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琵琶湖水鳥・湿地センター > ラムサール条約 > ラムサール条約を活用しよう | ●資料集●第9回締約国会議 |
「湿地と水:命を育み,暮らしを支える」
"Wetlands and water: supporting life, sustaining livelihoods"
湿地条約(ラムサール,イラン,1971)
第9回締約国会議
ウガンダ共和国カンパラ,2005年11月8−15日
1.ラムサール条約第8回締約国会議(COP8、スペイン、2002年)において、締約国は、湿地と地下水の関係についての理解を深める必要性を認識した。具体的には、決議Ⅷ.1は、条約の科学技術評価委員会(STRP)に対し、「地下水の涵養と貯蔵において湿地が果たす役割、また湿地の生態学的特徴の維持に地下水が果たす役割と、地下水のくみ上げによる湿地への影響について、適切に見直し、ガイドラインを準備する」ことを要請した。さらに、ラムサール条約『2003−2008年戦略計画』(決議Ⅷ.25付属書)の行動3.4.5は、STRPに「湿地の生態学的機能を維持するための地下水の持続的な使用について、適宜ガイドラインを準備する」よう要求した。 また、COP8において締約国は「地下水利用と湿地保全を両立させるためのガイドライン」に関する決議Ⅷ.40を採択した。
2.技術的助言のためのこれらの要請は、湿地の維持における地下水の役割、および地下水の涵養における湿地の役割が、地表水のそれに比べよく理解されていないにもかかわらず、管理計画策定が湿地の生態学的特徴を維持するために役立つためには、地表水と同様に、地下水の管理がどのように湿地に影響するかを理解することが、湿地管理者や他の関係者にとってもきわめて重要である、という事実を反映している。
3.地下水と湿地の関連性に関するこれまでの情報やガイドラインは、かなり時代遅れとなってしまった概念的理解に基づいている。これは、今もなお十分に理解されていない話題だが、この20年で新しい研究がすすみ、以下の点について、より適切で正確な技術的手引きがもたらされるようになった:
4.特に、地下水系と結びついた湿地生態系の水文学的及び生態学的な関係の定量的測定の改善に寄与しうる新しい知識と技術(同位体トレーサーの先進的利用例等)が利用可能になってきている。これらの問題は、STRPによる作成が予定されている、以下の技術報告書において取り上げられることになる:
5.本文書は、締約国に、湿地の生態系機能の維持のための地下水管理の一般的なガイドラインを提供する。本文書はまた、水資源(地下水および地表水)の管理責任者、湿地管理の責任者の双方に手引きを提供するように企画されている。予定されている上記2つの技術文書において追加手引きが用意された後には、現在のガイドラインは見直され、適宜更新されるものとする。
6.多くの国々、特に乾燥した地域では、地下水によって、家庭、農業、そして産業利用のためのほとんどすべての水資源がまかなわれているため、地下水は、大部分の人々の暮らしと健康にきわめて重要である。
7.地下水の供給を維持する生態系プロセスは守られなければならないし、その機能が低下しているところでは回復されなければならない。また、地下水は、広範囲にわたる恩恵/サービスを人々にもたらしている多くの生態系を支えている。したがって、生態系と自然資源の統合的な管理は、私たちの惑星を維持していくための欠くべからざる要素である。
8.世界中の多くの湿地は、地下水と密接な関係がある。例えば、湿地は水源として帯水層からの水の流出に依存していることもある。また、湿地からの下向きの浸透が帯水層を再び満たすこともある。その様な場合、帯水層の水環境と湿地の生態系の健全性は、密接に関係している。重要なことは、この関係が帯水層からの地下水の汲み上げや、帯水層上部の湿地で自然氾濫が減少することなど、いずれかの環境の変化によって崩壊しうることである。
9.したがって、水資源(地表水と地下水の両方)と湿地は、生態系とそれがもたらす水の持続可能性を確実なものとするために、統合的に管理されなければならない。水が人間や生態系の健康の制限要因になりうる乾燥した土地では、水と湿地の賢明な利用は特に重要である。
10.湿地あるいは帯水層に重大な機能低下が判明したり予見された際には、湿地あるいは帯水層における現存するもしくは潜在的な影響が評価され、代償措置が講じられなければならない。その様な影響は、地域的あるいは世界的な気候変動から、地方レベルでの湿地の水位管理にまでの幅を持つものとなりうる。この種の影響は、地下水と湿地の間の関係を変化させ、その結果として湿地の生態学的特徴を変える可能性がある。湿地が、帯水層への地下水涵養源となっている場所では、湿地の保全は、水資源の維持のためには不可欠の要素である。
11.湿地への水の流入はしばしば、地表水の流入と地下水の浸透の両方を、様々な組み合わせで含んだものとなっている。したがって、湿地に配分された水を確実に湿地に到達させるには、関係する地表水と地下水資源の統合的な管理が求められる。さらに、湿地の生態学的特徴の変化を最小限にとどめ、受け入れ難いような変化を避けるような地下水汲み上げの戦略を策定するためには、湿地に流入・流出する水の、水源(地表もしくは地下部)、流路、変動に関する、信頼できうる定量的な理解が必要である。
12.現在世界中の帯水層では、極度のあるいは過剰な水源開発が行われ(Custodio 2002)、メキシコ、中国、中東、およびスペインで顕著である(Morris 他 2003)。いくつかの開発は、明らかに持続不可能であり、帯水層に関連している湿地の水文学的な仕組みに変化をもたらし、湿地の生態学的特徴に重大な劣化を招いている。例えば、ヨルダンのアズラック湿地(Fariz & Hatough-Bouran 1998)、スペインのラス・タブラス・デ・ダイミエル[Las Tablas de Daimiel](Fornés & Llamas 2001)が含まれる。
13.西オーストラリア等いくつかの事例では、大量の水を蒸発させるユーカリの木を伐採することにより地下水位が上昇し、それが土の塩性化をもたらし、その帰結として湿地や他の生態系の劣化を招いている。
14.他の湿地タイプと同様、地下水と関連している湿地の管理は、水資源の管理と密接に関連づけられなければならない。川や集水域は、川や他の地表水のシステムを管理するための基本的なユニットとなる。しかしながら、地下水が水文学的な仕組みを支配している場合では、最も適切な管理のユニットは帯水層ユニットになるだろう。特に帯水層の境界が地表の河川流域境界と一致していないところではさらに顕著である。
15.本文書は、締約国に対し、湿地と地下水との相互作用についての理解を助け、それによって湿地の生態学的特徴の維持を確実にするための影響評価及び持続可能な地下水管理についての戦略を策定するための一般的な手引きを提供する。本文書は、主として水の量の問題に焦点を合わせ、水質の問題には詳細に言及しない。
16.本文書の内容は以下の通り:
17.問題の複雑さのため、本ガイドラインも部分的には、地下水の水文学に関する知識を持った読者を対象にした技術的な内容を含むことになる。専門家以外の人々を補助するために用語解説が提供されている。
18.本ガイドラインは条約の「ラムサール条約の水に関連する手引きの統合的な枠組み」(決議Ⅸ.1、付属書C)の一環として読まれるべきであり、そして、湿地の生態学的機能を維持するため水の配分の決定と実施に関連する、ラムサール条約の他の手引きと関連づけて読まれるべきである。それには、決議Ⅷ.1(ラムサール賢明な利用ハンドブック第12巻「水の配分と管理」)、決議Ⅸ.1、付属書Cⅰ、「河川流域管理:事例分析のための追加手引きと枠組み」、そして湿地のための環境要素としての水の需要の決定と実施のための『ラムサール技術報告書』が含まれる。
地下水とは、石灰岩等の透水性の岩石や、砂礫等の固まっていない堆積物の中に蓄えられている水である。
19.地下水位、つまり、それより下の岩石や堆積物が飽和しているところを地下水面(図1)と呼ぶ。水は不飽和層にも、例えば土壌水分としてなど、地下水面の上にも出現するが、この水は通常、人間が使うために汲み上げられることはなく、地下水とはふつう呼ばれない。したがって、湿地の土壌中の水は、飽和状態である場合に地下水と呼ばれることになる。
図1.地下水の定義
20.すべての岩石、堆積物、および土は、水を保ち、透過させることができるが、水の動きの速さは、川(通常1秒あたり数m:m/s)に比べ遅い(多くの場合、1年あたり数m:m/年)。このため、地下水の涵養や汲み上げに対する反応はよりにぶいものとなる。
