「鮭児の時知らずタン」  第63話
 もらい泣きの涙が止まらなくて、お姉さんの手を抱きしめました。
 でも、ムシさんがクスクス笑いながら言いました。
「それは男のニオイよ。何処にでもいる、誰でもない、タダの男のニオイ」
 一瞬、心臓が凍り付くような感覚。次に怒りの感情がきてから、覆い被さるように絶望感。すぐに否定の感情がわき上がって来て、それをさらに否定する感情。時知らずタンは混乱しました。
「違います!」
「なら、どうして『あの人』が特定出来ないの?河口に集まった大勢の中でどうしてそのニオイが個人の物だと特定出来るの?」
「それは…」
「勘違いよ。すべてはそこの人の勘違い。それでも、その人は充実してるんでしょ?よかったじゃない?私も楽しいわ…。だから頑張ってもっと楽しませて。」
 とても楽しそうにムシさんはクスクス笑いました。

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