Keiko Lee 

感動の warm voice/To All Keiko Addicts!



1995年、ソニー・ミュージック・エンタテイメント(SME)よりアルバム「イマジン」を
リリースし、デビュー。以後、同レーベルより2作目「キッキン・イット・ウィズ・ケイコ・
リー」(96年)、3作目「ビューティフル・ラブ」(97年)、4作目「イフ・イッツ・ラブ」(98年)、
ミニ・アルバム「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」(99年)をはさみ、5作目「デイ・
ドリーミング」(同)と、立て続けにリリース。2000年春には6作目となる待望のライブ
アルバム「ライブ1999」が発売され、同年秋にはローマで録音した最新作「ローマからの
手紙」が発売された。(2001年1月現在)
台湾やシンガポール、ホンコン、ソウルなどのアジア諸都市でも精力的に活動し、
好評を博す。「スウィング・ジャーナル」の人気投票では98年に国内ボーカルで1位、
その後も毎年首位をキープするなど、いまやその人気と実力は、大変なものである。



と、以上はざっとおさらい。CDの完成度の高さもさることながら、実際に一度そのライブ
に足を運んでみなさい、これはもう、彼女の人気の高さの理由が、たちどころに理解
できるってもんです。 下らぬ無駄話や余計な愛嬌を振りまくでもなく、シンガーとして
唄うことだけに全神経を集中させています。そのヴォーカルの、なんと深くて暖かいこと!

こころから唄を愛し、慈しむように、一曲一曲をじっくりと丁寧に歌い上げる。 その唄に
は、ひとりの女としての恋や愛の感情はもちろんの事だけど、それよりもひとりの人間
としての、より根元的で、もっと深くて寛い愛に裏打ちされたストレートな魂の叫びが
あって、そこん所に、大きくこころ揺り動かされるんですねえ。 この小柄でキュートな
身体のどこから、こんなパワーとエネルギーが生まれるの?って、つい訊きたくなるくらい。

スローなバラードであれ、アップテンポな4ビートであれ、一曲一曲、目を閉じて全霊を
傾注して、熱くパワフルに唄い上げる様は、まさしくディーヴァそのものの貫禄と妖艶さ。
それでいて、一曲歌い終えて客席の拍手に応える時の、あのチャーミングな笑顔は、
少女のように天真爛漫で、その落差に思わず戸惑わずにいられないのが、不思議な
魅力だったりするのです。

また、彼女のライブに足を運ぶと、彼女がいかにファンとのこころの絆を大切に
しているか、容易に発見できます。ライブが終了して疲れてはいるでしょうに、
熱心なファンからのサインや記念撮影にも大変気さくに応えていますし、
ソニーのホームページのファン掲示板にも、彼女自身が度々書き込みを
していて、ファンの大きな楽しみになっています。
彼女のファンの多くが、ファンの域を越えて、Keiko Addicts(ケイコ・リー中毒)
になってしまうのが、なるほどと頷けます。



マイルス・デイヴィスやビリー・ホリデイにも、かつてはレコードを聴く度にこころ揺り動か
され、何度となく泣かされたモンですが、ケイコ・リーには、何故かそれに近い、いや、
それを凌ぐ感動を覚えるのです。一体、この人はどういう人生を送ってきたんだろうか?
少なくとも日本のジャズミュージシャンで、このように技巧を超越して感動を呼ぶプレイ
ヤーに、お目にかかった事がないのです。 95年に「イマジン」でメジャーデビューする
までの約10年を、地元である名古屋(出身は半田市)のライブハウスやクラブで、ピア
ニストとして地道に過ごしたという事らしいですが、その間に体験した様々な事が、彼女
のいまの唄の、良いこやしとなってるんでしょうなあ、きっと。なんて、想像するよりほか
ないけれど、そんな事を声高に感じさせないところがまた、おしゃれな所でもあり、ちょっと
ミステリアスな所でもあるのですねえ。 

それは、シンガーとしての彼女が、それまでもっとも馴染んでいたであろう、日本名の
「山本敬子」でも、本名の「李敬子」でも、あるいは「リー・キョンジャ」でもなくて、ほか
ならぬ「ケイコ・リー」であるところが、おおいにミソなんだなあ。