21.岩石と堆積物の中における水の動きは桁違いの差があり、また、3つの大きなタイプで区別される。
22.しかしながら、高い透水性の帯水層(例えば、白亜か石灰岩)が存在しないところでは、水は低い透水性の岩石(例えば、アフリカでは破砕した花崗岩)から商業的に汲み上げられる。そのため、これらも帯水層と呼んで良いかもしれない。
23.帯水層から湧出する地表の湧水は、多くの川と湿地への目に見える水源である。湿地の基底が旧河床等である場合には帯水層に接していることがあるが、目には見えない。沿岸の汽水湖さえも含んだラムサール条約における湿地のほとんどすべてのタイプは、帯水層との間で顕著な水の交換があることが多い。しかしながら、地下湿地(洞窟系におけるもの)、淡水の湧水や砂漠のオアシスをはじめとするいくつかのタイプは、地下水との関係がより密接である。対照的に、丘陵地頂部のミズゴケ湿原、排水処理池、および貯水池は、地下水との関係は低い。
24.地下水と湿地の相互作用の正確な性質は、地域の地質学的な条件に依存する。地質図上で帯水層が見られると言うだけでは、必ずしも、その上にある湿地に地下水が供給されているとか、湿地から帯水層に地下水が涵養されているということではない。相互関係の程度は、湿地と帯水層の間にある岩石や堆積物の透水性に依存する。
25.不透水性の岩石(難透水層)が、帯水層の上を覆っていれば、水は、上下とも垂直方向には動くことができないので、その帯水層は「被圧」状態にあることになる(図2)。そのような場合、湿地と帯水層は水文学的に分断されており、水の交換は起こらない。透水性の低い岩石や堆積物(アクイタード)が帯水層を覆っているところでは、交換は起こるが、動きはにぶく、関係してくる水は少量であろう。透水性の低い岩石(アクイタードまたは難透水層)に全く覆われていない場所では、帯水層は「不圧」状態であり、ここでは、湿地と帯水層は直接接し、相互作用の度合いも高くなる。
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![]() A | ![]() B | ![]() C |
図2 異なるタイプの帯水層 (A)帯水層と湿地が不透水性の岩石(難透水層)で隔てられている。−相互作用はない。(B)帯水層と湿地が透水性の低い層(アクイタード)で隔てられている。−相互作用は小さい。(C)帯水層と湿地が透水性の高い岩石で隔てられているか、隔てられていない。−相互作用は大きい。(図3の凡例を参照) |
26.地下水と湿地との相互作用は様々であり、湿地の中でも(例えば、川の流れに沿っても)、また個々の湿地の間でも、お互いの近くに位置する湿地の間ですら、異なることがある。例えば、イングランド東部ブレックランドにある3つの小湖(Breckland Meres)、すなわち Langmere、Ringmere、および Fenmere は、一見よく似ていて、地理的にもお互いに近い(図3)。Langmere は、その下にある白亜の帯水層と水文学的にも直接接しており、その水環境は、地下水の変動に支配される。Ringmere は有機物質の層(アクイタード)によってわずかに同じ帯水層と切り離されているが、それでも、主に地下水によって支配されている。対照的に、Fenmere は粘土層(難透水層)によって、白亜の帯水層から隔離されており、その水位は降雨と蒸発のみに支配されている。
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図3.イギリスのブレックランドミアズの地質的な断面図 |
27.帯水層と湿地の間の水の動きは、水の動きの方向に応じて、2つの主要な水文学的機能のうちのひとつとして表現することができる。帯水層から湿地への上向きの流れは、地下水の湧出と呼ばれ、湿地から帯水層への下向きの流れは、地下水の涵養と呼ばれる(図4)。
![]() A | ![]() B |
図4 地下水の湧出と涵養 (A)地下水の湧出−帯水層の水頭が湿地の水位より高いとき, (B)地下水の涵養−湿地の水位が帯水層の水頭より高いとき (用語については図2の凡例を参照) | |
[編注]緑色 湿地 青色 水 茶色 低透水層 黄色 半透水層 黄緑 帯水層 ▼ 被圧水頭。 |
28.地下水の湧出は、地下水の水位(または被圧水頭)が、湿地の水位より上にあるときに起こる。涵養は、湿地の水位が地下水位より高いときに起こる。地下水と湿地の機能的な結びつきは、このように、地質学(すなわち、難透水層あるいはアクイタードの存在)と、湿地と帯水層における相対的な水位に依存している。
29.また、相互作用は時間と空間によっても異なるので、相互作用を見極め確認するためには、常にその場所特有の調査が必要とされる。地下水の水位は、前回の降雨によって自然に変わってくる。さらに、湿地及び帯水層のいずれかにおける水位管理、たとえば、地下水の汲み上げなどは、相対的な地下水位を変動させうる。これらの要因はいずれも、次の3例に示されるように、機能的な関係性も変化させうる。
ⅰ)ヨルダンのアズラック流域では、湧出する地下水がアズラック・オアシス湿地(ラムサール条約湿地)の水源であり、すなわち帯水層から湿地への湧出である(Fariz & Hatough-Bouran 1998)。首都アンマンの公共用水のための、帯水層からのポンプによる水汲み上げは、地下水位を低下させ、それが湿地への水の湧出を減少させ、結果として、湿地の生態学的特徴を変化させた。
ⅱ)ナイジェリアのハデジャ−ジャマレ川の流域では、ハデジャ−ヌグル氾濫原湿地の川が、自然に引き起こす氾濫が、帯水層への水の浸透により地下水の涵養をしており、その帯水層は氾濫原の外に住んでいる人々に水資源を提供している(Thompson & Hollis 1995)。上流でのダム貯水による河川水の減少は、湿地での氾濫を少なくし、結果として、帯水層への地下水の涵養を減少させた。
ⅲ)スペイン中央部のラス・タブラス・デ・ダイミエル湿地は、地下水位が高い時には、グアディアナ川上流域と、ラマンチャ帯水層から湧出する水の供給を受ける。しかし、地下水位が低い時には、地下水の流動の方向が逆転し、水は帯水層を涵養するために湿地から下向きに動く(Llamas 1989)。1970年代まで、機能的な関係としては、湧出が支配的だった(図5a)。しかし1990年代には、少雨と潅漑農業のための汲み上げが地下水位の低下をもたらし、帯水層への涵養が支配的になった(図5b)。これは湿地の著しい乾燥化をもたらした。近年、緊急対策として水をテーガス川の流域から、ラス・タブラス・デ・ダイミエルへ移送してきた。しかしながら、移送される水の性質が異なっていることから、湿地に生理化学的、生態学的な変化をもたらしている(Cirujano 他 1996)。
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図5 グアディアナ川上流域とラス・タブラス・デ・ダイミエル湿地の概念図 (a)1960年代は、地下水の汲み上げがほとんど無かった。地下水位が高く、湿地への地下水の湧出があった。(b)そして1990年代、降雨量が少なく、かなりの地下水を汲み上げ、地下水位が低下、湿地面積が減少し、湿地から帯水層への涵養が減った。 |
30.多くの湿地では、水位は、直接の降雨、地表部の水流、および地下水の湧出/涵養の組み合わせに依存する。渇水期には、地下水はより重要になることがあり、湿地の唯一の水源となる場合もある。したがって、たとえ少量の地下水流入であっても、湿地の生態的特徴を維持するのに決定的なものとなる。
31.さらに、コスタリカのテンピスク川流域などのように降雨量が非常に少ない地域では、地下水が湿地への唯一の水源であるかも知れず、より雨量の多い山岳地帯における場合のように、帯水層の涵養は何キロも離れて起きているかも知れない。
32.決議Ⅵ.5、(ブリスベン、1996)において特有の湿地タイプとして、地下のカルスト地形と洞窟の地下水系が追加された。これらの地下湿地は密接に地下水と結びついている。
33.スロベニアのラムサール条約湿地、Škocjanske jame(洞窟)(図6)は、地下湿地と地下水の結びつきに関するよい事例を提供してくれる。その水系は、カルスト現象の名を世界に知らしめた、カラス/カルスト地域に存在し、Škocjanske jame は、その規模において例外的な大きさであり、3つの支配的な水文学的特徴を示している。
