地理区の生物多様性の保全に不可欠な湿地を、条約湿地に加えること。

14.2.4)生物の生活史の重要な段階においてまたは悪条件の期間中に重要な生息地を提供する湿地を、条約湿地に加えること。

15.2.5)関連する条約湿地選定基準の定めるところにより、水鳥及び魚類の種または系統、ならびにその他の分類群にとって直接の重要性を持つとされる湿地を、条約湿地に含めること(第項を参照)。

実施目標3.条約湿地の選定、指定及び管理の面で、締約国、条約の国際団体パートナー、及び地域の利害関係者の間の協力を促進すること。

16.3.1)渡り鳥の渡りルート沿いにある湿地、国境を共有する湿地、同じ様なタイプの湿地、または同じ様な生物種が生息している湿地に関して、2か国(またはそれ以上)の締約国の間で、条約湿地「姉妹提携」や協同管理協定を結ぶ機会を探ること(決議.19)。

17.3.2)その他の形式の共同事業で、条約湿地及び湿地一般の長期保全及び持続可能な利用の達成を実証または援助できるものを、複数の締約国の間で行うこと。

18.3.3)条約湿地リストの戦略的作成、及びそれに続いて地方、国内、超国家的な地域で行われる条約湿地の管理及び国際的に行われる条約湿地の管理において、適当な場合には、NGO及び地域社会に根ざした組織がより大きな役割を担い、かつより大きく貢献するよう奨励し、また支援すること(決議.8)。

実施目標4.補い合う環境条約に関する各国の協力、超国家的な地域の協力、及び国際的な協力を推進する手段として、条約湿地ネットワークを利用すること。

19.4.1)生物多様性の喪失、気候変動及び砂漠化の進行の推移を検出するための国別モニタリング、超国家的な地域モニタリング、及び国際的なモニタリングのためのベースライン及び参照地域として、条約湿地を利用すること。

20.4.2)条約湿地において、保全及び持続可能な利用の実証プロジェクトを実施すること。これはまた、生物多様性条約、気候変動に関する国際連合枠組み条約、砂漠化防止条約、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約、世界遺産条約、移動性野生動物種の保全に関する条約及びそれに基づくアフリカ・ヨーロッパ渡り性水鳥協定等、適当な国際的環境協定との協力、並びに、北米水鳥管理計画、西半球シギ・チドリ類保護区ネットワーク、2001−2005年アジア太平洋地域水鳥保全戦略、地中海湿地フォーラム、南太平洋地域環境プログラム、南アフリカ開発共同体(SADC)、東南アジア諸国連合(アセアン)、欧州連合のナチュラ2000ネットワーク、ヨーロッパの野生生物及び自然生息地に関する条約(ベルン条約)のエメラルドネットワーク、汎欧州生物及び景観多様性戦略、アンデス高地湿地計画、アマゾン協力条約、環境と開発に関する中米委員会等の地域協定や協力のためのイニシアチブとの協力に関して、具体例を示すものとなる。

条約湿地リストに関する2010年までの短期目標

21.ラムサール条約は、生物の多様性と生産性に富んだ中心地であって、かつ人類の生命維持システムでもある湿地の重要性を強調し、締約国は世界の多くの地域で湿地の連続的な喪失と劣化が進行していることを憂慮している。この憂慮への対応として、条約は、条約湿地に関する以下の短期目標を設定した。

条約湿地リストの2010年目標

条約湿地リストに、2010年までに少なくとも 2,500ヶ所、延べ2億5千万ヘクタールの湿地が登録されるようにすること。


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.国際的に重要な湿地とラムサール条約における賢明な利用原則

22.ラムサール条約の下では、賢明な利用と条約湿地の指定という二つの概念は完全に両立し相互に補強しあう。締約国に対しては、湿地を「生態学上、植物学上、動物学上、湖沼学上または水文学上の国際的重要性に従って」(条約第2条2)国際的に重要な湿地のリスト 訳注 に登録するために指定し、かつ、「登録簿に掲げられている湿地の保全を促進し及びその領域内の湿地をできる限り適正に利用することを促進するため、計画を作成し、実施する」(条約第3条1)ことが期待されている。

訳注 条約の日本語正訳では「登録簿」。

23.第6回締約国会議(1996年)で採択された戦略計画では、「賢明な利用」を持続可能な利用と同一のものとみなしている。締約国はさらに、生態学的及び水文学的な機能を通して、湿地がはかり知れないサービス、生産物及び利益を提供し、人類がそれらを享受しながらそれによって支えられていることを認識している。従って条約は、条約湿地に指定された湿地を中心としてあらゆる湿地が、将来の世代のために、また生物多様性の保全のために、このような機能や価値を引き続き確実に提供してくれるような実践方法を推進する。第9回締約国会議(2005年)で湿地の賢明な利用の定義が『持続可能な開発の考え方に立って、エコシステムアプローチの実施を通じて、その生態学的特徴の維持を達成することである』と更新された。

原注:以下のふたつの脚注がこの定義には付属する:
 『エコシステムアプローチ』には、中でも特に生物多様性条約の『生態系アプローチ』(CBD COP5決定/6)また HELCOM および OSPAR(第1回ヘルシンキとOSPAR合同委員会宣言、ブレーメン、2003年6月2526日)によって適用されたものを含む。
 『持続可能な発展の文脈で』という句は、いくつかの湿地において確かに開発は不可避であり、多くの開発によって重要な恩恵が社会にもたらされているとしても、本条約の下に取り組まれてきたアプローチによって持続可能なやり方で開発を行うことができることを認識するために挿入された。また、すべての湿地にとって『開発』が目的であるとすることは適切ではない。

条約湿地と賢明な利用原則

条約に基づいて湿地を国際的に重要なものと指定する(登録する)という行為は、保全と持続可能な利用という道程に踏み出すにふさわしい第一歩であり、その道程の終着点では、湿地の長期的かつ賢明な(持続可能な)利用を達成するのである。

24.条約の第3条2では、「各締約国は、その領域内にあり、かつ登録簿に掲げられている湿地の生態学的特徴が技術の発達、汚染その他の人為的干渉の結果、既に変化しており、変化しつつありまたは変化するおそれがある場合には、これらの変化に関する情報をできる限り早期に入手できるような措置をとる」ように定めている。ラムサール条約は、この規定に従って湿地の「生態学的特徴」の概念を展開し、この用語を次のように定義する。

『生態学的特徴は、ある時点において湿地を特徴付ける生態系の構成要素、プロセス、そして恩恵/サービスの複合体である』(決議Ⅸ.1付属書A,2005年)。

(ここで、ミレニアム生態系評価による生態系サービスに従って、生態系の恩恵は『人々が生態系から受け取る恩恵』として定義される。)

25.締約国には、各湿地の生態学的特徴を維持するために、及び当該特徴を維持しながら、その「恩恵/サービス」を最終的には提供してくれる基本的な生態学的及び水文学的機能を保持するように、自国の条約湿地を管理することが期待されている。したがって、生態学的特徴は湿地の「健康」を表す指標であり、締約国が条約湿地を指定する際には、生態学的及び水文学的属性の変化を検出するためにその後行うモニタリングに対して、ベースラインデータを提供できるように、承認されている「条約湿地情報票 Information Sheet on Ramsar Wetlands (RIS)」(添付文書Aを参照)を用いて、当該湿地について十分に詳しく説明するよう、締約国に期待されている。生態学的特徴の変化が自然に起こりうる変動域を超えている場合には、その湿地の利用または湿地に対する外部的な影響が持続不能なものであること、自然作用が悪化する可能性があること、及び最終的にはその湿地の生態学的、生物学的、及び水文学的機能が破壊される可能性があることを示している。

26.ラムサール条約は、生態学的特徴をモニタリングする手段と、国際的に重要な湿地の管理計画策定のための手段を開発した。このような管理計画の策定はすべての締約国に要請されていることであり、その策定にあたっては、人間活動が湿地の生態学的特徴、湿地の経済的及び社会経済的価値(特に地域社会にとっての価値)、並びに湿地に関係する文化的な価値に対して及ぼす影響等の問題を考慮する必要がある。また締約国に対しては、管理計画の中に、生態学的特徴の変化を検出するための定期的かつ厳格なモニタリング制度を盛り込むことが奨励されている(決議.10)。


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.優先的に条約湿地に指定する湿地を特定するための体系的方法の採用に関するガイドライン

27.この戦略的枠組みの「はじめに」と題する部分では、この枠組みの目的が、ラムサール条約が「国際的に重要な湿地のリスト」を通じて達成しようとしている長期目標または成果に関して、より明確な理解、つまり展望(ビジョン)を示すことであると述べている。

28.以下の項では、締約国が条約湿地の総合的で一貫性のある国内ネットワークを構築するために、将来の指定に関して優先順位を特定しようとする場合、体系的な方法をとれるように締約国を補佐すべく、手引きを提供する。この条約湿地の国内ネットワークは、地球規模のネットワークとして考えれば、条約湿地リストに関する展望(ビジョン)を実現するものなのである。

29.優先的に条約湿地に指定する湿地を特定するための体系的方法を策定して実施する場合、締約国には、以下の問題を考慮することが要請される。

30.国家目標の検討。将来の条約湿地を特定するための体系的方法を策定する準備として、締約国には、この戦略的枠組みの第項で述べた実施目標を慎重に検討することが要請される。「国際的に重要な湿地のリスト」に関する展望(ビジョン)と長期目標との関連性の中で検討した場合、当該目標は、体系的方法策定の面でその後行われるあらゆる検討の基盤となるものである。

31.湿地の定義、タイプ、生物地理区。ラムサール条約における湿地の定義をどのように解釈し、どのような生物地理区を当てはめるかについて国のレベルで了解することは、各締約国にとって重要である。ラムサール条約における「湿地」の定義は、この条約の地球的な規模を反映して非常に広く、国のレベル、超国家的な地域のレベル、及び国際的なレベルにおける湿地保全の取組の間に矛盾が生じないように、各締約国に対して広い対象範囲と柔軟性を認めている。

ラムサール条約における「湿地」の定義

「湿地とは、天然のものであるか人工のものであるか、永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず、更には水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか鹹水であるかを問わず、沼沢地、湿原、泥炭地または水域をいい、低潮時における水深が六メートルを超えない海域を含む」(第1条1)、そして「水辺及び沿岸の地帯であって湿地に隣接するもの並びに島または低潮時における水深が六メートルを超える海域であって湿地に囲まれているものを含めることができる」(第2条1)。

重要な点として、ラムサール条約は、自然の湿地または半自然の湿地を登録するようめざしているが、第項に定める基準のうち少なくとも一つを満たすことを条件として、特定目的で作られた人工の湿地についても、条約湿地への指定を認めている。ラムサール条約湿地分類法(添付文書Bを参照)には、代表的、希少または固有な湿地に関するラムサール基準(第項、基準1を参照)に基づいて行われうる登録に関連して、締約国が検討するよう要請されるすべての対象範囲が示されている。

32.基準1の下では、合意された生物地理区の範囲内で国際的に重要な湿地を特定するよう、締約国に期待している。用語集(添付文書E)では、生物地理区を「気候、土壌の種類、植生被覆等の生物学的なパラメーターや物理的なパラメーターを用いて確定した、科学的に厳密な地域区分」と定義している。多くの締約国にとって生物地理区は、事実上国境にまたがるものであり、代表的湿地、固有な湿地等の湿地タイプを確定するには、複数の国の間での協力が必要となる点に注意すべきである。地域や国によっては「バイオリージョン」という用語を「生物地理区(バイオジオグラフィカルリージョン)」の同義語として使っている。

海洋域の生物地理区の分類方法

33.「世界の海洋エコリージョン」(MEOW)という主要評価により(Spalding 他、2007年)、沿岸域や大陸棚のための新たな生物地理区の分類方法が開発された。これは、12の界(realm)と、62の地方(province)、232のエコリージョン(生物地理区)を階層的に分類する体系になっている(以下参照:http://www.nature.org/tncscience/news/meow.html 及び http://conserveonline.org/workspaces/ecoregional.shapefile/MEOW/view.html)。この分類は、区域分けがこれまでの地球規模のものよりもはるかに良くなっている一方、これまでの地球規模ならびに地域規模のものと共通する構成要素を保持しており、従って既存の生物地理区の分類方法の多くとのクロスレファレンスが可能になっている。

34.この分類方法は、国際的に広範な意見の集約を通じて開発され、国際的に広く受け入れられており、既存の分類法の多くを組み入れているので、ラムサール条約においても沿岸域ならびに近海域で条約の対象となる範囲についてはこの方法を(そのエコリージョンの規模で)適用することが奨励される。

35.その発表以後もMEOWのエコリージョンに対しては公式な修正が、微細な境界の調整や名称の変更なども含めて多数挙がっている。最初のMEOWの発表後1、2年のうちに、それらの調整を全て含む正式な更新版が発表されることになっている。

陸域の生物地理区の分類方法

36.陸域環境における保全の計画策定や評価に用いることができる生物地理区分の基本的な分類方法は、これまでに三つ開発されている(Udvardy、1975年; Bailey、1998年; Olson 他、2001年)。これらのいずれもが内陸湿地生態系を扱っておらず、それはこれらの分類方法が主に他の陸域生態系(森林や草地など)の分布や類似性に基づいているからである。これらは、それぞれ区域の分け方が異なり、異なるタイプのデータに基づいて異なる目的のために開発されたものである。

Udvardy の生物地理地区分(Udvardy、1975年
この分類方法は、世界の生物区について満足のいく区分法を提供し、種をその生態区域と共に保全するための枠組みとなるように意図されもので、その区分法は種の分布と生態系単位の分布に基づいた、界(Realm)、バイオームBiome)、地方(Province)から成る階層的な構造になっている。界は統計学的区分に基づき、バイオームは植生と気候の特徴の両方に、地方は動植物相と生態に基づいている。
Bailey のエコリージョン(Bailey、1998年
もともと米国国内の森林を地球規模のエコリージョン体系にどう当てはめるか説明することを意図したもので、ここではエコリージョンを、生態系が共通の特徴を有する広範囲に広がる地表面部分と定義している。この区分体系は、圏(Domain)、区(Division)、地方(Province)という三つの階層からなる。エコリージョンは大気候に基づいており、それは大気候が地球上の生命の分布に影響を及ぼす最も大きな要因の一つであるという理論に基づいている。圏と区の特定には、気候帯に加えて気温と降水量が用いられ、地方は植生相観に基づいて決められ、気候による修正が加えられている。
WWFの陸域エコリージョン(Olson 他、2001年
WWFの陸域エコリージョンは、主に優先的に保全を行う地域を特定するためのツールとして開発されたもので、自然群落(natural community)の集合体である、地理学的にはっきりと識別される陸域や水域の比較的大きな単位からなる。これらの群落はその主要な種や生態学的動態、環境条件などが共通しており、群落の長期的な存続に必要な相互作用を有するものである。その階層区分体系は、界(Realm)、バイオームBiome)、エコリージョン(Ecoregion)からなり、異なる生物相の分布を反映している。

