Swan 琵琶湖水鳥・湿地センターラムサール条約ラムサール条約を活用しよう●第2部●条約の取組み


水鳥の個体群推定とその条約湿地選定基準への適用

アジア・太平洋地域渡り性水鳥保全戦略国内事務局
((財)日本野鳥の会 自然保護室) 2007年3月

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要約

ラムサール条約湿地選定基準の5と6に「水鳥に基づく特定基準」があります。基準5は2万羽以上の水鳥を、基準6は水鳥の生物地理学的個体群の1%以上の個体を、定期的に支える湿地を国際的に重要とみなすというものです。基準6を運用するために条約は国際湿地保全連合に対して、世界中の水鳥の個体群推定をとりまとめて1%基準値を算定し、それらを定期的に刊行するように要請しています。2007年初頭に最新の第4版が入手できるようになりましたので、そこから日本で適用できる個体群の1%基準値の情報を付表にまとめました。以下の解説や注意点などをご参照の上、国内各地の湿地の水鳥にとっての重要性の評価にご活用ください。また条約湿地ではその再評価に用いて条約へ提出する湿地情報票の更新にお役立てください。

背景

ラムサール条約の「国際的に重要な湿地のリスト」に締約国が自国の湿地を登録するには、その湿地が条約の基準を満たして『国際的に重要である』ということを示さなくてはなりません。この際に用いる条約の基準は条約条文には示されておらず、条約が1971年に締結されたのちに条約の緊急の課題として策定作業が開始されました。

[参照]
*国際的に重要な湿地のリスト拡充の戦略的枠組み,第3版
*第Ⅴ章.条約湿地選定基準
*水鳥に基づく特定基準

現在用いる基準は、2005年の第9回締約国会議による改訂を受け、「国際的に重要な湿地のリスト拡充の戦略的枠組み,第3版(2006年版)」の第5章にまとめられています。現在9種あるうちの基準5と6が「水鳥に基づく特定基準」です。

基準5:
定期的に2万羽以上の水鳥を支える場合には、国際的に重要な湿地とみなす。
基準6:
水鳥の一の種または亜種の個体群において、個体数の1%を定期的に支えている場合には、国際的に重要な湿地とみなす。

この水鳥に基づく基準が、現在のかたちになったのは1987年にカナダのレジャイナで開催された第3回締約国会議の勧告3.1でした。

基準6は「1%基準」として知られるものですが、ラムサール条約の創設を目指して1960年代に継続的に開かれた国際会議のなかで、水鳥の生物地理学的個体群を保全の単位としてその個体群の1%以上の個体を支える湿地を国際的に重要であると認めることが提唱され、のちに条約湿地選定基準に組み入れられました(この経緯は Scott & Rose 1996 に詳しく紹介されています)。

[参照]
*決議5.9

この基準6を運用するためには、水鳥各種において、その保全の単位となる生物地理学的個体群を峻別し、各個体群の大きさを推定して、選定基準に用いるその1%値を算定しなければなりません。そこで1993年、釧路での第5回締約国会議は、IWRB(現在の国際湿地保全連合)に対して、そのための世界中の水鳥の個体群推定を編纂して定期的に刊行することを決議5.9「国際的に重要な湿地を特定するためのラムサール基準の採択」で要請しました。1960年代から国際水鳥センサスを進めてきたIWRBは、このときすでにその第1版の原稿を準備し、同事務局長のモーザー博士がこの釧路会議の技術分科会Dでスライド報告し、この決議に結びつきました。翌1994年に第1版が刊行されました(Rose & Scott 1994)。最新の個体群推定は2006年の第4版(実際に入手できるようになったのは2007年初頭)で、次版が刊行されるまで(2009年か、遅くとも2010年はじめまで?)、条約湿地選定基準に適用されます。