34.Škocjanske jame における水文学上のプロセスを理解することで、カルスト地域の水文学の現象に関する一般的な知識が提供されてきた。洞窟系の集水域は 337km2に及ぶ。Reka 川の表面流動は毎秒 0.12 - 400m3の範囲で変化し、平均は毎秒 8.32m3である。Škocjanske jame に浸み込んだ水は、地下をおよそ 41km流れて、イタリアで Timavo 川として地表に再び現れる。Škocjanske jame の中で Reka 川は、地下で 2.4kmたどることができ、標高では海抜 317mから終端の穴もしくは細管部で海抜 214mまでである。北西約 900mの Kačja jame (Kačja 洞窟)では、Reka 川は標高 182mで細い流れとなって視界に現れ(流入細管は標高 204mにある)、海抜 156mで最終的な穴に見えなくなる。
図6.スロベニアのラムサール条約湿地 Škocjanske jame (洞窟)
35.この湿地系の主な水文学的な価値は貯水能力である。その水は、イタリアの都市部で公共用水として利用される。水文地質学的、水文地形学的、および水文学的価値(恩恵/サービスを含む)は、次のように要約できる。
36.水は帯水層の中を流れる際に、カルシウム、ナトリウム、重炭酸塩や塩化物など、岩石の中の鉱物を溶かすとともに、温度は岩石と等しくなる。その結果、地下水の化学及び熱の特性は地表水のものとは、全く異なっていることが多くなる。したがって、地下水からの水供給を受ける湿地では、地表水だけの供給を受けるものとは動植物群落が異なることが多い。実際に、いくつかの場合においては、地下水に依存することが知られている特定種の存在あるいは不在が、湿地が地下水の影響を強く受けているかどうかの指標となりうる。
37.さらに、いくつかの湿地において、地下水が量的には副次的な要素であったとしても、少量の地下水が水質に影響を及ぼし、その結果として湿地の生態学的なプロセスや生物相(バイオータ)に重大な影響を及ぼすこともある。例えば、イングランドの Wicken にあるスゲ湿原では、生態学的特徴の変化は最初、単に湿地の乾燥の結果と考えられた。しかしながら、地下水からの水供給によって塩基性の高くなっていた河川の氾濫が治水事業によって減少したため、湿地の酸性度が変化したということが水文学的な分析により明らかになった。
38.多くの湿地は、水文学的および生態学的に隣接する地下水系と結びついているが、相互作用の程度はかなり異なるものとなる。すべての気候条件において、地下水湧出に完全に依存している湿地もあれば、一方で、きわめて乾燥した条件の時等、非常に限定的な依存だけの湿地もある。また、全く地下水との結びつきがない湿地もある。例えばナミビアの Kuiseb 帯水層等、いくつかの帯水層は湿地からの涵養にほぼ完全に依存しているが、他の帯水層は湿地からの涵養を全く受けないかも知れない。
39.湿地管理者と、湿地の生態学的特徴の保全と維持に携わる機関は、地下水管理の計画と戦略について、影響を及ぼし、また参画できることが重要である。しかし、水資源管理についての湿地管理者による技術的な参画は、どの程度のレベルのものが求められるのかを明らかにすることも必要である。湿地と地下水の相互作用がきわめて限定的か存在せず、地域の帯水層からの地下水の汲み上げが、もしあったとしても、きわめて小さな影響しか湿地に与えない場合もあるかもしれない。一方で、湿地からかなり距離の離れた、地中深くの帯水層からの地下水の汲み上げが、予期できない非常に大きな水文学的な影響を及ぼし、その結果として湿地の生態学的特徴にも影響を与える場合もあり得る。
40.湿地管理者及び地下水管理者の両者は、湿地と地下水との潜在的な相互作用を評価するために、河川流域または地域の帯水層スケールで選別(スクリーニング)研究を行うべきである。結びつきの度合いは、主に地質学、地域の水文学、および地形学の組み合わせによって決定されるであろう。
41.地質学、水文学、生態学の専門家チームによって実施される、河川流域あるいは地域スケールでの選別(スクリーニング)研究によって、湿地及び水資源管理者は、湿地が地下水にある程度依存する可能性の高い地域、つまり、地域の湿地の地下水需要を地下水管理計画に確実に組み込むため、詳細な研究や実地調査が必要な地域を特定することができるようになる。
42.この類の選別(スクリーニング)研究は、地域的な地下水の汲み上げや、汚水排出による涵養といった他の形での地下水への人為的関与による、湿地への潜在的リスクの指標を提供するために、地理情報システム(GIS)を用いた取組、場合によっては補足的にリモートセンシングを使った取組も組み合わせたものとなることが多い。その地域の湿地に対する潜在的な影響についての追加調査なしでは、広範囲の地下水開発を計画すべきではないという、最善でもリスクの高い地域に危険信号となる「赤い旗」を立てるだけの結論レベルとなってしまうが、ほとんどの分析は机上でできてしまう。机上の研究には、水資源を担当する省庁で入手が可能な、地質図、土地利用図、植生図と、帯水層の特性と地下水利用に関する広範なデータが必要となる。追加的研究ではさらに、以下の節で詳述される個別湿地における調査を含むべきである。
43.外部における水文学的影響が湿地にどのような影響を及ぼすかを評価するために必要不可欠なのは、湿地に水が出入りする仕方(水の移動メカニズムと呼ばれる)を理解することであり、付随する水の移動速度を定量化することである。
44.大部分の湿地管理者は、水系や植生分布の地図などを使った、湿地の地理的な(水平面または平面図)分析によく通じている。しかし、地下水との相互作用を理解するためには、三次元の地質学的な視点が必要となる。すなわち、湿地の下にある土や岩石の垂直断面を見ることを求められる。付属資料1は、14の異なるタイプの水移動メカニズムの詳細を、垂直断面で図式的に示している。地下水は、湿地に湧水から直接流入すること(湧水)もあれば、隣接する帯水層から横方向の動き(浸透流入)の場合もあり、また下にある帯水層から上方向に移動すること(地下水湧出)もある。水は湿地から通常帯水層へ下向きに移動(地下水涵養)する。
45.湿地を水文学的に理解することの第一歩には、湿地にどういった水移動メカニズムが存在しており、それらのうちどれが最も重要であるかを特定することが含まれる。湿地から、あるいは湿地への地下水の動きが重要なメカニズムかどうかは、帯水層が存在するかだけでなく、湿地と帯水層の間に存在する土や岩の性質にもよる。湿地が帯水層に直接接しているならば、水の交換は大いに可能性があるが、しかしながら、湿地とその下にある帯水層の間に、透水性の低い層(アクイタードか難透水層)があれば、地下水の交換が稀か、全くないかも知れない。
46.水の移動メカニズムを見極めるユーザーを助けるために、景観配置に基づいた湿地の水文学的な類型化が Acreman (2004) によって開発された。これは付属資料2で説明されており、植物に覆われた泥炭地(「湿原」)(Steiner 1992)等、他の分類を補足するものとなる。
47.研究対象とする湿地が、示された湿地タイプのどの一つにも、厳密には合致しないだろうことを覚えておくのは重要である。多くの湿地は複数のタイプの特性を示すことがあるからだ。それでもタイプの分類は、一般的な状況では目安を提供してくれる。
48.水文学的な調査の結果は、その湿地に関して水の移動メカニズム(付属資料1参照)と、湿地の下にある土や岩石を示す横断面図として示されるものである。特定の湿地における異なる場所では何らかの水移動メカニズムが支配的である場合が多いが、実際の湿地はしばしば複雑で多くの水移動メカニズムを同時に示すものとなる。
49.図7は、仮想湿地の断面図を示しており、湿地内の異なる場所においては異なった水移動メカニズムが支配的となっている。A地帯への水文学的な流入は湧水(S)に支配されており、流出はポンプによる揚水(PU)が支配的となっている。一方、B地帯では、川からの表面流入(OB)が支配的である。C地帯は地下水との交換(GD、GR)がある場所で、D地帯の水文学的性質は降水(P)と蒸発(E)によって支配されている。E地帯では、流入は地下水の浸出(GS)と隣接した斜面からの地表水(R)から来ている。断面図は、おそらく、異なった期間ごとに、作成される必要がある(最も明白なのは、雨季と乾季において)が、それは水移動メカニズムは変化する可能性があるからである。例えば、地下水位の変化次第で、帯水層と湿地との相互作用によって湧出と涵養が変化する場合がある。
図7.異なる場所における水移動メカニズムを示した湿地断面図