37.加えて、WWF米国が近年、「世界の淡水域エコリージョン(FEOW)」の分類法開発の先頭に立っており(Abell 他、2008年)、水生生物種、特に魚類の分類様式に基づいて分水界を統合したり細分化したりしてその分類を導き出そうとしている。

38.欧州には、11の生物地理区からなる生態地理区の分類法があり(http://dataservice.eea.europa.eu/atlas/viewdata/viewpub.asp?id=3641)、自然生息地と野生動植物相の保全に関する理事会指令 92/43/EEC による「ナチュラ2000」ネットワーク、ならびに「欧州の野生生物と自然生息地に関する条約(ベルン条約)によるエメラルド・ネットワーク」を確立するための基礎となっている(www.dataservice.eea.europa.eu/dataservice)。

39.これらの体系は異なる目的で異なる基準を用いて開発された、あるいは開発途中にあるものであり、まだ評価がなされていないか、またはそれらの共通点や相違点が明らかになっていないため、現段階ではラムサール条約の目的に採るべき内陸あるいは陸域の生物地理区分をどれかひとつに絞ることは提案されない。締約国は、国内の湿地分布と国際的な湿地分布とでは表す必要のある規模が違うことを念頭に置いて、自らが適切と考える体系を利用すること、あるいは内陸湿地の生物地理学的分布をさらによく表す他の体系があればそれに科学技術検討委員会(STRP)の注意を喚起することが奨励される。

40.ラムサール条約湿地の位置情報をラムサール条約湿地情報票に正確に記録することによって、これらの体系の中でどれがそれぞれの国際的な分析目的に最も適っているかに応じて、各々あるいはいずれかの体系に該当湿地を当てはめることが可能になる。また、例えば(上述の)欧州で用いられている生物地理区分のように、地球全域を対象としていない国際的な区分に関しても分析を行うことが可能になる。

41.ラムサール条約で用いる生物地理区の分類方法に関して、さらなる情報と助言が RebeloFinlaysonStroud によって提供されている(2009年)。同書には、マングローブやサンゴ礁、塩生湿地を含む、特定の沿岸域ならびに近海域の湿地タイプが、ラムサール条約湿地リストに含まれているか、含まれていないかの状況を分析するために、MEOWをどう活用すればいいのか、その事例が提供されている。

参考資料

Abell, R.,
Thieme, M.L., Revenga, C., Bryer, M., Kottelat, M., Bogutskaya, N., Coad, B., Mandrak, N., Contreras Balderas, S., Bussing, W., Stiassny, M.L.J., Skelton, P., Allen, G.R., Unmack, P., Naseka, A., Ng, R., Sindorf, N., Robertson, J., Armjio, E., Higgins, J.V., Heibel, T.J., Wikramanayake, E., Olson, D., , López, H.L., Reis, R.E., Lundberg, J.G., Sabaj Pérez, M.H. & Petry, P. 2008. Freshwater Ecoregions of the World: A New Map of Biogeographic Units for Freshwater Biodiversity Conservation. Bioscience 5: 403-414. doi:10.1641/B580507  [編注]WWFとザ・ネイチャー・コンサーバンシーが共同で設置した次のウェブサイト(英語)でこれによる地域区分を閲覧できる.この論文のPDFファイルも掲載されている:www.feow.org
Bailey, R.G. 1998.
Ecoregions: the ecosystem geography of the oceans and continents. Springer-Verlag. New York. 176 pp. (http://www.fao.org/geonetwork/srv/en/metadata.show?currTab=simple&id=1038 から入手可能).
Olson, D.M,
Dinerstein, E., Wikramanayake, E.D., Burgess, N.D., Powell, G.V.N., Underwood, E.C., D’amico, J.A., Itoua, I., Strand, H.E., Morrison, J.C., Loucks, C.J., Allnutt, T.F., Ricketts, T.H., Kura, Y., Lamoreux, J.F., Wettengel, W.W., Hedao, P. & Kassem, K.R. 2001. Terrestrial Ecoregions of the World: a new map of life on Earth. BioScience 51:933-938. (http://www.worldwildlife.org/science/data/terreco.cfm から入手可能).  [編注]2011年3月27日現在掲載のアドレスへのリンクを付与.
Rebelo, L-M.,
Finlayson, M. & Stroud, D.A. 2009. Ramsar site under-representation and the use of biogeographical regionalization schemes to guide the further development of the Ramsar List. Ramsar Technical Report No. [x]. Ramsar Convention Secretariat, Gland, Switzerland.
Ramsar Convention.
Strategic Framework and guidelines for the future development of the List of wetlands of International Importance. Ramsar Handbooks for the Wise Use of Wetlands (2006), vol. 14. (http://www.ramsar.org/lib/lib_handbooks2006_e14.pdf から入手可能)
Spalding, M.D.,
Fox, H.E., Allen, G.R., Davidson, N., Ferdaña, Z.A., Finlayson, M., Halpern, B.S., Jorge, M.A., Lombana, A., Lourie, S.A., Martin, K.D., McManus, E., Molnar, J., Recchia, C.A., & Roberston, J. 2007. Marine Ecoregions of the World: a bioregionalization of coastal and shelf areas. BioScience 57(7): 573-583.  [編注]WWFのウェブサイトの次のページ(英語)からこれによる地域区分地図を閲覧できる.この論文のPDFファイルも掲載されている:http://www.worldwildlife.org/science/ecoregions/marine/item1266.html
Udvardy, M.D.F. 1975.
A classification of the biogeographical provinces of the world. Occasional Paper no. 18. World Conservation Union, Gland, Switzerland. (http://www.fao.org/geonetwork/srv/en/metadata.show?id=1008&currTab=simple から入手可能).

42.目録とデータ。締約国には、自国の領土内にある湿地に関して収集した情報の範囲と質を確定するとともに、目録を完成していない場合には完成するための措置を講じることが要請される。目録の作成は、ラムサール条約から支持を受けている承認済みのモデルと基準を用いて行う(決議.20及決議.6を参照)。しかしながら、湿地に関して既に適切な情報を入手できる場合には、目録を作成していない場合でも条約湿地の指定を行うことができる。

43.湿地の現状と分布、湿地に関係のある動植物、及び湿地の機能と価値に関する科学的知見の拡大に合わせて、国内湿地目録または条約湿地候補リストを定期的に見直し、内容を改訂する(ラムサール条約2003−2008年戦略計画、行動1.2.1)。

44.締約国の領土内にあって国境をまたぐ湿地。湿地目録は、締約国の全領土を確実に考慮したものとする。特に、ラムサール条約第5条及び「ラムサール条約の下での国際協力のためのガイドライン」(決議.19、1999年)に従って、国境をまたぐ湿地を特定して条約湿地に指定するよう考慮する。

45.超国家的な地域レベルの指導。締約国はまた、条約湿地に指定する可能性のある湿地について相対的な重要性を確定する際に、超国家的な地域レベルでのきめの細かい指導を求めることができることを認識しておくこと。これは次のような場合にあてはまる:

  1. 国内では動植物の種がそれほど集中して存在しない場合(北半球高緯度地方の渡り性水鳥等);
  2. データの収集がむずかしい場合(特に、面積が広大な国の場合);
  3. 特に、乾燥地帯や半乾燥地帯を中心として、場所的及び時期的に降雨量の変動が激しいために、水鳥その他の移動性の種が同じ年の間や複数の年にかけて一時的湿地を組み合わせて活発に利用しており、しかもこの活発な利用のパターンについて十分な知見が得られていない場合;
  4. 泥炭地、サンゴ礁、カルスト等の地下水文系等、特定のタイプの湿地の場合で、国際的な種類の幅やその重要性に関して、国内では限られた専門知識しかない場合(第項「個別湿地タイプを特定し指定するためのガイドライン」参照);
  5. 複数の生物地理区が重なり合うために、その移行地帯に高度な生物多様性が認められる可能性がある場合。

46.すべてのラムサール登録基準及びすべての種に対する考慮。体系的方法を策定する場合、締約国には、すべてのラムサール登録基準を考慮することが要請される。条約第2条2には、湿地の「生態学上、植物学上、動物学上、湖沼学上または水文学上」の側面に基づいて、湿地を検討すべきことが定められている。ラムサール登録基準の下では、これについてさらに、湿地タイプと生物多様性の保全という形で明示している。

47.締約国はまた、ラムサール登録基準を適切に利用するようめざす。つまりこれは、水鳥(基準5、6)と魚類(基準7、8)に関しては個別基準が策定されたものの、湿地に関係する分類群の中で水鳥と魚類だけが、条約湿地として登録できる根拠、条約湿地として登録すべき根拠となるわけではない、ということである(基準9も参照)。単に水鳥と魚類については個別の手引きが最もよく策定されている、ということに過ぎない。基準2、3、4は、湿地に生息する他の種のためだけでなく、適当な場合には水鳥と魚類のための湿地も同じく特定できる、対象範囲の広い基準である。また、肉眼で見えにくい種や微生物叢については、考慮の際に見過ごすおそれがあるが、生物多様性のあらゆる構成要素を確実に考慮するように注意する。

48.優先順位付け。条約湿地として指定するにふさわしい湿地のリストを作成する場合、湿地選定基準を体系的に適用したならば、締約国には、優先する候補湿地を特定するよう奨励する。特に、締約国に固有の湿地タイプ、もしくは湿地に生息する生物種で締約国に固有のもの(世界の他の場所では見られないもの)を含む湿地である場合、またはその締約国が、湿地タイプの地球合計もしくは湿地に生息する生物種の地球全体の個体数のうち、相当な割合を保有しているような湿地である場合には、当該湿地を条約湿地として指定することに特に重点を置く。

49.規模の小さな湿地を見過ごさないこと。条約湿地を指定する体系的方法を策定する場合、条約湿地候補が必ずしもその領土内で最大の湿地とは限らないことを認識するよう、締約国に推奨する。湿地タイプによっては、もともと大きな湿地系として存在しないものもあり、あるいは昔は大きな湿地系であっても、今ではそうでないものもあるので、こうした湿地タイプを見過ごしてはならない。このような湿地は、生息地を維持する上で、または生態学的群集レベルの生物多様性を維持する上で、特に重要な場合がある。

50.法的な保護区という地位。締約国は、条約湿地への指定が、その湿地に対して、既になにがしかの種類の保護区という地位を付与されていることを要求したり、条約湿地への指定後に必ず保護区という地位を付与することを要求したりするものではないことを認識する。これと同じく、指定を検討中の湿地は、人間活動の影響をまったく受けていないような手つかずの地域である必要はない。条約湿地への指定は、国際的に重要と認められた湿地という地位に引き上げる効果があるために、当該地域を特別な形で認識することに利用できるのである。つまり、条約湿地への指定は、指定を受けた湿地がラムサール条約に基づく湿地選定基準に合致する場合に限って、その湿地の再生と機能回復の過程の出発点となりうるのである。

51.登録の優先順位を決定する場合に、既存の保護区であるという湿地の地位をその決定要因とすべきではないが、締約国に対しては、国際的な条約、国家政策または法律文書に基づいて公式に湿地を指定する場合に、一貫した方法をとる必要性があることに注意するよう要請する。もしも、湿地に依拠する固有種に対して重要な生息地を提供しているために、その湿地が国の保護区という地位を得ているなら、選定基準に照らしてみれば、その湿地には条約湿地の資格があることになる。したがって締約国には、一貫性を保つために、現在の保護区、計画中の保護区、及び将来の保護区のすべてについて見直しを行うことが要請される。

52.代表種及び中枢種。指標種、代表種、中枢種という概念もまた、締約国が考慮すべき重要な事項である。「指標」種の存在は、良質の湿地を判断する有用な尺度となりうる。「代表」種の存在は、湿地の保全と賢明な利用にとって象徴的で大きな普及啓発効果を発揮しうる。また「中枢」種は、不可欠な生態学的役割を果たしている。相当の個体数の指標種、代表種または中枢種を有する湿地は、国際的に重要な湿地として特に考慮に値する可能性がある。

53.種の存在に関しての展望。条約湿地の指定にあたって、個体数をもとにして相対的な重要性を判定しようとする場合、締約国は、状況を適切に考慮して判定するように注意する。生物多様性の保全に対する相対的重要性という観点から見れば、湿地の登録とそれに続く管理行動の対象として、ごく一般的な種が多数存在する湿地よりも、希少種に生息地を提供する湿地のほうが優先順位は高くなりうる。

54.外来種。外来種の導入と広がりについては、生物多様性及び湿地生態系の自然の機能に大きく影響しうることから、大きく懸念されている(侵入種と湿地に関する決議.14及決議.18を参照)。したがって、湿地を国際的に重要な湿地として登録する場合に、移入種つまり外来種の存在を登録の支持理由として用いてはならない。在来種であっても、生態系を攪乱してアンバランスを引き起こす可能性がある場合には、湿地にとって侵入的なものとみなすことがある。また、他に移入された在来種が、もともと自生していた生息地において希少種や絶滅のおそれのある種になっていることもありうる。締約国は、このような状況を慎重に評価しなければならない。

55.目に見えにくい利益であっても見過ごしてはならない。魚類は、水域生態系の不可欠の部分をなすばかりでなく、世界中の人々にとって極めて重要な食糧および収入源になっている。しかしながら、世界各地にて、持続可能ではない漁獲方法および産卵・生育地域を含めた生息地の消失及び劣化の結果として、漁業生産が低下している。魚類や他の水生動植物に水面下の生物種は、目にすることが比較的容易な動植物と異なり、ラムサール条約湿地の指定をする際に、しばしば見落とされる可能性がある。そのような水中の利益も、注意深くかつ体系的に検討されなければならない。

56.湿地の境界の決定。条約湿地を指定する場合の境界については、湿地の生態学的特徴を維持するのに適した規模で湿地を管理できるような境界であることを認識し、管理面を重視して決定するよう、締約国に奨励する。ラムサール条約第2条1では、条約湿地の中に、「水辺及び沿岸の地帯であって湿地に隣接するもの並びに島または低潮時における水深が六メートルを超える海域であって湿地に囲まれているものを含めることができる」と定めている。非常に小さい故に潜在的に脆弱な湿地については、湿地の周囲の緩衝域を含めて境界を設定するよう、締約国に推奨する。これは、地下系湿地や比較的大きな湿地の場合にも有用な管理手段となりうる。

