琵琶湖水鳥・湿地センター ラムサール条約 ラムサール条約を活用しよう

湿地のミティゲーションから見た4つの決議文

須川 恒,琵琶湖水鳥研究会 2001年6月

もくじ

ラムサール登録湿地の境界変更と湿地生息環境の代償(決議VII.23)
失われた湿地生息地と機能の代償(決議VII.24)
湿地保全と賢明な利用のための国の計画の一要素としての湿地の復元(決議VII.17)
湿地目録の優先順位(決議VII.20)
湿地目録とは−水鳥の生息地目録から見たその役割−



著者注:この文は『自然環境とミティゲーション』(ソフトサイエンス社近刊)中の「鳥類の生息環境におけるミティゲーション」(須川恒担当執筆)の稿をホームページ用に改稿したものである.

はじめに

 湿地は,ここ半世紀ほどの間に人的改変の影響を大きく受け,絶滅に瀕する湿地にかかわる種も急速に増加している.湿地のこれ以上の破壊を避けるためには新しい環境アセスメントの過程で重視されているミティゲーション(緩和と訳される,事業の回避・影響の低減・代償などをあらわす)の考えが無視できない.
 ミティゲーションの具体例としては,愛知県における鳥類の生息地の保護を配慮して,事業の回避や大幅な低減化が計られた最近の事例が多くの人々に知られている.一つは名古屋市のゴミ処分場予定地として開発予定があったシギ・チドリ類の渡来地として重要な藤前干潟である.名古屋市は人工干潟の創設を並行して事業を進行しようと計画していたが,自然保護団体等の反対や最終的には環境庁の判断が藤前干潟の保護に大きく向かわせることになった.もう一つは,瀬戸市海上の森における国際博覧会計画において,オオタカの営巣地が確認されたことが重要な要素となって,当初の計画が大幅に変更されることになった.
 湿地の保護と賢明な利用(湿地の価値を減じない持続的利用)がキーワードとなっているラムサール条約でも,その文脈でミティゲーションも重要な考え方ととらえている.
 もちろんミティゲーションを考える際には,今後の開発に際して,湿地の破壊を避ける観点だけでは不十分である.つまり,現在残存する湿地の破壊を今後の開発から避けることはもちろんであるが,既に多くの事業によって大きく破壊されてきた湿地の社会的な価値を再確認し,湿地の復元につながる21世紀に行うべき事業を把握する視点を含むべきである.
 1999年5月にコスタリカで開かれた第7回締約国会議の中からミティゲーションを考える際に無視できない上記の4つの決議文の趣旨について紹介する.
 また,ミティゲーションを考える際に特に重要と考えられる湿地目録の考え方を水鳥および湿地にかかわる鳥類を通して紹介する.


* ラムサール条約決議 VII.23 本文(和訳):ラムサール登録湿地の境界変更と湿地生息環境の代償

より詳しく

* 『ラムサール条約のねらいと役割』M・スマート(当時:ラムサール条約事務局次長)1992年10月「アジア湿地シンポジウム」での講演をひらく.

1)ラムサール登録湿地の境界変更と湿地生息環境の代償(決議VII.23)

 ラムサール条約の締約国は少なくとも1ヶ所登録湿地を定め,湿地の保全や賢明な利用を国際的にも情報公開しつつ進めることになっている(日本では釧路湿原・琵琶湖をはじめ2000年現在11ヶ所,計83.725km2が登録湿地となっている).
 ラムサール条約締約国は,緊急の国家的利益のために登録湿地の削除や縮小をする権利が認められており,その際には「できるだけ湿地資源の喪失を補うべきであり」,水鳥の保護などのために「新たな自然保護区を創設すべきである」と条約(第4条2)の中で述べており,この手続きを明瞭にすることを決議では求めている.緊急の国家的利益に際して最高レベルの影響評価を実施することや,生息地の代償などミティゲーションに関して経験を有する締約国にその情報提供を要請している.
 日本の登録湿地は,琵琶湖を除くと国設鳥獣保護区の特別保護地区(許可無く自然の改変ができない)といった国の管理が厳密に確保された場所が多く,このような境界変更の問題は起こりにくいが,逆に登録湿地となる要件がきつすぎて,登録湿地が増えにくい背景ともなっている(参照:登録湿地の考え方についてはマイク・スマート氏の講演を参照).


