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「湿地:水、生命及び文化」
湿地条約(ラムサール,イラン,1971)
第8回締約国会議
バレンシア,スペイン,2002年11月18-26日
1.ラムサール条約で採択された湿地の定義は、「水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか鹹水であるかを問わず・・・、低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む」区域としており、事実上、本条約にとって世界中の沿岸域のほとんどが湿地の定義に当てはまることになることを想起し;
2.条約の2000−2002年作業計画の行動2.2.1が「湿地、その中でも特に...沿岸域の土地利用計画策定の情報を収集し、締約国が利用できるようにする」と定めていることを考慮し;
3.勧告6.8では、締約国が自らに対して「沿岸湿地の保全と賢明な利用についての健全な政策決定を支援するため、戦略的計画策定と統合的沿岸域管理(ICZM)の原則を採用し適用するよう」求めていることもまた想起し;
4.決議Ⅶ.21では、締約国が「潮間帯湿地に悪影響を与える現行政策を見直し変更し、これらの地域を対象とした長期的保全策を導入するよう検討する」ことを決定したことをさらに想起し;
5.世界人口の大部分が沿岸または沿岸近くに住んでいること、また地域住民や先住民をはじめ、特に小島嶼開発途上国の人々など、相当数の人々の生計が沿岸湿地の生産性と価値、とりわけ持続可能な漁業と農業に依存していることを認識し;
6.多くの沿岸湿地が、特に埋め立てや持続不可能な水産養殖、湿地資源の乱用及び汚染によってすでに消失したこと、あるいは劣化しうること、そして人口の増加と一部地域における観光を含めた無秩序な開発が、沿岸湿地及びその保全と賢明な利用に大きな負荷をかけ続けていることを憂慮し;
7.沿岸湿地が、特に洪水と高潮の影響をやわらげ、沿岸を保護し、海面上昇の影響を緩和する役割を通して、人々の安寧を守るうえで重要な便益をもたらしていることを認識するが、しかし沿岸湿地の中でも特に、サンゴ礁と小島嶼開発途上国の沿岸湿地が気候変動と海面上昇の影響をきわめて受けやすいとされていること、またこの脆弱性が沿岸域における不適切な土地利用と開発によって増していると考えられることを意識し;
8.世界の多くの場所で、統合的沿岸域管理(ICZM)を進める新たな取組が策定中または実施中であることもまた認識しつつも、ICZMの優良実践例に関して多くの手引きが利用できるにもかかわらず、こうした手引きでは、沿岸の持続可能な管理に果たす湿地の役割という意味でも、また生物多様性の保全に関して、特に水鳥、カメ、魚類など移動性生物種の保全における重要性という意味でも、沿岸域における湿地の重要性がほとんど認識されていないことを憂慮し;
9.締約国は沿岸域の多くの湿地をすでに国際的に重要な湿地に指定しているが、沿岸湿地タイプのなかには依然としてラムサール条約湿地リストにおいて十分に代表されていないものもあること、またマングローブとサンゴ礁を条約湿地として特定し指定するための追加手引きが今回の締約国会議によって採択されたこと(決議Ⅷ.11)を認識し;
10.ラムサール条約と生物多様性条約(CBD)の間の「2002−2006年共同作業計画」を通じて両条約が海洋及び沿岸の生物多様性の迅速評価、ならびに海洋及び沿岸の保護区に関する手引きを協力して作成していることに留意し;
11.ラムサール条約が、すでにカルタへナ条約、バルセロナ条約と交わした「協力の覚書」をはじめとする地域海条約との協力、ならびに沿岸域での生態学的に持続可能な開発を支援するための「南太平洋地域環境プログラム(SPREP)」との協力を進めていることを認識し;
12.持続可能な開発に関する世界首脳会議で採択された実施計画において、海洋及び沿岸の湿地を保全し管理する手段としてラムサール条約の実施が強調されたことを歓迎し;
締約国会議は、
13.この決議に付属書として添付する「総合的沿岸域管理(ICZM)に湿地の問題を組み込むための原則及びガイドライン」を採択する;
14.締約国に対して、沿岸湿地ならびに、人々の安寧にとってのそれら沿岸湿地の価値と機能(気候変動と海面上昇の影響緩和に果たす役割、そして生物多様性の保全にとっての重要性を含む)が、ICZMの取組などを通じて、沿岸域での計画策定と意思決定の際に十分に認識されるよう万全を期すよう強く要請するとともに、締約国に対して、各国における地元、地域、国レベルのICZMの実施担当者が、本決議に付属するラムサール条約の原則とガイドラインを認識し、かつ利用するように万全を期すことを重ねて強く要請する;
15.締約国その他に対して、ICZMに湿地を組み込んだ優良実践例について、ケーススタディを文書化してラムサール条約に提出するよう求める。科学技術検討委員会(STRP)に対して、またこの条約の下に湿地とICZMに関する追加手引きを作成する土台として、これらのケーススタディを検討するよう要請する;
16.締約国に対して、沿岸湿地に悪影響を及ぼす現行政策と慣行を見直し、必要な場合にはそれらを修正して対策を講じるよう、また人々の生計を支え、気候変動と海面上昇の影響を緩和し、生物の多様性を維持するうえで沿岸湿地が果たす重要な役割を各国の政策において認識するよう強く要請する;
17.締約国に対して、国内湿地目録に記載のものも含め、沿岸湿地の過去の減少、現状、傾向についてひき続き文書化し、その保全状況について第9回締約国会議に対する国別報告書で報告するよう求める;
18.締約国に対して、沿岸湿地を国際的に重要な湿地として特定し指定することを引き続き最優先し、それにより沿岸生態系の保全と賢明な利用に沿岸湿地が重要であることが確実に認識されるようにし、この目的のため、「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」(決議Ⅶ.11)、ならびに今回の締約国会議で採択されたマングローブとサンゴ礁を条約湿地として特定し指定するための追加手引き(決議Ⅷ.11)を適用することを奨励する;
19.STRPに対して、第9回締約国会議COP9で検討するため、他の沿岸湿地タイプ、特に潮間帯の泥質干潟、砂質干潟及び潮下帯の海草藻場などを特定し指定するための追加手引きの作成を検討するよう要求する;
20.ラムサール条約事務局とSTRPに対して、引き続き生物多様性条約と協力して、海洋及び沿岸の生物多様性の迅速評価ならびに海洋及び沿岸の保護区に関する手引きを作成し、締約国がこの手引きを利用できるようにするよう要求する;
21.ラムサール事務局に対して、各地域海条約及び国連環境計画(UNEP)の地域海計画との協力を、共同作業計画の策定を含めてさらに進め、それらの進捗についてCOP9で報告することを奨励する。
1.「統合的沿岸域管理(ICZM)に湿地の問題を組み込むための原則及びガイドライン」は、世界各地の沿岸域における湿地の重要性と、それが果たしている重要な役割についての理解と認識を深めることを目的としている。本原則及びガイドラインは、湿地の重要性とともにその価値と機能を、沿岸域における計画策定と意思決定担当者が確実かつ十分に考慮し、それによって湿地の将来の保全と賢明な利用が確保できるようにするために、ラムサール条約締約国その他に使用されることを意図したものである。
2.特にこの手引きは、沿岸湿地の保全と賢明な利用が、通例のように単に特定部門に限られた自然の保全や自然保護区の問題とみなされるのではなく、沿岸域の持続可能な開発にとって不可欠なものとして適切に理解されるようにするためのものである。
3.本原則とガイドラインは、締約国が自国内でICZMの実施を担当するあらゆる者と対話する際の拠り所として使うためのものであり、こうした人々やその組織に広く普及するよう意図されている。
4.ラムサール条約はこのほかにも、ICZMへの湿地の組み込みに関連する手引きを作成しており、本手引きはこれらの手引きと合わせて適用すべきである。それらの手引きとは特に、「賢明な利用の概念実施のための追加手引き」(決議5.6)、「河川流域管理に湿地の保全と賢明な利用を組み込むためのガイドライン」(決議Ⅶ.18)、「潮間帯湿地の保全と賢明な利用の促進」(決議Ⅶ.21)、「湿地の生態学的機能を維持するための水資源の配分と管理に関するガイドライン」(決議Ⅷ.1)、「ラムサール条約湿地及びその他の湿地に係る管理計画策定のための新ガイドライン」(決議Ⅷ.14)、特にマングローブとサンゴ礁を中心に、「十分に代表されていないタイプの湿地を国際的に重要な湿地として特定し指定するための追加手引き」(決議Ⅷ.11)である。
5.本原則及びガイドラインは、「湿地、その中でも特に...と沿岸域の土地利用計画策定の情報を収集し、締約国が利用できるようにする」としたラムサール条約2000−2002年作業計画の行動2.2.1への対応として、本条約の科学技術検討委員会(STRP)の作業により作成された。本原則及びガイドラインの素案作成は、米国政府の資金援助を受けて行われた。
統合的沿岸域管理(ICZM)で使用されている定義、用語、現在のアプローチについては添付文書1で述べる。添付文書2では原則の根拠について詳しく述べる。
6.ラムサール条約が採用する湿地の定義には、沿岸、海洋、内陸の湿地生態系が含まれる。ラムサール条約の海洋及び沿岸の湿地の定義に含まれる範囲は、「水が滞っているか流れているか、淡水であるか汽水であるか鹹水であるかを問わず、低潮時における水深が6メートルを超えない海域を含む」(ラムサール条約第1条1項)区域である。
7.さらにラムサール条約第2条1項は、同条約に基づいて国際的に重要な湿地のリストに掲げられる海洋及び沿岸の湿地に関し、「水辺及び沿岸の地帯であって湿地に隣接するものならびに島または低潮時における水深が6メートルを超える海域であって湿地に囲まれているものを含めることができる」と定めている。
8.したがってラムサール条約の対象及びその締約国の取り組むべき対象には沿岸及び海洋の生態系と内陸の生態系が含まれ、これは重要なことである。
9.ラムサール条約の締約国は、ICZMプロセスへの全面的関与を通じて、沿岸域の湿地の保全と賢明な利用を確保することの重要性を認識してきた。勧告6.8は締約国に対して、沿岸湿地の保全と賢明な利用に関する健全な意思決定を支援するために、戦略的計画策定とICZM原則の採用及び適用を求め、決議Ⅶ.21で締約国は、潮間帯湿地に悪影響を与える現行政策を見直し変更し、これらの地域を対象とした長期的保全策の導入を検討することを決定した。
10.沿岸域の持続可能な開発に、沿岸湿地とその価値と機能をより効果的に組み込むために、ラムサール条約はまた、協力の覚書を通じて地域海条約(特にバルセロナ条約、カルタへナ条約)との関係及び国連環境計画(UNEP)の地域海計画の取組との関係を築き、特に、ラムサール条約の地中海湿地フォーラム(MedWet)と地中海行動計画との協力を通じて、ならびに南太平洋地域環境計画(SPREP)との協力の覚書の締結と共同作業計画の策定を通じて、生態学的に持続可能な沿岸域の開発を支援している。