57.動物種の生息地として特定された湿地について境界を決定する場合には、当該個体群のあらゆる生態学的要求と保全の要求を適切に提供するように、境界を設定する。特に、大型の動物、食物連鎖の頂点にいる種、広大な範囲を住みかとする動物種、採食地域と休息地域が大きく分かれている種の場合には、生存しうる個体群を支えるためにかなりの面積を必要とするのがふつうである。利用範囲全域、または生存しうる(自活できる)個体群を受け入れている範囲全域にわたって条約湿地を指定することが不可能な場合には、その周囲の地域(つまり緩衝域)において、当該種と生息地の両方に関連する追加措置を講じる。こうした措置をとれば、条約湿地内にある中心的な生息地の保護を補完することになる。

58.条約湿地に指定することを検討中の湿地は、湿地生態系全体のかなりの要素を含む景観規模で選定される場合もあれば、それよりも小さな範囲で選定される場合もある。狭い湿地を選定して境界を確定する場合には、以下の手引きが範囲確定の助けとなる:

  1. 湿地には、重要な植生群落をたった一つ含むだけでなく、できるだけ複合的な植生群落や寄せ集まりの植生群落を含める。もともと養分に乏しい(貧栄養)状態の湿地は、種及び生息地の多様性も乏しいのがふつうである。こうした湿地に高い多様性が見られるときには、保全の質の低さが関係している場合がある(これは、著しく条件が変更されていることからわかる)。したがって多様性を考える場合には、必ず湿地タイプごとの平均に照らしてみなければならない。
  2. 帯状に分布する群集については、できるだけ完全に一通りを湿地に含める。湿潤地帯から乾燥地帯へ、塩水から汽水へ、汽水から淡水へ、貧栄養から富栄養へ、河川からそれに続く土手、砂州、堆積系へといった自然の勾配(変わり目)を示す群集は重要である。
  3. 植生群落の自然な遷移が湿地ではしばしば急速に進むことがある。可能な限り最大の範囲まで、それらが存在するところでは、遷移のすべての段階を条約湿地の範囲に含める(例えば、浅い開水面から抽水植物群落、ヨシ群落、沼沢地や泥炭地、湿性森林まで)。動的な変化が起こっているところでは、遷移の先駆段階が条約湿地の範囲内で発達し続けることができるほどに十分に広いことが重要である。
  4. 湿地が保全価値の高い陸上生息地へと続いている場合には、湿地そのものの保全価値も高まることになる。

59.狭い湿地ほど、外部の影響を受けやすくなる可能性が大きい。条約湿地の境界を定める場合には、できることなら常に、湿地の境界が、湿地を害する可能性のある活動、特に、水文学的な攪乱を引き起こすおそれのある活動から湿地を守るのに役立つように、注意を払う。理想的には、湿地の国際的重要性とその完全な姿を保全するのに必要な水文学的機能を提供しかつ維持するのに必要な陸地部分を、境界域に含める。さもなければ、計画策定過程を進めることにより、隣接する土地や流域内における土地利用方法から生じうるマイナスの影響を適切に規制し及び監視し、確実に条約湿地の生態学的特徴が損なわれないようにすることが重要である。

60.湿地群。湿地群または大きな湿地に付随する「衛星」のような個々の小湿地については、以下のいずれかに当てはまる場合には登録を検討すること:

  1. 水文学的に結ばれている系(例えば、複合的な渓谷湿地、湧水に沿って地下水から水供給を受けている湿地系、またはカルストと地下湿地系等)の構成要素である場合;
  2. 利用という面で、ごくふつうの動物の個体群と関係している場合(例えば、水鳥の一個体群が、ねぐらや採食地の代替地として利用するひとまとまりの場所等である場合);
  3. 人間活動によって分断される前は地理的につながっていた場合;
  4. その他のかたちで生態学的に相互依存している場合(例えば、共通の発達史を持つ明らかに大きな一つの湿地帯や景観の一部をなす湿地群であるとか、別個の種の個体群を支える湿地群である場合);
  5. 点在する湿地(非永続的な性質の場合もあり)の集合が乾燥地帯や半乾燥地帯にあり、個別にもまとまりとしても、生物多様性と人類の双方にとってきわめて大きな重要性をもちうるような場合(例えば、完全には解明されていない連鎖環において不可欠な関係を持っている場合等)。

61.湿地群を条約湿地に指定する場合には、構成要素をまとめて一つの条約湿地として取り扱う根拠を「ラムサール条約湿地情報票」に明記する。

62.生態系の構造及び機能と、それらがもたらす恩恵との間の相互作用によって重要である湿地。湿地は、湿地及び湿地が供与する生態系からの恩恵/サービスによって人々の活動が影響を受ける景観の中に、そしてまた、湿地自体が湿地に依存している地域社会による恩恵/サービスの利用(例えば、伝統的な管理形態等)によって影響を受ける景観の中に存在するものである。湿地の生態系構造及び機能の果たし方が、文化的特徴や文化遺産の結果として発展してきたという事例は沢山ある。同様に、湿地の生態系構造及び機能の維持が、人間活動と湿地の生物学的、化学的、物理的な構成要素との相互作用に依存しているという事例も多くある。

63.補完的な国際的な枠組み。条約湿地への指定を検討する場合、締約国には、「実施目標」4.2(段落20)に記載した通り、当該指定を行うことが、関連する国際的及び地域的な環境条約及び計画の下で既に確立されているイニシアチブや策定中のイニシアチブに対して寄与する機会を与える可能性があるかどうかを検討することが要請される。これに該当するものは、特に、生物多様性条約、移動性野生動物種の保全に関する条約及びそれに基づくアフリカ・ヨーロッパ渡り性水鳥協定等である。地域的に該当するものは、北米水鳥管理計画、西半球シギ・チドリ類保護区ネットワーク、2001−2005年アジア太平洋地域水鳥保全戦略、地中海湿地フォーラム、南太平洋地域環境プログラム(SPREP)、南アフリカ開発共同体(SADC)、東南アジア諸国連合(アセアン)、欧州連合のナチュラ2000ネットワーク、ヨーロッパの野生生物及び自然生息地に関する条約(ベルン条約)のエメラルドネットワーク、汎欧州生物及び景観多様性戦略、アンデス高地湿地計画、アマゾン協力条約、環境と開発に関する中米委員会(CCAD)等である。


] [] [もくじ

.国際的に重要な湿地を特定するための基準並びにその適用のためのガイドラインと長期目標

64.湿地リストを拡充するための戦略的枠組みの本セクションでは、湿地を選定するための基準とそれに対して条約が掲げている長期目標を紹介する。締約国が、優先的に指定する湿地を体系的な方法を用いて選べるように、各基準ごとにガイドラインも提供する。第項に掲げた全般的なガイドラインと合わせて、本項で提示するガイドラインを検討すること。また、添付文書Eには、以下に掲げる基準、長期目標、及びガイドラインで使われているものを対象に、用語集を掲載してある。

国際的に重要な湿地を指定するための基準
基準グループA
代表的、希少または固有な湿地タイプを含む湿地

基準1:
適当な生物地理区内に、自然のまたは自然度が高い湿地タイプの代表的、希少または固有な例を含む湿地がある場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
基準グループB
生物多様性の保全のために国際的に重要な湿地
種及び生態学的群集に基づく基準基準2:
危急種、絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種、または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
基準3:
特定の生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物種の個体群を支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
基準4:
生活環の重要な段階において動植物種を支えている場合、または悪条件の期間中に動植物種に避難場所を提供している場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
水鳥に基づく個別基準基準5:
定期的に2万羽以上の水鳥を支える場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
基準6:
水鳥の一の種または亜種の個体群において、個体数の1%を定期的に支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
魚類に基づく個別基準基準7:
固有な魚類の亜種、種、または科、生活史の一段階、種間相互作用、湿地の利益もしくは価値を代表する個体群の相当な割合を維持しており、それによって世界の生物多様性に貢献している場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
基準8:
魚類の重要な食物源であり、産卵場、稚魚の成育場であり、または湿地内もしくは湿地外の漁業資源が依存する回遊経路となっている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。
他の種群に基づく個別基準基準9:
鳥類以外の湿地に依存する動物種または亜種の個体群で、その個体群の1%を定期的に支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

基準グループA  代表的、希少または固有な湿地タイプを含む湿地

基準1: 適当な生物地理区内に、自然のまたは自然度が高い湿地タイプの代表的、希少または固有な例を含む湿地がある場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

65.ラムサール条約湿地分類法(第項)に従い、各生物地理区内に見いだされる湿地タイプごとに、少なくとも代表となる適当な湿地一つを条約湿地に含めるようにすること。

基準1の適用に関するガイドライン

66.この基準を体系的に応用する場合、締約国には以下を奨励する。

  1. 領土内または超国家的な地域レベルで、生物地理区を決定すること。
  2. 各生物地理区内に存在する湿地タイプの範囲を決定し(ラムサール条約湿地分類法を用いる、添付文書Bを参照)、その際には特に、希少なまたは固有な湿地タイプに注意する。
  3. 各生物地理区内の各湿地タイプごとに、最も典型的な例となる湿地を、ラムサール条約に基づく条約湿地に指定すべく、特定する。

67.どの生物地理区の分類方法を適用するかを選択する場合には、国家や(国家の下の)地域的な範囲よりも、大陸的、(大陸の下の)地域的すなわち超国家的な範囲を活用する方が、一般的に最も適切である。

68.「実施目標」1、とりわけ1.2に(上記段落10)は、この基準に基づき考慮すべきもうひとつのこととして、主要な河川流域や沿岸域が自然に機能するにあたり、その生態学的特徴が重大な役割を果たしている湿地を優先すべきであることを示している。水文学的機能については、この基準の下で締約国が優先的に登録する湿地の決定について検討しやすくするために、以下の手引きを提示する。生物学的役割及び生態学的な役割に関する手引きについては、基準2を参照されたい。

69.水文学的重要性。ラムサール条約第2条に定める通り、湿地は、水文学上の重要性にしたがって選定されるべきであり、これには特に以下の属性が含まれる:

  1. 洪水に対する自然による調節、改善、または予防に大きな役割を果たすこと;
  2. 湿地その他下流にある保全上重要な地域の季節的な保水にとって重要であること;
  3. 帯水層の水の涵養にとって重要であること;
  4. カルスト、または主要な地上の湿地に対する供給源となっている地下の水文学系もしくは湧水系の一部分を構成していること;
  5. 主要な自然の氾濫原系であること;
  6. 少なくとも地域的な気候の調節や安定の面で大きな水文学的影響力を持つこと(例えば、ある地域の雲霧林や熱帯雨林、半乾燥地域、乾燥地域または砂漠地域、ツンドラにおける湿地や湿地複合、炭素の吸収源として機能する泥炭地系等);
  7. 高い水質基準の維持に主要な役割を果たしていること。

基準グループB  生物多様性の保全のために国際的に重要な湿地

種及び生態学的群集に基づく基準

基準2: 危急種、絶滅危惧種または近絶滅種と特定された種、または絶滅のおそれのある生態学的群集を支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

70.危急種、絶滅危惧種、近絶滅種または絶滅のおそれのある生態学的群集の生存にとって重要だと考えられる湿地を、条約湿地に含めるようにすること。

基準2の適用に関するガイドライン

71.ラムサール条約湿地は、地球規模で絶滅のおそれがある種及び生態学的な群集の保全において重要な役割を担っている。関わる個体数や湿地の数は少なく、利用できる数量的なデータ及び情報は貧弱なものかも知れないが、基準2あるいは3を活用して、地球規模で絶滅の危険にさらされている群集や種を、その生活史の特定の段階において支える湿地をリストに登録するために、特別な配慮をしなければならない。

72.『戦略的枠組み』の「実施目標」2.2は、絶滅のおそれのある生態学的群集を有している湿地か、絶滅危惧種を保護する国内法や事業、あるいはIUCNのレッドリストやCITESの附属書及びボン条約付属書のような国際的な枠組みのもとで、危急種や絶滅危惧種として認識されている種の生存に極めて重要となっている湿地を、ラムサール条約湿地に登録するよう、締約国に対して強く促している。

73.締約国がこの基準に基づいて条約湿地候補を検討する場合、希少種、危急種、絶滅危惧種、または近絶滅種の種に対して生息地を提供する湿地のネットワークを条約湿地に選定すれば、最大の保全価値を達成できる。理想的には、このネットワークに含まれる湿地が以下のいずれかまたはすべての特性を備えていることが望ましい:

  1. 生活環の様々な段階において、対象となる種の移動性の個体群を支えている;
  2. 渡り経路沿い、つまりフライウェイ沿いに種の個体群を支えている。但し、種が異なれば渡りの方法も異なるものとなり、中継点の間に必要な最大距離も異なる点に留意すること;
  3. 悪条件のときに個体群に避難場所を提供する等、他の面で生態学的に関係している;
  4. 条約湿地に指定されている他の湿地に隣接しているか、またはその近隣にあり、当該湿地を保全すれば保護される生息地の面積が拡大し、絶滅のおそれのある種の個体群の生存可能性を高めることになる;
  5. 狭い生息地のタイプを占有ながら分散して生活する定着種の個体群の相当な割合を収容している。

74.危機にさらされている生態学的群集を有する湿地を特定する際には、以下の特徴をひとつもしくは複数持つ生態学的群集を有する湿地を選定することにより、最大限の保全価値が得られる。それらは次のとおりである。

  1. 地球規模で絶滅のおそれがある群集、あるいは環境変化をもたらす直接的・間接的な要因により危機にさらされている群集で、特にこれらの群集が高い質を有しているか生物地理区において極めて典型的である場合
  2. 生物地理区において希な群集である場合
  3. 移行帯(エコトーン)、連続的な段階、そして特定の過程の例となるような群集を含んでいる場合
  4. (例えば、気候変動や人為的な干渉により)現在の条件下ではこれ以上生態学的に発達できない場合
  5. 長い発達の歴史があって現時点での状況をよく表しており、よく保持された古環境の資料となっている場合
  6. 他の(おそらくより稀少な)群集や特定の種の生存にとって極めて重要な機能を有している場合
  7. 近年、その分布範囲や出現頻度等が著しく減少している場合。

75.段落74()もしくは()の下でどの生物地理区の分類方法を適用するかを選択する場合は、国家や(国家の下の)地域的な範囲よりも、大陸的、(大陸の下の)地域的すなわち超国家的な範囲を活用する方が、一般的に最も適切である。

76.上述段落5659「湿地の境界の決定」で述べた生息地の多様性と遷移に関する問題についても留意すること。

77.多くのカルストや地下の水文学的水系の生物学的な重要性にも留意すること(下記の具体的な手引き参照)。

基準3: 特定の生物地理区における生物多様性の維持に重要な動植物種の個体群を支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