[編注]P:降水/E:蒸発/R:地表水/L:浸透流入/D:浸透流出/OB:表面流入/OF:表面流出/PU:揚水/TI:潮汐による流入/TO:潮汐による流出/S:湧水/GD:地下水湧出/GR:地下水涵養/GS:地下水浸出。
緑色 湿地 青色 水 茶色 低透水層 黄色 半透水層 黄緑 帯水層 ▼ 被圧水頭。
50.帯水層は目に見えないので、湿地と地下水の相互作用の性質と範囲を正確に測定するのは非常に難しい。しかしながら、情報を集めることができる様々な方法がある。情報収集活動の程度と範囲は、必要とされる結果の信頼性および定量化の必要性に依存する。
51.湿地及びそれと関連する地下水系との重要な結びつきの可能性(存在/不在)を明らかにするための概略的(スコーピング)研究では、机上での初期的な評価が必要とされるだけかも知れない(4.1節参照)。しかし、持続的な揚水量と帯水層からの許容される水汲み上げを決定するには、専門家による徹底的な現地調査や、何回ものモニタリングが必要とされるだろう。
52.一般に、水移動メカニズムを理解し、定量化するのに役立つ評価には3つのレベルがある。
ⅰ)机上の情報 調査は通常、オフィスで収集可能な情報から始まる。空間データは、しばしば地形図、土地利用図/植生図と地質図、そして航空機や衛星から撮られた写真を含む。歴史的な知識が再生実験に功を奏したコスタリカでは、古い写真が、湿地との水文学的な結びつきを説明するのに非常に役立つことが証明された。地質図は、帯水層と湿地がどれくらい近接しているのかを明らかにすることができる。しかしながら、これらの地図は、限られた地質学上のデータ(掘削による地層試料等)から情報を推定することによって通常作成される。したがって、これらの地図では部分的に、湿地と帯水層の間に位置する不浸透層の存在の有無やその厚さが非常に不確実であるかもしれない。さらに、層の透水性(または、透水係数)は地図からは明白にならないだろう。
ⅱ)現地調査 どの調査においても、現地調査は初期段階で実施されるべきである。調査チームは、可能であれば、水文学者、水文地質学者、および植物学者を含む、複数分野の専門家で構成されるべきである。植物学者は、その場所に地下水湧出の存在を示す植物を特定できるかもしれない。しかしこれは、そこにある植生が湿地の現在の水文学的特性を反映しているとの前提にたったものである。湿地の調査は、特に次のような状況で実施することが奨励される。(a)長引いた降雨の後には、泉や短期的な水の流れを確認することができ、(b)乾いた期間が長引いた後には、植生パターンから、乾期や干ばつの際に湿地が地下水に依存する場所を確認できるかもしれない。写真は、堰や水門、植物分布や、水路のネットワーク等、特定の特徴を記録するために撮られるべきである。
オーガーホールは、湿地の土質を調査するために掘られるべきであり、特に乾期においても永続的に浸水している領域を明らかにすることができる。それは、湿地と地下水の依存関係を反映するだろう。可能であれば、農業者など地元の人への聴き取り調査を行い、例えば、湿地に水を供給する湧水があるかどうか、あるとしたらそれは永続的なものかどうか等、潜在的な水移動メカニズムについての個人的な観察情報を集めるべきである。こういった情報によって、机上での概念的なモデルを現場でチェックすべきであり、今までに網羅されていなかった新しい側面を明らかにするべきである。
ⅲ)現地測量とモニタリング・プログラム 湿地との地下水交換の定量化には、現地観測データが必要である。地下水位などのいくらかのデータは、水環境測定部局等より入手可能であろうが、ほとんどの湿地研究が、当該湿地でのフィールド・データの収集を必要とする。これらのデータには、湿地土壌やその下にある帯水層からの汲み上げ式井戸の水位や被圧水頭(dip well or piezometer levels)、固有の空隙率や透水係数などの土の特徴が含まれる。最初のデータを基礎として、必要なデータを、一回限りの評価ではなく、一定の期間をかけて収集するためにフィールド・モニタリング・プログラムが確立されなければならない。そのデータは、より詳細な理解を生み、関連してくる数値モデルの構築を助けることになるだろう。
53.情報収集のこれらの3つのレベルは、連続したステップとして提示されているが、この順でそれらが進められなければならないというわけではない。その上、その過程は循環されるものかもしれない。例えば、湿地の影響評価の初期段階で、詳細なモデルが必要だと言うことが理解され、適切なデータ収集と、モデル構築が開始されるかも知れない。雨期に現地を訪れて湧水を確認する等、後に個人的な観察情報が得られ、それまでの理解が洗練されたり変えられることもある。
54.湿地が水文学的にどのように働くかという理解が原則として確立し、図7のような断面図が作成されると、その理解は検証され確認され、洗練されなければならない。水の移動速度の測定を含めて水収支を見積もることで、水文学的な理解を検証する方法がもたらされる。流入、貯留、流出の間でバランスがとられるという原則によって、すべての水移動が正しく計上され定量化されたかどうかを確認できることになる。
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= |
ここで δV は、プラスの場合もマイナスの場合もある | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
図8.湿地の潜在的な水移動メカニズムの流入と流出におけるバランス(図7に模式図を示してある) |
55.水収支は水文学的な理解が正しいかどうかを判断する際の主要な定量的指標だが、通常は、最初のステップにすぎない。なぜなら、移動する多量の水量の集計を扱うものであり、水文学的なプロセスそのものを扱うものではないからだ。その結果、湿地における水系での変化による影響評価に、それだけでは十分な答えを提供しないこともある。
56.原則としては単純だが、水収支の定量化は、実際にはいつも簡単であるというわけではない。多くの湿地では、水の流れと結びつく様々な自然または人工的な地表の水路があり、また、その下に位置する帯水層と複雑な関係があり、それらすべてを水収支の考慮に入れる必要がある。
57.湿地の水収支は、流入する水の総量と流出する水の総量とを比較することによって得られる(図8参照)。付属資料1の水移動メカニズムの一覧を利用することによって、湿地の水収支は、湿地への流入と湿地からの流出のそれぞれを足し合わせて比較することによって要約できる(図7の模式図を参照)。図8の要素は次の等式に表すことができる。
(P + R + L + OB + PUi + S + GD + GS + TI) - (E + D + OF + PUo + GR + TO) = δV [1] | |
湿地への流入 | 湿地からの流出 |
58.したがって、流入が流出を超過するなら、貯留(V)は増加し、湿地の水位は上昇する。流入が流出以下なら、貯留(V)が低下し、湿地の水位も下がる。
59.いくつかの水移動メカニズムは、特定の湿地には起こらないこともあり、その場合、水収支における値はゼロとなる。水収支の流入合計が流出合計とおおよそ一致しないなら、これは、潜在的に重要な水の移動メカニズムが無視されているか、正確に測定されていないことを示している可能性がある。したがって、水収支は、追加的な、あるいはより詳細な調査が必要である領域を見極める助けとなる。
60.いかなる水の移動速度も正確に測定することは不可能であるため、水収支の定量化が正確でないことは避けられない。不確実性は、否定的事項と理解され(人々の頭の中ではミスのせいだろうと思われ)ることが多いが、特に自然のシステムを扱う上ではよくあることであり、隠すよりははっきりと示した方がよい。可能であれば、水移動メカニズムに関する不確実性(あるいは信頼性レベル)を見積もるべきである。そうすれば、今後の努力は、もっとも不確実なメカニズムについての、より正確な計測に焦点を合わせることができる。不確実性を見積もるための一つの方法は、それぞれの水移動メカニズムにおける流速を、複数の異なる方法によって定量化することである。異なる方法によって得られた答えの幅は、特定された水収支メカニズムにおける確実性を把握する助けとなる。もし、異なる水収支メカニズムによる測定値から、いずれかを選ぶことができない場合は、平均値を採用できるが、値の範囲は水収支を検証する際に役に立つ。
61.水収支は、流入量と流出量を比べることによって検証される。もし、量がおおよそ一致しているなら、水収支は「閉じられている」と言う。しかし、水の移動メカニズムの測定値にはすべて何らかの不確実性があるので、水収支が厳密に閉じられることは決して無いだろう。実際には、収支の不均衡が、測定値の不確実性の範囲内なら、水収支は満足できるものと見なされる。