11.にもかかわらず、沿岸域に関する計画策定と意思決定を担当する多くの人や組織が、国の政策というスケールでも地方での実施というスケールでも、沿岸湿地の有用性や重要性を、また自国政府もラムサール条約の下で行った約束をすべて把握しているわけではないことは明らかなことであり、また沿岸域の陸域と海域の大部分がラムサール条約の定義する湿地に含まれるということも明らかである。
12.沿岸域で持続可能な管理を達成することはこの上ない難問である。なぜなら、人口増加の圧力、多くの開発圧力、陸地起源の汚染、自然資源の持続不可能な利用による圧力が、世界各地、それも特に沿岸部で高いからである。世界人口の少なくとも60%は、海岸から60km以内の沿岸地帯に住んでいると推定されている。その上沿岸域では内陸地域よりも早い速度で経済開発が進むことが多く、そのために沿岸湿地には、住宅用の埋め立て、産業、港湾関連の開発、観光、汚染負荷の増加、自然資源の枯渇による大きな圧力がかかっている。
13.沿岸域での争いは、場所そのものをはじめとする沿岸資源の配分をめぐる競争から生じることが多い。典型的な争いの原因として、海岸線への立ち入り権、共存できない複数業種間の用途の対立、沿岸資源の公共の利用や立ち入りを妨げる私有化、持続可能な利用という長期目標と短期的な経済利益との対立、沿岸保護施設の提供などがある。
14.それに加えて、沿岸資源の持続可能な利用は、沿岸プロセスの人為的な変動からも自然の変動からも深刻な影響を受けることがある。それには、大小の開発事業から生じる累積的影響、気候変動や海面上昇のように徐々に進む変動、嵐や洪水などの突発的で一時的な自然現象、大規模な石油流失事故のような突発的人災などがある。人為的要因と自然要因とが絡み合って、沿岸域の自然の機能やプロセスへの影響を拡大させることも多い。
15.20世紀最後の10年間に、特に、1992年のリオ国連環境開発会議(UNCED)で採択された「アジェンダ21」第17章を通じて、沿岸域のより効果的な統合管理を進める必要性に対して、世界の認識が高まった。この第17章では、沿岸域には広範にわたる利害関係者がいること、また海洋、沿岸、潮間帯、陸域それぞれの計画策定と意思決定に対し法的責任を持つ政府組織や機関の仕組みがきわめて複雑であることが認識されている。
16.沿岸域の利害関係者に関わる問題は次の3種類に分けることができ、それぞれ別の対応が必要である:
ⅰ)問題の責任が、法定義務を遂行する立場にあることの多い、たとえば港湾当局のような特定の利害関係者にあるもの;
ⅱ)問題の責任が、理解と意識を高めるための情報交換によって恩恵を受ける立場にある、ある特定の、またはいくつかの利害関係者にある場合;
ⅲ)たとえば気候変動の影響のように、すべての利害関係者に影響しうる問題でありながら誰の責任でもなく、ICZMのアプローチを通して対応していくことが有益なもの。
17.計画の策定と意思決定に、地域住民や先住民など、あらゆる利害関係者の全面的な参加を通したICZMの確立、実施を目的として、一層さまざまな種類のイニシアティブが、策定されてきている。また、こうしたICZMの取組みを支えるため、多数の政策指針や実施ガイドラインが策定されてきた。
18.だが2000年にSTRPが入手できるガイドラインの検討を行った結果、沿岸域及び沿岸海域で湿地が果たしている重要な役割や湿地の価値・機能について十分に認識しているものも、それらに関する手引きが盛り込まれていることも、ほとんどないことが判明した。さらにほとんどのガイドラインは、ラムサール条約の有用性についても、沿岸域湿地の保全と賢明な利用に対する各国の約束についても、ほとんど記述がなく、全く認識していなかった。
19.入手できたガイドラインはほとんどが沿岸湿地について具体的に定義しておらず、通常はせいぜい一般的に沿岸地域の環境的に敏感なタイプの一つとして触れているにすぎない。だがいくつかのICZMガイドライン、とりわけ国連食糧農業機関(FAO)の作成したものには、沿岸湿地について細かい記述がなされている。ただしそれは主に、農業と漁業をICZMに組み込むという面での記述である。同機関のガイドラインは主に、養殖と漁業にとって重要な沿岸及び海洋の湿地タイプについて触れている。すなわちマングローブ、海草系、サンゴ礁、砂浜系、礁湖、河口である。
20.生物多様性条約第6回締約国会議でも、海洋及び沿岸の生物多様性の重要性がICZMに関する既存の手引きの中でどのように認識されているかについて、同じような検討結果が報告されている(第6回締約国会議(COP6)、2002年4月)。
21.以下に掲げる原則とガイドラインへの助けとして、ICZMの策定と実施に対する現在のアプローチについての詳しい背景情報と、一般に使われている用語と定義を添付文書1に掲載する。
22.基本原則は8つあり、次の4つに大別される:
A.ラムサール条約と沿岸域の湿地との役割及び重要性を認識すること;
B.沿岸域の湿地の価値と機能について十分な認識を確保すること;
C.沿岸域の湿地の保全と持続可能な利用を確保するための仕組みを活用すること;
D.大規模な統合的生態系管理に湿地の保全と持続可能な利用を組み込むよう取組むこと
23.8つの基本原則は、ラムサール条約を通じて沿岸湿地の保全と賢明な利用をICZMに確実に組み込むにあたって、基本となる主要課題を打ちだしたものである。各原則には、それを適用するためのガイドラインが設けられ、ラムサール条約締約国が原則を実際に運用するためにとるべき具体的行動が示される。
24.各原則の詳しい根拠と背景については添付文書2に記載する。
1987年のCOP3において、「賢明な利用」とは、「人類の利益のための持続可能な利用であって、生態系の自然の特徴を維持しうるような方法によるもの」と定義されている。 |
原則1:ラムサール条約は、特に沿岸域の生態系の保全と賢明な利用に取り組む世界的な政府間条約である。
25.ラムサール条約(1971年、イランのラムサール)は、湿地という特定の生態系に焦点を絞った唯一の世界的な政府間条約である。この条約の湿地の定義に基づけば、潮間帯と沿岸海域の全域が内陸湿地とともに湿地に含まれ、またその内陸湿地も多くのタイプが沿岸域の陸地部分に存在している。このように沿岸域と海域がラムサール条約の対象に入っていることは、必ずしも十分に理解または認識されているわけではない。
ガイドライン1:締約国がラムサール条約の下で行った約束を、ICZMを通じて確実に実施する 1.1 政府がラムサール条約締約国として行った約束については、政府、政府機関及び他の組織内で沿岸域に関わる管理と意思決定を担当する部局において、その約束に対する認識が確実に高められるようにする。 1.2 国の湿地政策及び戦略をICZMに関する国の政策の枠組みに確実に組み込み、かつ一貫性をもたせる。その際、この目的に向け策定された「国家湿地政策の策定と実施のためのガイドライン」(決議Ⅶ.6)を活用する。これは、上記政策及び戦略が国の生物多様性保全政策、戦略及び計画に含まれている場合も同様である。 1.3 国内湿地委員会または国内ラムサール委員会が設置されている場合には、ICZMを担当する政府部局をこの委員会に参加するよう促す。 1.4 沿岸域に関してラムサール条約を取り上げたパンフレットや出版物の作成を検討し、それらを広く配布する。 1.5 生物多様性条約(CBD)を担当する政府部局と共に、ラムサール条約が生物多様性の保全に関して負っている共同作業責任及び実施責任についての認識を求める。 1.6 条約の「ラムサール条約の下での国際協力のためのガイドライン」(ラムサールハンドブック第9巻)を、国境をまたがる沿岸域でICZMを実施しようとする人々が、そのツールまたは支援手段として確実に利用できるようにする。 |
原則2:湿地の保全と賢明な利用という問題をICZMに全面的に組み込むことは、持続可能な沿岸域管理プロセスを成功させるうえで不可欠である。
26.世界中の人々にとって沿岸域の重要性は高まる一方である。人間の活動が、直接的または間接的に引き起こす多くの負荷は、沿岸域の持続可能性に影響を与えている。それはたとえば、生息地の減少、生態学的及び水文学的な機能の低下、沿岸環境における栄養塩汚染の悪化、栄養塩類量の増加、海面上昇の加速、水及び堆積物の流れの遮断と妨害などである。こうした問題の多くは沿岸湿地に深刻な影響を及ぼすとともに、沿岸域において湿地が人々と生物多様性に重要な価値と機能を提供し続ける能力にも深刻な影響を及ぼす。というのも、原則1に示したように、ラムサール条約の定義による湿地には、世界の沿岸の大半が含まれるからである。
ガイドライン2:締約国が確実に、湿地の保全と賢明な利用という問題を、持続可能な沿岸域管理プロセスを成功させるうえで不可欠なものとして、ICZMに完全に組み込むようにする 2.1 湿地の問題をICZMに効果的に組み込む際の主な障害、また沿岸域に対する湿地の価値の重要性を高める際の主な障害を特定する。またこの障害を克服するために、沿岸管理者その他、ICZMを担当する者と協力する。 2.2 湿地管理者が参加する協議プロセスを設け、ICZMプロセスの機能について理解を深められるようにする。 2.3 湿地の保護、保全、賢明な利用の経済的利益を評価し、それらに対する考慮をICZMの1つの領域として促進する。 2.4 ICZMに関わる主なグループすべてが参加する、適切な仕組みの設置を進め、沿岸湿地をICZMに効果的に組み込む必要についての理解促進に向けた行動を奨励する。 2.5 ICZMの有効な要素として、湿地を管理することの利益に対する教育的取組みを増やし、普及啓発を行う。 2.6 沿岸湿地が経済的にも生態学的にも沿岸域の重要な要素であるということについての理解を深めるために、戦略的環境影響評価、環境影響評価、経済的管理手段その他の管理手段など、多様な手法や技法の活用を促進する。 2.7 沿岸湿地管理者を含み、ICZMに関わるすべての部門と機関をとりまとめる沿岸管理当局の創設を奨励する。 2.8 沿岸湿地の課題や問題をすべて盛り込んだ統合的沿岸地域管理計画、プロジェクト、行動計画の作成を促進する。 2.9 沿岸湿地関連も含め、沿岸資源に関する利用者間の紛争を処理するため、紛争解決技法の利用を促進し、またこの技法を統合的沿岸地域管理プロセスに統合する。 2.10 ICZMプロセスの実施の進捗状況を、特に沿岸湿地の保全と賢明な利用との関係からモニタリングし評価するための仕組みを確立する。 2.11 ICZM政策とそれを実施する担当者が、国内ラムサール委員会または国内湿地委員会への参加等を通じて、自国の政府にラムサール条約の下で行った約束をすべて確実に把握させるようにする。 |
原則3:沿岸湿地は重要な価値と機能を備えており、経済価値の高い複数の財とサービスを提供する
沿岸湿地が財とサービス、価値、機能の提供に果たす全体的な役割