水鳥個体群の最新の1%基準値の適用

[参照]
*付表.条約湿地選定基準6に用いる日本の水鳥個体群の1%基準値一覧
*ラムサール条約湿地情報票,2009−2012年版

この「水鳥の個体群推定 Waterbird Population Estimates」第4版(Wetlands International 2006)に示されるデータを日本で運用しやすいように、日本で適用できる水鳥個体群を抜き出して、種名など日本語名を与えた資料を付表に準備しました。同書に1%基準値が未算定で示されていない個体群は、実際に適用できませんので、省いてあります。各地の湿地の国際的重要性を評価するためにご活用ください。すでに条約湿地に指定されているところでも、この新たな基準値に基づいて近年の生息数を再評価して、認識を新たにすることができるでしょう。生息する水鳥の種または亜種のなかで、新たに国際的重要性を示す個体群が認められるかもしれません。

条約湿地の情報を記述して条約に提出する「湿地情報票(RIS)」は定期的(少なくとも6年ごと)に情報を更新することとされており(決議Ⅵ.13)、第9回締約国会議の決議Ⅸ.1付属書Bによって20062008年に用いるために改訂された最新の様式を、世界のすべての条約湿地の情報更新に用いるように、特に2002年の第8回締約国会議以前に湿地情報票を提出している条約湿地はつぎの第10回締約国会議(2008年)までにその情報更新を提出することが、決議Ⅸ.1や、決議Ⅸ.8決議Ⅸ.15に指示されています。このような情報更新の際には、この第4版の基準値を用いた再評価を盛り込むことが望まれます。

[参照]
*付録:1%基準値適用作業用エクセルファイル(ZIP圧縮:9).

このページにリンクして、エクササイズ用のエクセルファイルを準備してみました。各個体群の1%基準値を一覧し、その脇に読者が生息数を入力する欄、そしてそれが1%基準値の何倍にあたるかを示す計算式を入れた欄があります。各湿地での評価の作業に利用いただければと思います。

適用にあたって注意すべき点をいくつか述べます。これらは、条約湿地選定基準6適用指針に指示されるもの(同指針の段落番号も示します)や「水鳥の個体群推定」原書に解説されるものなどです。

注意点1.
まず水鳥にとっての重要性を判断すべき湿地の範囲を設定します。ラムサール条約ではその範囲の大きさの条件はありません。日本最大の湖である琵琶湖やさらにはその集水域までをひとつの範囲としても、その一部を区切っても、その保全上の意義が認められる限りかまわないわけです。その範囲が決まれば、その範囲の湿地が支える水鳥の生息数を把握し、別紙の1%基準値に照らし合わせます。その湿地が1%基準値以上の数を支える水鳥個体群があれば、その個体群にとって国際的に重要な湿地であると考えられます。
注意点2.
個体群推定(個体群の峻別や分布とその大きさ)と1%基準値は、水鳥の個体群変動によっても、知見の集積によっても、変更が加えられて改版されます。2006年刊行の第4版(付表)は、おおむね2000年頃以降の新たなデータや知見によって旧版からの改定が施されています。従って、評価する湿地の水鳥の情報も2000年頃以降のデータに対して、この基準値が適用できます。なお、ひとつまえの第3版は1990年代(あるいはそれ以前)の知見に基づいていると考えられます。
[参照]
*『定期的に』(戦略的枠組み用語集).
注意点3.
基準5も6も『定期的に』水鳥個体群を支えると記述されますが、この『定期的に』という用語については「戦略的枠組み」添付文書Eの用語集に説明があります。
 すなわち、実際に運用する場合は、少なくとも3シーズンの生息数データが必要であり、
  1. その3シーズンのうちの2シーズン以上で(2万羽または1%の)基準を満たす、
     あるいは
  2. 5シーズンの最大値の平均が同じく基準を満たす、
のどちらかであれば国際的に重要であると認められます。
[参照]
*基準6適用指針段落88
注意点4(基準6適用指針段落88).
同一種の異なる複数の個体群が渡来し、それらを野外で区別して生息数を計測できない場合は、当該複数個体群の1%基準値の大きいものの値を用いて当該湿地の重要性を評価することができます。
 日本でこのような状況がおこるのは、ヒシクイ(亜種オオヒシクイ個体群と亜種ヒシクイ個体群)、ならびにオオソリハシシギ(亜種コシジロオオソリハシシギ個体群と亜種オオソリハシシギ個体群)の2つのケースが考えられます。調査研究ならびにモニタリングを向上させて、個体群ごとの生息数を把握できるよう努めることが肝要ですが、まだ至らない場合は、付表から各種の大きい個体群の1%基準値、すなわち、ヒシクイ800羽、オオソリハシシギ1,700羽を用いて評価します。
[参照]
*基準6適用指針段落91
*東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ類重要生息地ネットワーク参加基準一覧
注意点5(基準6適用指針段落91).
種群や種によっては、各湿地を利用する同一個体群の群れが、生息期間中に入れ換わっていることがあります。その湿地が支える水鳥の個体群は、必ずしもある時に計測された個体数の最大値ではなく、そのように入れ換わりつつ生息する個体のすべてとして評価し得ます。どの程度の入れ換わりがおこっているのかは、直接観察や人工衛星発信機を用いた追跡などによって渡りの時期やその群れサイズを把握したり、標識個体の生息期間からの推定などによって把握することができます。東アジア・オーストラリア地域シギ・チドリ類重要生息地ネットワークでは、シギ・チドリ類では渡りの中継地においておおむね4回程度の入れ換わりがあるものと仮定して、その参加基準を運用しています(0.25%基準)。条約湿地選定のためには、可能な限り各々の湿地において調査研究に基づいて入れ換わりを推定し、湿地が支える個体群の大きさを導いて1%基準値を用いて評価します。