ところで、彼女の全CDを通して感動を覚えるのは、彼女の歌のひとつひとつが、先述
したような寛く深い人間愛に根ざしていることと、生に対する限りない肯定的態度に
貫かれている事。その真骨頂は、ミニ・アルバムと、「デイ・ドリーミング」の2枚に収録
された「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」一曲を聴けば、容易に体験できます。一般
に名曲と言われるこの曲だけれど、個人的には、サッチモを含めて、かつて一度もイイナ
と感じた事がなかったのです。ところが、です。ケイコ・リーのこの曲を聴いて初めて、
涙が止めなく流れ落ちるほど感動してしまいましたですねえ。 ありふれた、いままで
聴いてきた凡百の「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」には決して感じられなかった素晴
らしさに、彼女の唄で初めて気が付きましたねえ、これが。それも、クルマの運転中、
にですよ。感動の涙に前方も不注意となり、しばし停車を余儀なくされましたねえ。
なんて言うか、そう簡単に口に出しては言えない、いろんなキズや重荷も背負ってない
と、こういう曲をこんな風に歌えないし、聴けませんから、ねえ。 

このへんのところは、「イマジン」や、「ビューティフル・ラブ」の中のオリジナル曲「ラブ・
イズ・オール・ゼア・イズ」、「イフ・イッツ・マジック」とか、「デイ・ドリーミング」の中の
「ノーバディ・ノウズ・ザ・トラブル・アイブ・シーン」や「ア・チャイルド・イズ・ボーン」など
にも共通している部分じゃないですかね。本当に、スルメをかじるように、何度聴いても、
飽きることなく感動を味わえる、いい曲揃いですねえ。



加えて、彼女のCDデビューが、実にジャズらしい、美しいアネクドウトに飾られている
事も、捨て置けない点であります。地元ジャズ・スポットのオーナーたちや有力な協力
者たちの力添えを得ての、グラディ・テイトとの出会いとNYでの初レコーディング、メジャ
ーレーベルとの契約。心づよいプロデューサーやスタッフにも恵まれているのでしょう、
特に3枚目の「ビューティフル・ラブ」以降の、音楽面プラス、トータルなアートディレクショ
ンとプロデューシングの勝利とでも言える、商品としてのCDの質感の高さも軽視出来
ません。実力と中味が濃いけりゃ、ジャケットはイモでも、ってのは、時代錯誤ですよね。
CDのデザインやカラーコーディネーションもおしゃれで、毎回ささやかな楽しみのひとつ
となっています。スタイリストやヘアも3作目以降良くなったと思います。

特に企画という点では、「ビューテュフル・ラブ」はアルバム全体が「愛」を巡っての一編
のストーリーとなっていて、まるで宝石を散りばめたような美しい歌詞で満ち溢れています。
アート・ファーマーの美しいトランペットと、ケニー・バロン・トリオの鉄壁のバッキング
については、言うまでもありません(バッキングと言う事さえ恐れ多い!)。
音質も非常に素晴らしく、また曲の構成自体はビリー・ホリデイの「レディ・イン・サテン」
をリスペクトしている点がポイントかな?それに他のスタンダードナンバーやポップナンバー
をうまく織り交ぜて、味わい深い作品に仕上げています。
ビリーのアルバムでもそこまでは気付かなかった楽曲の深さにあらためて
聴き入ってしまう、素晴らしい作品となっています。

それぞれのピースを追ってくと、こんな流れのストーリーになるでしょうか。


Beautiful Love

それは、美しい恋へのナイーブな憧憬からのはじまり。
夢見るような甘い愛の季節を経て、
熱い恋の夏をむかえる。
同時にそれは、ひとつの恋の
終わりのはじまり.... 

けだるい夏の終りとともに、あなたは変わってしまった。
もうお別れね、ってわかっているけど、嘘でもいいの。
今夜はひとりにしないで.....

恋に破れた私は、それを打ち消したいかのように、
ちょっと速く歩きすぎ、ちょっとたくさんしゃべりすぎ、
ちょっとみんなより笑いすぎる。

でも、他に何ができるっていうの、
ひとつの恋が終わってしまったというのに..... 

あなたの仕打ちはひどいけれど、
いつかきっと、あなたには私が必要だったって、気づくはず。

今となっては私はもう他の誰かのもの
あなたと会ってはいけないわ。
せつないけれど、あっちへ行って、リトルボーイ。
ずっといてね、ってすがる前に....