27.沿岸湿地は、人々とその暮らしに幅広い財とサービスを提供することにより、また生物多様性の維持に貢献することにより、大きく多様な生物学的、社会経済的、文化的価値を発揮している。嵐や洪水の調節や水管理に関連して果たす便益に加えて、沿岸湿地の提供する財のうち、地域住民の健康、安全、安寧にとって重要となるはずのものとして、果実、魚介類、水鳥、鹿、ワニなどの食肉類、樹脂、建築用木材、薪、屋根ふきや織物用のアシ、動物用飼い葉、薬草、農業用の肥沃な土地、農産物、水供給、水による輸送などがある。
ガイドライン3:沿岸湿地の提供する経済価値の高い複数の財とサービスが確実かつ十分に認識されるようにする 3.1 経済評価方法、多基準分析、環境影響評価、戦略的環境影響評価など、沿岸湿地の社会的、文化的、環境的な価値のすべてを完全に評価できる最適な手段を特定し、沿岸管理者がICZMを実施する際にそれらの手段を確実に認識し適用するようにする。 3.2 沿岸湿地の提供する財とサービスのあらゆる経済価値(直接的なものも間接的なものも)について、主な利害関係者すべての意識を高める。 3.3 ラムサール条約の「湿地を効果的に管理するために、湿地の文化的価値を考慮するための基本原則」(決議Ⅷ.19)が、ICZMプロセスを通じて沿岸湿地の文化的重要性の評価に確実に考慮されるようにする。 |
沿岸プロセスにおける沿岸湿地の役割
28.沿岸湿地の自然的な機能は、沿岸プロセスによって維持されている一方で、沿岸プロセスの管理にも寄与している。沿岸プロセスに湿地が果たしているきわめて重要な役割を認識し、それを強化しなければならない。湿地には物理的、生物学的、化学的プロセスが互いに密接に結びついて働いているので、その要素の一つが変化しても、沿岸プロセス全体に影響が及ぶことになる。健全で持続可能な沿岸湿地の管理を通して、沿岸プロセスにおける沿岸湿地の機能の維持・増進を図ることがICZMの核心部分である。
ガイドライン4:締約国が沿岸プロセスにおける湿地の重要な役割を確実に認識するようにする 4.1 湿地が沿岸プロセスに果たす役割を特定するための調査研究を行う。これらの結果に基づいて、締約国は湿地に悪影響を及ぼすあらゆる活動を防止する措置を講じる。これには、もっとも重要な湿地域の保護と管理も含まれる。 4.2 劣化した沿岸湿地については、沿岸プロセスにとって有益な役割を再び活性化するため、その機能回復と再生を検討する。 4.3 ダムの建設、汚染排出、過剰な取水など、沿岸湿地に影響する有害な慣行や開発を防止する措置を、河川上流域で講じる(原則7も参照のこと)。 |
沿岸湿地が自然災害、汚染、洪水の影響緩和に果たす役割
29.自然の海岸線が維持されていると、嵐のとき打ち寄せる大波のエネルギーを吸収し、その波が内陸に押し寄せて人命や財産に危害が及ぶのを防ぐ効果がある。海岸線を安定化する、嵐から保護するといった沿岸湿地の機能は、サンゴ礁、マングローブ、干潟、塩性湿地など、水深の浅い潮間帯・潮下帯システムが物理的に存在して風、波、潮流のエネルギーを弱めることにより発揮される。
30.沿岸湿地の水文学的機能及びその関連機能を完全に維持できなければ、持続可能な沿岸開発が成功する確証はない。沿岸湿地の水文学的機能を維持し、それをICZMに効果的に組み込めば、沿岸の水質が向上し、人の健康が損なわれるリスク、人命・財産の損失へのリスクが減少し、沿岸の土地の経済価値が高まり、沿岸の生物多様性の維持に寄与することができる。
ガイドライン5:沿岸湿地が水流と水質の規制に果たす役割を、締約国が確実に認識するようにする 5.1 洪水・自然災害の管理、ならびに沿岸域の水質確保に関し、沿岸湿地が果たす機能と沿岸湿地がもたらす利益を特定するため調査研究を行う。これらの結果に基づいて、締約国は、湿地の機能と価値を確実に認識し、それを沿岸域における計画策定に関する決定に確実に組み込むようにする。 5.2 沿岸湿地を劣化や破壊から守れなかった場合は、洪水・自然災害の防止という便益を供給するとともに、沿岸域の水質を確保するために、まず劣化した沿岸湿地の機能回復または再生の可能性を検討し、次に、沿岸域内での新たな人工湿地の創出を検討する。 5.3 仮に洪水・自然災害の防止及び水質に関連する自然の機能が維持されなかったり、または深刻な悪影響を受けたり破壊されたりした場合に、どの程度の経済的コスト及び社会的コストが生じるかを明らかにするため、評価を行う。 5.4 沿岸湿地の水文学的な価値に対する沿岸管理者の意識を高めることにより、またそれに対する一般社会の認識を高めることにより、その価値が確実かつ適切に考慮されるようにする。 5.5 自然の沿岸湿地プロセスを維持することによる、洪水・自然災害の管理ならびに水質管理を、ICZMのあらゆる段階に組み込むための適切な方法を開発するよう奨励する。 |
沿岸湿地が気候変動と海面上昇の影響の緩和と影響への適応に果たす役割
31.いくつかの沿岸湿地タイプ、特にサンゴ礁、環礁、マングローブは、その適応能力の低さから、気候変動と海面上昇の影響をきわめて受けやすいとされ、取り返しのつかない大きなダメージを受ける可能性が大きい(湿地と気候変動に関する詳しい情報は決議Ⅷ.3、COP8会議文書 COP8 DOC.11 と COP8 DOC.40 を参照されたい)。このような影響を受ければ、財とサービス、価値、機能をもたらす沿岸湿地の能力は、深刻なまでに低下するおそれがある。最悪の場合、海抜の低い諸国や島嶼国の一部では、海面上昇によって国土の大半が概ね、または完全に水に浸かる可能性がある。また、海面上昇に従って自然に生じる沿岸湿地の陸方向への移動が、造成地、護岸施設や洪水防止施設によって妨げられる場合には、この「沿岸の圧縮」によって沿岸湿地の大きさ、幅、そしてその適応能力が著しく制限されることになる。
32.気候変動と海面上昇の影響を緩和する適応策で、沿岸湿地の保全と持続可能な利用に役立ちうるものはいくつもある。たとえば、護岸施設を撤去して沿岸湿地の生息地が陸方向に移動できるようにすること、気候変動に従って生物が移動できるような回廊を組み込んだ多目的保護区や保護地域を設計すること、天然漁業に対する負荷を軽減するために養殖を拡大すること、いくつかの生態系においてそれに合わせた特殊な管理を行うこと、総合的な資源管理を行うことなどである。
ガイドライン6:気候変動と海面上昇の影響の緩和における沿岸湿地の役割を、締約国が確実に認識するようにする 6.1 気候変動の予測と沿岸湿地に関して予測される気候変動の影響を確実かつ十分に認識したうえで、ICZMに取組み、実施する。 6.2 気候変動と海面上昇に関し、地元の伝統的な知識に基づくものも含めて、沿岸湿地の関わりと脆弱性に対する評価を促進する。気候変動と海面上昇の影響を緩和する選択肢について、そのメリットを最大化する選択肢を評価する。これらの情報をICZMプロセスに確実に利用できるようにする。 6.3 気候変動と海面上昇のシナリオに関し、沿岸湿地に対してとりうる適応策の実行可能性を評価する。 6.4 沿岸湿地の再生をはじめとする適応策の実施のために、ICZMを通じた制度的な仕組みが確実に設けられるようにし、かつ、適応計画のモニタリングシステムを設置する。 |
移動性の種、非移動性の種、絶滅のおそれのある種など、生物種の多様性の重要な宝庫としての沿岸湿地の役割
33.栄養分を捕捉し保持するので、多くの沿岸湿地は、もっとも生産性の高い生態系として記録されている。沿岸湿地は生物多様性の主な宝庫であり、その生産性の高さが、種の多様性だけでなく、湿地に依存する多くの種の個体数の豊富さを支えている。そしてそのことが、沿岸湿地の価値と機能を高めている。
34.ラムサール条約の使命には生息地及び生態系レベルでのものだけでなく、種の保全と賢明な利用のための措置がある。この条約は特に移動性の種を重視しており、その中でも、渡り性の水鳥、魚類、地球規模で絶滅のおそれのある種、また各国規模で絶滅のおそれのある種を重視している。そして多くの条約湿地はこれらの種にとっての重要さを基準として、条約湿地に選定されてきた(原則6も参照のこと)。
ガイドライン7:湿地に依存する移動性および非移動性の種、湿地に依存する絶滅のおそれのある種にとっての沿岸湿地の役割について、締約国の認識を確実にする 7.1 生物多様性の構成要素としての種、またそれら種の保全と賢明な利用に対するラムサール条約などの協定による国際的な取組みについて、確実かつ十分に認識し、ICZMプロセスを通した意思決定を行う際に確実に考慮するようにする。 7.2 地球規模及び各国規模で絶滅のおそれのある多くの種を支えるうえで、沿岸湿地が特に重要であることを、ICZM担当者及び沿岸管理者が確実に認識するようにし、またこのような種の存続のためにICZMプロセスが確実に助けとなるようにする。 7.3 魚類、カメ、海洋ほ乳類、渡り性水鳥などの移動性の種が存続するための必須条件、またフライウェイ規模の生息地ネットワークを維持するための国際的な取組みが、ICZM政策とその実施の中で、また沿岸域に関係する他の法律の中で確実かつ十分に認識されるようにする。 |
原則4:沿岸域における管轄権重複の問題を解決するための仕組みに、湿地に関する法的及び制度的な枠組みが十分に盛り込まなければならない。
35.沿岸域における管理上の問題は、以下のような理由で生じることが多い:
ⅰ)各部門の管理者や意思決定者の管轄権が複雑で不明瞭である;
ⅱ)沿岸資源管理者の各職務の定義が不明瞭である;
ⅲ)ICZMの部門ごとの管理を調整するための適切な法律が欠如している、またはこの法律が矛盾している;
ⅳ)ICZMを導く適切な制度が欠如している;
ⅴ)各管理部門が他の部門に対して部門派閥的な姿勢を持つ;
ⅵ)管理目標の目指す対象が狭すぎる;
ⅶ)ICZMの実施を担当する当局(地方政府が多い)の知識や能力が欠如している。
36.湿地やラムサール条約に責任を持つ人々が、沿岸域に関する制度的及び法律的な枠組みのうちのどれが自国に適用されるものかに高い関心を持つことは重要なことであり、そしてそれらの枠組みがラムサール条約の下で行われた湿地に関する取り組みを確実かつ全面的に組み込み、かつそれと確実に一貫性を持つようにするため、この枠組みを見直し、必要ならば修正することが重要である。これは、ラムサール条約の1997−2002年戦略計画の行動2.1.2ですでに求められていたことであり、決議Ⅶ.21では特に潮間帯湿地に対して求められたことである。
ガイドライン8:沿岸域における法的及び制度的な枠組みならびに管轄権の重複に関する問題の解決 8.1 ICZMにおける沿岸資源管理者及び湿地管理者の役割を明確に定義し、管理者が効果的に共同作業をするための適切な仕組みを特定する。 8.2 湿地の管理との関連で統合的沿岸管理に関する現行法を見直し、必要ならば新たな法律を制定して、湿地をICZMプロセスの実施に円滑に組み込むようにする。 8.3 ICZMのための現行制度を見直し、沿岸域における管轄上の争いや管轄権の重複を避けるために、必要ならば新たな制度的枠組みを提案して、湿地に関連する問題を統合的沿岸管理の実施に組み込む。 8.4 ICZMを実施する際に沿岸湿地の重要性に対する理解を深めるため、あらゆるレベルの沿岸資源管理者及び湿地管理者に対して研修と普及啓発を行う。 8.5 ICZMを担当する組織と機関が効果的な作業を確実に行えるよう、十分な財源の確保に努める。 |