78.各生物地理区の生物多様性を維持するのに重要と考えられる湿地を条約湿地に含めるようにすること。

基準3の適用に関するガイドライン

79.締約国がこの基準に基づいて条約湿地候補を検討する場合、以下のいずれかまたはすべての特性を備えている一連の湿地を選定すれば、最大の保全価値を達成することができる。

  1. 生物多様性の「ホットスポット」であり、存在する種数が正確に知られていないとしても、明らかに種の豊富な湿地である。
  2. 固有性の中心であるか、またはかなりの数の固有種を収容している。
  3. 地域内で発生する一連の生物多様性(生息地のタイプの多様性も含む)を収容している。
  4. 特殊な環境条件(半乾燥地域または乾燥地域の一時的な湿地等)に適応した種の相当な割合を収容している。
  5. 生物地理区の希少または特徴的な生物多様性の要素を支えている。

80.多くのカルストや地下の水文学的水系の生物学的な重要性にも留意すること(下記の具体的な手引き参照)。

81.どの生物地理区の分類方法を適用するかを選択する場合は、国家や(国家の下の)地域的な範囲よりも、大陸的、(大陸の下の)地域的すなわち超国家的な範囲を活用する方が、一般的に最も適切である。

基準4: 生活環の重要な段階において動植物種を支えている場合、または悪条件の期間中に動植物種に避難場所を提供している場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

82.生活環の重要な段階において、または悪条件が支配的な状況において、動植物種に生息地を提供する上で最も重要な湿地を、条約湿地に含めるようにすること。

基準4の適用に関するガイドライン

83.移動性の種または渡り性の種にとって重要な湿地は、生活環の特定の段階において比較的狭い地域に集まる個体群のうちの、きわめて大きな割合を収容するものである。これは、一年のうちの特定の時期の場合もあれば、半乾燥地域や乾燥地域においては、特定の降雨パターンを示す年の場合もある。例えば多くの水鳥は、繁殖地域と非繁殖地域の間にある長い渡りの道程の途中で、比較的狭い地域を主な中継地(採食及び休息用の場所)に利用する。カモ科の種にとっては、換羽の場所も同じく重要である。半乾燥地域または乾燥地域にある湿地には、水鳥その他湿地に生息する移動性の種がきわめて高い集中度で収容され、個体群の生存にとって重大な鍵を握っていることがある。しかしながら、降雨パターンが年によってかなり変わることから、見た目に明らかな重要性は年毎に大きく変動する可能性がある。

84.湿地に生息する非渡り性の種は、気候等の条件が好ましくない場合でも生息地を変えることはできず、一部の湿地だけが、中長期的に種の個体群を維持するための生態学的な特性を備えることになる。こうして一部のワニや魚類は、乾期になって適当な水生の生息地の範囲が狭まるにつれて、湿地複合の中にある水深の深い所や池へと避難していく。そうした湿地では、雨期が再びめぐってきて湿地内の生息範囲が再び広がるまで、この狭い地域が動物の生存にとって重大な鍵を握る。非渡り性の種に対してこのような機能を果たす湿地(生態学的、地形学的、及び物理的に複雑な構造の場合が多い)は、個体群の存続にとって特に重要であり、優先的に条約湿地候補として考慮する。

水鳥に基づく個別基準

基準5: 定期的に2万羽以上の水鳥を支える場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

85.定期的に2万羽以上の水鳥を支えるすべての湿地を条約湿地に含めるようにすること。

基準5の適用に関するガイドライン

86.締約国が、この基準に基づいて条約湿地候補を検討する場合、世界的に絶滅のおそれのある種や亜種を含む水鳥の集合に対して生息地を提供する湿地のネットワークを条約湿地に選定すれば、最大の保全価値を達成できる。現在のところ、こうした湿地はあまり登録されていない(上述段落53の「種の存在に関しての展望」も同じく参照のこと)。

87.外来種の水鳥については、特定湿地の総個体数に含めてはならない(上述段落54「外来種」も参照のこと)。

88.基準5は、複数の種群の集合のみならず、単一種であっても定期的に 20,000羽以上の水鳥が生息している湿地についても適用されるものとする。総数が 200万羽以上である水鳥に対しては、20000羽を維持する湿地は基準5の下で重要であるという考え方に立ち、1%基準値として 20000羽が適用される。当該水鳥種にとっての重要性を反映させる為には、基準6に基づきその湿地を登録することも適切である。

89.この基準は、各締約国の様々な大きさの湿地に等しく適用される。この数の水鳥が存在する面積を正確に示すことは不可能だが、基準5に基づいて国際的に重要と特定される湿地は生態学的な単位を構成しているはずであり、したがって1か所の大きな地域を構成しているか、または小規模な湿地の集合である。上述段落60、61の「湿地群」も同じく参照のこと。データが得られる場合には、累計を把握できるように、渡りの期間中における水鳥の入れ換わり数も考慮すること。

90.特に渡り期間中について、個体の入れ換わり数は、ある一時点にて数えられる個体数以上の数の水鳥が湿地を利用していることを示すものであって、水鳥個体群を維持する上で湿地が果たす役割の重要性は、しばしば単純な鳥類センサス(個体数調査)情報から想定される以上に、大きなものであることを示している。

91.しかしながら、入れ換わり数と湿地を利用している水鳥の個体総数や個体群の総計を、正確に推計することは難しい。(例えば、一定数マーキングをして再目撃による推定方法、時系列における増加を総計する方法等)時折活用されている方法が幾つかあるが、統計的に信頼出来る数値もしくは正確な推定値を出すものではない。

92.入れ換わり数に関し信頼しうる推定値を提示しうるものと考えられ、現時点で利用しうる唯一の方法は、渡り鳥が留まっている湿地での独自の捕獲/マーキングとマーキングされた水鳥の再目撃/再捕獲による方法である。しかしながら、この方法が、渡り鳥の総個体数に関して信頼できうる推定値を出せるようにする為には、通常、多大な能力と資源が必要とされ、渡り鳥が留まっている所が、広大か、もしくはアクセスが不可能な地域(特に一つの個体群で、鳥が広く分散している場所)では、この方法を活用する場合、実際的に克服しがたい困難が伴うものであると認識することが重要である。

93.湿地で、入れ換わりが生じることが分かっているが、渡り鳥の総個体数に関しての正確な情報を入手することが可能ではない場合、締約国は、管理計画策定において(当該湿地の)重要性が十分認識されるように図る根拠として、基準4の適用を通じ、渡りの中継地としての湿地の重要性を引き続き考慮しなければならない。

基準6: 水鳥の一の種または亜種の個体群において、個体数の1%を定期的に支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

94.生物地理区内における水鳥の種または水鳥の亜種の個体数の1%以上を定期的に支えるすべての湿地を条約湿地に含めるようにすること。

基準6の適用に関するガイドライン

95.締約国が、この基準に基づいて条約湿地候補を検討する場合、世界的に絶滅のおそれのある種や亜種の個体群を収容する一連の湿地を条約湿地に選定すれば、最大の保全価値を達成できる。上述段落53「種の存在に関しての展望」、段落63「補完的な国際的な枠組み」も同じく参照のこと。データが得られる場合には、累計を把握できるように、渡りの期間中における水鳥の入れ換わり数も考慮すること。

96.締約国は、国際的に矛盾のないようにするため、可能な場合には、この基準に基づく条約湿地の評価基準として、国際湿地保全連合が発表して3年ごとに内容を更新している国際的な推定個体数と1%基準を用いる [編注]。決議.4(1996年)ならびに決議.38(2002年)が要請しているように、締約国は、この基準のより良い適用を図るために、将来における国際的な水鳥推定個体数の更新と改訂に向けてデータを提供するだけでなく、当該推定数データの大多数の出所である国際湿地保全連合の国際水鳥調査に関し、自国内での実施と発展を支援する。

[編注]最新のものは、国際湿地保全連合2006年発行の『水鳥個体数推計 Waterbird Population Estimates 第4版』。そのうち日本で用いることができる水鳥個体群の1%基準値一覧をアジア・太平洋地域渡り性水鳥保全戦略国内事務局(2007)が準備した http://www.biwa.ne.jp/%7enio/ramsar/ovwpe4d.htm

97.いくつかの湿地では、特に渡りの期間中、もしくは主要な湿地において異なる個体群の渡りのルートが交錯する所では、同一種の生物地理学上の個体群が複数生じるということがありうる。そのような個体群が現場にて識別できない場合には(識別出来ないことが通常であるが)、どの個体群の1%基準を適用すべきかという実務的な問題が生じることになる。このように個体群の混在が生じている場合(そして現場にて識別が不可能な場合)には、湿地を評価するにあたり、より大きい方の1%基準を使用することが望ましい。

98.しかしながら、特に当該個体群のうちのどちらかが保全の必要性が高い場合は、この手引きは柔軟に適用されるべきであり、締約国は、基準4の適用を通じて、両方の個体群にとっての湿地の全般的重要性を認識することを考慮し、管理計画策定において、(当該湿地の)重要性を十分認識する基礎にしなければならない。この手引きは、個体数としてはより少ないものの保全の必要性が高い個体群にとって、不利になるような形で適用されるべきではない。

99.この手引きは、個体群が混在(混在は、渡りの期間中に生じることが多いが、他の期間には生じないというものではない)している時にのみ、適用されるべきことに留意すること。それ以外の時期は、そこにある単一個体群に対して正確に1%基準を適用することが、一般的に可能である。

100.特に渡り期間中について、個体の入れ換わり数は、ある一時点にて数えられる個体数以上の数の水鳥が湿地を利用していることを示すものであって、水鳥個体群を支えるうえで湿地が果たす役割の重要性は、しばしば単純なセンサス(個体数調査)情報から想定される以上に、大きなものであることを示している。入れ換わり数についての推定のさらなる手引きとして、基準5での手引きの段落9093を参照すること。

魚類に基づく個別基準

基準7: 固有な魚類の亜種、種、または科、生活史の一段階、種間相互作用、湿地の利益もしくは価値を代表する個体群の相当な割合を維持しており、それによって世界の生物多様性に貢献している場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

101.固有な魚類の亜種、種または科の相当な割合を支える湿地を条約湿地に含めるようにすること。

基準7の適用に関するガイドライン

102.魚類は、湿地と結びついている脊椎動物の中で、最も数が多い。世界全体でみると、一生を通じて、あるいは生活環の一部分だけを湿地で過ごす魚類は、1万8000種以上にのぼる。

103.基準7は、魚類及び甲殻類の高い多様性があれば、その湿地を国際的に重要な湿地に指定できることを示している。この基準は、多様性というものが、分類群の数、様々な生活史の段階、種間相互作用、及び分類群と外部環境との相互作用の複雑さ等、様々な形をとりうることを強調している。したがって、種の数だけで個々の湿地の重要性を評価するのは不十分である。さらに、種がその生活環の様々な段階で果たす様々な生態学的役割についても考慮する必要がある。

104.この生物多様性の解釈には、高水準の固有性と生物非単一性が重要だということが暗黙のうちに含まれている。多くの湿地では、高い固有性を持つ魚類相がその特徴となっている。

105.国際的に重要な湿地の特定には、固有性の度合いを測る何らかの尺度を用いる。少なくとも魚類の10%が、一つの湿地または自然にまとまっている湿地群に固有のものならば、その湿地を国際的に重要とみなす。しかし固有の魚類がいなくとも、他に相応の特徴があれば、重要な湿地に指定される資格がないわけではない。湖のなかには、アフリカのグレートレイクスと呼ばれる湖群(ビクトリア湖等を含む)、ロシアのバイカル湖、ボリビアとペルーにまたがるチチカカ湖、乾燥地域にあるシンクホール湖や洞窟湖、島にある湖等のように、固有性のレベルが90100%という、きわめて高い数字に達するものもあるが、世界全体に適用するには10%という数字が現実的である。固有の魚類種が生息していない地域では、地理的な亜種のように、種以下の区分での遺伝的に異なる固有性を尺度に用いる。

106.「IUCNレッドリスト2006年版」によると、魚類の1,173種が地球規模で絶滅の危機に瀕しており、少なくとも93種が絶滅したか野生絶滅したことが知られている。希少種または絶滅のおそれのある種の存在については、基準2で取り扱う。

107.生物多様性の重要な構成要素は、生物非単一性、すなわち群集内における形態または生殖形態の幅である。湿地群集の生物非単一性は、生息地の時間的、空間的多様性と予測可能性によって決定される。すなわち、生息地がより異なって予測できないものになれば、魚類相の生物非単一性はそれだけ大きくなる。例えば、マラウィ湖は安定した古代からの湖であり、そこには600以上の魚種が生息しているが、そのうち92%は口の中で稚魚を育てるカワスズメ科の魚類であって、科の数にすれば23科の魚類しか生息していない。これとは対照的に、ボツワナのオカバンゴ湿地という雨期と乾期の間で変動する沼地の氾濫原では、生息する魚種は60種に過ぎないが形態や生殖形態が非常に多様であり、生息する魚類の科の数は多く、つまり生物多様性はマラウィ湖よりも豊富である。湿地の国際的な重要性を評価するには、生物多様性と生物非単一性の両方を尺度として利用すべきである。

基準8: 魚類の重要な食物源であり、産卵場、稚魚の成育場であり、または湿地内もしくは湿地外の漁業資源が依存する回遊経路となっている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

108.魚類の重要な食物源を提供する湿地、または産卵場、稚魚の成育場である湿地、または魚類の回遊経路上にある湿地を条約湿地に含めるようにすること。

基準8の適用に関するガイドライン

109.多くの魚類(甲殻類を含む)は、その産卵場、稚魚の成育場、採食場が広く分散しており、かつそれらの場所の間を長距離にわたって移動する等、複雑な生活史を有している。もし魚類の種や系統を維持しようとするなら、魚類の生活環を完結させるのに不可欠な場所をすべて保全することが重要である。沿岸の湿地(沿岸の潟湖や河口、塩生湿地、海岸の岩礁や砂丘を含む)は、水深が浅くて生産性の高い生息地を提供しており、成魚の段階を開放水域で過ごす魚類は、採食場や産卵場、稚魚の成育場として沿岸の湿地を広範に利用している。したがってこうした湿地は、大きな成魚の個体群の生息地になっていないとしても、漁業資源にとって不可欠な生態学的過程を支えているのである。

