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「グスティを諦め、次に声をかけた画家は、細密画法ではないが、プンゴセカン画法を得意とする画家だ。 日本語も堪能で、「イケメン」というほどではないが、アーティストならではの男の妖しい「色気」も持ち合わす。彼も芸術家一家に育ち、兄弟はバリ島の伝統音楽の継承者で、既に海外公演(日本を含む)などの経験もしている。そういった環境にある彼なので、長い日本出張に対しても問題なかったのだが、その期間に、村の大切な行事を控えていたため、諦めざるを得なかった。
さて、困った。 日本語がある程度話せ、40日もの長い日本出張に耐えられるような画家は、すぐに見つかるようで見つからない。どこからかこのニュースを聞きつけて、手を挙げてくる画家がいたりするのだが、そういった画家に限って、絵がこちらの要望するレベルに達していなかったり、日本での仕事に対して、あまりに安易に考えているように見え、任せるには不安だ。
自分自身で探すには限度がある。そこで、僕は比較的懇意にしている画廊の奥さん(バリ人)を訪ね、今回の趣旨を話し、適任と思われる画家がいれば紹介願いたい、とお願いした。
奥さんが最初に紹介してくれたのが、彼女のハズバンドのマデ(仮名)だ。
結局、マデが今回の日本での実演に行くことになるのだが、僕はその時点では、彼とは面識もなく、絵のスタイルも知らなかった。 彼と会う前に、過去の作品を見せていただいた。花と鳥を得意とする、平均的なバリ絵画のスタイルだ。
色使いやトーン、構図、絵のサイズなども日本人ウケしそうな感じがする。価格的にも問題ない。
しかし、ピカソやゴッホの素晴らしさすら分からない僕が、こうしてバリ人画家の描く絵を評価してるのだからお笑い草だ。ただ、芸術性云々ではなく、どういった絵が日本人に好まれるか、という観点は、毎日のようにmailで連絡を取り合っているM女史の指導のお陰で、だいぶ分かってきたつもりだ。
早速、その日に、マデとのインタビューを奥さんにセッティングしてもらった。 奥さんはマデが多少日本語を勉強したことがあると言っていたので、楽しみにしていたのだが、彼が覚えている日本語は、「アリガト」と「ダイジョブ」だけだ。まいったな。この問題はちょっと後回しにしよう。
重要なのは、「絵のレベル」と「適性」だ。 「絵のレベル」に関しては、M女史に評価してもらうとして、問題は「適性」だ。 なにせ、生まれて初めての海外、40日もの長い間、インドネシア語が一切通じないところで、話し相手もいない、インドネシア語の新聞もなければ、テレビもない。仕事はずっと座りっぱなしで、しかも人に見学されるんだ。
僕は夢だけを語るのではなく、わざとネガティブな情報も与えてマデの反応を見るようにした。 彼は、初めて会う僕の話を、目を逸らさずに真剣に聞いている。僕が彼を知ろうとするのと同様に、彼も僕がどういった人間なのかを判断しようとしているのが分かる。この男の言うことを信用して良いのだろうかと。
一通り僕の話が終わったところで、彼は上気した顔で返事をしてくれた。
「ダイジョブ」
彼も、まだこの時点で日本行きが決定しているわけではないが、未知の国で自分の絵がどうやって評価されるのか、夢を頭に描いているようだ。彼が静かに興奮しているのが伝わってくる。
よし!マデを推薦しよう。
ただ、問題は日本語をどうするかだ。 日本で、インドネシア語の通訳を雇うことは英語のそれとは違い、結構高いらしく、日本側としても、それは避けたいようだ。そんなことを考えながら僕とマデ夫婦がカフェで向き合っていると、いきなり変なバリ人が飛び込んできた。
「ハーイ、アナタガ『ヒロさん』デスカ? 私ハ マデ ノ 弟 デス。ガハハハハ」
何がおかしいのか分からないが、妙に陽気な弟だ。
「僕ハ 彼女ガ 日本ニ タクサン イマス。マユミ デショ、エート 後ハ、忘レタ ガハハハハ」
一体、この男は何なんだ?
どうやらマデが僕とのミーティングに日本語が堪能jな弟を呼んでいたようだ。確かにこの弟はお調子者だが、日本語のレベルは日本人相手のガイドをしているだけあって、流石に発音も文法も正確だ。
「兄ハ 日本語ガ デキナイカラ、僕ガ カワリニ日本ニ行イキマス! 僕ハ絵ガ描ケナイケド。ナンチャッテ。ガハハハハ」
相手にしていられない。
イベント開催まで2ヶ月を切ったところだ。今から頑張って、どの程度、マデが日本語が話せるようになるか疑問だが、ともかく皆でマデを日本に送り出すためにベストを尽くそう。
日本語教育係は、弟の「なんちゃって男」、 日本の生活習慣指導は、この俺「ずっこけ男」だ。
大丈夫なのかな、本当にこの二人に任せて。
その日の晩、マデを推薦する理由や、これから発生するであろう問題点をまとめて、M女史に送信した。
(2005.9.20)
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