* ラムサール条約決議 VII.24 本文(和訳):失われた湿地生息地と機能の代償

2)失われた湿地生息地と機能の代償(決議VII.24)

 多くの国で湿地が喪失または劣化してきており,先進国を中心に,ここ50年間に70%もの面積の湿地が消失している.効果的な湿地の保護のためのミティゲーションとして,まず影響の回避による湿地の保全,影響の低減化,最後の手段としての代償がある.
 これらの取り組みは,欧州連合では生息地指令や「ナチュラ2000」に基づく政策,米国では湿地の機能の価値全体で正味の損失は出さない(ノーネットロス)といった政策表明によって,先進国の施策として取り込まれつつあり,締約国各国の政策にこれらの原則を組み込むように要請するとともに,湿地生息地の代償に関するガイドラインを2002年の次回締約国会議に提出するように提案している.
 なお決議の中で紹介されている米国のノーネットロスの政策の考えはミティゲーションを考える際に参考になる.事業によって湿地の破壊が不可避であっても,その事業によって破壊される湿地以上の規模の面積を他に確保して復元させ,目的とする湿地の機能が完全に回復したことが確認された場合にのみ事業の進行を認めるという考えであり,代償の原則とも言える考え方である.カリフォルニアの開発に際して,広大な面積のコアジサシの営巣地などがこの考え方によって復元されている(参照:大城明夫(1996):コアジサシの人工繁殖地を訪ねて−アメリカ・カリフォルニア−,BIRDER,1996年10月号,66-72.).


* ラムサール条約決議 VII.17 本文(和訳):湿地保全と賢明な利用のための国の計画の一要素としての湿地の復元

3)湿地保全と賢明な利用のための国の計画の一要素としての湿地の復元(決議VII.17)

 湿地の復元や創造は,喪失または劣化した自然の湿地にかわりうるものではないとはいえ,湿地の保護とともに復元計画を行えば人間と野生生物の双方に大きな利益をもたらす.締約国の国別の報告の中で76の締約国が国内で湿地復元活動をしていると報告したが,国家の湿地政策の一環として行われている国はまだごくわずかである.
 さらに湿地の「復元や機能回復のプログラムやプロジェクトにおいて検討すべき要素」を指摘した付属書の中で,環境面の利益,費用対効果の判断,地元住民への利益の事前評価が重要であることを指摘し,実験的なプロジェクトであれ成功させれば将来の復元プログラムやプロジェクトの発展に大きく貢献すると述べている.


* ラムサール条約決議 VII.20 本文(和訳):湿地目録の優先順位
* ラムサール条約決議 VII.17 本文(和訳):湿地保全と賢明な利用のための国の計画の一要素としての湿地の復元

4)湿地目録の優先順位(決議VII.20)

 国単位で包括的な湿地の目録が作成されている必要があるが,そういった目録を作成している国はないか,あったとしても極めて少なく,地球全体の湿地資源の現況を把握することが困難な背景となっている.この決議の趣旨は,特にリスクが高く情報が乏しいとされて見過ごされがちなタイプの湿地について優先的に目録作成を行うべきことを推奨している.
 湿地の喪失や劣化についてのその国の湿地の情報を把握する目録を作成する際には,各湿地の復元の可能性を記述するとともに,最も優先して復元計画を行うべき湿地の特定につながる情報を得るように要請している(この部分は決議VII.17に述べられている).
 日本国内の課題は,湿地目録そのものの役割を明瞭に理解できる実例を明らかにすることであると考える.最終的には湿地の総合的な目録によって多面的な湿地の価値を把握すべきではあるが,当面は以下に述べるような水鳥の生息地目録を通して湿地目録の役割を理解することが重要であると考える.


注1 目録 (Inventory) とは

 「Inventory」には財産目録の意味がある.財産目録がないと,財産の管理はできず盗人に盗まれていても気づかない.文化財に対しては公共の財産としての意識が強く,財産目録が管理できる専門家を行政機関も多くかかえているが,次世代に伝えるべき自然財の財産目録の作成や管理に関しての体制は極めて貧弱で,当面は行政だけでなくNGOや研究者など必要と感じた人々が自主的に作成し公表するしかない.
 自然財の目録としては全国版または地方版の希少種の目録 (Species Inventory; レッドデータブック) があり,生息地目録と連携させることで自然財の管理が可能となる.ただし,レッドデータブックなどの作業で明らかにされる希少種は,希少性故に情報が得にくく,また分布情報が公開されにくい点がある(密猟やフォトハンターの影響などを恐れる).しかし,水鳥の生息地目録は,普通種の水鳥のデータによって湿地の重要度を示すことができ,多くの人々が情報を共有しやすい点を注目すべきと考える.