110.さらに、河川や沼地、湖に生息する多くの魚類は、当該生態系の一部分で産卵したとしても、他の内水面や海洋で成熟期を過ごす。湖に生息する魚類は、産卵のために河川を遡上するのがふつうであるし、河川に生息する魚類は、産卵のために河川を下って湖や河口、あるいは河口の先にある海へと移動するのがふつうである。沼地に生息する多くの魚類は、より永続的で深い水域から、浅いところや、一時的に冠水している場所へと産卵に向かう。したがって、水系の一部をなす湿地は、一見したところ重要ではないように見える場合であっても、当該湿地の上流、下流にわたる広い河川流域の適切な機能を維持するのに不可欠な場合がある。

111.本ガイドラインはあくまでも手引きを目的とするものであり、個々の湿地その他において漁業を規制する締約国の権利を妨げるものではない。

他の種群に基づく個別基準

基準9: 鳥類以外の湿地に依存する動物種または亜種の個体群で、その個体群の1%を定期的に支えている場合には、その湿地は国際的に重要であると考えることとする。

ラムサール条約湿地リストに関する長期目標

112.鳥類以外のひとつの動物種または亜種の、生物地理学的な個体群の1%以上を定期的に支えているすべての湿地をラムサール条約湿地リストに含めるようにすること。

基準9の適用に関するガイドライン

113.締約国が、この基準に基づいて指定する湿地の候補地を検討する際には、地球規模で絶滅のおそれのある種や亜種の個体群が生息している一連の湿地を選定することによって、最大の保全効果が達成される。上述の段落53の「種の存在に関しての展望」、上述の段落63の「補完的な国際的な枠組み」も、参照のこと。データがあれば、累計数を得られるように、渡りの期間中における渡り性動物の個体の入れ換わり数を考慮してもよい(鳥類以外の動物に関連する基準9にも適用されうる水鳥に関連する段落9093の手引きを参照のこと)。

114.国際比較をするために、可能であれば締約国は、この基準に基づく条約湿地の候補地の評価基準として、IUCN「生物種情報サービス(SIS)」を通じてIUCNの専門家グループが提供し定期的に更新するとともに、「ラムサール技術報告書」シリーズにおいて公表される、最新の国際的な推定個体数及び1%基準を用いるものとする。[原注:対象個体群とその1%基準値のはじめての一覧は、ラムサール条約湿地情報票(RIS)の付属資料として条約事務局のウェブサイトに提供されている:http://www.ramsar.org/pdf/ris/key_ris_criterion9_2006.pdf(152 )。]

115.国レベルで個体数について信頼しうる推定値がある場合、この基準は、その国の固有種や固有の個体群についても適用できる。そのような基準を適用する場合は、この基準の適用を正当化する説明資料中に、個体数推定値を公表している出典に関する情報を含むものとする。このような情報はまた、「ラムサール技術報告書」シリーズで公表される、個体数推定値と1%基準値に関する分類上の情報範囲を拡大するのに貢献するものとなる。

116.この基準は、特に、哺乳類、爬虫類、両生類、魚類及び水生の大型無脊椎動物を含む、鳥類以外の多様な動物個体群と種とに適用されることが期待されている。しかしながら、この基準を適用するには、信頼できる個体数推定値が提供され、それが公表されている(段落114と115)種または亜種のみが、基準適用を正当化する資料中に含められるものとする。そのような情報がない場合、締約国は、鳥類以外の重要な動物を有する湿地の指定を、基準4に基づいて考慮しなければならない。この基準の適用をより適切に行うために締約国は、可能であれば、国際的な個体数推定値の今後の更新及び改訂を支援するために、そのようなデータをIUCNの種の保存委員会とその専門家グループに提供することで協力するものとする。


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.個別湿地タイプを特定し指定するためのガイドライン

A.カルスト等の地下水文系を国際的に重要な湿地として選定し及び指定するためのガイドライン(決議.13)

117.カルスト湿地の価値は数々ある。ラムサール条約第2条2は「湿地は、その生態学上、植物学上、動物学上、湖沼学上または水文学上の国際的重要性に従って、登録簿に掲げるために選定されるべきである」と定めている。この視点から見れば、カルスト等の地下水文系湿地には、主に次のような保全価値がある。

a)カルストという現象や作用及びその機能の特異性
b)カルスト系とその水文学上及び水文地質学上の特性の相互依存性ともろさ
c)カルスト等地下水文系の生態系の固有性とそこに生息する種の固有性
d)特定の分類群に属する動植物を保全することの重要性

118.カルスト系には自然という面で数々の価値があるが、そのほか社会経済的にも重要な価値がある。これには、飲み水の供給、放牧されている家畜や農業への水の供給、観光、レクリエーション等がある。カルスト湿地系は、おおむね地表が乾燥している景観の中で人間社会に適当な水を確実に供給してくれる点で、特に重要な役割を果たす場合がある。

119.カルスト地域内または地域外で発生しうる脅威。大まかに言えば、地上系、地下系を問わず、多くの「活動している」カルスト地域は湿地である。大体において、地下カルスト系は今のところまだ保存状態が良いが、開発圧力が高まっているために、絶滅の危機に瀕しつつある。開発圧力は直接的なものもあれば(観光客や研究者が洞窟を訪れる場合)、間接的なものもある。間接的な圧力には、あらゆる種類の汚染(特に水質汚染、固形廃棄物の投棄、汚水の排水、インフラの整備等)、地下水の汲み上げ、貯水池その他に利用するための貯留等がある。

120.用語の混乱を避けるために、「カルスト等地下水文系」及び「地下湿地」という用語を使用する。また起源に関係なく、水を伴うあらゆる地下の空洞と空隙(氷洞を含む)を含むものとしてこの二つの用語を使う。こうした湿地については、湿地選定基準を満たす場合には常に、条約湿地に指定することができる。ラムサール条約においては、「湿地」の定義を幅広くすることによって各締約国に大きな柔軟性を与えており、こうした姿勢に従い、この二つの用語には、沿岸、内水面、及び人工の地下湿地を明確に含める。

121.カルスト等地下の現象を説明するには専門技術用語が使われるため、専門家でない者にとっては用語集が必要となる。詳細な参考資料としてはユネスコの「多国語によるカルスト用語集」(Glossary and Multilingual Equivalents of Karst Terms、ユネスコ、1972年)を使用できるが、ラムサール条約の適用上、簡単な用語集を提案し、「カルスト」という表題の用語集(添付文書E)を収載した。

122.地下湿地の条約湿地への指定及び管理を目的として提出する情報は、以下による。

a)入手できる情報(多くの場合、限られた情報しかない可能性があり、将来の研究によることになる)。

b)検討中の規模に適した情報。地方自治体の管理当局や国の管理当局は、入手できるあらゆる範囲の詳細な情報を得られるべきだが、「条約湿地情報票」に記入する場合等、国際的な目的の場合には、一般に要点だけで十分である。

123.条約湿地への指定については、様々な国内及び国際的な措置を集合的にとらえ、その一環として当該指定を検討する。つまり、大きなカルスト等地下系に含まれる最も代表的な部分をラムサール条約に基づいて条約湿地に指定し、全体的な系とその集水域部分の「賢明な利用」を達成するために、土地利用計画規制等の策を講じることができる。

124.現地調査や地図作成は特に難題となる可能性があり、これらについては実行可能性に応じて実施する。例えば、地下の地形を二次元の平面図で示し、それに地上の地形を投影させた地図があれば、条約湿地図としては十分である。多くの締約国が地下湿地の三次元図を作成するための財的・人的な資源を持ち合わせていないことは認識されており、そのことが条約湿地を指定することの妨げとなってはならない。

125.カルスト等地下条約湿地の境界は、集水域全域を対象範囲に含むのが最適だが、多くの場合これは非現実的である。但し、湿地の境界には、対象となる地形に直接的または間接的に最も重要な影響を及ぼす地域を含めるべきである。

126.国際的に重要な湿地選定のためのラムサール基準を適用する場合には、水文学上、水文地質学上、生物学上、及び景観上の固有及び代表的な価値に特に注意を払う。この点で、間欠的な温水カルスト湧水は特に興味深い。

127.ラムサール条約では柔軟な対応を認めているために、締約国は、国内の状況や個々の湿地の状況に応じて最も適した境界を選定することができる。特に、一つの洞窟だけを条約湿地として指定するか、あるいは当該洞窟と複合的な系を合わせて(例えば、地上と地下の湿地を合わせて)条約湿地として指定するかを考えることができる。

128.ラムサール条約では、地上系と地下系の両方を含む湿地について、明文の規定をもって言及しているわけではないが、この条約における湿地の定義(第1条1)には、これらの湿地が含まれるものと解釈し理解する。

129.カルスト等の地下水文系の文化的及び社会経済的な価値、並びに国、地方自治体の両レベルでその「賢明な利用」を実施しなければならないという事実については、特に検討する。当該湿地の条約湿地への指定、管理、モニタリングについては、明確に区別することが必要である。


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B.泥炭地、湿性草地、マングローブ、サンゴ礁を国際的に重要な湿地として特定し指定するための手引き(決議Ⅷ.11

はじめに

130.本条約の「2000−2002年作業計画」の行動6.3.1では、STRPに対し、泥炭地、湿性草地、マングローブ、サンゴ礁という湿地タイプを国際的に重要な湿地(ラムサール条約湿地)として特定し指定するための、追加手引きを作成することを求めている。

131.泥炭地、マングローブ及びサンゴ礁は、第7回締約国会議(COP7)に提出された「地球全体の湿地資源と湿地目録の対象となる優先事項に関する評価(GRoWI))」において、湿地生態系のなかでも生息地の消失や劣化の影響を最も受けやすくその脅威にさらされているため、その保全と賢明な利用が確実に行われるように緊急の優先行動をとる必要があると認められた。

132.本追加手引きは、「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」(決議.11)を泥炭地、湿性草地、マングローブ及びサンゴ礁に適用する際のさまざまな側面について明らかにするものである。特に、国際的に重要な湿地の指定に関するラムサール条約湿地選定基準1にしたがって、これらの生息環境タイプの代表的な湿地を特定し指定するための手引きを締約国に提供する。

133.こうした湿地タイプがラムサール条約湿地リストにおいて十分に選出されていないことにはさまざまな理由がある。たとえば次のような理由である。ある領域内にこうしたタイプの湿地が存在するという認識が欠けていること;マングローブやサンゴ礁などの海洋沿岸域湿地がラムサール条約における湿地の定義にあてはまり、したがってラムサール条約湿地に指定するのが適当であるという認識が欠けていること;ラムサール条約湿地に指定するためのラムサール条約湿地情報票を記入する際に、特にサンゴ礁の場合は適切な境界を定めることがむずかしく、手引きを適用するのが困難なこと;こうした生息地タイプのどの特徴が、ラムサール条約湿地選定基準1に基づく湿地の代表例として最適かがはっきりしないこと;泥炭地や湿性草地の場合、これらの生息地タイプが複数の異なるタイプの湿地と重なって存在することがあるため、ラムサール条約湿地分類法のどの湿地タイプに該当するかがはっきりしないこと;そして、泥炭地の場合、湿地を植生の特徴だけで評価すると、その湿地が泥炭に基づく系であるという認識が欠けてしまうこと。

134.国際的に重要な湿地の指定に関するラムサール条約湿地選定基準は、すべて、泥炭地、湿性草地、マングローブ、サンゴ礁という湿地タイプの特定と指定に適用することができる。

135.これらの各湿地タイプは、生息地の消失や劣化の影響を最も受けやすくその脅威にさらされていることが確認されているため、選定基準2に基づいて絶滅のおそれのある種と同様、絶滅のおそれのある生態学的群集を特定し指定することが、特に重要になる。

泥炭地の特定と指定

136.泥炭地とは泥炭が堆積した生態系であり、泥炭を形成する植生を現在も維持している場合もあればそうでない場合もあり、また植生がまったく見られない場合もある。泥炭とは、枯死して不完全な分解状態にある植物の遺体が、原位置で浸水した条件下で堆積したものである。本手引きでは、「泥炭地」という用語は発達中の泥炭地(「湿原」)も含むものと了解されている。発達中の泥炭地(「湿原」)とは、泥炭の形成作用と集積作用が現在行われている泥炭地をいう。発達中の泥炭地(「湿原」)はすべて泥炭地であるが、泥炭の集積が止まった泥炭地は発達中の泥炭地(「湿原」)とはみなされない。泥炭が存在すること、または泥炭を形成する植生が存在することが、泥炭地を特徴づける。

137.泥炭地とは基質として泥炭が存在する場所のことであるが、ラムサール条約湿地分類法は植生に基づいているため、この分類法によると泥炭地はいくつもの湿地タイプと重なって存在することになる:

a)タイプI(潮間帯森林湿地)及びタイプE(砂、礫、中礫海岸で、砂丘系を含む)の海洋沿岸域湿地として存在する場合、またタイプK(沿岸域淡水潟)の周辺部にも存在する場合がある。

b)主にタイプU(樹林のない泥炭地)及びXp(森林性泥炭地)の内陸湿地として存在する場合がある。

c)泥炭土壌は、次のタイプを除くすべての内陸湿地に存在する場合がある。タイプM(永久的河川、渓流、小河川)、タイプTp(永久的淡水沼沢地・水たまり−無機質土壌)、タイプTs(季節的、断続的淡水沼沢地・水たまり−無機質土壌)、タイプW(潅木の優占する湿原−無機質土壌)、タイプZg(地熱性湿地)、タイプZk(b)(地下カルスト系)。

138.泥炭地は、生物の多様性、世界の水問題、気候変動に関わる地球の炭素保持、人間社会にとって貴重な湿地の機能に寄与するものである。

139.泥炭地には、次のような重要な特徴がある:

a)泥炭形成現象の独自性とその生態学的機能及び自然資源としての機能;
b)水文学的及び水文化学的環境に対する泥炭地の依存;
c)泥炭地、その集水域、隣接する分水界の間の相互依存;
d)植生の独自性;
e)特定の動植物種に対する生息地の提供;
f)水の調節や緩衝機能;
g)局地的・地域的な気候を調節する能力;
h)大気中から炭素を吸収し、長期間それを蓄える能力;
i)地球化学・古地質・古生物学等の資料の保管庫として機能する力。

140.自然の価値に加えて、泥炭地には、次のような社会経済的に重要な価値がある(ただしこれに限定されるものではない)。飲料となる水の吸収と放出、地域社会や先住民に対する自然資源の提供、景観の安定化、洪水の影響緩和、汚染物質の除去、観光、レクリエーション。