原則5:多くの利害関係者が沿岸湿地を利用しており、その管理に全面的に参加しなければならない
37.利害関係者の参加は、ICZMの重要かつ不可欠な要素である。沿岸域に住む人々(地域住民や先住民を含む)は、この管理プロセスで下される決定に大きく影響されるため、このプロセスへの多数の参加が必要である。彼らの支援により、ICZMプロセスの長期的な持続可能性へのチャンスは飛躍的に増大する。参加すべきすべての利害関係者を特定し、その参加を得るための根拠として、ICZMプロセスの早期段階で、利害関係者分析をすることが不可欠である。
38.地域住民や先住民が沿岸域に慣習上の権利や土地保有権を持っている場合には、ICZMに対する彼らの参加が特に重要である。ラムサール条約では、湿地の参加型管理に対するこれらの社会の参加に関するガイドラインを採択した(決議Ⅶ.8)。またラムサール条約により、湿地の教育と普及啓発に関する手引きが「広報教育普及啓発プログラム」(決議Ⅷ.31)として採択された。
ガイドライン9:沿岸湿地の保全と賢明な利用に利害関係者を確実に参加させる 9.1 利害関係者の参加プロセスを推進する関連法規の導入を含め、利害関係者を特定して沿岸域と沿岸湿地の計画策定と管理に参加させるための仕組みを設ける。これは特に、ラムサール条約の「湿地の管理への地域住民と先住民の参加を確立し強化するためのガイドライン」(ラムサールハンドブック第5巻)を適用して行う。 9.2 沿岸湿地に慣習上の権利や土地保有権を有する地域住民及び先住民が、ICZMの初期の段階から全面的に参加するよう特に注意を払う。 9.3 利害関係者の積極的な参加を推進し、彼らの固有なニーズに応え、他の沿岸資源管理制度との調整を図りながら、沿岸管理の権限と責任を分担する。 9.4 沿岸域での資源管理技能を育成するため、あらゆる市民社会団体(地域住民、女性、青年、NGO、職業団体、地方自治体、民間部門)の能力育成を支援する。 9.5 沿岸湿地管理のニーズと目的をすべて組み込んだ、総合的で参加型の沿岸管理計画を策定し、実施する。 9.6 地域社会に根ざした実証プロジェクトを特定、計画、実施し、地域住民に対し、沿岸湿地の保護、保全、持続可能な利用のためのさらなる経済的奨励措置を設ける。 9.7 ラムサール条約の広報教育普及啓発プログラムの実施などにより、沿岸湿地を保護、保全する必要性、沿岸湿地の価値と機能、ICZMの必要性に対する理解が深まるような教育プログラムを設計し実施する。 |
原則6:沿岸域に国際的に重要な湿地を指定して管理することは、持続可能な管理を行う根拠として、沿岸域の生態系の決定的に重要な部分を特定し認識するための世界的な仕組みとなる。
39.締約国が「国際的に重要な湿地のリスト」への登録にふさわしい湿地を指定することは、湿地の生物多様性保全と賢明な利用にとってだけでなく、その持続可能な管理のための計画を策定し実施する根拠として、沿岸域の中で決定的に重要な地域を特定し認識するための強力な仕組みとなる。
40.世界全体で指定されたラムサール条約湿地は 1179ヶ所、1億210万ヘクタールに及び(2002年7月現在)、このうち 3600万ヘクタール(総面積の35%)を占める 541の湿地(46%)は、その全体または一部が海洋沿岸域湿地という湿地タイプであり、また多くの他の湿地は沿岸域の陸地部分に存在する。沿岸域に存在する多くの条約湿地は、沿岸平野の大きな河口部や潮間帯干潟の地域やサンゴ礁系の地域のように広大であり、中にはかなりの面積の沿岸域全体を占めるものもある。また、他の多くの沿岸域で、まだ条約湿地に指定されていないところも、「国際的に重要な湿地選定のためのラムサール基準」(決議Ⅶ.11)に従えば条約湿地としての基準を満たすものもあるはずである。
ガイドライン10:ラムサール条約湿地の役割とその管理をICZMプロセスの中に確実に位置づける 10.1 「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」(決議Ⅶ.11)のビジョンと目標に沿って、沿岸及び海洋の湿地の多様性とそれらの生態学的及び水文学的機能を完全に代表する条約湿地の、一貫性のある国内ネットワークを特定し、設立する。 10.2 各国のICZM政策指針において、沿岸域の持続可能な管理における条約湿地の役割と重要性が確実に認識されるようにする。この役割には条約湿地が人間の生活を支えるために果たす生態学的及び水文学的機能も含まれる。 10.3 ICZMの取組の策定と実施を担当するレベルの政府部局に対し、ラムサール条約湿地の指定で具体化される目的と管理方法についての認識を高め、条約湿地が単に特定部門の自然保全区とみなされることのないようにする。 10.4 条約湿地に対し、その持続可能な利用に向けた生態系アプローチの実証湿地としての管理を発展させる機会を求める。 10.5 本条約の「ラムサール条約湿地及びその他の湿地に係る管理計画策定のための新ガイドライン」(決議Ⅷ.14)が、ICZMの策定と実施を担当する人々に確実に利用できるようにし、条約湿地の含まれる地域にICZMが存在する場合には、この管理プロセスに確実かつ全面的に条約湿地に関する管理計画策定プロセスが組み込まれるようにする。 10.6 ICZMの担当者が、本条約の湿地の管理計画策定に関する手引きを確実に認識するようにし、それを適宜、沿岸域の湿地で条約湿地に指定されていないものにも確実に利用するようにする。 |
原則7:沿岸湿地はきわめて劣化しやすく消失しやすい。簡単に劣化するが、それを再生するのは費用がかかり、ときには再生は不可能なこともある。
41.これまでの沿岸域における意思決定においては、多くのタイプの沿岸湿地が非生産的な湿地として扱われてきた。それらの湿地を制御すること、あるいは湿地に対して、自然の沿岸プロセスを維持できないようなものでも、さまざまな方法での利用を認めることが、最適な管理政策だと考えられてきた。
42.さまざまな開発活動の結果として、多くの沿岸湿地の生息地は驚くべき速度で破壊され続けている。大規模な都市開発や工業開発が行われているところでは特にそうであるが、多くの沿岸湿地消失は事実上取り返しがつかない。それでも沿岸湿地の再生や機能回復は、適切な場合には少なくとも過去の生息地消失を一部なりとも補い、かつ湿地の持つ重要な自然の沿岸保護機能を回復するための仕組みとして、ICZM実施の構成要素となるべきである。だがこうした再生は、自然に機能する沿岸湿地を維持するという選択肢を採るよりもはるかに費用がかかる可能性があり、しかも沿岸湿地再生が成功するかどうかは予測できないのがふつうである。
ガイドライン11:締約国が沿岸湿地の劣化、消失、再生に関する問題を確実に検討するようにする 11.1 自然現象及び人間の活動から生じた沿岸湿地のダメージの最適な評価方法を選択し、それを個々の地域の状況に合うように調整する。 11.2 再生に適した沿岸湿地目録を作成する一環として、決議Ⅷ.16に定める再生のガイドラインを適用しつつ、劣化と消失という点から沿岸湿地の状況を評価し、再生を含む影響緩和措置を実施した場合の環境的、社会的、経済的影響の費用便益分析を実施する。 11.3 現存の沿岸湿地を破壊するのではなく、それを維持し再生することの利益について市民の認識を高める。 11.4 沿岸湿地を再生する場合には、失敗の危険性を最小限にするため、他の同じような再生事例からできる限り最善の助言と経験を学ぶ。 11.5 湿地再生プロジェクトの費用と便益を、ICZM計画及びプロジェクトに組み込む。 11.6 消失するおそれのある沿岸湿地の生息地を再生または再創造する費用を含めた完全な費用便益評価が、確実に、沿岸湿地開発プロジェクトに対する環境影響評価の主要部分となるようにする。 11.7 ICZMの意思決定者が、沿岸湿地再生の難しさ、費用、不確実性を確実かつ十分に理解するようにする。 11.8 ラムサール条約湿地の一部または全部の消失を招くおそれのある沿岸域開発が計画されている場合には、影響評価と意思決定に関わるすべての人が、確実に、ラムサール条約第2条5項及び第4条2項に定められた義務と手続き、ならびにこの問題に関して決議Ⅷ.20に定める手引きをすべて理解していなければならない。 |
原則8:沿岸湿地の保全と持続可能な利用を確保するため、ICZMは河川流域・集水域管理ならびに海洋及び漁業管理と連携しなければならない。
43.沿岸域からの影響やつながりは、沿岸域の境界よりはるかに遠くにまで及ぶ。内陸側との関係は河川流域・集水域全域に及び、海側への影響は沿岸域の限界を超えて広がり、海洋に関わる多くの経済活動に影響を及ぼす。ICZMにとって特に課題となるのは、このプロセスに沖合の海上活動を組み込むことである。
44.また逆に、河川流域上流で行われる活動や水資源管理の決定は、たとえば堆積物や水の流れの変化(森林減少や急激な流出による排水量の増加、ダムでの水の捕捉や堆積物による水量の減少など)、水質、水量の変化を通じて、沿岸湿地に大きな影響を与えることになる。
ガイドライン12:湿地、ICZM、河川流域・集水域管理、海洋および漁業管理の関係を締約国が確実に認識するようにする 12.1 沿岸域及び河川流域・集水域に存在する湿地と、海洋関連活動との主な関係を特定し、それを説明し、内陸湿地及び沿岸湿地の役割が確実かつ十分に認識されるようにする。 12.2 沿岸地域に関する問題と河川流域・集水域に関する問題とを統合する際の主な障害を特定し、それを克服できるよう河川流域管理及びICZMの担当者に協力する。 12.3 沿岸域及び河川流域の統合的管理アプローチを促進し、管理プロセスにおける主な利害関係者を特定する。 12.4 沿岸域及び河川流域・集水域の統合的管理計画の策定を促進し、その策定と実施に十分な資源を確保するよう助力する。河川流域・集水域の管理計画、及び沿岸域の管理計画がすでにある場合には、それらを見直さなければならず、それらを統合する基盤とすることもできる。 12.5 湿地、沿岸域、河川流域に共通の問題を特定して統合する必要性、ならびに、沿岸域及び河川流域の統合的管理により多くの利害関係者を参加させる必要性について、本条約の広報教育普及啓発プログラムなどを通して、一般社会の認識を高めるよう取り組む。 12.6 魚の個体数と漁場を支えるために沿岸湿地が果たしている役割と重要性を見直し、沿岸湿地の問題に関連する部分を中心に、FAOの「責任ある漁業のための行動規範」の実施を促進する。 |
1.本添付文書では、背景情報として、統合的沿岸域管理(ICZM)において一般に使われる定義と用語、ICZMとは何か、そしてICZMの実施に応用される一般原則と最良の実践例を取り上げる。
ICZMとは何か?