62.水収支研究において、計算上の余り(あるいは説明できていない量)は、それが起こっていると思われながらデータが入手できていない、特定の水移動メカニズムによるものと一致するに違いないと仮定したくなる誘惑が存在する。例えば、地下水の供給を受けていると思われる湿地において、降水量が流出より少ないとすれば、湧出地下水が降水量と流出量の差に等しいに違いないと結論づけたくなるものである。しかし、この明らかに説明のつかない水は、降水量または流出量のデータが不確実であることの結果かも知れないし、湧水等認識されていない他のメカニズムによる流入による結果かも知れない。こうしたことから、すべての水移動メカニズムは、それがどれほど不確実であろうとも、それぞれ独立したやり方で見積もられ、水収支を用いて検証されなければならない。このように、水収支を把握することは、湿地を全体として概念的に理解することと同様、繰り返しによる作業となりうる。
63.水収支に関する事例を付属資料3に示した。
64.可能であれば、湿地を一つの水文学的な単位として扱って水収支の取組が行われるべきである。しかし、水文学的に個別の単位として湿地を分割することが適切である場合には、水収支はそれぞれの水文学的単位で別々に計算されるべきである。例えば、湿地の異なった地域において堰が水位を制御している場合がそれにあたるだろう。また、図7に示した地帯のように、異なる水の移動メカニズムが明白である場合、湿地を異なった水文学的な単位に分割するのは賢明であろう。
65.いくつかの状況では、湿地自体よりも大きな水文学的単位が採用され、湿地についてではなく、その湿地が位置している帯水層全体についての地域あるいは広域規模での水収支が取り扱われることになる。これは帯水層と湿地の間に強い水力学的関係が知られている場合には、理にかなったものとして扱われることが多い。この取組では、単独の湿地と帯水層の間の水移動メカニズムを測定し推定する必要性がなくなる。しかしながら、こういった取組は可能な限り避けられるべきである。なぜなら、湿地と帯水層との関係は複雑で、帯水層からの地下水汲み上げによる湿地への影響は、地域あるいは広域規模の取組では決定できないからである。
66.通常、水収支に使用される時間軸(例えば、月ごと、季節ごと、年ごと)は、必要となる情報と研究の目的に合わせて選択される。結果が早急に必要であるなら、すでに利用可能なデータを使用せざるをえない。降雨データは日毎の値として広範に利用可能であるが、地下水のデータは、月毎に記録される傾向がある。地下水位がモニタリングされている湿地内にある汲み上げ式井戸(Dip wells)でも、隔週または毎月の間隔での観測となっているのが普通だ。これは、湿地土壌の透水係数は比較的低いことが多く、これらの間隔でしか井戸の水位は大きな変化を示さないので、毎日またはそれ以上の精度の測定はどうしても必要というものではないからだ。
67.湿地管理の目的が、特定生物種の生活史の一定期間に焦点を合わせている場合がある。たとえそうだとしても、生態系全般とその水に対する年間を通じた必要性を考慮すべきである。例えば、主目的が渉禽類(シギチドリ類)を繁殖期の間保護することであるとしても、全般的な植生構造も鳥の生息地を維持するために重要であり、年間の水環境を扱う必要がある。
68.水収支の評価に、どれだけの期間の記録が必要かという問いに、単純な答えは存在しない。
69.分析される期間は、一般的に長ければ長いほどよく、その地域の気候の基本的な変化を含むよう、雨期と乾期及びより「通常の」期間とが含まれるべきである。長期間にわたる記録が存在すれば、気候の変動や変化の影響の分析に着手できることは明らかであるが、そのようなデータセットがあることはまれである。問題となっている湿地について、短期間のデータしか利用できない場合も、長期間にわたる降雨、河川流量及び地下水位のデータを参考に、記録の期間は、乾期、雨期、通常期とに分類されるべきである。
70.記録の期間にかかわらず、さらにデータが集積された際に結果を評価でき、その時点で水収支をより精度の良いものにできるように、分析が行われた後もモニタリングを継続し、または着手することが望ましい。
71.水収支を扱う上記の取組は、どの水移動メカニズムが存在しているかについて、またそれぞれで移動する水量についての理解がどの程度かを検証することに役立つ。しかしながら水収支は、地下水の汲み上げ等、湿地への水文学的な影響についての最終的な判断と予測とを提供するものではない。また、それは水文学的な事象についての、タイミングと頻度の情報を含んではいない。これらの水文学的な特性を明らかにするためには、より詳細なモデル化の取組が必要である。
72.湿地と地下水の相互作用を研究するために、様々なタイプのモデルが使われてきた。例えば、土壌に透水性があるところ(例えば、泥炭スゲ湿原)では、土壌に含まれる水の挙動は、土地の排水と土壌の物理特性を用いてモデル化されてきた。モデルは分析的解明法から複雑な多次元有限要素モデル(complex multi-dimension finite element models)まで及ぶ。
73.個別のモデル化についての説明はこの手引きの意図するものではなく、モデル化の方法については専門家に問い合わせるべきである。一般に、モデルが複雑であれば複雑であるほど、システムのより多くの側面が組み込まれることになり、結論についても信用性が増すものとなる。原則的には、一般的な全体像を把握するための(スコーピング)研究には簡単な手法を使用できるが、環境影響に関する研究では詳細なモデル化が必要となるだろう。
74.そうは言っても、単により多くのデータを集めて、より複雑なモデルを使用すること自体が、理解の前進を保証するものではないことを心すべきである。複雑なモデルがいずれは必要であると予期される場合においても、分析はいつでも湿地についての単純な概念の把握から始まるものであり、理解が進むに従ってその内容が複雑になっていく。まず最初に、水移動メカニズムについて正しく概念的に理解されていることがきわめて重要である。その後、モデル化が以下のような目的で利用できる。
75.湿地水文学は比較的新しい科学であり、湿地内における水文学的なプロセスと、湿地に出入りする水移動メカニズムの両方に明確に対処するようなモデルはまだ開発されていない。代わりに、河川の氾濫、土壌中の排水、および地下水資源の分析のために開発されたモデルが、湿地内そして湿地への影響の水文学的プロセスを評価するために準用されてきた。
76.MODFLOW などのモデルは、地下水系のモデル化や、場合によっては地域の湿地を描写するために、世界中で使用されてきた。詳細は Fetter (1994) 等の解説書に述べられている。それらの地下水モデルが、河川、排水路、いくつかの湿地の性質を含めて活用できるように、様々なモジュールが記述されてきた。その結果として、それらは地下水管理の影響を評価するために適用しうる、詳細な分析手法を提供している。いくつかの研究(例えば、Thompson 他 2004)では、湿地を評価するために地表水と地下水のモデルを組み合わせているが、その適用はまだ研究段階にある。そのようなモデル化技術の詳細は、Kirby ら(1994)の解説書等に示されており、MODFLOW は http://water.usgs.gov/nrp/gwsoftware/modflow.html から無料で入手可能である。
77.ひとたび、STRPが、本ガイドラインの第1節に言及されている技術的総説を準備することが可能になれば、同委員会は、湿地生態系の維持を目的とした地下水管理戦略を開発するため、そしてまた、商業、家庭、農業利用のための地下水汲み上げの影響を最小限に抑えるか代償措置を講じるようにするための、より詳細な技術的手引きを提供するように本ガイドラインを見直し更新する予定である。
78.現時点においては、予備的な7ステップの枠組みが開発されている(表1)。ここでは、湿地生態系の保護と維持が、地下水及び地表水の管理計画策定において確実に考慮されるよう、湿地管理者が水資源管理者と連絡を取り合い、協力すべきである主要な問題点あるいは領域が含まれている。
79.地下水のための7ステップの枠組みは、基本的には、より広範な河川流域管理のための『クリティカルパス』(決議Ⅸ.1付属書Cⅰ参照)の中に位置づけられる、一連の技術的活動であり、河川流域レベルでの湿地管理に地下水問題を統合するため、地下水に関係する情報と知識を提供することを目的としたものである。