141.泥炭地への脅威は、その泥炭地域の内部からも外部からも生じる可能性がある。それには次のようなものがある:

a)土地の排水と他用途への転換、掘削、火入れ、過放牧、耕作放棄、観光客による負荷、持続不可能な商業利用などの直接的な脅威;

b)汚染、過度の取水、緩衝地帯の規模の減少や質の低下、気候変動などの間接的な脅威。

142.改変されながらも生態学的価値を残している泥炭地はあるが、それらの中には上述のような脅威にさらされているものがある。こうした地域には再生の機会がある。

泥炭地に対するラムサール条約湿地選定基準の適用

143.選定基準1による指定を検討すべき泥炭地には、原生の発達中の泥炭地、壮年期の泥炭地、泥炭形成の止まったとみられる泥炭地、自然に劣化している泥炭地、人間により改変されてその影響を受けた泥炭地、再生または回復された泥炭地が含まれる。

144.少なくとも次の特性のうちのいくつかを備えている湿地の指定に特に留意する:

a)手つかずのままの水文学的環境;
b)泥炭を形成する植生の存在;
c)地域または世界の生物多様性の貯蔵庫として機能する力;
d)炭素貯蔵庫として機能する力;
e)炭素隔離機能の存在;
f)地球化学・古地質・古生物学等の資料の保管庫を維持する力;
g)水文化学的多様性;
h)マクロ・ミクロそれぞれのレベルの形態的特徴。

145.わずかな影響が大きな劣化につながるおそれがあるなど、特に影響を受けやすい泥炭地の指定や、劣化しているが再生の可能性がある泥炭地の指定に特に留意する。

146.広大な面積の泥炭地には、水文学上の価値や炭素貯蔵庫、古地質・古生物学的資料の保管庫としての価値があり、また広大な景観が含まれている。そのため面積の広い泥炭地は狭い泥炭地よりも一般に重要性が高く、優先的に指定されるべきである。また、地域の気候に対する泥炭地系の影響力も考慮すべきである。

147.泥炭地系の、水文学的に健全な状態を維持するために、適切で望ましい場合には、泥炭地をラムサール条約湿地に指定するときは集水域全体を含めるようにする。

148.単一タイプの泥炭地と、複数のタイプの泥炭地系を含んだ複合系の泥炭地の両方を指定することが適切である。

湿性草地の特定と指定

149.湿性草地は、草丈の短い多年草、スゲ、ヨシ、イグサ、などの草本を特徴とし、これが優占する植生を持つ自然及び半自然生態系である。また湿性草地は、周期的な冠水条件下や湛水条件下に見られ、刈り取り、火入れ、自然または人為的な放牧、あるいはこれらの組み合わせによって維持される。

150.湿性草地には、氾濫原の草地、周期的に冠水する土地、干拓地(ポルダー)、冠水草地、水位管理が(集中的に)行われている湿性草地、湖岸の草原、比較的大型で競争力のある多年生草本が優占する植生、地下水に依存する、砂丘のくぼみにできる湿地などが含まれる。これらの草地は、重粘土、ローム、砂、砂礫、泥炭などさまざまな土壌の上に発達し、また、淡水系、汽水系、塩水系内に発達する。

151.湿性草地の定義にあてはまる植生タイプは、同じもの同士で、または泥炭地、ヨシ原、水に依存する灌木、森林など他の湿地タイプとともにモザイク状に存在することがある。

152.湿性草地は、ラムサール条約湿地分類法の次の湿地タイプに亘って存在する:

a)タイプTs(無機質土壌上にある季節的、断続的淡水沼沢地で、季節的に冠水する草地、ヨシ沼沢地を含む)及びタイプU(樹林のない泥炭地で、湿地林、低層湿原を含む)に分類される氾濫原の構成要素になっているもの。

b)タイプ3(灌漑地。灌漑用水路、水田を含む)及びタイプ4(季節的に冠水する農地。集約的に管理または放牧が行われている草地または牧場で、水を引いてあるものを含む)に分類される人工湿地タイプとして存在するもの。牧草地を通っている灌漑用水路で自然植生を有するものは、生態学的に重要な機能を果たしているため、湿性草地の一部分とみなされる。

c)湿性草地環境は、このほか次のような湿地タイプ内に存在する場合がある。タイプE(砂、礫、中礫海岸。砂丘系を含む)及びタイプH(潮間帯湿地。塩水草原、塩生高層湿原、潮汐域の汽水・淡水沼沢地を含む)。また、タイプJ(沿岸域の汽水・塩水礁湖)、タイプN(季節的、断続的、不定期な河川、渓流、小河川)、タイプP(季節的、断続的な氾濫原の湖沼)、タイプR(季節的、断続的な塩水・汽水・アルカリ性湖沼と平底)及びSs(季節的、断続的な塩水・汽水・アルカリ性湿原)など他の湿地タイプの境界周辺にあることもある。

153.湿性草地は特有の生物多様性を支えており、それは、国際的に重要な鳥類個体群、さまざまな哺乳類、無脊椎動物、爬虫類、両生類など、稀少で絶滅のおそれのある動植物の種や群集を含む。

154.近年、特に次のような水文的、化学的機能を果たすうえでの、湿性草地の価値に対する認識が高まっている:

a)洪水の緩和:湿性草地は洪水による水を保持することができる;

b)地下水の涵養:湿性草地は集水域内の水を保持して、地下水の涵養を可能にする;

c)水質の改善:河岸の湿性草地は栄養塩類や毒性物質、堆積物を保持して、これらが水域に流入するのを防ぐ。

155.こうした機能からは経済的な利益が生じている。湿性草地が破壊されるとこの機能は失われ、元に戻すには多くの場合、巨額の費用が必要になる。経済的利益には次のようなものがある:

a)水の供給:湿性草地は水量と水質の両方に影響を及ぼす;

b)淡水漁場の健全性:湿性草地域内の淀みや水路などの開放水域にある生物環境は河川漁業にとって重要である;

c)農業:氾濫原のなかには農地としてきわめて肥沃なものがある;

d)レクリエーション及び持続可能な観光活動の機会。

156.人間の歴史の初期の段階から、氾濫原には人間の手が加えられてきた。産業革命以降、多くの地域で河川や氾濫原への負荷が高まっている。こうした過程の一部として、湿性草地は工業地域で著しく減少したが、他の地域でも特有の脅威にさらされている。それは次のような要因による:

a)農法の変化:排水による土地利用の拡大と肥料使用量の増加、干し草作りからサイロ利用への変更、追い蒔き、除草剤の使用、耕地への転換、放牧密度の増加、放置または放棄、水生植物用除草剤の使用;

b)土地の排水:自然の流況の変化、河川流路からの氾濫原の孤立、冬季の洪水の水が急速にひくことや春季の地下水面の早期低下、排水路における低水位が続くこと;

c)飲料用や灌漑用の取水:これは河川の流量減少及び水路内の水位の低下、地下水面の低下、干ばつに関連する問題の悪化につながる;

d)富栄養化:草地の植物群落における変化や草地の活力増大につながる;

e)海面の上昇や洪水用の水防施設建設による沿岸湿性草地への脅威;

f)開発と鉱物の採掘:周期的に冠水する地域の減少と、残存するそうした土地での洪水発生頻度の増加につながる;

g)湿性草地の断片化:湿性草地の孤立を招くことから、湿性草地だけに生息していて絶滅しやすい種を脅かし、また水位の管理や農業管理に伴う問題を引き起こす。

湿性草地に対するラムサール条約湿地選定基準の適用

157.湿性草地が特に水文学的に特有の機能を果たしている場合には、選定基準1に基づく指定を検討する。

158.湿性草地は、河川や沿岸の氾濫原の一部として、周期的な洪水や人為的または自然の浸水条件によって維持され水文学的に健全な状態を示している。このような動的な生態系の指定に特に留意する。

159.湿性草地で農業その他の管理が行われている場合は、その生態学的特徴が固有の管理手法や伝統的な土地や湿地の資源利用形態(一般に、人為的な放牧、刈り取り、火入れまたはこれらの組み合わせ)によって維持されている系や、そうした管理を続けなければ、植生の緩やかな遷移によって湿性草地が背の高いヨシ原、泥炭湿原、森林性湿地へと変化するおそれのある系を指定するよう特に注意を払う。

160.管理された湿性草地の多くは、水鳥の重要な繁殖集団を支えると同時に、多くの非繁殖集団の水鳥にとっての生息地ともなっているため、この特徴に関する基準4、5、6に基づく指定に注意を払う。

マングローブの特定と指定

161.マングローブ林は、堆積物が豊富にあって波から守られている熱帯沿岸環境にある潮間帯森林生態系であり、その分布は北緯32度付近(バーミューダ諸島)からほぼ南緯39度(オーストラリアのビクトリア州)に達する。熱帯の海岸線の約3分の2から4分の3は、マングローブで縁取られている。

162.マングローブ林は、適度に傾斜の緩やかな地形、波を防ぐ遮蔽物、泥質の基質、潮差の大きい塩水のある場所で、広大で生産性の高い系を形成する。

163.マングローブ林の特徴は、沿岸の生息地でコロニーを形成できるよう形態的、生理的、生殖的に適応した耐塩性の木本であるという点である。マングローブという用語は、少なくとも次の2通りに用いられる:

a)上記の植物、それに関連する動植物、及びその物理化学的環境からなる生態系をいう場合;

b)塩分が多く貧酸素の(嫌気的)基質を利用できるような適応性を持つ点で共通する(さまざまな科や属の)植物種をいう場合。

164.マングローブはラムサール条約湿地分類法の海洋沿岸域湿地のタイプ I (潮間帯森林湿地)に分類される。

165.マングローブは、淡水、栄養塩類、堆積物の海域への流入の調節において、景観レベルの重要な機能を果たす。また、細流土砂を捕捉し固定することによって、海洋沿岸域の水質を調節する。鳥類、魚類、甲殻類など、成体は別の場所に生息するが、生活環のさまざまな段階をマングローブのなかで過ごす動物の個体群を維持するうえでも、また沿岸の食物網を維持するうえでも、マングローブはきわめて重要である。マングローブは、有機性の汚染物質や栄養塩類の吸収能によって、汚染防止にも重要な役割を果たす。

166.マングローブは、その存続が個々のマングローブ林の境界をはるかに超えた、陸と海の景観が果たす機能を維持するうえで不可欠な役割を果たす、重要な生態系である。マングローブ、サンゴ礁、海草藻場は、統合的な景観レベルの生態系の典型的な例に入る。これらが同じ場所にあると一つのまとまりとして機能し、物理的、生物学的な相互作用によって、個々のサブシステムが互いに関連しあい統合されて複合的なモザイクを形成する。そしてこれが、高潮からの防護や沿岸の安定化に重要な役割を果たす。

167.マングローブ生態系は、世界中で少なくとも50種のほ乳類、600種を超える鳥類、2,000種近くの魚介類(エビ、カニ、カキ類を含む)を支えている。またマングローブは、渡り性の鳥や絶滅危惧種にとっても重要である。他の分類群のさまざまな種が、マングローブを、近接する生態系と密接に結びついた食物網を持つ、多様性豊かな群集にしている。

168.マングローブは、海洋や河口における魚介類の漁場の活力や生産性にとって不可欠である。世界的に見ると、海洋環境でとれる全魚類のほぼ3分の2は、最終的にその漁業資源を維持できるかどうかを、マングローブ、海草藻場、塩生湿地、サンゴ礁などの熱帯沿岸生態系の健全さに依存している。マングローブが健全で完全な状態を保っていることは、沿岸域とその文化的遺産を維持し、海面の上昇など気候変動による影響をやわらげるうえで重要である。

169.マングローブは、何千年にもわたって熱帯諸国の経済に重要な役割を果たしており、多くの動植物の重要な貯蔵所であるととともにそれらの避難場所にもなっている。マングローブ生態系は、熱帯諸国で自給用、商業用、娯楽用のきわめて貴重な漁業を支える一方で、その他の多くの財やサービスを直接的、間接的に社会に提供している。

170.マングローブは、陸と海の両方から大量の物質やエネルギーを受け取り、蓄積・分解するよりも多くの有機体炭素を生産するという点で、他の森林系と異なる。マングローブは構造的、機能的にきわめて高い多様性を示し、もっとも複雑な生態系の部類に入る。マングローブが提供する財やサービスは多様であるため、単なる森林資源として管理すべきではない。

171.世界のマングローブ資源の大部分は、次のような原因で劣化している:

a)乱獲、樹皮(タンニン)の採取、薪炭材の生産、木材などの産物にするための利用といった持続不可能な利用慣行;

b)生息地の破壊。たとえば、農業、都市、観光、工業のための開発や、特に水産養殖池建設のための伐採によって、マングローブは世界各地で脅威にさらされている;

c)灌漑やダム建設のための流路変更による水文環境の変化から生じる、養分欠乏と過度の塩分濃度上昇;

d)汚染。工業廃水や家庭廃水、日常的または壊滅的な石油流出を含む。

172.マングローブは、石油汚染、海岸侵食増大、海面上昇、及びハリケーン、寒波、津波などの自然事象、人間の活動によって引き起こされた気候変動の影響に対し、きわめて脆弱である。

マングローブに対するラムサール条約湿地選定基準の適用

173.選定基準1を適用する際には、マングローブが大きく2種類の生物地理区に分布することを認識する。つまり、インド洋・太平洋(東半球)グループと西アフリカ・アメリカ(西半球)グループで、いずれも特徴的だが種の多様性が異なる。

174.自然に機能している手つかずの生態系に、マングローブとともにサンゴ礁、海草藻場、干潟、沿岸の礁湖、塩性干潟、河口の複合生態系などが含まれるときは、その生態系のマングローブ部分を維持するために、これら他の湿地タイプが不可欠である。したがってこうした生態系の一部をなすマングローブは、特に優先してラムサール条約湿地に指定すべきである。多くの場合、マングローブと結びついている他の沿岸生態系部分を含めずに、マングローブ(すなわちその樹木の部分)だけを指定することは、避けなければならない。

175.湿地のネットワークは、陸や海の景観全体を完全な状態に維持するため、個々の狭い面積のマングローブよりも価値が高い。陸や海の景観全体を含めて指定することは、重要な沿岸プロセスを守るための有用な手法であり、可能な場合には、沿岸域のための入れ子型の管理の枠組みの一環として、ラムサール条約湿地への指定を検討すべきである。

176.ラムサール条約湿地の指定にあたって、適切な境界を確定するためには、次の点を考慮する:

a)保全・管理行動の重点とするため、パッチ状の重要な生物環境、特定の群集または地形を含めること;
b)景観のうちで人が優占する部分における保全行動の用意。これは、人が優位を占める景観がより良いものであれば、マイナスのエッジ効果を緩和するのに役立つため;
c)人の立ち入りが比較的限られた広い地域の保全と賢明な利用のための手だて;
d)景観単位全体を含めること(礁湖と河口の複合体、塩性干潟、デルタ、泥質干潟・干潟系);
e)集水域(河川流域)の管理という面も含めた水路学的な健全さと水質の維持;
f)生息地や遺伝的プロセスの消失につながる海面上昇及び人間の活動によって引き起こされた気候変動の影響に対する用意;
g)海面上昇への反応として、マングローブの陸地側への移動が起きる可能性への配慮。

