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ラムサール条約から考える琵琶湖の保全

村上 悟

NPO法人 アサザ基金

はじめに

 ラムサール条約には「湿地の保全(賢明な利用)」の達成に必要なことがらが系統的に整理されている.したがって,それに照らし合わせることで,これまでの琵琶湖での取り組みを評価し,今後の課題を明らかにするのが本稿の目的である.
 しかし残念ながら,琵琶湖ラムサール研究会ではまだその作業を本格的に行えていない.
 そこで,本会のメンバーでもある安藤元一氏が過去にまとめた琵琶湖での課題表を提示するとともに,第2部でとりあげた個々の課題について再整理を行う.

「ラムサール戦略計画1997-2002」から見た琵琶湖保全

 現時点におけるラムサール条約の狙いをよく表しているのは、条約本文よりも第6回締約国会議(1996年)で採択された「ラムサール戦略計画1997-2002」であろう。この戦略は8項の総合目標、28の実施目標および128の具体的行動からなり、現在は2000-2002年作業計画が進行中である。
 安藤元一『ラムサール条約登録湿地として見た琵琶湖』(琵琶湖研究所所報,2000)の中に示された表3は,この「戦略計画」に照らし合わせた琵琶湖の保全の現状と課題を,安藤元一氏がまとめたものである.
 今後,この表の拡充や,具体的な施策の提案を行っていきたいと考えている.

今後の主な課題(第2部のまとめとして)

環境教育のターゲットの拡大,関係者間の交流

 CEPA(広報・教育・普及啓発)について,滋賀県ではせっけん運動以来,行政のみでなく住民による啓発活動も盛んである.特に,県内の全小学生が乗船するフローティングスクール「うみのこ」は,滋賀県が誇れる教育プログラムであろう.
 しかし,その内容は多くが水質汚濁の問題に偏っており,生き物や人の営みを含んだ湿地の持つ多様な価値や機能・意味を伝えていくようなプログラムはまだ多くない.
 これは,活動を行う人々自身が「教える」ことに専念して他者に「学ぶ」姿勢が弱かったためではないだろうか.
 今後は,水質の問題に関わってきた人々と生物の問題に関わってきた人々との間の交流や,自然環境に直接関わりをもってきた第一次産業従事者へのはたらきかけなどを通事,視点や知見を広く共有していくことが課題であるといえよう.
 その際,湿地の保全という共通目標を達成していく上で,行政やNGO,政策決定者など,包括的に湿地保全に携わる人々にはラムサール条約そのものについての理解を深めることがきわめて有用であると思う.
 行政関係者については,2000年に琵琶湖ラムサール条約連絡協議会が発足した.この協議会が,関係職員間の能力向上の場となることを期待している.

侵入種への対策と生態学的特徴の変化の把握

 琵琶湖での侵入種と言えばブラックバスとブルーギルのことと思われがちであるが,水生植物,貝類,ハ虫類など,さまざまな生物が琵琶湖への侵入を果たしている.
 琵琶湖に起きている大きな変化の中で,こうした生物が琵琶湖に与えている影響は決して小さくないと思われるにもかかわらず,その影響を把握する研究や制御に関する研究はほとんど行われていない.ましてや異なる生物の専門家の交流もまだまだ乏しい.
 現在の学会にはこうした研究に対して低い評価を与える風潮があると聞くが,生態学にも新しい知見をもたらす可能性もあるこのような分野に多くの研究者が携わることを期待したい.
 また,そうした研究の展開と同時に,愛玩生物の放棄を通じた新たな侵入などを防止するための広報活動を積極的に行う必要がある.
 そのためにも,単に釣り人と漁師の対立をあおるだけのような論争は早く終わりをむかえることが必要である.

各種の湿地目録の作成

 湿地の破壊は,その湿地の持つ機能や価値・意味に対する無理解から起こることが多い.したがって「湿地のミティゲーションから見た4つの決議文」で述べられているように,さまざまなタイプの「目録」を作成し,保全が必要な湿地を事前に公にしておくことは,その生息地にかかわる開発計画を抑制し生息地の保護を進めるうえで大きな役割を果たす.
 琵琶湖の湖岸目録,内湖目録,河川目録,泥炭湿地目録,各市町村の代表的な湿地目録など,さまざまなタイプの目録を,行政やNGO,研究者がそれぞれの必要性に応じて作成することが必要である.

意識的なフライウェイネットワークの活用

 「アジア太平洋地域における湿地保全のための国際協力の枠組みを提供する水鳥の渡り」で述べられているように,琵琶湖はガンカモ類の重要生息地ネットワークに参加している.これは琵琶湖がガンカモ類にとって国際的に重要な生息地であるということが世界的に認められているという証しである.したがって琵琶湖の保全の活動は,この国際的重要性を将来世代にわたって確保するための活動であり,世界に貢献する活動である.
 そうした保全活動とあわせて,他の参加地との交流や情報交換を行うことで,保全に携わる人々のの能力を向上させるとともに,ガンカモを通じた平和交流が可能となる.
 すでにロシアのズベズドカン湖とは,オオヒシクイというガンを通じて小学生の間や関係者間で交流が行われている.こうしたつながりを広げていくことで,琵琶湖に関わることが世界につながることであるという実感を多くの人が共有することができるであろう.

コーディネータの育成

 「地域社会による湿地の賢明な利用に向けて」「ラムサール条約における河川流域管理と湿地管理の統合に関する取り組み」の中で述べたように,今後の湿地保全においては利害関係者同士のコミュニケーションをいかに円滑に行えるかが鍵になってくる.
 したがって,湿地に関する自然的・社会的知見を有し,さまざまな人々の間を取り持つことのできるコーディネータの育成が不可欠である.
 欧米ではNGOがその役割を担うことが多いようだが,日本ではまだNGOに対する認識も,NGO自体の能力もまだ不十分であることが多い.
 「地域社会による湿地の賢明な利用に向けて」の中で紹介した霞ヶ浦のアサザプロジェクトが,さまざまな機関をとりこみ,湖と山林をつないだ事業を展開できている理由の一つとして,主催するNPOを生み出した市民団体がプロジェクトの開始前に霞ヶ浦の総合的な保全計画(「霞ヶ浦ローカルアジェンタ」)を作成していたことが挙げられる.
 私たちの行おうとしている琵琶湖の現状の総点検と課題整理は,まさにその基礎づくりである.一人でも多くの方に参加していただき、共に琵琶湖とその周囲の総合的な湿地保全をすすめていきたいと考えている.

琵琶湖ラムサール研究会,2001年11月10日掲載.

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