80.表1は地下水に関する上記ステップと「河川流域管理(RBM)」のクリティカルパスとの対照表を示している。
地下水管理の枠組み (ステップAからG) | RBM 「クリティカルパス」 (ステップ1から9) |
---|---|
ステップ1:政策、規制、制度的状況 | |
ステップ2:利害関係者の参加過程の企画 | |
ステップA:潜在的に地下水と関連している湿地の選別 | ステップ3(ⅰ):流域の湿地目録 |
ステップ3(ⅱ):現況と傾向の評価 | |
ステップB:地下水と湿地の相互作用の概念モデル | ステップ3(ⅲ):湿地の水資源機能の決定 |
ステップC:地下水と湿地の境界面における複合的影響、現況と動向の評価 | |
ステップ4:流域における湿地の相対優先度の設定 | |
ステップD:湿地における必須地下水量の決定 | ステップ5:湿地の定量的管理目標の設置 |
ステップE:湿地のための地下水配分の合意と設定および地下水利用の制限 | |
ステップF:流域中の湿地に対する地下水に関連する管理行動と戦略の明示および、それらを流域の土地および水の管理計画に含めること | ステップ6:流域の水及び土地利用の管理計画 |
ステップ7a:湿地レベルでの実施 ステップ7b:流域レベルでの実施 | |
ステップG:地下水に関連したモニタリングと評価 | ステップ8:流域および湿地レベルでのモニタリングと報告 |
ステップ9:見直し、反映、優先度の再検討 |
81.ステップが地下水の列(左側)と河川流域管理(RBM)の列(右側)の両方にまたがる部分、例えばRBMステップ1及び2は、RBMの『クリティカルパス』の該当ステップが地下水にも関わる側面を含んでいることを意味しており、地下水に関する別個の手引きは存在しない。
82.地下水の側に、個別のステップが存在するところ、例えば「ステップA」では、地下水に関連する個別の手引きが提供されていることを意味しており、この地下水ステップで示された活動は、対応するRBM『クリティカルパス』のステップの一部として実施されている活動とともに統合されなければならない。具体的な例として、RBM『クリティカルパス』枠組みの「ステップ3(ⅰ)」(流域の湿地目録)を行う際には、流域目録において潜在的に地下水と連係している湿地を特定するために、地下水の「ステップA」(選別:スクリーニング)を含むことが不可欠となる。
83.7つのステップ(AからG)は、以下のように説明される。
84.景観における湿地は、三次元で考えられるべきである。より一般的に理解されている横から見た湿地の形状やその大きさは、さらにその形態は、地形と水文学的作用により最も強い影響を受けている。しかし、湿地の地質的な背景をも考えることなしでは、湿地の水に関連した機能を完全に理解することはできない。その下部や周囲の地質によるが、湿地は、地下水と強く結びつき、そして多かれ少なかれ地下水に依存している。河川流域レベルにおける選別(スクリーニング)では、流域における湿地が地下水に強く関連している可能性を指摘しなければならないし、予想される相互関係の種類を指摘するものとなるだろう。しかしながら、個々の湿地についての関連性を確認するためには、場合によっては現地踏査を含む詳細な研究が必要となるかも知れない。
85.選別(スクリーニング)には、地質学、植生、および土地利用の地図を重ね合わせる作業が含まれる。さらに、どこで地下水資源が利用されているかを把握するためには、涵養と汲み上げ速度についての全体的な数値(それらはおそらく既存の水資源管理計画から入手できるだろう)が集計されるべきである。この段階での作業結果は、地下水に結びついている湿地(涵養あるいは汲み上げの場所として)と、さらに詳細な調査が必要な湿地を明らかにするだろう。
86.選別(スクリーニング)作業によって、現在もしくは今後の地下水開発で影響を受ける可能性があると選別されたすべての湿地それぞれについて、概念的モデルが展開されるべきである。これは、簡単な机上の作業で可能かも知れないが、詳細な現地調査と数理モデル化を必要とするかも知れない。概念的モデルの展開は、水がそれぞれの湿地を出入りする、水移動メカニズムを特定することから始めなければならない。水収支の計算は、複数の水源からの水量や、帯水層への地下水の涵養を定量化するのに役立つ。水収支は、異なる季節において、水量の多い時と乾燥した時とで計算されるべきである。水移動メカニズムの規模を推定するにあたっての不確実性については、リスクへの対処のために明らかにされなければならない。
87.この情報は、湿地の地下水への依存程度と、逆に帯水層の湿地への潜在的な依存程度を定量化するために必要である。それによって、地下水に結びついた湿地にとっての必須地下水量が定量化され、また逆に、地下水涵養のために必要な湿地の供給水量を定量化することが可能になる。
88.利用可能な地下水資源がある河川流域のほとんどでは、孔から直接水を汲み上げている多数の個人もしくは会社があるだろう。特に、地下水が法的にも私有物と考えられている場合は、これらの汲み上げは適切に制御されてはいないだろう。これに加えるべき地表水の利用は、知られていて規制されている場合もあるだろうが、そうではない場合もあるだろう。
89.地下水に関連する湿地の現状評価には、同じ流域内における地下水及び地表水の利用そしてそれらへの水の涵養による別々の、そして複合的な影響の評価をも含んでいることが、きわめて重要である。
90.同様に重要なのは、変化しつつある地表の土地と土壌の特徴が、帯水層への涵養にどのように影響を与え、その結果として、湿地への水の供給にどのように影響を与えるかを考慮することである。例えば、ナミブ砂漠(アフリカ)を通って一時的に出現する Kuiseb 川では、河床の植生が、洪水時の地表の流れを遅らせる重要な役割を果たしており、結果として、きわめて重要な Kuiseb 帯水層への涵養を促進していると考えられている。地下水と湿地の相互作用が将来どう変化するかを評価するためには、集水域単位か、帯水層単位での気候や土地利用変化に対する、より広範囲なシナリオが利用されるべきである。
91.水の移動メカニズムを定量化することにより、湿地と地下水との相互作用を評価するにあたっての水文学的要素が提供される。一般に、湿地生態系(その構成要素、例えば土壌や動植物、機能としての地下水の涵養や栄養循環、特性としての生物多様性を含む)は、水の移動メカニズムの規模、頻度、持続期間、タイミング等を含んだ水文学的環境に適応したものとなる。湿地における水文学的に大きな変化は、通常、生態学的特徴に著しい変化をもたらすが、水文学的に小さな変化の場合には、生態学的な変更をもたらさないこともある。
92.ステップDでは、湿地生態系に望ましい必要水量、水文学的な変化への感受性、回復力、順応力についての決定が求められる。これは、水文学的な変化が湿地生態系にどのような影響をもたらすのかを把握することを可能にする。湿地における必要水量についての詳細な手引きは、STRPによって準備された『ラムサール技術報告書』によって提供される。
93.帯水層からの持続可能な揚水量を確定し、それに基づいた利用可能な水資源の異なる用途への配分を確定する際に考慮に入れられるように、湿地における必須地下水量が明らかにされるべきである。このようにして、地下水配分の異なる選択肢によって湿地の健全性がどうなるかを、湿地管理者や広く一般に示し、その影響が流域の水配分計画に含まれるようにすべきである。多くの場合、利用可能な水はすべての需要を満たすほど十分には存在しない。しかし、生態学的な特徴と、湿地に依存する人々の暮らしへ与える影響が政策決定者に知られていれば、湿地にとっての必要水量は、他の水利用とともに考慮されうる。
94.工業用や家庭用、または農業用の水汲み上げとのトレードオフになる可能性があるが、帯水層に依存する地表や地下の湿地は、望ましい生態学的特徴を維持するために、十分な水を割り当てられるべきだ。湿地の維持のための配分を含む地下水からの大量の水の配分は、流域または帯水層単位のレベルにおいてと同時に、個々の湿地レベルにおいても決定されるべきである。
95.関連湿地への地下水利用による影響を最小限に抑制するため、流域での土地と水の管理計画に、特に地下水に関連するいくつかの戦略が含められるだろう。例えば:
96.特に湿地が、その境界が分水界を越えて広がっている可能性のある広域的な帯水層と関連している場合は、地下水の利用可能性の変化に対する湿地の状況と反応をモニタリングすると同時に、地下水資源と必須地下水量の状況をモニタリングすることが必要である。