177.マングローブ林に選定基準1を適用する際には、手つかずの自然の地域、あるいは生物地理学的、科学的に重要で保護が必要な地域を指定するよう、特に留意する。

178.マングローブの保全では、保護、再生、自然遺産を理解し楽しむこと、持続可能な利用に重点を置いた保全など、それぞれ最適の用途に沿って各単位を分類する。指定対象とするマングローブ林の最小規模とは、生息域タイプの多様さが最大となるものであり、それには絶滅危惧種、絶滅のおそれのある種、稀少種、影響を受けやすい種、あるいは生物学的集団の生息域が含まれる。候補地を選択する際にはその「自然度」、すなわち、その地域が人為的変化からどの程度守られてきたか、それとも人為的変化を受けなかったかを考慮する。指定されたマングローブの構造的、機能的な完全性や自立能力を維持するのは生態学的、個体群統計学的、遺伝的プロセスであるため、これらのプロセスも考慮する。

179.湿地の境界を定める場合、保全の目的を効果的に果たすには、系が複雑になるほど湿地の規模を大きくする必要があることを考慮しなければならない。ただし、湿地の単位が小さくなるほど境界の確定は重要になる。迷った場合には、湿地の規模を小さくせずに、大きくすることである。

180.マングローブの系は、魚介類の繁殖場や養育場としてきわめて重要であるため、選定基準7及び8の適用に特に留意する。またこの系は生態学的、地形学的、物理的な構造が複雑なため、避難場所として機能することができ、多くの渡り性の種や非渡り性の種の個体群の存続にとって重要であるという事実を考慮して、選定基準4の適用も特に注意する。こうした地域を指定する場合は、沿岸のマングローブ、海草藻場、サンゴ礁の複合体が形成するさまざまな生息環境が、種の生活環の各段階にとって不可欠な場合もあることを考慮する。

サンゴ礁の特定と指定

181.サンゴ礁とは、イシサンゴ(本来のサンゴ)の生物学的活動によって作られた炭酸塩のかたまりと、それとともにサンゴ礁生態系を形成する海洋生物の複雑な集合体をいう。世界の海洋の北緯30度から南緯30度の間の泥質でない海岸線にみられる。その推定総面積は61万7,000で、浅い海棚の約15%を形成する。

182.サンゴ礁にはおおまかに分けて裾礁、堡礁、環礁の3種類がある。裾礁は海岸近くにみられ、堡礁は間に礁湖を挟んで陸地から離れたところにあり、環礁は礁湖を取り囲む環状のサンゴ礁で、島(もともと火山であることが多い)が徐々に海面下に沈んだ場所に形成されている。しかし、大陸の海岸線にできるサンゴ礁は往々にして複雑で、その特徴を分類するのはむずかしい。

183.サンゴ礁生態系は、礁でない基層の上にも見かけ上は同じように発達する場合がある。これらは、地質学的には「本当の」サンゴ礁ではないが、他のサンゴ礁と同様の生態学的属性を持ち、人間による利用のしかたは同じである。

184.サンゴ礁は、ラムサール条約湿地分類法の海洋沿岸域湿地のタイプC(サンゴ礁)に該当する。

185.サンゴ礁は、隣接するラムサール条約湿地分類法の他の海洋生息地、特にタイプA(永久的な浅海域)、タイプB(海洋の潮下帯域:特に海草藻場)、タイプE(砂、礫、中礫海岸)、タイプH(潮間帯湿地)、タイプJ(沿岸域汽水・塩水礁湖)と機能面で複雑に結びつく生態系の一部となっていることが多い。

186.形や色の純粋な美しさや生命の多様性の点で、世界の自然地域でサンゴ礁に匹敵するものはおそらくない。サンゴ礁はあらゆる海洋生態系のなかで種の多様性がもっとも豊かで、世界の生物多様性に大きく寄与している。サンゴ礁に生息する魚類は 4,000種が知られており、そのうち約10%は、生息地が群島や海岸線から数百キロメートルに限られている。世界の海洋系から見ればわずかな部分しか占めていないにもかかわらず、海洋環境でとれる全魚種の3分の2近くがサンゴ礁とそれに付随する生態系(マングローブや海草藻場など)に依存している。

187.サンゴは、プロスタグランジン(prostaglandins)などの抗凝血剤や抗癌剤など、命を救う医薬品の重要な原料も提供する。

188.サンゴ礁は、温暖な海に接した沿岸域で暮らしている人々にとって貴重である。サンゴ礁は、食料、建築材料、医薬品、装飾用として利用され、熱帯の沿岸地域に暮らす数百万の人々に多くの生活必需品を提供し続けている。

189.熱帯地域では、沿岸生態系と海洋の生物多様性が、多くの国の経済に大きく寄与している。サンゴ礁は、観光やレクリエーションのほか、自給用、商業用、娯楽用の漁業を支えている。バルバドス、モルジブ、セイシェルなど、外貨収入の大半をサンゴ礁観光に依存している国もある。カリブ海地域だけで年間1億人以上の観光客を受け入れており、そのほとんどが必ず海岸やサンゴ礁を訪れている。

190.サンゴ礁は、自己修復する自立的な自然の防波堤として機能し、その後方にある往々にして海抜の低い土地を、嵐や海面上昇の影響から保護している。サンゴ礁が健全で完全な状態を保っていることは、熱帯の沿岸域とその文化的遺産を維持するうえできわめて重要である。

191.その生態学的、経済的な重要性にもかかわらず、サンゴ礁は世界各地で深刻なまでに減少している。サンゴ礁は、堆積物、下水、農業排水その他の汚染源、採鉱、沿岸域の浚渫、沿岸開発など、サンゴ礁を劣化させる数々の人間の活動による脅威にさらされている。劣化のリスクと沿岸域の人口密度との間には、強い相関関係があることが判明している。人口増加による人為的な負荷の深刻さと沿岸域での住民の活動に加えて、サンゴの病気やサンゴ礁に生息する種に感染する伝染病による大量死も発生している。乱獲、爆発漁猟、毒を用いた漁、国内外で取り引きされる土産物用サンゴの採取が、サンゴ礁破壊の大きな原因である。二酸化炭素の増加は、石灰化やサンゴ礁形成の速度を低下させる可能性がある。

192.サンゴ礁に対して一層高まっている影響の一つに、地球規模の気候変動に伴う海面温度の上昇がある。海面温度の上昇はサンゴの白化現象を引き起こす。共生する藻類が失われる結果、往々にしてサンゴそのものが死滅し、引いてはサンゴに依存する多様な群集が消失する。海面温度上昇のほかに、すでに汚染や土砂堆積といった人為的圧力を受けているサンゴ礁は、白化現象を起こしやすくなっているようである。今後の海面温度の予測から、白化現象が次第に広がって頻度も高くなることが示されている。最近の研究によると、UV−Bの照射増大によってもサンゴの白化が起こり、温度上昇による影響に追い討ちをかけている可能性が示唆されている。

193.いったんサンゴが死んでしまうと、岩礁は嵐で物理的に破壊されやすくなり、沿岸の陸地やそこで暮らす人々を海面上昇や嵐から守る機能が脅かされる。1997年から98年にかけて世界各地で起きた大規模なサンゴの白化は、人間が引き起こした地球規模の変化から、生態系規模のダメージが起き始めたことをサンゴ礁が知らせているのかもしれない。再生が成功するかどうかは、健全な管理によって人為的な圧力を減らせるかどうか、そしてサンゴ礁の再生を無に帰すような白化現象が、今後深刻さと頻度を増して起こるかどうかにかかっている。

194.このような問題が相互に影響し合いながら生じている結果、近年、サンゴ礁は激減している。世界のサンゴ礁のおよそ11%が失われ、27%が差し迫った脅威にさらされており、31%は今後10年から30年のうちに減少する可能性が高い。最も危険が大きいのは、広義のインド洋、東南アジア及び東アジア、中東(主にペルシャ湾)及び大西洋地域のカリブ海のサンゴ礁である。

195.サンゴ礁は多数の種の漁業を支えている。現在、漁業管理手段の一つとして、保護区が設けられることが多い。しかし経済的に重要な種のなかにはその生活環の一部を保護区に指定された地域の外で過ごすものもあり、管理の際にはこれを考慮に入れる必要がある。それと同時に漁業管理措置は、持続可能な漁業だけでなく、生物多様性その他の貴重な湿地の特徴を守るものでもある。サンゴ礁に生息する魚類種の多くはラムサール条約湿地の指定を補完するために、この条約の規制よりも厳しい枠組みを必要としている。こうした魚種の保護には、補完的な保全の枠組みや権限が必要である。

196.サンゴ礁を管理する際には、保全の必要性とともに、特定のサンゴ礁に生活を依存する現地の人々のニーズも検討しなければならない。地域によっては、さまざまな利害関係者のニーズに合うように、多用途・ゾーニングの両アプローチを用いて管理することが最善の方法となる。ごく少数の地域を厳しく保護するという手法ではなく、沿岸域レベルでの保護のための入れ子型の枠組みが必要とされる。沿岸のサンゴ礁地域は、統合的沿岸域管理の計画により管理するのが最適である。

サンゴ礁に対するラムサール条約湿地選定基準の適用

197.締約国は、適当な場合には、選定基準1に基づく複合的な湿地の指定を検討する。これには、サンゴ礁とそれに付随する系、特に、隣接する浅い礁原、海草藻場及びマングローブが含まれ、これらは通常、複雑に結びついた生態系として機能している。指定されるサンゴ礁域には、可能な限り多様な生息地タイプと遷移段階のほか、付随する系に関わる生息地タイプと遷移段階も含まれるようにする。

198.個別のサンゴ礁ではなく、湿地のネットワークを指定することに特に留意する。ネットワークは個別の湿地よりも価値があり、海の景観全体を完全な状態に保全するのに役立つ。

199.地理的な位置(「潮上側にあるサンゴ礁」)の関係で浮遊幼生の供給源となり、「潮下側」にある広大なサンゴ礁域への幼生の供給を確かなものにするサンゴ礁地域の指定にも、締約国は特に注意を払う。

200.海岸線を嵐の被害から守り、沿岸の住民やインフラストラクチャーを保護するサンゴ礁も、指定対象として検討する。

201.劣化のおそれがある場合や、ラムサール条約湿地への指定がそのサンゴ礁の生態学的特徴の維持を確保できるような包括的な管理につながりうる場合には、指定を検討する。

202.サンゴ礁の生態学的特徴は、水質が保たれ、沿岸域が適切に管理されてはじめて維持される。そのため、沿岸水域の水質を変えるような人為的変更から、その地域がどの程度まで影響を受けずにいられるか、あるいはどの程度まで保護されうるかが、指定の対象とするサンゴ礁を見きわめるときの重要なポイントである。

203.締約国は、指定するサンゴ礁の境界を確定する際に、ラムサール条約第2条1項を考慮する。段落182で定義した多くのサンゴ礁系の外側部分や、一部の礁湖系の中心は、水深6メートルより深いため、こうした部分をすべて含めてサンゴ礁の境界を確定する。さらに、段落182で定義したサンゴ礁生態系は、サンゴ礁の構造体の境界を超えて広がっており、隣接地域での活動がそれらに害を与える可能性があるため、近接する水域も適宜、指定する湿地に含めるべきである。

204.ラムサール条約湿地に指定されるサンゴ礁の規模は、サンゴ礁の地理学的な規模に適したものでなければならず、またその生態学的特徴を維持するのに必要な管理方法にも、適したものでなければならない。面積は、できる限り、完全で自立的な生態系のまとまりを保護するのに十分な広さにする。海中では、生息地が正確に限定されることはほとんどない。海洋種の多くが広い範囲を生息地としていることや、定住種の遺伝物質が海流によってはるか彼方へ運ばれる可能性のあることに留意すべきである。

205.さらに、次のような湿地を指定することも検討すべきである:

a)地質学的、生物学的に特異な構成物、群系等を支えているか、または美的、歴史的あるいは科学的に特に興味深い動植物種を支えている場合;

b)国内や国際的な機関による長期にわたる研究や管理の記録が残されている場合;

c)環境の変化を評価するための長期モニタリング計画を設定するのに利用できる場合。

206.選定基準7及び8を適用することによって、魚類種にとってのサンゴ礁の重要性を認識する。選定基準7を適用する際には、サンゴ礁における魚種の多様性には地域差があり、たとえばフィリピンの 2,000種以上からカリブ海の約200300種と幅があることに留意する。ある地域の重要性を評価するには、種の数を単純に数える(種の目録)だけでは不十分であり、評価には各地域における魚類相の特性を考慮する必要がある。サンゴ礁に生息する魚類には固有性があまりみられないものの、一部の島嶼や砂州は事実上隔離されており、魚の個体群が遺伝的に独特なものになってきている。こうしたサンゴ礁系は優先的に指定する。

207.特に保全に配慮すべき種、独特の生物学的集合体及び代表種あるいは中枢種(ミドリイシのサンゴ礁、海綿動物とウミウチワの複合生態系など)を支えている湿地や、手つかずの自然の状態を保っている湿地は、特に優先的に指定する。


] [] [もくじ

C.一時的な湿地を特定し、持続可能な方法で管理し、「国際的に重要な湿地」として指定するための手引き(決議.33)

はじめに

208.決議5.6では「賢明な利用の概念実施のための追加手引き」を採択し、地元のレベルで「湿地の賢明な利用を実現するためには、厳正な保護から再生を含めた積極的な介入に至るまでのさまざまな活動を通じて、あらゆる湿地タイプを確実に維持できるバランスを保つことが必要である」と強調した。このように賢明な利用には、持続可能である限り、資源開発をほとんど伴わないかあるいはまったく伴わないものから積極的な資源利用を行うものまで、さまざまな性質のものがありうる。湿地管理は、それぞれの地域状況に適応し、地域の文化に配慮し、伝統的な利用を尊重するものでなければならない。

209.勧告5.3は、面積の小さな、または環境変化の影響を受けやすい条約湿地及び湿地保護区についての厳正な保護措置の策定を要求した。この要求は、決議.14[第6回締約国会議(COP6)、ブリズベン、1996年]で採択されたラムサール条約の「1997−2002年戦略計画」の行動5.2.5で改めて表明され、そこでこのような湿地について締約国が保護策の策定と実施を促すべきことが定められた。また、勧告5.3で要求されたアプローチは、湿地の保全促進に使える唯一の手段というわけではなく、湿地の保護策は、情報を得た市民の自主的な活動の結果として行われる場合でも、有効であることに留意することが重要である。