2.ICZMは、基本的には、持続可能性の原則を用いて経済の発展と世代内、世代間の公平性を達成しつつ、いちだんと効果的な生態系管理を実現するために、沿岸域のさまざまな利用者、利害関係者及び意思決定者を一つにまとめるための仕組みである。ICZMのアプローチは、国土及び領海の計画策定に関する法規や制度があれば、それらを通じて促進されるのが一般的である。
3.ICZMの定義については異なったものが多数あるが、それらの間に大きな差異はない。ほとんどの定義では、ICZMが沿岸域の持続可能な開発のための継続的で先行対策型、適応型の資源管理プロセスであると認識し、そして物理的、社会的、経済的、環境的な条件の制約と、法、資金、行政の各面での制度・組織的制約の中で、その目標を達成しなければならないことを認めている。
4.ICZMは部門ごとの計画策定と管理に代わるものではない。それはむしろ、部門間の活動同士の結びつきを重視しており、各部門の管理を強化して整合性を図り、より総合的に持続可能性という目標を達成しようとするものである。
5.ICZMは循環的なプロセスであり、一般的に1)立ち上げ、2)計画策定、3)実施、モニタリング、評価という3つの基本段階を備えている。だがこれは、見直しと評価に基づいて、定期的に計画策定段階と実施段階に調整が加えられる反復プロセスとして機能すべきである。
沿岸域における用語と定義
6.沿岸を統合的に管理するアプローチはさまざまな名称や略称で呼ばれており、たとえば統合的沿岸域管理(ICZM)、統合的沿岸地域管理(ICAM)、統合的沿岸管理(ICM)、海洋及び沿岸地域の統合管理(IMCAM)などがある。
7.ICZMの正確な対象範囲や使われる用語は、国によっても取組によってもさまざまである。法律によって定義が定められている場合もあるが、実際の利用や適用を通して定義が形成される場合もある。沿岸域そのもの、あるいは関連する用語について、すべての国で、明確な定義や範囲に対する合意が得られ、認識されているとは限らない。
8.発表されているほとんどのICZMガイドラインでは、「沿岸域」を陸と海の接する比較的狭い地帯とし、陸と海の相互作用に依る複雑で激しい機能的、生態学的プロセスが起こっている場所である、としている点で一致している。生態学的に、沿岸域には多くの重要な陸上・水生両生息地が含まれ、それらの生息地が社会経済的なシステムと密接に結びついて、複雑な機能単位を形成している。
9.しかし「沿岸域」の定義は国によって異なり、低潮線と高潮線の間にある潮間帯沿岸部を指す場合もあれば、この潮間帯域に隣接する陸地部分を加える場合もあり、この陸地部分についても、海岸から陸方向への距離が定められていることもあれば(ときにはもっと広範な緩衝地帯を含める場合もある)、隣接する陸域生態系を柔軟に加える場合もあり、さらには、沿岸系の陸域部分、潮間帯部分、沿岸海域部分を領海の排他的経済水域まで含めて指す場合もある。
10.このほか、ICZMに関連して使われている用語には次のようなものがある:
ⅰ)沿岸地域:地理的に沿岸域よりも広く、その境界は沿岸域よりも内陸方向へ広がる。沿岸域は沿岸地域の一部をなす。機能という面から見ると、このことは非常に重要である。なぜなら環境、人口、経済、社会とさまざまなプロセスがあり、そうした多くのプロセスは沿岸域よりも幅の広い沿岸地域の境界内で起こるが、その主な兆候が現れるのは、沿岸域の境界内に限られるからである;
ⅱ)沿岸水域:海岸に沿った狭い帯状の海域と河口水域;
ⅲ)潮間帯域(または潮間帯):低潮線と海岸線に挟まれた部分(潮の影響が及ぶ陸方向の限界);
ⅳ)海岸線:陸地と沿岸水域とが接する両者の境界線;
ⅴ)海岸陸域:潮の影響の最も高い線までの陸域。
11.一般に、沿岸水域、潮間帯域、海岸線、海岸陸域はすべて沿岸域に含まれる。
12.沿岸域の概念にばらつきがある結果、ICZMの効果的な実施にとってよく問題になることがいくつかある。第一の問題は、これを扱う国内法がある場合にも、沿岸域の正確な定義と境界の基準を定める点で法律が通常あいまいなことである。第二は、行政上の境界と生態系の境界が一致しない場合が非常に多いことである。第三は、複数の国にまたがる沿岸域の管理が、それら関係国にとって難しいことである。これは特に、沿岸域についての法律やその範囲が、隣接する諸国の間で異なる場合があるからである。
13.沿岸域の定義に関するこのほかの不一致としては、土地利用計画策定に関する法律の枠組みを沿岸域の陸地部分と潮間帯部分だけを対象とする(対象を低潮線までとする場合も多い)と規定する法体系もあれば、陸地、潮間帯、沿岸海域部分を含んで規定する法体系もあるという点がある。
ICZMの一般原則と慣行
14.ICZMの目的は、一般に次のように認識されている:
ⅰ)劣化や枯渇をさせずに利用するべきものはどの資源か、伝統的及び新たな利用に向けて再生または機能回復させるべきものはどの資源かを特定することにより、沿岸の資源基盤の収容力を超えないように利用及び介入の水準を導入すること;
ⅱ)自然の動態プロセスを尊重して、有益なプロセスを促し有害な介入を回避すること;
ⅲ)脆弱な資源へのリスクを減らすこと;
ⅳ)沿岸生態系の生物多様性を確保すること ;
ⅴ)競合的活動よりも補完的活動を促進すること;
ⅵ)社会が容認できるコストで、確実に、環境的、社会的、経済的な目標が達成されるようにすること;
ⅵ)伝統的な利用と権利、また資源への公平なアクセスを保護すること;
ⅶ)部門に起因する問題や部門間の紛争を解決すること。
15.ICZMプロセスを成功させるために決定的に重要なことは、プロセスのごく初期段階から地域住民の全面的な関与及び参加を確保することである。このことは、沿岸域の大半または全部が、慣習上の保有権や自然資源の利用権などのように地域社会に所有されている場合、特に重要である。
16.ICZMには、「ボトムアップ型」と「トップダウン型」とが働く二重のアプローチを組み込むべきである。これは、一方で統合型沿岸域管理プロセスを効果的に実施するための法律上、規制上の環境を創出しつつ、他方で地域的な協議・参加プロセスを通じてすべての利害関係者の利益を確実に考慮することを目指している。
17.ICZMプロセスには勘案して統合を図るべき多くの側面がある。以下にそれらの側面を示す:
垂直的統合:同一部門内の組織間及び管理レベル間の統合;
水平的統合:同一管理レベルにおける異なる部門間の統合;
全体的統合:すべての重要な相互作用と課題を確実に考慮すること;
機能的統合:管理団体による介入を沿岸地域管理の目的及び戦略と整合性のとれたものにすること;
空間的統合:沿岸域の陸地部分と海洋部分の統合;
政策的統合:沿岸地域管理政策、戦略、計画を、(国によるものを含めた)より広範な規模の開発政策、戦略、計画に組み込むこと;
科学と管理の統合:さまざまな科学分野間の統合、また最終利用者や意思決定者が使えるように科学を伝えること;
計画策定の統合:さまざまな空間的規模を持つ複数の計画の、目的、戦略、計画案が矛盾しないようにすること;
時間的統合:短期、中期、長期の計画・プログラム間の調整。
18.ICZMは、特に、地域的な条件、経験、生態系の特徴、開発圧力のパターン、国及び地域の法律や政策の枠組みの性質と範囲によって成功が左右されることから、このプロセスには、成功のための一般的なモデルというものは一つとして存在しない。
19.だがこれまでICZMを実施するなかで得られた経験から、取組を成功させるために組み込む必要のある重要な要素がいくつか特定されている。それは以下のようなものである:
ⅰ)さまざまなレベルの政府部局間で、統合と調整を確立すること;
ⅱ)複数の部門内で問題の解決策を「内部化」することによって、それらの部門を結びつけること;
ⅲ)資金の安定を確保することによって、介入の長期的持続可能性を確立すること;
ⅳ)プロジェクト実施に関する政治的支持と制度を確保すること;
ⅴ)地域住民や利害関係者の全面的な参加と、彼らとの協議を確保すること;
ⅵ)沿岸資源の持続可能な利用と管理についての合意を形成すること;
ⅶ)状況の変化に応じて柔軟に対応し適応できるような管理プロセスを策定すること;
ⅷ)統合的沿岸管理プロセスを、関係国や関係地域の制度的、組織的、社会的な環境に合わせること。
20.ICZMに関しては、世界的な宣言からより詳細なサイト独自のICZM計画まで、多岐にわたって成果が発表されている。
21.地球的な規模では、1992年の「リオ国連環境開発会議(UNCED)」でアジェンダ21が採択された。アジェンダ21第17章は、海洋、海域、海洋生物資源、沿岸域管理を扱っている。この章には、地球規模のさまざまな統合的沿岸管理戦略と、それらの実施に必要なコスト評価が示されている。ラムサール条約の賢明な利用に盛り込まれている、生態系を考慮したアプローチは、アジェンダ21に概説された沿岸域の持続可能な開発のアプローチと合致する。2002年の「持続可能な開発に関する世界首脳会議」に向け、アジェンダ21の実施に対するラムサール条約の貢献について分析が行われたが、この分析では、この条約がアジェンダ21第17章の7つのプログラム分野のうち、特に、沿岸域の統合的管理及び持続可能な開発、海洋環境保護、領海内の海洋生物資源の持続可能な利用及び保全という3分野に大きく貢献してきたとの結論が示された。
22.地域的な規模では、ICZMの例として「地中海アジェンダ21」(採択1994年)を挙げることができる。これはUNCEDのアジェンダ21の様式を使った、地域戦略の独特な例である。また同じく地域的な規模での例として、多くの沿岸湿地を対象に含めたICZMの計画がプロジェクトベースの大規模な実証プログラムの中で計画され、これに合わせて欧州委員会は「欧州ICZM戦略」について詳述した勧告を提案書に盛り込み、欧州議会と欧州理事会に提出した。この戦略は2002年半ばに最終承認されることになった。
23.今や、国内の沿岸政策や沿岸に関する法律によって、沿岸管理の戦略的方向性や、沿岸に関する介入のための規制的枠組みを定めようとする国が増えている。こうした政策や法律は、省庁、省庁間調整委員会、沿岸担当機関などを巻き込んだ適切な制度の設置により補完される場合が増えているが、どの程度の調整が図られているかは、国によって大きく異なっている。
24.空間的な沿岸計画は、一般にICZMプロセスを通して沿岸開発を誘導するための強力な手段とみなされており、これらは地域的(地方)規模で策定されることが多い。開発計画に関する法律の適用を担当するものとして、地方政府がしばしばこの法に関連して出す規制や施行手段は、沿岸計画の実施を支える貴重な手段となる。同様に、環境影響評価、戦略的環境影響評価、環境管理のための経済的手段も、ICZMの実施を国及び地方のレベルで推進するためにますます活用されるようになっている。
