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地域社会による湿地の賢明な利用に向けて
決議 VII.8 湿地管理への地域社会及び先住民の参加を確立し強化するためのガイドライン

村上 悟,湖沼会議市民ネット 2001年6月

もくじ


はじめに
決議の背景
決議の意義
わが国における取り組みと課題
今後のスケジュール

[コラム]
参加のはしご
[コラム]
霞ヶ浦アサザプロジェクトに見る地域社会の参加

はじめに

 かつて湿地のそばに暮らす住民は,生活の場として湿地を利用すると同時に,定期的な手入れや信仰,日常での心配りを通じて湿地を維持・管理してきました.
 しかし,モノや情報が長距離を行き来するようになり,生活のしかたが変わる中で,多くの人は湿地との付き合いを薄れさせ,湿地に背を向けるようになりました.そして湿地に向き合うのは,湿地を生業の場とする漁師や行政関係者,そして自然愛好家といった人々に限られるようになってしまいました.
 多くの人の意識から遠ざかった湿地は,埋め立てられたり,植生帯を破壊されたり,水質の悪化をおこすことになります.

 したがって,湿地環境を再生させるには地域の人々と湿地との関係の再構築が必要不可欠です.しかし,その必要性を心から感じている人々は多いわけではありません.場合によっては,土地を売り払うことしか考えていない地主もいるでしょう.
 逆に,非常に強い関心を持って湿地をみつめ,保全をねがっている住民も存在します.また,湿地管理に役立つ知識や知恵を持っていながら,自らの能力に気づいていない人々(特に高齢者)もいます.ところがそうした人々が湿地管理にたずさわる経路がこれまで存在していませんでした.
 立場や思想の違う人同士が互いに理解しあい,湿地の保全を可能とするにはどうすればよいか.このガイドラインは,それに対する暫定的な回答といえます.


* ラムサール条約決議 VII.8 本文(和訳):湿地管理への地域社会及び先住民の参加を確立し強化するためのガイドライン
* ラムサール条約決議 VII.8 付属書(和訳):湿地管理への地域社会及び先住民の参加を確立し強化するためのガイドライン

より詳しく
* ラムサール条約勧告4.10 付属書(和訳):「賢明な利用の概念実施のためのガイドライン」
* ラムサール条約決議5.6 付属書(和訳):「賢明な利用の概念実施のための追加手引き」

決議の背景

 湿地の基本政策をつくる上で,策定過程への地域住民の参加や地域住民からの意見聴取が必要であることが勧告4.10「賢明な利用の概念実施のためのガイドライン」において示されました.この勧告を受けて採択された決議V.6「賢明な利用の概念実施のための追加手引き」では,以下のように地域住民や先住民の参加を評価しています.

  • 賢明な利用を目指す上で地域住民は特に重要である
  • 情報公開が必要である
  • 湿地の管理者として地域住民の参加が必要である
  • 地域住民は伝統的な管理技術の知識をもっている
  • 地域住民の需要を知り,湿地の社会経済的価値に関する知見を得る調査が不可欠である

 その後第6回締約国会議で策定された「1997-2002年戦略計画」でも「湿地の保全と賢明な利用において,先住民を含んだ地域社会の情報提供を受けた上での積極的な参加,特に助成の参加を奨励する」(実施目標2.7)と述べられましたが,この時点ではまだ具体的な手続きを示したものがありませんでした.
 そこで,IUCN(国際自然保護連合),WWF(世界自然保護基金),カドー湖研究所(アメリカ)と釧路国際ウェットランドセンター(日本)が協力しあい,23の事例を元に研究を行いました.その結果がこのガイドラインとして集約され,第7回締約国会議で採択されました.
 ガイドラインはまだ発展途上にあり,決議の中では「条約事務局と協力機関に対して,(中略)このガイドラインを第9回締約国会議までにいっそう充実させることを要請する」と記されています.


決議の意義

 この決議の重要な意義は,地域住民を,湿地の恩恵を受ける人々であると同時に責任ある管理者としてとらえていることです.
 ガイドラインでは,最初に参加型管理に対する基本的な考え方を示した上で,

  1. 事例研究から得られた知見の要約
  2. 地域社会の参加の進め方
  3. その評価の仕方
が記されています.

 それほど長い文章ではありませんが,事例から得られたエッセンスが詰まっており,日本国内での取り組みにも大いに参考になると思います.

国際的な・海外のさまざまな取り組みへのリンク
* ラムサールツールキットに掲載されている住民参加に関するケーススタディ(英文)

日本国内のさまざまな取り組みへのリンク
* 河川に関する市民団体等の活動事例(国土交通省のホームページ)へリンク
* 全国水環境交流会へリンク
* パートナーシップによる河川管理に関する提言(国土交通省河川局「パートナーシップによる河川管理のあり方に関する研究会」)へリンク

参加のはしご

 これは,アーンステインという学者が1969年に提唱した「参加のはしご」という有名な図で(和訳は独自に行いました),「住民参加」と呼ばれているものが,行政や企業などの権力との立場においてどの程度のレベルにあるものかを位置付ける枠組みです.上にあるものほど,本格的な市民参加,もしくは市民主導と言えます.