97.小規模な地下水汲み上げ方法が広域にわたって導入されているような事例(例えば、小規模農家によるペダル式汲み上げポンプの利用による相乗効果)を含め、集約的な水利用が行われている、または将来行われる可能性のある場所もしくは地域においては、長期的に地下水位の動向をモニタリングすることも行われるべきである。
98.湿地植生は、短期間における過剰汲み上げの、早期警告指標(例えば、水障害を示す)となりうる。これは、南アフリカ共和国の Limpopo 川沿いで、大規模な採鉱企業によって地下水汲み上げを規制する際に、効果的に利用されている方法である。しかし、大部分の場合、ピエゾメーター(piezometers)のモニタリングは、地下水汲み上げの影響を評価する際の、より適した方法である。
99.一般に、地下水の特性と変動性に関する長期的データは限られている。その理由の一つは、地下水は計測しにくいこと、またもう一つは、地下水位と地下水の水質は、気象条件やその他の力に対する変化が非常に遅い傾向にあることであり、その結果、地下水の変動性についての自然な空間的時間的パターンを確立するには、非常に長い観測期間が必要とされるからである。一般的なデータの不足は、目的の設定や実施において、順応的な取組が不可欠であることを意味している。概念的なモデルにさらに手を加え、それによって湿地における必須地下水量の決定を見直し、その湿地に定められた実際の地下水配分を見直すことを、順応的管理という形で実施するため、情報をフィードバックするための適切なモニタリングプログラムが実施されるべきである。
100.湿地のモニタリングに関するよりさらなる手引きが、条約の「効果的なモニタリングプログラムの設計の枠組み」(決議Ⅵ.1;『ラムサール賢明な利用ハンドブック』第8巻、D節)に示されている。
水が湿地に流入し、または流出する方法を水移動メカニズムと呼ぶ。図A1(a−n)に、起こりうる水移動メカニズムのリストを、それらと帯水層および、より透水性の低い層との関係とともに示した。これらのメカニズムは必ずしも湿地の中での水の分布や移動速度を示したものではなく、むしろ周辺環境との水文学的な相互関係を特定したものである。特定の湿地は、いずれかのメカニズムの組み合わせによってのみ影響を受けることになる。その湿地の水文学的、地質学的な情報を集めることによって、主要なメカニズムを識別することができる。
図の凡例
地質学的な層は、その透水性、または水が通り抜けることができる速度(水の浸透速度 hydraulic conductivity という)が著しく異なっている。透水性の低い層は粘土を含んでおり、一方、半透水性の層は砂を含んでいる。水頭は、帯水層の上部の、透水性の低い層(難透水層またはアクイタード)に妨げられたり、または例えば、蒸発や汲み上げで減少することがない場合に、到達するであろう地下水位である。不圧帯水層では、水頭は観測された地下水面に等しい場合もある。
模式図 | 記載 |
---|---|
A![]() | P 降水 直接湿地に降る雨、みぞれ、雪、そして霧の捕捉、凝結。 |
B![]() | E 蒸発 湿地における土、開放水域または植物表面から大気中に出される水分。蒸散を含む。 |
C![]() | R 地表水 土地表面の斜面を下方に流れたり、河川や土壌の地表部に近い層を通って湿地に入る水。 |
[編注]緑色 湿地 青色 水 茶色 低透水層 黄色 半透水層 黄緑 帯水層 ▼ 被圧水頭。 | |
D![]() | L 浸透流入 水路、川または湖から、土壌を通じて横方向に湿地へ流れ込む水。湿地の地下水位は流入元水系の地下水位より低い。 |
E![]() | D 浸透流出 湿地から、土壌を通じて水路、川または湖へ横方向に流出する水。これは自然なものの場合も、配水管や暗渠等の人為によって促進される場合もある。湿地の地下水位は流出先水系の水位より高い。 |
F![]() | OB 表面流入 水路、川または湖から湿地の表面に水が流入する水。流入源の水位は、湿地の地表面より高い。 |
[編注]緑色 湿地 青色 水 茶色 低透水層 黄色 半透水層 黄緑 帯水層 ▼ 被圧水頭。 | |
G![]() | OF 表面流出 湿地から傾斜に沿って水路に流れる水。洪水時に氾濫した水が、河川水位が下がった後に川に戻る水も含む。湿地が水路の起点になる場合もある。 |
H![]() | PU 揚水 揚水ポンプにより、川、湖、水路または海と湿地のとの間を移動する水。水は湿地の中に汲み入れられたり、汲み出されたりする。 |
I![]() | TI 潮汐による流入 潮位の上昇により、海またはその影響を受けた汽水域から湿地に流入する水。 |
J![]() | TO 潮汐による流出 潮位の下降により、湿地から海またはその影響を受けた汽水域へ流出する水。 |
[編注]緑色 湿地 青色 水 茶色 低透水層 黄色 半透水層 黄緑 帯水層 ▼ 被圧水頭。 | |
K![]() | S 湧水 帯水層から湧出し湿地表面に流入する水。しばしば、これは帯水層の下に難透水層が位置することと関連している。 |
L![]() | GD 地下水湧出 湿地の下に存在する帯水層から湿地の内部に垂直に上昇する水。帯水層の被圧水頭が湿地の水位より高い。湿地と帯水層の間には、水移動を抑制する透水性の低い層がある場合とない場合とがある。 |
M![]() | GR 地下水涵養 湿地の下に存在する帯水層へ、垂直に下降する水。帯水層の被圧水頭が湿地の水位より低い。湿地と帯水層の間には、水移動を抑制する透水性の低い層がある場合とない場合とがある。 |
N![]() | GS 地下水浸出 隣接している帯水層から湿地に、横方向へ移動する水。湿地と帯水層の間には、水移動を抑制する透水性の低い層がある場合とない場合とがある。 |
[編注]緑色 湿地 青色 水 茶色 低透水層 黄色 半透水層 黄緑 帯水層 ▼ 被圧水頭。 | |
図A1 湿地の水移動メカニズム |
本ガイドラインで使用される湿地の水文学的な分類は、湿地の景観配置と水移動メカニズムに基づいている。景観配置は、ラムサール条約の湿地の定義の中で、7つのタイプを形成している(図A2.1)。それらは、さらに支配的な水移動のメカニズムに基づいて15のサブタイプに細分化される(表A2.1)。特に、サブタイプは、支配的だと思われる水移動のメカニズムが地表水か、地下水か、またはその2つの組み合わせであるかに基づいている。図A2.2から図A2.7は、各サブタイプのいくつかの仮想的な湿地を例示したものである。地形的に平坦な場所の湿地に関しては、地表水サブタイプのみが該当する。
湿地への地下水の寄与は判断が難しいため、調査の初期においては、サブタイプがわからない場合もある。しかしながら、この分類は、データで検証できる水文学的なメカニズムを理解する上で利用することが出来る。
湿地の景観配置 | 水移動メカニズムに基づくサブタイプ |
---|---|
高地平坦部にある湿地 | 地表水の供給を受ける |
傾斜地にある湿地 | 地表水の供給を受ける |
地表水及び地下水の供給を受ける | |
地下水の供給をうける | |
谷底にある低湿地 | 地表水の供給を受ける |
地表水及び地下水の供給を受ける | |
地下水の供給をうける | |
地下水系の湿地 | 地下水の供給をうける |
窪地にある湿地 | 地表水の供給を受ける |
地表水及び地下水の供給を受ける | |
地下水の供給をうける | |
低地平坦部にある湿地 | 地表水の供給を受ける |
沿岸湿地 | 地表水の供給を受ける |
地表水及び地下水の供給を受ける | |
地下水の供給をうける |
図A2.1 湿地の景観配置[注:四角枠はそれぞれのタイプの適切な写真を入れるためのものである。]
模式図 | 記載 |
---|---|
![]() | 高地平坦部にある湿地 地表水の供給を受ける:湿地の下に不透水層がある。流入は降水が支配的で、流出は蒸発と表面流出による。例:高地ブランケット湿原。 |
![]() | 低地平坦部にある湿地 地表水の供給を受ける:湿地の下に不透水層がある。流入は降水が支配的で、流出は蒸発と表面流出による。例:雨の供給を受けるドーム型湿原。 |
図A2.2 平坦部の湿地(付属書1の略号を参照) |
模式図 | 記載 |
---|---|
![]() | 傾斜地の湿地 地表水の供給を受ける:湿地の下に不透水層がある。流入は降水、地表水と、場合によっては湧水とが支配的となる。流出は蒸発と表面流出。 |
![]() | 傾斜地の湿地 地表水と地下水の供給を受ける:湿地と帯水層の間が透水性の低い地層で分断されている。流入は、地下水浸出、降水、地表水。地下水浸出が、透水性の低い地層に遮断される場合もある。流出は蒸発と表面流出による。 |