25.サイトレベルの規模では、世界各地でローカルアジェンダ21が策定されており、沿岸管理活動に関する利害関係者の参加促進と地元の合意達成に特に効果を上げている。
26.だがICZMをさらに効果的に実施していこうとすれば、いくつもの障害がたちはだかっていることが多い。一般的に、もっとも重大な障害に入るものとしては、官僚特有の惰性、変化に対する抵抗、民間のさまざまな経済的利害関係からの抵抗、プロセスを開始することへの政治的意思の欠如、最小限の財源の不足、沿岸域を確定する際の法的問題の複雑さ、海洋科学者と土地利用計画策定者との間の理解の欠如などがある。
27.これらの障害は次のような行動によって乗り越えることができる:
ⅰ)ICZM計画案をできるだけ初期の段階でその社会状況の中に位置づけること;
ⅱ)ICZMとは何か、それによって達成できること、できないことが何かをできるだけ多くの利害関係者に明確に示すこと;
ⅲ)ICZMの仕組みを通して意思決定プロセスの透明性を拡大すること;
ⅳ)利害関係者の参加を拡大すること;
ⅴ)沿岸域における規制または実施を担当する機関であり、影響を受けるものすべての代表をできるだけ早くプロセスに参加させること。
原則1:ラムサール条約は、特に沿岸域の生態系の保全と賢明な利用に取り組む世界的な政府間条約である。
1.ラムサール条約の「湿地分類法」は、海洋沿岸域湿地の項に次の湿地タイプを記載している:
A. 低潮時に6メートルより浅い永久的な浅海域。湾や海峡を含む;
B. 海洋の潮下帯域。海藻や海草の藻場、熱帯性海洋草原(tropical marine meadow)を含む;
C. サンゴ礁;
D. 海域の岩礁。沖合の岩礁性島、海崖を含む;
E. 砂、礫、中礫海岸。砂州、砂嘴、砂礫性島、砂丘系;
F. 河口域。河口の永久的な水域とデルタの河口域;
G. 潮間帯の泥質、砂質、塩性干潟;
H. 潮間帯湿地。塩性湿地(salt marshes)、塩水草原、塩性湿地(saltings)、塩性高層湿原、潮汐域の汽水・淡水沼沢地を含む;
I. 潮間帯森林湿地。マングローブ林、ニッパヤシ湿地林、潮汐淡水湿地林を含む;
J. 沿岸汽水・塩水湖。1以上の狭い潮口で海域と通じる汽水から塩水の潟湖も含む;
K. 沿岸域淡水潟。三角州の淡水潟を含む;
Zk(a) 海洋沿岸域地下カルスト及び洞窟性水系。
2.また、ラムサール条約湿地分類法に記載された内陸湿地タイプの多くも、ICZMの目的で沿岸域と定義された範囲内に存在することがある。
3.同様に認識すべきことは、ラムサール条約湿地分類法には自然の湿地だけでなく人工湿地も含まれること、沿岸域にある人工的に創出された湿地もラムサール条約湿地の指定対象になることである(原則6も参照のこと)。湿地分類法に含まれる人工湿地タイプで沿岸域にあって特に重要なものには、以下が含まれる:
1. 水産養殖池(例 魚類、エビ);
5. 製塩場。塩田等。
1987年の第3回ラムサール条約締約国会議において、「賢明な利用」とは、「人類の利益のための持続可能な利用であって、生態系の自然の特徴を維持しうるような方法によるもの」と定義されている。 |
4.ラムサール条約のすべての湿地の賢明な利用のための生態系を考慮したアプローチと、その実現のために締約国が採択し、「ラムサールハンドブック」に収められたさまざまな手引きは、ICZMに盛り込まれている多部門的アプローチと完全に合致する。
5.さらに、生物多様性条約(CBD)との2002−2006年共同作業計画とCBD締約国会議の決定により、ラムサール条約は、海洋、沿岸、内水面生態系を含む湿地に関するCBDのプログラムに関して、同条約の主要実施パートナーとされる。ラムサール条約は、海洋及び沿岸の生態系に関する「ジャカルタ マンデート作業計画」、特に、ICZM(本原則及びガイドラインによるものも含まれる)、サンゴ礁を中心とした海洋及び沿岸の生物資源、海洋及び沿岸の生物多様性に関する迅速評価方法、海洋及び沿岸の保護区に関する作業計画の実施に当たり、CBDと共同で作業を行う(原則6も参照のこと)。
6.ラムサール条約締約国の取り組みの一つは、領土内のあらゆる湿地の持続可能な利用をできる限り確保し、沿岸域については統合的沿岸管理プロセスという強力な仕組みにより、その取り組みの目的を達成させることである。
7.だがラムサール条約に基づく持続可能な利用に対する政府の使命は、ICZMにおいてあまり認識されておらず、またあまり活用されていないようである。またICZMのためのほとんどのガイドラインでも、こうした使命は明確には認識されていない。したがって、政府(中央政府から地方政府に至るまで)及び政府機関において沿岸域での責任を有するあらゆる部門とレベルが、ICZMの策定と実施を通じるなどにより、ラムサール条約の賢明な利用原則に対する自国政府の使命を全面的に認識し、その実施に貢献するようにすることが不可欠である。
8.ラムサール条約の締約国は、条約の下で国際協力という使命を持っている(特にラムサールハンドブック第9巻参照)。国際協力には情報と専門知識の共有、複数の国にまたがる湿地、河川流域、渡り性の種に関する共同行動が含まれる。すでに確立されたこれらの仕組みは、国境を越えてICZMを実施しようとするときに有用な手段と手引きとなる。
原則2:湿地の保全と賢明な利用という問題をICZMに全面的に組み込むことは、持続可能な沿岸域管理プロセスを成功させるうえで不可欠である。
9.過去及び現在の管理方法は、沿岸地域の統合的な管理に必ずしも効果を上げてきたわけではなく、沿岸湿地は、個々の分野別の管理課題として扱われることがきわめて多かった。そのために統合性が欠如し、多くの矛盾する決定が下されていた。
10.沿岸地域はこれまで、土地利用の計画策定と管理という枠内で扱われることが多く、そこでは沿岸開発の確保が重視されてきた。そのことから、主に沿岸空間の利用規制が行われてきたが、このアプローチには、他の重要な沿岸問題についての、幅広い考慮が欠けていた。
11.土地利用の計画策定と管理においては、沿岸湿地は一般に、保護区の管理という領域だけから認識されてきた。保護区管理の主な目的は、その保護と保全を確保することである。このような計画では、沿岸湿地を幅広い開発目的の中に組み入れることはできず、沿岸に関わる他の部門にはほとんど役にたたない特別な空間単位として扱ってきた。その結果、世界各地で沿岸の利用をめぐる争いが生じ、沿岸湿地とその機能の劣化と消失が続いている。
12.持続可能な沿岸管理は、いまだ十分には実現されていない目標である。持続可能な沿岸管理では、現在の世代に対して最大の利益を引きだしながらも、将来世代の希望を満たせるよう沿岸システムの力を維持すべく、人間による沿岸地域(広義の地理的な定義による)利用のあらゆる側面の管理を推進しなければならない。この作業には、沿岸に関わるさまざまな部門と活動をうまく統合することが含まれる。沿岸湿地は、沿岸システムの中でももっとも重要な部分とされている。
13.沿岸湿地の価値と機能はすでに明らかにされている。(詳しくは本原則B項を参照のこと)沿岸湿地が提供する産物とサービスは沿岸地域の機能にとってきわめて重要であって、それらがなければ沿岸地域の生物は存在しえないか、あるいはもっと貧しい状態になる。また、沿岸湿地とそこに備わっている生物多様性が生態学的な価値を有することは、ICZMによって沿岸湿地を効果的に統合して管理する十分な根拠となる。
14.ICZMの大きな特徴は、多分野に関わっていること、さまざまな空間規模での意思決定下で進められること、あらゆる沿岸利用者の活動を統合して調整を図ろうとすることである。ICZMがこのように多目的な性格を持つのは、沿岸開発の管理と同時に、自然資源の保全と管理も実施しなければならないからである。またその実施と同時に、関連するあらゆる経済部門、組織、そして社会団体の関心事項と目的も組み込まなければならないからでもある。ICZMが結びつけるべきもっとも重要な関係は、陸地の領域部分と海洋の領域との統合である。ほとんどの国では陸地と海の境界を超えて計画を策定することはないので、この2領域の統合は、ICZMの根本課題の一つでもある。
15.湿地の提供する多くの恵みが沿岸域の健全性を維持するうえで欠かせないことは、ほとんど理解されてこなかった。それぞれの行政官庁が、自らの部門の利益との関連でしか湿地の可能性と価値を理解していないことも多かった。そのため、沿岸湿地の価値はほとんど評価されず、湿地にもたらされる破壊的行為の真のコストは、たとえ考慮されたとしても決して十分ではなかった。その結果として一貫性のない政策や、湿地の破壊や劣化を招くことも多かった。
原則3:沿岸湿地は重要な価値と機能を備えており、経済価値の高い複数の財とサービスを提供する。
沿岸湿地が財とサービス、価値、機能の提供に果たす全体的な役割
16.世界各地において、沿岸湿地は魚介類の供給源として、この上なく重要である。沿岸湿地は地元に住む多くの人々の重要な食糧源である成魚の生息地となるだけでなく、河口域、藻場、サンゴ礁、マングローブなどのように、多くの磯魚や海洋性の魚種にとって重要な産卵場や稚魚の生育場でもある。
17.自然に機能している沿岸湿地は、沿岸の侵食を抑え、嵐の影響を和らげ、海面上昇の影響を緩和するうえで重要な役割を果たしている。
18.沿岸湿地はこのほか多くのサービスを、地元の人々にも遠方の人々にも提供している。
19.湿地の提供する産物とサービスの全体的な価値を評価方法を使って算定しようと、多くの取組が行われてきた(ラムサール条約の「Barbier, Acreman & Knowler, 1997. Economic valuation of wetlands: a guide for policy makers and planners.」、[邦訳:Barbier, E., Acreman, M.C. & Knowler, D. 著,小林聡史訳.1999年.「湿地の経済評価:湿地にはどのような価値があるか」.釧路国際ウェットランドセンター.]参照のこと)。結局、正確な数値を算出することはむずかしいということが明らかにされたが、沿岸湿地の提供するあらゆる環境サービスの価値を加えれば(洪水や暴風災害からの保護、気候変動の影響緩和、水の浄化、水の涵養、堆積物や汚染物質の保持、栄養塩類の保持、蒸発、生息地など)、これがきわめて大きな数値になることはひろく合意が得られている。
20.しかしながら多くの沿岸湿地系や沿岸湿地資源は、開発に関する決定において極端に過小評価されてきた。これらの湿地系や資源は経済的評価のできる商品も数多く生みだすが、それらの価値の大部分は市場取引のできない財やサービスに含まれるため、たいていは認識されずじまいである。沿岸湿地が提供する生態学的サービスの中には、公共財、つまり、誰でも無償で利用できるサービスとみなされているものもあるが、価値評価の際にこれらがすべて費用に加算されることはほとんどない。地域社会に対して致命的な負担や影響を頻繁に与えるにもかかわらず、依然として湿地資源の偏った配分が行われ、湿地の他用途への転換が横行している原因は、こうした過小評価にある。