8.住民によるコントロール 住民の力が生かされる市民参加
7.委任されたパワー
6.パートナーシップ
5.懐柔 形式上としての住民参加
4.意見聴取
3.お知らせ
2.セラピー(なぐさめ) 住民参加とは言えない
1.あやつり

わが国における取り組みと課題

 日本各地で,住民参加による湿地の保全や再生が盛んになっています(左のリンクを参照).しかし,住民参加にもさまざまなレベルがあり(右コラム参照),まだ住民が主導できるまでに達している例はまだ多くありません.また,活動が自己目的化して一部の人たちだけが盛り上がるだけで終わってしまったり,経済的な事情から活動が停止してしまったりすることもめずらしくありません.
 それはなぜでしょうか.地域住民の参加を有効に機能させるための条件としてガイドラインに掲げられている以下の項目を参考に,検討を加えてみましょう.

  • 利害関係者間の信頼関係の構築.政策決定にあたっての透明性の確保.情報の十分な提供
  • 明確な目標・実施内容の設定.事後評価の徹底.
  • 行動から学ぶプロセス.柔軟な計画変更
  • 経済的な評価.奨励策や財政措置の積極的活用
  • コーディネータの養成と,その役割への理解浸透
  • 地元に存在している伝統的な知恵と科学的知見との融合


霞ヶ浦アサザプロジェクトに見る地域社会の参加

 霞ヶ浦ですすめられているアサザプロジェクトは,アサザという植物を育てて湖に植えるという行為を軸に,霞ヶ浦を継続的に保全できる地域構築に向けて多様な展開をしています.

市民の手による植生復元

 アサザという浮葉植物は,霞ヶ浦開発にともなう護岸工事と水位の上昇によって大幅に分布をせばめました.このアサザの苗を育て,霞ヶ浦に植えもどし,アサザの持つ消波効果を通じて霞ヶ浦の沿岸植生帯を復元しようとしています.
 開始から5年で4万人以上(多くは小学生)が参加しています.

流域の山林の管理,新たな産業創出

 植えたアサザを強い波から守るために,流域にある雑木林のしばを束ねたものを湖に沈めます.この雑木は流域の山林から切り出しますので,沿岸植生の復元と流域の土地管理を同時に果たしています.最初は市民の手によってつくられましたが,現在は国土交通省霞ヶ浦工事事務所による公共事業になりました.これまで見捨てられていた枝や雑木林に経済価値が生まれ,有限会社として霞ヶ浦粗朶組合が設立されるまでになりました.

学校ビオトープを通じた学校教育

 こうした取り組みと学校をつなぐ場として,流域の小中学校にビオトープ池を設置し,アサザの苗の育成場所とすると同時に,湿地植生帯の体験的理解の場として活用されています.現在約70校が参加しており,各学校間はメーリングリストによって情報交換が行われています.
 工事費はアサザの緊急保全対策費として国土交通省霞ヶ浦工事事務所から拠出されています.

自主的な評価と柔軟な変更

 こうした事業に対する評価を,建設省土木研究所,東京大学,森林総合研究所等のさまざまな研究機関を通じて行い,その結果に応じて新たな計画を変更していく「順応的管理」を用いて事業を展開しています.

 情報公開や事後評価などは行政システムの中にとりいれつつありますが,まだ不十分です.特に,失敗をタブー視する傾向の強い行政では,「柔軟な計画変更」を実現するしくみはまだまだです.これらが保障されない限り,住民による自治は困難だと思います.
 と同時に,こうした実態は行政の事業のみでなく,市民が行っている事業においても言えることです.市民が自主的に行っているのだから大目に見ればよい,と考えるのではなく,その実績をきびしく評価していく必要があるでしょう.
 今後,市民団体が問われる大切な能力は,コーディネータとしての実力でしょう.自らの要望を突きつけるだけでなく,互いの主張を受け入れながら,積極的な提案や事業実施をしていく力が求められます.
 また,ガイドラインは,主に行政やNGOの立場から書かれているようで,事業者からの視点が弱いのですが,新たな産業を興し,補助金や助成金にたよらない湿地保全を目指していくことも,地域社会の参加,もしくは再構築と言えるでしょう.
 たとえば霞ヶ浦で行われているアサザプロジェクト(右コラム参照)では,さまざまな人々の参加により,沿岸植生帯の復元,環境教育の実践,流域の山林の整備,新たな雇用の創出等を同時に行っています.
 このような取り組みを通じ,湿地の保全が「特別な活動」ではなく,子育てや地域の産業,遊び,観光などとスムーズにリンクした生活の一部となることこそ,本当の意味での地域社会の参加,もしくは湿地保全を達成する地域社会の構築であると思います.


今後のスケジュール
国内 ラムサール条約

  • 2002年 第8回締約国会議(スペイン)


ラムサール条約決議 VII.8 湿地管理への地域社会及び先住民の参加を確立し強化するためのガイドライン
本文(和訳)付属書(和訳)

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