ごあいさつ

Profile

 福井 生(ふくい いくる)

(知能に重い障がいをもつ人たちの家 止揚学園 園長)

1966年滋賀県にある止揚学園に生まれる。生まれた時から知能に重い障がいをもつ子どもたちと共に育つ。同志社大学卒業後、出版社に勤務。しかし、子どものころから一緒だった仲間たちがいつも頭から離れず、止揚学園に職員として戻ってくる。その後、25年目となる2015年7月15日から園長となりました。知能に重い障がいをもつ仲間たちから「優しい心」について教えられながら、生命と真剣に向き合う日々です。


2016年度寄付金趣意書より

今こそ心のつながりを

 止揚学園のこれまで、皆さまの温かいお祈りとお支えの中で、知能に重い障がいをもつ仲間たちの笑顔を守ってくることができました。この笑顔は、全ての人が仲良く生きていくための大切な「ことば」であり、この見えない「ことば」に耳を傾けつつ歩んでくることができましたのも、皆さまのお陰でございます。本当にありがとうございました。そして、これからも私たちは、仲間たちと同じ歩調で歩んでいるのかと、自らに問いかけ続ける姿勢をもち続けます。 
 ある日、入園している仲間の勇人さんのお母さんが、この子は人と関係をもつことが難しいと話されるのです。小さい頃から、物に対する執着心が強く、一つの事にこだわるとなかなか前に進めず、周りの人を困らせてしまうのです、と。私は勇人さんの止揚学園での様子をお母さんに話すことにしました。
「♪冬のよるは 湯たんぽが一番 ぼくはみんなに ぽかぽかはこびます♫」
と、歌いながら勇人さんは皆の布団に湯たんぽをいれてくれるのです。みんな勇人さんが心をこめて用意した湯たんぽの温かさに、身も心も温められて眠りにつくのですよ。だから、勇人さんは皆と深く結ばれているのです。」お母さんは、涙をながされました。 私は、そんなお母さんを見つめながら、先にお母さんが言われていた、勇人さんが結べないと言われた「人間関係」について考えていました。言葉を交わし、あるいは、メールを送信し合うことだけが人間関係ではないのです。 
 こんにち、止揚学園発足当時とくらべてみると、あからさまな差別的な言動は少なくなりました。でも、それと同じくして、仲間の人たちの所へ、自らが足を運び、共に歩んでいこうとする人も少なくなってきています。仲間たちはコンピューターによってつくられた仮想の世界にではなく、現実の世界で今、生きています。でも、手と手のぬくもりがなければ、同じ歩調で歩んでくれる、人と人との心のつながりがなければ、命は守れないのです。 仲間たちは、私たちにいつも笑顔をむけてくれます。食事の時、温かいお鍋の蓋を開けた湯気の向こう側に。入浴後、気持よさそうな頬のほてりに。また、なくてはならない排便がその日の内にあり、ほっと一安心し、笑顔を交わし合うその内に。人と人、心と心がつながる、温かい「人間関係」があることを教えてくれるのです。 
 九州、東北、各地で災害により困難な生活をまだまだされている方々のこと覚え、お祈りいたします。そして、その中で厚かましいお願いをしていることと分かりつつ、それでも皆さまに、これからもお祈りとお支え、お励ましを続けて下さいますよう、心よりお願い申し上げます。そして、止揚学園の仲間たちの笑顔に出会いにおいで下されば、喜びです。                 

       止揚学園 園長 福井 生(いくる)

2015年寄付金趣意書より

見えないものを

私は、止揚学園の創立者 福井達雨の二男として生まれ、四十九歳になりました。現在は園長を引き継ぎ、知能に重い障がいをもつ仲間たちの生命に向き合う日々を過ごしています。
 入園している仲間たちとは、生まれた時から兄弟のように育ちました。前嶋さんという女性は、私より五つ年上で、私を「いくる」の「る」だけをとって「るーちゃん」と呼んでいました。赤ん坊の私をおんぶしたり、私の乗っている乳母車を押すことをとても楽しみにしていたそうです。事実、私も前嶋さんのことを頼りにしていました。 
 こうして私たちは一緒に大きくなりました。私は高校生になり、遠い学校へ行き、寮生活を始めました。久しぶりに止揚学園に帰ってきた時、忘れられない出来事が起こりました。前嶋さんが私を見て、少し考えた素振りをしてから、初めて出会った人のように「おにいちゃん」と呼んだのです。その時、何とも言えない寂しさを感じました。まるで、心の中で大切にしていた何かが 終わったかのようでした。
 それから私は、このまま、止揚学園の障がいをもつ仲間たちとの関係を、懐かしい思い出として胸の内にしまい、皆から離れて生きて行くことができるだろうかと悩みました。そして、「仲間たちに育てられたのだから、次は私が仲間たちを支える番だ」と決断しました。このような思いから、大学を卒業後、仲間たちとの生活が始まりました。
 先日のことです。前嶋さんのお母さんが召天されました。静かにしている彼女が心配になり「大丈夫ですか」と尋ねました。すると、「かみさま、おかあさんといっしょ」と、迷うことなく、しっかりとした口調で話してくれたのです。その一言は、私の心に強く響きました。
 この社会には沢山の人がいます。仕事ができる人、有名な人、そうでない人。それでも、前嶋さんのように、確信を持って、人の心に熱く響く言葉で思いを伝える人は少ないのではないでしょうか。そして、その言葉の中には、確かな救いがあるのです。
 やはり、前嶋さんは、私にとって頼りになる存在だなと、胸が熱くなりました。高校生の時、寂しい思いから、一人で奮起し、仲間たちを支えなくてはと思ったことは間違いだったなと、気づきました。
なぜなら、前嶋さんは「お兄ちゃん」と呼ぶことで、これからも一緒に歩んでいこうと呼びかけ、私を受け入れ、励ましていたのです。それは、終わりではなく 新たな始まりだったのです。
 これからも、こんなふうに 仲間たちから優しい心を育てられながら、創立時からの理想である「見えないもの」を見つめつつ、共に歩んでまいります。
 五十四年間、皆様が優しい愛を私たちに降りそそいで下さり、ありがとうございまいた。感謝で一杯です。
そして、これからの止揚学園の新しい一歩、そのゆっくりした歩みも覚え、お祈りとお支えをいただけますなら こんなに嬉しいことはございません。
 どうぞ よろしくお願い致します。
         止揚学園 園長 福井