210.「国際的に重要な湿地」として規模の小さな湿地を指定することに関する手引きは、COP7で採択された「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」に含まれている。「規模の小さな湿地を見過ごさないこと。ラムサール条約湿地を体系的方法で指定する場合、条約湿地候補が必ずしもその領土内で最大の湿地とは限らないことを認識するよう、締約国に推奨する。湿地タイプによっては、もともと大きな湿地系として存在しないものもあり、あるいは昔は大きな湿地系であっても、今ではそうでないものもあるので、こうした湿地タイプを見過ごしてはならない。このような湿地は、生息地を維持するうえで、または生態学的群集レベルの生物多様性を維持するうえで、特に重要な場合がある」(上述段落49)。

211.さらに、1997−2002年戦略計画の実施目標6.2は、「地球規模または国内で、特にこれまで十分に選出されていない湿地タイプに関して、国際的に重要な湿地のリストに登録する湿地の面積を増やすこと」である。ラムサール条約の「2003−2008年戦略計画」(決議.25)では、このリストに十分に選出されていない湿地タイプの指定に優先的に注意を払う必要があると繰り返しており、優先性の高い湿地タイプとして特定されたものには乾燥地帯の湿地が含まれている。乾燥地帯は一時的な湿地にとって重要な地域であり、一時的な湿地は主にこの地帯に分布している。

212.しかし、条約湿地に指定された 1,180か所(2002年8月現在)のうち、主要湿地タイプを一時的な湿地として登録されているのはわずか70か所である。ただし相当数の条約湿地では、一時的な湿地の存在が、さほど重要でない特徴として挙げられていることに注意すべきである。

213.この追加手引きは、締約国がラムサール条約の賢明な利用の概念を適用して一時的な湿地の持続可能な利用を確保する際に、また一時的な湿地を条約湿地として特定し指定するために「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」を適用する際に、締約国を支援するための情報を提供する。この手引きは、一時的な湿地は一般に規模が小さいこと、及び季節的であったり一時的であったりというその性質が原因で、湿地としての価値を過小評価されることが多いが、とりわけ乾燥地帯及び半乾燥地帯や長期の干ばつに脆弱な地域では、このような湿地が、生物多様性の維持にとって、また地域社会や先住民のための水や食糧その他の湿地産物の供給源として、また彼らの生活の方法にとって、きわめて重要である場合があるという事実認識に基づいて作成されている。

一時的な湿地の特定

214.一時的な湿地は、通常、冠水期と乾期が交互に訪れることを特徴とする小規模(面積10未満)で浅い湿地であり、水文学的にはほぼ自律している。一時的湿地は主に内湖 訳注1 などのくぼ地にでき、湿潤土壌 訳注2 の生成と、湿地に依存する水生や水陸両生の植物や動物群集が生育するのに十分な長さの期間にわたって冠水する。ただし一時的湿地の場合、これと同じく重要なことは、永久的湿地に特徴的な動植物群集が広範に生育するのを妨げるに足るだけの期間、干上がることである。

訳注 1.内湖:水が蒸発によってのみ失われる水域、つまり流出
河川のない水域。
2.過湿生成土壌:湿原、沼沢地、浸透域、または干潟の
ような排水の悪い条件下で発達する湛水土壌。

215.一時的湿地への水供給は、降雨や、小さくて分散していることの多い集水域からの流去水あるいは地下水などからくるのがふつうである。一時的湿地は、カルスト地帯、乾燥地帯、及び半乾燥地帯における地下水の涵養にも重要な場合がある。

216.湖の縁部などの永久的な地上の湿地、永久的な湿原、または大型河川と直接物理的に接する湿地は、この定義から外れる。

217.一時的な湿地は世界の多くの地域にあるが、特にカルスト地帯、乾燥地帯、半乾燥地帯、及び地中海型の地域に多く見られる。

218.ラムサール条約湿地分類法は主として植生を基準にするが、一時的な湿地はその大きさと水文学的機能で定義されるため、この分類法によると、一時的な湿地はいくつかの湿地タイプに該当することになる:

a)一時的な湿地は、タイプE(砂、礫、中礫海岸。砂州、砂嘴、砂礫性島、砂丘系を含む)の海洋沿岸域湿地として存在する場合がある;

b)一時的な湿地は、タイプN(季節的、断続的、不定期な河川、渓流、小河川)、タイプP(季節的、断続的な淡水湖沼(8より大きい)。氾濫原の湖沼を含む)、タイプSs(季節的、断続的な塩水・汽水・アルカリ性湿原、水たまり)、タイプTs(無機質土壌上の季節的、断続的な淡水沼沢地・水たまり。沼地、ポットホール、季節的に冠水する草原、ヨシ沼沢地を含む)、タイプW(潅木の優占する湿原。無機質土壌上の、潅木湿地林、潅木の優占する淡水沼沢地林、潅木 carr、ハンノキ群落)、タイプXf(淡水樹木優占湿原。無機質土壌上の、淡水沼沢地林、季節的に冠水する森林、森林性沼沢地を含む)の内陸湿地として存在する場合がある;

c)一時的な湿地は、タイプ2(湖沼。一般的に8以下の農地用ため池、牧畜用ため池、小規模な貯水池)の人工湿地として存在する場合がある。

219.一時的な湿地の重要かつ特徴的な性質には、次のようなものがある:

a)湿潤期は通常水深が浅く、短期間であるため、ほとんどの期間は湿地だということがはっきりとわからないこと;

b)特に永久的な水生生息地とのつながりがなく、局地的な水文環境に全面的に依存していること;

c)植生が独特なこと。たとえば、通常は絶滅が危惧されている水生シダ類(Isoetes 種、Marsilea 種、Pilularia 種)や、その他の水陸両生植物(Ranunculus 種及び Calitriche 種)の典型的群落など;

d)その無脊椎動物群集の独特さ、及び両生類や鰓脚類甲殻動物のような絶滅が危惧される動物群の独特の豊富さ。これは、捕食者としての魚類が存在しないことによる場合が多い;

e)乾燥地帯、半乾燥地帯、及び地中海型の地帯に特によく見られること(カルスト景観における地上地形として発生することを含む);

f)世界各地にある多数の一時的な湿地が、採掘活動の結果として、あるいは地域社会が利用するための水の保持及び貯蔵を目的に創成されたという、人工的性質;

g)水鳥のための営巣地の提供。

一時的な湿地の持続可能な管理

220.一時的な湿地の持続可能な維持には数多くの脅威があるが、そのうちもっとも重大なものとしては以下がある:

a)土地転換のための排水や、反対に、より永久的な湿地への転換など、一時的な湿地が依拠する繊細な水文学的機能の改変。このような改変は、競争力が強く一時的な湿地特有というほどでもない動植物種による蚕食を招き、また捕食者ないしは競争相手の増加を通じて、一時的な湿地の重要な生物多様性上の価値を脅威にさらすことがある;

b)乾燥地域および半乾燥地域における干ばつの増加と長期化に対する、一時的な湿地とその生物の多様性の脆弱性;

c)過放牧、飼い葉用植物の乱獲、過度の取水など、一時的な湿地の自然資源の持続不可能な利用;

d)固形廃棄物の投棄;

e)汚染、集水域内の過度の取水や分流、堆積作用と潅木の繁茂から生じる土砂集積による自然の変化など、間接的脅威;

f)一時的な湿地に対する軽視とその価値や機能に対する認識の喪失につながる、伝統的な生活様式と土地利用の放棄;

g)一時的な湿地の価値と機能に対する認識の欠如。

221.一時的な湿地の持続可能な管理を確保するために、次のアプローチをとるべきである:

a)一時的な湿地が一つの湿地タイプとして国内湿地目録に確実に含まれるようにすること;

b)永久的な地表水から独立していることなど、一時的な湿地が依存する特有の水文学的機能を確実に維持すること;

c)水や飼い葉など、一時的な湿地の提供する自然資源が過剰利用されないようにすること;

d)既知の一時的な湿地について定期的に監視を行い、起こりうる直接または間接の脅威を回避すること;

e)新しい湿地の創成の影響をその創成に先立って評価し、その湿地を取り巻く広範な生態系が確実に悪影響を受けないようにすること;

f)一時的な湿地の存在、及びその湿地生態系としての特殊な価値と機能について、認識を高めること。

一時的な湿地のラムサール条約湿地としての指定:ラムサール条約湿地選定基準の適用

222.「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」にある選定基準1から4は、一時的な湿地の条約湿地としての指定に特に関連する。一時的な湿地は一般に小さいので、基準5や基準6を適用できるほど多くの水鳥を定期的に支えていることはほとんどない。ただし、その地域の生物多様性を維持するという点で、水鳥に対する一時的な湿地の重要性は基準3を用いて認識することが可能であり、また特に乾燥地域と半乾燥地域では、水鳥の生活環にとって重要な場所として基準4を用いることができる。魚種のほとんどは一般に乾期に生き延びられないため、一時的な湿地には存在しないが、乾期を泥の中やのう胞内で生き延びられる魚種を一時的な湿地が支えている場合には、これに基準7や基準8を適用することが可能である。

223.基準1を適用する場合、締約国は、カルスト地帯、乾燥地帯または半乾燥地帯(地中海型を含む)にある一時的な湿地の選出に特に留意する。この湿地タイプは、とりわけこれらの生物地理区を代表するものである。

224.基準2及び基準4の適用に際しては、次のような動物群集が一時的な湿地の特徴であることを認識する:

a)その生活環の少なくとも一部分を、また多くの場合はそのすべてを通して、この湿地タイプに事実上依存すること;

b)その湿地のきわめて特有な水文学的条件に全面的に依存しており、本質的にきわめて脆弱であること。その水文学的条件を改変して乾燥もしくは湿潤化させると、一時的な湿地に特徴的な動植物群集全体が急速に失われかねないこと。

225.水生シダ類(Isoetes 種、Marsilea 種、Pilularia 種)など、一時的な湿地に典型的ないくつかの種は、地球規模または各国規模で絶滅の危機にさらされており、かつ保護種リストまたはレッドデータブックに掲載されている。このような種のための国内重要湿地については、基準2に基づく指定を検討することが適当である。

226.締約国は、一時的な湿地の重要性はその大きさと関係ないこと、及び地球の生物多様性への貢献という点で重要な湿地は、大きさで言えばわずか数ヘクタール、あるいは数平方メートルに過ぎないこともありうることを認識すべきである。

227.可能ならば、ラムサール条約湿地に指定する一時的な湿地にはその集水域全体(通常は小さい)を含めて、その水文学的一体性を維持すべきである。

228.基準4の適用に関して、一時的な湿地は、ときには数百の池からなる湿地群または湿地複合体として存在する場合が多いことに留意すべきである。雨が局所的に降る地域では、どの時点をとっても、干上がっている池もあれば水をたたえている池もある。水のある池は、その地域全体を生息域にする水鳥の集団に、生息地を提供する。つまりこうした水鳥の集団は、それぞれの池ではなく湿地群全体に依存している。したがって条約湿地の指定には、できる限り一時的な湿地全体を含めるべきであり、その際には特に、「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」の小湿地群、特に乾燥地帯または半乾燥地帯にあり、かつ非永久的性質をもつ小湿地群の指定に関する手引き[本書段落60]に留意する。


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D.人工湿地を特定し指定するための手引き

229.条約の第1条1項は、「この条約の適用上、湿地とは、天然のものであるか人工のものであるか、永続的なものであるか一時的なものであるかを問わず、さらには水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか塩水(鹹水)であるかを問わず、沼沢地、泥炭地又は水域をいい、低潮時における水深が6を超えない海域を含む」と規定している。

230.人間によって作られた湿地であっても、世界の幾つかの地域では、特に人為的に改変された景観において、その湿地が誕生して以来、生物多様性にとっての国際的な重要性を育んできたのであれば重要であり、既存のラムサール条約湿地にも多くの(全てもしくはその一部が)人工湿地がある。

231.しかしながら、条約の法的な意味合いにおいて、いくつかの人工湿地が、最終的には生物多様性にとっての重要性を育むかもしれないという事実があるからといって、それをただちに、自然の湿地、あるいは自然度が高い湿地を破壊したり、大幅に改変したり、他の種類の土地利用のために転換してしまうことを正当化する論拠としてはならない。


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添付文書は以下のとおり,別のページに続く:


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[英語原文:
ラムサール条約事務局,2009.Strategic Framework and guidelines for the future development of the List of Wetlands of International Importance of the Convention on Wetlands (Ramsar, Iran, 1971), Third edition, 2009. http://www.ramsar.org/cda/en/main/main/ramsar/1-31-105^20823_4000_0__.]
[和訳・編集:
以下のように,既存の和訳を英語原文に従って編集した.琵琶湖ラムサール研究会,2012年.
  • 『ラムサール条約第7回締約国会議の記録』環境庁,2000年:1999年に採択された時点の本文第章,第章,第章,第章,第章,第章A,添付文書E.
  • 『ラムサール条約第8回締約国会議の記録』環境省,2004年:2002年に採択された時点の第章BC,添付文書AD.
  • 『ラムサール条約第9回締約国会議の記録』環境省,2008年:2005年の第9回締約国会議の決議(決議.1付属書Aと同付属書B,決議Ⅸ.6Ⅸ.21Ⅸ.22)を受けた2006年版への改訂内容.
  • 『ラムサール条約第10回締約国会議の記録』環境省,2011年:2008年の第10回締約国会議の決議(決議Ⅹ.20)を受けた2009年版への改訂内容.
  • レイアウトは条約事務局のページにおおむね従うが,添付文書ADの「湿地情報票(RIS)」ならびに添付文書E「戦略的枠組み用語集」を独立したページにして,本文から順に参照できるようにリンクを構成した.
  • 本文から添付文書Eまでこの枠組み文書の全編を一括したPDFファイルをこのページにリンクして掲載し,加えて添付文書ADの「湿地情報票」の部分だけのPDFファイルも別に準備して「湿地情報票」のページにリンクして掲載している.]
[フォロー:
COP11決議案8(英語原文:Word 124 PDF 104 )・ 同決議案付属書1:条約湿地情報票2012年版(案)(英語原文:Word 1.2 PDF 987 )・ 同決議案付属書2:国際的に重要な湿地のリスト拡充の戦略的枠組み2012年版(案)(英語原文:Word 876 PDF 565 )・ COP11文書22(英語原文:Word 168 PDF 167 ) .]
Swan 琵琶湖水鳥・湿地センターラムサール条約ラムサール条約を活用しよう | ●第2部主要な決議等
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URL: http://www.biwa.ne.jp/%7enio/ramsar/cop10/key_guide_list_j.htm
Last update: 2012-04-06, Biwa-ko Ramsar Kenkyu-kai (BRK).