![]() | 傾斜地の湿地 地下水の供給を受ける:湿地は直接帯水層に接している。流入は、地下水浸出が支配的で、降水および地表水の流入は補助的となる。流出は蒸発と表面流出。 |
図A2.3 傾斜地の湿地 |
模式図 | 記載 |
---|---|
![]() | 窪地の湿地 地表水の供給を受ける:湿地の下に不透水層がある。流入は降水、地表水の流入、場合によっては湧水に支配される。流出は蒸発のみ。 |
![]() | 窪地の湿地 地表水及び地下水の供給を受ける:湿地は、その下の帯水層と、透水性の低い層で隔てられている。流入は、地下水面が高い場合は地下水湧出、他に、降水、地表水の流入、場合によって湧水。 地下水の流入は透水性の低い層によって抑制される場合がある。流出は蒸発で、地下水面が低い時には、地下水涵養。 |
![]() | 窪地の湿地 地下水の供給を受ける湿地は直接帯水層に接している。流入は、地下水位が高い時は、地下水湧出に支配され、降水および地表水の流入、湧水は補助的。流出は蒸発と、地下水位が低い時は地下水涵養。 |
図A2.4 窪地の湿地 |
模式図 | 記載 |
---|---|
![]() | 谷底の湿地 地表水の供給を受ける:湿地の下には不透水層がある。流入は表面流入や側面からの浸透流入が支配的で、降水や地表水は補助的。流出は浸透流出、表面流出および蒸発。流入と流出は、主に川や湖の水位によって調節される。例:沖積層の氾濫原。 |
![]() | 谷底の湿地 地表水と地下水の供給を受ける:湿地とその下の透水層の間は、透水性の低い層に隔てられている。流入は表面流入と地下水湧出で、地表水と降水が補助的。地下水の流れは透水性の低い層に抑制される場合がある。流出は、浸透流出、表面流出、蒸発と地下水涵養。例:砂質基盤上の氾濫原。 |
![]() | 谷底の湿地 地下水の供給を受ける:湿地は直接帯水層に接している。流入は、表面流入と地下水位が高い場合は地下水湧出が支配的で、地表水と降水は補足的。流出は、地下水位が低い時は地下水涵養で、それ以外にも、浸透流出、表面流出と蒸発。例:カルスト地形の氾濫原。 |
図A2.5 谷底の湿地 |
模式図 | 記載 |
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![]() | 沿岸湿地 地表水の供給を受ける:湿地の下には不透水層がある。流入は、潮汐による流入、降水、地表水、場合によっては湧水とが支配的になる。流出は、蒸発と表面流出。 |
![]() | 沿岸湿地 地表水及び地下水の供給を受ける:湿地とその下の透水層の間は、透水性の低い層に隔てられている。流入は、潮汐による流入、地下水浸出、降水、地表水。地下水浸出は、透水性の低い層に抑制される場合がある。流出は 蒸発と表面流出。 |
![]() | 沿岸湿地 地下水の供給を受ける:湿地は直接帯水層に接している。流入は地下水の浸出と潮汐による流入が支配的で、降水と地表水は補助的である。流出は蒸発と表面流出。 |
図A2.6 沿岸湿地 |
模式図 | 記載 |
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![]() | 地下水系の湿地 地下水の供給を受ける:透水性の岩石の中の溶流洞窟(solution caves)とともに湿地が形成される。流入は湧水と地下水湧出で支配され、流出は地下水涵養。 |
図A2.7 地下水系の湿地 |
英国のシェリンガム及びビーストン・リジス入会地では、水文学的に主要な流入は、降雨(P)と、当地を通過する河川からの流入(R)と、砂礫質の帯水層からの地下水湧出(GDs&g)だと考えられていた。また、その後の実証の対象となる初期の理解としては、否定的だったものの、白亜の帯水層からの少量の流入(GDChalk)の可能性がある。主な流出は、蒸発(E)と小川への表面流出(OF)である。湿地の中で、蓄えられている水の変動についても、無視しうるものだと考えられた。水収支は、次の式で示される。
(正味の降雨(P-E)+河川流入(R)+GDs&g+GDChalk) | =(河川流出(OF)) | [A3.1] |
流入 | 流出 |
現在の条件下(白亜帯水層からの地下水抽出を含む)での、年平均の水収支(Ml/日)は次のようになる。
(0.112 + 0.110 + 0.423 + 0.0) | = (0.6) | [A3.2] |
入力 | 出力 |
ここでは、0.045 Ml/d(表A3.1)の差が残る。これは、入力と出力の量と比べると非常に小さい。この差の原因は、それぞれの要素の見積りにおける誤差か、湿地に蓄えられる水の増加によるものかも知れない。しかし、これを実証するために利用できるデータはない。この水収支では、現在の条件下では白亜帯水層からの地下水湧出は無視できる程度であるという仮説が確認されたことになる。
また、水収支は、長期の平均的な自然環境の条件や干ばつについても計算された(図A3.1)。白亜からの地下水湧出は、自然条件下では総流入の1%だが、干ばつの際には4%となる。有効雨量(P-E)は、平均的な状況では総流入量の17%に過ぎないのに対して、干ばつの状況においては総流入の25%を供給する。したがって、乾燥した年において、白亜の地下水と有効降水は、気象条件によって変化する水収支の中でより重要である。この、湿地と地下水との関係を理解することは、異なる気象条件下の湿地の水需要に見合った水利用計画に有効である。
メカニズム | 長期平均 | 現況 | 干ばつ期 | |
流入 | 有効降雨 P-E | 0.112 | 0.112 | 0.070 |
河川からの流入 R stream | 0.110 | 0.110 | 0.030 | |
砂礫質からの湧出地下水 GD drift | 0.450 | 0.423 | 0.170 | |
白亜からの湧出地下水 GD Chalk | 0.003 | 0 | 0.010 | |
流入総量 | 0.675 | 0.645 | 0.280 | |
流出 | 河川への流出 OF stream | -0.600 | -0.600 | -0.400 |
差 | 0.075 | 0.045 | -0.120 |
図A3.1 英国シェリンガム及びビーストン・リジス入会地の水収支グラフ
表A3.2では、英国、シェリンガム及びビーストン・リジス入会地のそれぞれの水移動メカニズムのデータに、不確実性についての仮定的推定値を追加し、それらがどのように水収支を変え得るかを示した。推定値の上限と下限は、それぞれ不確実性を加減することによって導かれている。結果は図A3.2に図示した。これから湿地における3つの可能な水収支シナリオが得られる。全般的な不確実性は、個別の推定値の誤差の範囲内であり、満足できるものと考えられる。
水移動メカニズムの存在とその量的把握のためには、水収支は有効でないと認識しておくことは重要である。その代わり水収支は、考え方の誤りを減らし、相違の原因を特定するのに効果がある。流入と流出が均衡していないなら、明らかに湿地についての水文学的な理解が不十分であると言える。流入と流出が均衡しているなら、その湿地が水文学的にどのように機能しているかについて、現在の理解によって十分に説明できる。
メカニズム | 長期平均 | 不確実性 | 推定値の 上限 | 推定値の 下限 | |
流入 | 有効降雨 P-E | 0.112 | 20% | 0.134 | 0.090 |
河川からの流入 R stream | 0.11 | 25% | 0.138 | 0.083 | |
砂礫質からの湧出地下水 GD drift | 0.45 | 50% | 0.675 | 0.225 | |
白亜からの湧出地下水 GD Chalk | 0.003 | 100% | 0.006 | 0.000 | |
流入総量 | 0.675 | 0.953 | 0.397 | ||
流出 | 河川への流出 OF stream | -0.6 | 20% | -0.720 | -0.480 |
差 | 0.075 | 0.233 | -0.083 |
図A3.2 仮の不確実性の推定値を加味した水収支
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琵琶湖水鳥・湿地センター > ラムサール条約 > ラムサール条約を活用しよう | ●資料集●第9回締約国会議 |
URL: http://www.biwa.ne.jp/%7enio/ramsar/cop9/res_ix_01_annexcii_j.htm
Last update: 2008/06/25, Biwa-ko Ramsar Kenkyu-kai (BRK).