沿岸プロセスにおける沿岸湿地の役割
21.沿岸水域に生じるプロセスは、再生可能資源の生産を大きく左右し、水質や海岸線の動態などの重要なプロセスを調節する。沿岸に帯状に伸びる陸域に生じるプロセスは、人々がその地帯に安全に定住できるかどうかを決める。沿岸地域社会にとっては、海岸侵食と壊滅的な洪水が常に脅威である。河川が海に流入する河口域では淡水と塩水が混じり合うだけでなく、潮の流れと河川からの排水との相互作用によって堆積物の動きや堆積が決定されるため、水文学的及び生物学的プロセスは特に複雑である。こうしたプロセスは、人間の介入によって簡単に壊れ去る可能性がある。塩分や水の流れや堆積作用が人の意図に反して変わるだけでなく、変化に対応する沿岸系の適応力も制限されるからである。
沿岸湿地が自然災害、汚染、洪水の影響緩和に果たす役割
22.たとえば、防護壁の撤去、湿地植生の除去、湿地堆積物の直接の除去、堆積物流入量の減少、また、沿岸湿地の埋め立てや干拓、堅固な人工海岸の建設、防砂堤や防波堤のような沿岸堆積物の輸送に対する防御壁の建設によって、沿岸の侵食が拡大される可能性がある。海岸線を安定させて嵐の被害を防ぐための対策として、このような堅固な構造物の建設を行う場合には、そのメリットとリスクを、自然の機能を果たしている沿岸湿地を維持したり、再生したりする場合のメリットと比べて、慎重に評価しなければならない。
23.これ以外にも、以下のような人間の活動の結果として、間接的に沿岸の侵食が起こることがある。すなわち、沿岸湿地や河川上流域における建設工事、マングローブでの海洋牧場、その他の形式の養殖、沿岸農業、河川の堰き止め、河川流域における土壌侵食の減少、塩性湿地の埋立などである。
24.しかし留意しておかなければならないことは、多くの海岸線は本来動くものであり、侵食輪廻もまた、その生態学的性格の特徴であることが多いということである。たとえば、自然の生態系の機能と生命と財産の保護との対立が生じた場合などに、侵食を人工的に抑えようとすると、結果的に、沿岸域内のどこか他の場所の侵食と堆積作用のパターンに影響が及ぶ可能性がある。
25.湿地の生物地球化学的機能の一つである堆積物の保持や栄養素の蓄積とそれらの輸送は有用である。なぜならば沿岸湿地は、水の速度を抑えることで、水中の物質(堆積しなければ、沿岸侵食によって消失する)と栄養素の堆積を促すからである。湿地における栄養素の蓄積によって、湿地は大量の有機物質を生産できるようになり、それが水系食物連鎖の土台になる。河川によって運ばれた堆積物はきわめて肥沃なデルタを形成する。この堆積物は、沿岸の土壌消失分を補う点で重要である。沿岸デルタが存続できるかどうかは、河川が運ぶ堆積物と栄養素にかかっている。それ以外の沿岸湿地系では、ほとんどの堆積物が海流によって沖合の海底堆積物から持ち込まれる。
26.沿岸域の陸地部分と上流に存在する湿地は、洪水や嵐の調節に重要な役割を果たすことが多い。洪水調節には、沿岸における洪水侵食防止対策の実施が必要だが、湿地があれば、水資源管理用の高額な土木構造物の必要性が少なくなる。湿地植生も同じく、洪水流を減速する役割を果たす。
27.沿岸陸域の湿地とその上流に存在する湿地は、化学的汚染物質や有機汚染物質が沿岸水域に入る前に自然の濾過作用を通してそれらを処理するので、汚染された水、特に都市排水と農業排水の浄化に役立っている。これによって沿岸水域の富栄養化が抑えられ、地下水源など飲料水として使用される水源に達する高濃度の栄養素も少なくなる。
28.しかし、それでもなお、多くの沿岸湿地の水質は、河川の運ぶ汚染の影響を受ける。汚染は、工業廃水の排水、家庭下水(特に過密都市の)、林業や農業、火力発電所の操業による温度上昇、水流を緩やかにする大型貯水池やダムの建設、レクリエーション活動、空気によって運ばれるほこり、沖合施設からの石油によって発生する。沿岸湿地は、汚染した物質が海に放出される前にそれを浄化するのを助けるが、沿岸湿地に入り込んだ化学的汚染は、湿地の生態学的特徴に大きく影響する。
沿岸湿地が気候変動と海面上昇の影響の緩和と影響への適応に果たす役割
29.海面上昇の直接の影響には、冠水や雨水氾濫のレベルの上昇、沿岸侵食の加速、淡水地下水への海水侵入、河口と河川系への塩水侵入などがあり、また波の活動、大波や高潮を増大させる海面温度と地表温度の上昇もある。
30.気候変動に伴う海面温度の上昇は、サンゴ礁の白化現象の進行と石灰化速度の低下から、すでにサンゴ礁に影響していると考えることができる。嵐の緩衝役であるサンゴ礁の減少の結果として、まもなく、マングローブと沿岸の潟湖への影響が増大するとみられている。
31.気候変動が沿岸湿地に及ぼす間接的な影響も、多数予測されている。これは海面上昇の結果として、高潮が変化し、淡水系への塩水侵入が増すことによるものである。
32.沿岸湿地は、気候変動の影響を緩和するうえで非常に重要な役割を果たす。沿岸湿地は炭素、窒素、硫黄の循環に大きな役割を果たしており、その劣化はこれらの循環を撹乱するおそれがある。森林湿地、その中でも特にマングローブの維持は、炭素吸収源という役割からますます重要になると思われる。
33.気候変動に対する人間の対応もまた、沿岸湿地に間接的に影響を及ぼすことがある。たとえば、内陸がますます乾燥してくると、河川が沿岸域に流入する前にその流量の大部分が捕捉される可能性があり、そのため沿岸湿地では堆積物の流入量が減り、塩分が増すことになる。
34.気候変動に伴う海面上昇は、財産と人命を奪い、沿岸生態系を変化させてその生産性を減少させ、沿岸資源系(淡水、土地、土壌、植生など)を変化させて、沿岸地域に大きなマイナスの影響を及ぼすこともある。
移動性の種、非移動性の種、絶滅のおそれのある種など、生物種の多様性の重要な宝庫としての沿岸湿地の役割
35.沿岸湿地の中には、サンゴ礁のように世界のどの生態系よりも種の多様性を支えていることで知られ、遺伝素材のきわめて高い供給源になっているものがある。沿岸湿地の中でも特にマングローブ、サンゴ礁、海草藻場は、成魚だけでなく、産卵場や幼魚の生育場としてもきわめて多様な種の魚介類を支えており、その多くは食糧として商業的にも重要である。地球規模及び各国規模で絶滅のおそれのある多くの動植物種も、同様にその存続を沿岸湿地に依存している。
36.種の中には沿岸湿地に永住しているものもあれば、生活環の所定の期間だけしか沿岸湿地で過ごさないにもかかわらず、生活環のさまざまな段階で沿岸湿地に依存しているものもある。沿岸湿地はまた、移動性の種、特に水鳥、魚類、カメ、一部のクジラ目の動物にとって生存に関わる生息地のネットワークと移動経路を提供する。
37.沿岸湿地の生息地を維持することは沿岸地域の生態環境全体にとって重要であり、また多くの沿岸湿地依存種を支えるためにも重要である。そのため、沿岸湿地生息地の喪失と劣化の継続は(後掲原則7も参照のこと)、多くの沿岸湿地種の存続を脅かす。これらの沿岸湿地種は生物多様性を維持するためにも社会経済的にも重要である。
38.沿岸湿地に依存する渡り性水鳥が必要とする条件は、沿岸系の統合的管理にとってきわめて重要である。これらの種にとっては、毎年の移動を通じて生存を続けるために、地方、国、及び国際的なレベルのさまざまな空間規模の生息地のネットワークの維持が必須である。
39.国際的な規模では、渡り性水鳥の多くが中継地と非繁殖地のネットワークの継続的な存在に依存している。中継地と非繁殖地は、渡りルートに沿って地理的には遠く離れていることが多い。多くの種にとって、このネットワークの重要な部分が沿岸域にある。多くの沿岸域を含んだ生息地のネットワークを特定し、それを保護しようとする取組みが、世界各地で数多く実施されている。これにはアフリカ・ユーラシア地域水鳥協定(AEWA)、アジア・太平洋地域渡り性水鳥保全戦略(APMWCS)、西半球シギ・チドリ類保護区ネットワーク(WHSRN)などがあり、このほかにも現在準備中のものがある。
40.1つの沿岸地域におけるICZMの取組でも、移動性の種のこうした必要条件とそれらの保全に対する国際的な約束を考慮する必要がある。なぜならば、移動の鎖の中のつながりが(たとえば河口の埋め立てなどにより)一つでも切れたり損なわれたりすれば、移動を行う個体群の存続が移動ルート全体にわたって脅かされるからである。
41.そのほか、さらに小さな空間規模においては、たとえば潮の干満のある河口域などで水鳥たちは普通干満周期の各段階ごとに、採食用、ねぐら用にするモザイク状の沿岸生息地を必要とする。ICZM計画の策定にあたっては、このような要件はもとより、モザイク状の沿岸生息地の要素がいくつか選択的に除去されまたは劣化した場合の影響についても、しっかりと情報を得ることが必要である。
原則4:沿岸域における管轄権重複の問題を解決するための仕組みに、湿地に関する法的及び制度的な枠組みが十分に盛り込まなければならない。
42.ICZMプロセスが長期にわたって持続するためには、適切な法的及び制度的な枠組みを設けることが重要である。また、資源管理区域間での不要な対立を避けるため、沿岸湿地や沿岸域の境界画定にあたっては、ある程度の柔軟性を持たせることも必要である。
43.ICZMに対する法的及び制度的な枠組みは、国によって大きく異なり、中央政府から地方政府までのさまざまなレベルの行政機関が、どのような法的及び制度的な責任を負うかも大きく異なっている。国として強固な法的枠組みのある国もあれば、よく見てもICZMが、政策主導で行われるだけの国や、任意となっている国もある。また、中央政府からの指示でICZMが実施されている国もあるが、実施責任が地域政府や地方政府にある国も多い。このような場合主に、沿岸地域の管轄の複雑さを必ずしも認識していない一般的な開発計画策定担当部署を通して、ICZMが実施されることが多い。
44.湿地をICZMに全面的に組み込むのに足る組織的能力の確保も同じく重要である。このためにICZMを担当する機関の研修や普及啓発を行い、また、地方政府も含めあらゆる関連部門の関与を通して実施に十分な資源を確保するようにする。
原則5:多くの利害関係者が沿岸湿地を利用しており、その管理に全面的に参加しなければならない。
45.ICZMプロセスのすべての段階、すなわち、立ち上げ、計画策定(データ収集、分析、衝突点の特定、目標の定義、戦略作成、部門別計画の統合)、モニタリング及び評価の段階で、利害関係者の積極的な参加を促す。重要な決定を下す場合には、事前に一般市民との広範な協議を行う。沿岸利用者の間に対立がある場合にはできるだけ早く対立点を特定し、ICZMプロセスに解決を組み込む。
