ライト・スタッフ

《2》

 小沢は再び警察病院を訪れた。

 病室の前のネームプレートに書かれた『北條透』という文字を見上げて、小さな小さな溜め息をつく。が、きっと前を見据えると、勢いよくスライドドアを開ける。
 「入るわよ!」
 病院服姿の北條は上半身を起こし、腕に点滴の管をつけたまま、何か書類らしいものに目を通していたが、突然の訪問者に振り向き、目を見開いた。
 やがてその青白い顔にさっと朱が走り、顔を背ける。
 「何をしにきたんですか」
 額にかかる前髪をかき上げながら言う。
 「何しにって、決まってるじゃない。見舞いよ」
 病室に一歩入ったまま動こうとはせず、小沢が言う。
 北條はわずかに顔を戻した。
 「ありがとう、北條くん。かばってくれて。おかげで助かったわ」
 抑揚の無い、きわめて事務的な口調で小沢は礼の言葉を口にした。
 「…あいかわらず、心がこもっていませんね」
 北條は俯きがちにつぶやいた。
 小沢は目を見開く。
 「なによ、人がせっかくお礼を言っているのに!だいたい、誰も助けてくれなんて頼んだ覚えはないわ!勝手にそっちが前にしゃしゃり出てきただけじゃない」
 北條も顔を上げる。
 「こっちだって好きで助けたんじゃありませんよ。私は警察としての正義を遂行しただけです」
 「…せいぎ。正義ね。どうせ、今度のことで私たちに大きい顔ができるとでも思ってるんでしょう」
 「誰がそんなことを!」
 「しないってわけ?悪いけど、私はこんなことで畏まったりしないから」
 「…まったく。確かに、あなた方がもっとまともな働きをしていたら、私はこんな目に遭わなくても済みましたよ!」
 「なんですって!」
 「せっかくのG3−Xシステムもろくに使いこなせなければ宝の持ち腐れですよ」
 北條は薄い唇の端を上げる。
 「あっそう。そんなに怪我したくなかったんなら、いつかみたいにさっさと逃げ出せばよかったじゃない」
 北條は一瞬沈黙した。
 小沢を睨み上げる目が三白眼になる。
 「アンノウンと対峙するという危険性をまるで把握せずに、その前にのこのこ飛び出していくような、現状認識もろくにできない人に、とやかく言われたくはないですね!」
 小沢のびっしりと睫毛の生えそろったフランス人形のような目が、これ以上ないというほど、大きく見開かれる。
 「ああ、もう、まったく!少しでも心配した私がバカだったわ。あんたなんかそのまま死んじゃえばよかったのよ!」
 言い放ち、小沢は肩で息を付いた。
 北條の反撃に身構える。
 が、北條は胸に手をやりながら俯いているだけだった。
 やがて顔を上げ、ぎろりとした目で小沢を睨みつけた。
 「…仮にも警察官なら、冗談でも『死ね』なんて口にするんじゃない…!」
 そのまま身体を二つ折りにするようにベッドに突っ伏す。
 「…ちょっと、北條?」
 北條は額に汗を浮かべながらうめいていた。
 小沢はナースコールを押した。
 やってきた看護婦は北條の様子を見ると、すぐ病室を飛び出した。
 北條は顔を歪めながらも、強い視線で小沢を見上げた。
 「…出ていってください。もう二度と来ないでください…」
 「…誰が来るものですか!」
 駆けつけた医師と看護婦と入れ替わるように小沢は病室を飛び出した。



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