うーん!泣かせるじゃありませんか!
本当に、涙がでるほど美しい宝石のような歌詞ばかりです。

ひとりの女としての個の愛は、やがて "Love is all there is" で、よりひろく大きい人間
愛の賛歌として、一気に昇華され、続くスティービー・ワンダーの "If It's magic" で
宇宙的でユニヴァーサルな規模へとアウフヘーベン(笑)!される。

個人的には、ケイコさんオリジナルの "Love is all there is" こそ、
ケイコさんのメッセージの集約であると感じ、もっとも感銘を受けた作品です。

愛は人生の最高の贈り物
金や銀よりもっと大切
愛はひどく見つけにくいものだけど
与えることはとても簡単

ぐっと来ますねえ! この曲を聴いていると、ケイコさんは感性的にはジャズ
よりむしろスティービー・ワンダーの方に、根元的には深く影響を受けているんじゃないか
とも思えてきます。 ともすれば、こうした企画が全面に出てくるアルバムとなると、
作品ごとの内容的な深さが薄れてしまう可能性が大だけれども、ケイコさんのは決して
その失敗をしていません。

また、このアルバム以降、何よりも美しいのは、ギターの吉田次郎さんという、素晴らしい
genius、音楽的パートナーとのコラボレーションを得たことで(2作目の「キッキン・イット」
では、制作捕として関わってはいましたが演奏は入ってない)、これは本当に amazing!
ですね。英文のライナーに「タック&パティのアジア版か」みたいに書いてたけど、そりゃ
ちょっと違うでしょ、って感じ。ダイアナ・クラールとラッセル・マローンだって目じゃない(笑)。
次郎さんの変幻自在でインスピレーションがほとばしるようなヴィルテュオーゾプレイ
を聴けば、上手いと思うマローンでさえ、所詮チャーリー・クリスチャンの亜流にしか
思えなくなってきますから。
ダイアナ・クラールはメシ食いながらBGMで聴けるけど、ケイコさんはそんな風には聴け
ないもの!本当に、ケイコさんと次郎さんのデュオは、ずっと浸っていたい気分になるって
もんです。

最新作の「ローマからの手紙」は、たった一人のピアノの弾き語りで、暖かくて
深い味わいに、思わずジーンときて何度も何度も聴きかえしてしまいます。
ピアノの弾き語りでは、カーメンのダグでの歴史的ライブを記録した
「alone/as time goes by」に匹敵する素晴らしさで、
ケイコ・リーの良さが最高に表現された一枚であると思います。



ライブであれ、CDであれ、彼女の素晴らしさに接すると、彼女から与えられる感動や
悦びや勇気があまりにも一方的に大きすぎて、それを与えられるこちら側に出来る事と
いえば、精一杯こころからの拍手や歓声でその喜びを表現するか、CDを全部買うか、
せいぜい、何千円也かのライブチャージを払う事ぐらいしかなくて、そのアンバランスな
ギャップの大きさに、実にもどかしい思いを禁じ得ないのです。

今までビリー・ホリデーやエラ・フィツジェラルド、サラ・ヴォーンやカーメン・マクレーの
録音を聴いていて、フムフムなかなかヨイではないかという所までは行ったんだけど、ジャズ・
ヴォーカルでここまで感動したのは、実に、はじめてなのであります。声の素晴らしさで
感激したのはジャズ・ヴォーカルよりもむしろオペラのほうで、それもこれだけ強烈に KO
されたのは、ワルトラウト・マイヤーくらいでしょうか。

ナマのマリア・カラスやデル・モナコには間に合わなかったし、一番好きな '50-'60年代
の頃のナマのマイルスにも間に合わなかったけれど、ナマのケイコ・リーをこの耳と目で
コンテンポラリーに体験できるしあわせ。

ケイコ・リーさん、本当に素晴らしい歌声で、いつまでも感動を与えて下さい。

追記)その後のケイコさんの活躍はご存知のとおり。アルバム「wonder of love」では、ロックや
    ポップス、ブラコンの幅を広げファン層が拡大し、日産ステージアのCM"we will rock you"は
    大ブレイク。ケミストリーのアルバム参加も話題になり、「星たちとの距離」を収録した、
    初のベストアルバム「voices」もジャズ界では異例の大ヒットを記録。2002年12月現在
    最新作「sings super standars」では、お馴染みのスタンダードを、ケイコ・リーならではの
    世界で聴かせてくれている。


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