46.最近まで、環境管理に対する利害関係者の関与や地域社会の参加はかなり限られたものだったが、1992年のリオ国連環境開発会議(UNCED)は、この傾向に大きな変化をもたらした。市民社会の構成員(地域社会、NGO、職業団体、地方自治体、民間部門)がそれまでよりも明確に認識されるようになり、主な自然資源を長期にわたり持続的に利用できるかどうかは、資源と密接に関係する人々の理解と支援にかかっているとの合意が形成された。
47.湿地を含め沿岸地域は、関わりのある利用者や利害関係者が多いために、管理上非常に複雑となることが多い。共同管轄の場合も多く、管轄が重複していることもよくあり、大量の共有資源が関係する。資源管理の取組みには、政府のあらゆるレベルを参加させるとともに(これは「縦の協調」と呼ばれることがある)、関係部門間における高水準の調整(「横の協調」)を実現しなければならない。これは、幅広い利害関係者の参加が得られたときにのみ可能になる。
48.教育と普及啓発はこの取組において非常に重要だが、ただしこれを参加と混同してはならない。教育と普及啓発は、利害関係者が沿岸資源の持続可能な利用と価値をよく理解できるように助けるものであるが、特定の決定を支持する合意形成ができるのは、政治・意思決定プロセスの一部として参加が得られるときだけある。参加とは利害関係者の考えを変えようとするものではなく、自部門一辺倒の見方から、すべての当事者に沿岸地域の主な環境管理問題に取り組む心構えを持たせる全体的な課題へと、視点を変えるものである。
原則6:沿岸域に国際的に重要な湿地を指定して管理することは、持続可能な管理を行う根拠として、沿岸域の生態系の決定的に重要な部分を特定し認識するための世界的な仕組みとなる。
49.ラムサール条約湿地の指定は、1999年に決議Ⅶ.11で採択された「国際的に重要な湿地のリストを将来的に拡充するための戦略的枠組み及びガイドライン」を基準にして行われる。ここに掲げられるビジョンは、「湿地が果たす生態学的及び水文学的機能を介して地球規模での生物多様性の保全と人間生活の維持に重要な湿地に関して、国際的ネットワークを構築し、かつそれを維持すること」である。この戦略的枠組みにおいてラムサール条約締約国は、「この国際的ネットワークをラムサール条約湿地の緊密な総合的国内ネットワークから構築しなければならない」と定めている。
50.ラムサール条約の下で、政府は、その条約湿地に対して生態学的特徴と主要な生物多様性の特徴を維持できるような持続可能な管理計画を策定することが期待されている。
51.条約湿地は、ふつうは「保護区」してだけでなく、一般的に、人々とその生活に対して不可欠な財とサービスを提供する多目的の地域として認識されることが重要である。自然保護区は自然の保全を土地の主用途とするが、条約湿地がこの自然保護区であることは比較的少ない。だが条約湿地が、ICZMのもとで単一部門の自然保全や保護区にのみ関わるものであるかのように誤解されていることが多い。
52.沿岸域などには、(利害関係者と地域社会の全面的参加を含め)持続可能な利用と管理への生態系アプローチとICZM実施の実証湿地として、条約湿地を利用する大きな可能性がある。
53.「ラムサール条約湿地及びその他の湿地に係る管理計画策定のための新ガイドライン」(決議Ⅷ.14)において、締約国は、すべての利害関係者、特に地域住民と先住民が確実に管理計画策定プロセスに参加するようにし、河川流域及び沿岸域の管理計画策定と管理という幅広いとらえ方で、管理計画を策定することを強調している。これは、ICZMの原則と方法に完全に一致している。
原則7:沿岸湿地はきわめて劣化しやすく消失しやすい。簡単に劣化するが、それを再生するのは費用がかかり、ときには再生は不可能なこともある。
54.多くの沿岸湿地は、さまざまな開発活動により、また気候変動の間接的な影響(海面上昇による侵食、降雨パターンの変化)により、劣化または破壊されてきた。前者の開発活動には、農林業(干拓、築堤、肥料と農薬の使用、灌漑用取水、砂丘の固定、自然林の集約的植林地への転換)、輸送(航路、道路・鉄道の建設、干拓、築堤、景観の断片化)、エネルギー(水力発電ダム、送電線、発電所の建設)、観光とレクリエーション(氾濫原と海岸線におけるインフラの整備、レジャーのための航行、観光客からの負荷による生息地へのダメージ、汚染)、都市開発及び工業開発(直接的な生息地減少、流去水その他の流入量の増加)、インフラを守るためのダム建設及び築堤、土地開拓のための干拓、ごみの投棄及び汚染、地下水と表流水の取水、鉱業(砂利採掘、有毒鉱屑)などがある。
55.多くの沿岸湿地の生息地が驚くべき速度で破壊され続けている。たとえば熱帯地域では、さまざまな国で80%までのマングローブが消失したとされ、その破壊速度はこの50年間が最大だったという。サンゴ礁もまた、その物理的構造ゆえに生息地が破壊されやすく、規制や管理をされていない観光、河川から沿岸域への堆積物流入の増大、破壊的漁法の結果としてダメージを受けることが多い。このようなサンゴ礁の減少や損傷が、海面温度上昇による白化現象から生じる問題に追加されてさらに負荷を大きくしている。温帯にある一部の先進国では、主として農業や工業開発や関連インフラのために、生産性の高い河口の生息地が4分の1以上も消えてしまった。
56.多くの沿岸湿地の消失は事実上取り返しがつかない。大規模な都市開発や工業開発が行われている所では特にそうである。それにもかかわらず、沿岸湿地の再生と機能回復はICZM実施の構成要素となるべきであり、適切な場合には少なくとも消失した過去の生息地を一部なりとも取り戻し、かつ湿地の持つ重要な自然の沿岸保護機能を回復するための仕組みとなる。しかしながらその他の湿地については、ラムサール条約の湿地再生に関するガイドライン(決議Ⅷ.16)は、再生が第二の選択肢に過ぎず、今ある沿岸湿地とその機能を引き続き保全し持続可能な利用を図る戦略をとるほうがより望ましいとしている。
57.沿岸生息地の再生は、マングローブの再生や干拓農地における潮汐湿地の再生など、ほとんどが小規模なものではあるが、いくつかの成功例がある。しかしこれまでの経験からすれば、現在使える沿岸湿地再生の方法は概して不正確であり、目標どおりに再生できるかどうか結果を予測できない。再生や機能回復をしても、もとの自然の沿岸湿地生態系に備わっていた条件や価値が再現できることはめったにない。
58.さらに、再生は費用のかかる長期的なプロセスであり、技術的な措置だけでなく、制度的、経済的、規制的な措置が含まれるほか、再生プロジェクトの進展に伴って、モニタリングと管理も必要になる。ICZMの意思決定においては、消失するかもしれない沿岸湿地の生息地を再生または再創造する費用を含めた完全な費用便益評価が、その重要な部分になるべきである。
59.ラムサール条約は、ラムサール条約湿地の一部または全部の破壊は「緊急な国家的利益」のためにのみ認められ(条約第2条5項)、そのような場合には消失を補う生息地を提供するよう(第4条2項)定めている。この代償に関して2002年に本条約が採択した手引き(決議Ⅷ.20)は、往々にして達成がむずかしいことは認識されているが、可能であれば、破壊された地域に特徴的な種と生息地を提供するよう定めている。
原則8:沿岸湿地の保全と持続可能な利用を確保するため、ICZMは河川流域・集水域管理ならびに海洋及び漁業管理と連携しなければならない。
60.河川流域が水資源管理の基本単位となる場合が増えており、多くの河川流域で管理当局がすでに設置されたか、設置されつつある。ラムサール条約は、内陸湿地が水資源管理に果たす重要な役割を認識して、「河川流域管理に湿地の保全と賢明な利用を組み込むためのガイドライン」(決議Ⅶ.18)も採択している。だが、河川流域(または集水域)の管理プロセスを、関連地域におけるICZMプロセスと密接に関連づけることも重要である。
61.沿岸域及び河川流域の統合的管理アプローチでは、目標、目的、方針を採択することはもとより、両者の持続可能な開発を目的として、この二つの系の相互関係を認めるガバナンスの仕組みを設けることも必要である。沿岸域及び河川流域の統合的管理の基本原則は統合的沿岸管理の原則と同じだが(添付文書1を参照)、ただしそれを繋がった二つの系に同時に適用するのである。沿岸域及び河川流域の統合的管理を成功させる前提条件として、内陸湿地及び沿岸湿地の重要性の十分な認識が必要である。
62.同様に、沿岸域の外側の沖合での活動、たとえば持続不可能な漁業などは、生物多様性の減少と、生活環のさまざまな段階で種が活用する沿岸湿地の生態学的特徴の変化を引き起こすことがある。沖合での堆積物採取は、沿岸地域の侵食を増大させることがある。海上での石油開発や船舶輸送からの石油その他の有害化学物質の流出は、沿岸湿地に影響する深刻な陸上汚染を引き起こす。
63.漁業と水産養殖は海洋関連の経済活動の中でもっとも重要なものである。だが多くの国では、現行の漁業政策も漁業管理も、漁業資源の持続可能な利用にプラスとなるような環境を作りだしてはいない。そのため、漁業資源はさらに劣化し、資源基盤の乱獲も激化し、不平等の問題も起こってきた。沿岸漁業にとっての三大脅威は、漁業資源の無制限な利用、魚類生息地の消失、水質汚染と考えられる。
64.漁業はICZMに全面的に組み込むべきである。これは多くの魚類個体群が沿岸湿地に依存しているからである。ところが漁業の管轄と管理は依然として別部門の業務になっている場合が多い。漁業をICZMに組み込むには、沿岸資源をどのように利用すべきかを決定し、地域住民(漁師も含む)のニーズを考慮し、計画策定プロセスにおいて彼らの意見を重要な情報として検討することが必要である。沿岸域(沿岸湿地も含む)に複数の用途がある場合には、漁師とその他の利用者との摩擦を避けるように漁業を行うべきである。マングローブ、サンゴ礁、潟湖など、魚類の生息地として重要な沿岸湿地は、破壊や汚染から保護しなければならない。
65.FAOの「責任ある漁業のための行動規範」の採択は、持続可能な漁業資源管理への好ましいステップと考えられる。漁業に関わるすべての人々は、持続可能な最大漁獲量を守るように、つまり、資源の保全、食糧供給の継続、漁業社会における貧困軽減を確保する手段として魚類資源の長期的かつ持続可能な利用を達成するように努めるべきである。
[和訳:『ラムサール条約第8回締約国会議の記録』(環境省 2004)より了解を得て再録,2005年,琵琶湖ラムサール研究会.]
[レイアウト:条約事務局ウェブサイト所載の当該英語ページに従う.]
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