水鳥の個体群推定や条約湿地選定基準6にかかる課題

課題1.
条約が湿地情報票を定期的に更新することを要請するのは、条約のためというよりも、各々の湿地の利益を考えてのことです。つまり、湿地の生態学的特徴が変化していないか、各湿地がモニタリング活動を通じて監視し適切に対処してゆくためのツールとして、湿地情報票を活用できるように設計され、また徐々に改善されているのです。基準6を用いた湿地の再評価も同様に、水鳥個体群にとっての各湿地の重要性に変化が起きていないかを点検し、変化が起きていればその変化を招く湿地の機能等の変化を探って対処する契機にすることが大切です。
[参照]
*決議Ⅵ.4
*決議Ⅷ.38
*基準6適用指針段落87
*環境省
課題2.
水鳥の個体群変動をモニタリングし、また知見の集積によって、より正確な個体群推定と1%基準値を算定することは、条約湿地のネットワークの拡充とその保全価値を高めることに結びつきます。決議Ⅵ.4決議Ⅷ.38は締約国に対して、そのために水鳥の生息数のデータを提供することや国際湿地保全連合が進める国際水鳥センサスの自国内での実施と発展を支援することを要請しています(基準6適用指針段落87)。国内での統合的な調査が組まれているガンカモ類やシギ・チドリ類はもちろんのこと、それら以外の水鳥についても情報が提供できるように、わが国各地の湿地での調査が期待されています。2007年現在、アジア水鳥センサスに対する日本の窓口は環境省野生生物課ですので、必要に応じてご連絡下さい。

付表.条約湿地選定基準6に用いる日本の水鳥個体群の1%基準値一覧(別ページ)

付録:1%基準値適用作業用エクセルファイル(ZIP圧縮:9

謝辞(付表のページ)

引用文献(アルファベット順)

アジア・太平洋地域渡り性水鳥保全戦略国内事務局 [注]
((財)日本野鳥の会 自然保護室)
191-0041 日野市 南平2−35−2 WING
TEL 042-593-6871 / FAX 042-593-6873
環境省インターネット自然研究所
「渡り鳥生息地ネットワーク」
http://www.sizenken.biodic.go.jp/flyway/

注:「アジア・太平洋地域渡り性水鳥保全戦略」は、2006年11月6日をもって発展的に解消し、現在は同日発足した「東アジア・オーストラリア地域フライウェイ・バートナーシップ」(EAAFパートナーシップ)に活動が移行しています。ただし、現在はまだ移行期間中で、当該地域の活動体制および国内の活動体制が確定しておらず、前戦略下における活動体制、組織名称としました。

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