より詳しく
* 『水鳥を通して知る琵琶湖周辺の注目すべき湿地の存在とその保全』(須川恒.2000.琵琶湖研究所所報18号: 97-103)をひらく

5)湿地目録とは −水鳥の生息地目録から見るその役割−

  1. シギ・チドリ類の渡来地湿地目録
  2. 雁類の渡来地目録
  3. ツバメの集団塒地の目録
  4. 琵琶湖のヨシ群落と営巣種

 貴重な生物の生息地があることがわかっていても,その情報が開発計画者や保全部門の行政機関に充分に伝わらず,開発計画が動きだした時には手遅れになってしまうという例が数多くある.貴重な生息地をあらかじめ公に明らかにすることによって,その生息地にかかわる開発計画を抑制し生息地の保護を進めることが可能となる.
 特定の動物グループに着目した生息地目録(Habitat Inventory(注1))は,その生息環境を保全するため情報集(データベース)である.独自の調査や各地の観察者の協力を得て,各種の生息地の利用状況,保護上の課題,参考となる資料・地図などの基礎的な事項について集約し,全国的に(あるいは地方単位に)生息地の状況を俯瞰した情報集である.
 ガンカモ類やシギ・チドリ類などの水鳥は,大規模で質の高い湿地に多数集結するため,それらの種の生息地目録は,すなわち国内にある重要な湿地の目録となる.
 ラムサール条約では,水鳥の個体数によって国際的に重要な湿地を示す基準を持っている.一つは20,000羽以上の水鳥が定期的に渡来することであり,もう一つは,個体群の1%以上の個体数(東アジアのその種の推定個体数の1%以上)を越えている水鳥が1種でも定期的に渡来する場合である.また,その国に渡来する個体数の1%以上が渡来する湿地は国内的に重要な湿地であるという示し方もされる(ガンカモ類の個体数から見た琵琶湖の国際的重要性については,須川恒(2000)の表2:琵琶湖ガンカモ科水鳥の個体数とラムサール条約の基準を参照).
 以下に上記の4つの水鳥および湿地にかかわる鳥類の目録を示す.
 水鳥などの生息地目録を作成する手法は,まだ実例も少なく初歩的な段階であるが,地域の課題を把握し,国内に効果的にミティゲーションを定着させる上でも非常に有効な手法であると考える.いずれもインターネットによる公開など,社会的にも影響力を持ちうる力のある目録をつくることが当面の課題であると考えている.

a.シギ・チドリ類の渡来地湿地目録

 藤前干潟の保護に対して環境庁が示した判断を理解するうえでは,新しい環境影響評価法の手続きの中で,環境庁の関わりが大きくなったことに加え,環境庁が1997年に作成したシギ・チドリ類の湿地目録(環境庁(1997)「シギ・チドリ類渡来湿地目録」環境庁自然保護局野生生物課)が,藤前干潟の重要性を示す上で大きな役割を果たした点にも注目すべきである.この目録では,シギ・チドリ類の渡来数から見て国際的および国内的に重要と判断される干潟(または他の湿地)が把握されている.重要性の判断には,前述したラムサール条約の水鳥の個体数による基準が使われているが,春秋の渡り期に中継地として干潟を利用するシギ・チドリ類の場合は,最大確認数の4倍は渡来しているものと推定して,総数5,000羽以上,個体群の0.25%以上の個体数が確認された種が存在する場合は国際的に重要な湿地と判断している.
 この湿地目録によって諫早湾(長崎県),藤前干潟(目録では,名古屋市,庄内川・新川・日光川河口と記載されている),汐川干潟(愛知県),谷津干潟(千葉県),三番瀬(同じく千葉県,船橋海浜公園と記載)などがシギ・チドリ類の大規模渡来地であり,多くの種が中継地や越冬地として利用する重要な干潟として国際的にも重要な湿地であることが示されている.しかし1997年に農水省の干拓事業として諌早湾の湾口がせき止められ,この国際的に重要な湿地の一つを国として保護することができず,シギ・チドリ類の渡来数が激減した.
 名古屋市の廃棄物処分場建設計画は,面積約120haの藤前干潟のうち,46.5haがゴミ処分場として埋め立てられることになり,この計画がこのまま実行された場合には,干潟の環境が悪化し,シギ・チドリ類の渡来状況にも大きな悪影響をおよぼすことが予想された.この計画について,代替地の検討(回避策の検討)が不十分な点が特に問題となり,人工干潟も,前述したような機能の代償が確認されてから事業が行われるといったものではなく,影響が緩和される有効な手段とは考えられなかった.
 (なおシギ・チドリ類が渡来する干潟の保護に関する全国的な状況が総覧できるホームページができればその意義は非常に大きいと考えている.このようなホームページができれば,今後この部分で紹介させていただきたいので,そのようなホームページ作成の計画を進めておられる方(機関・団体)からのコンタクトを望んでいる.)


注2 蕪栗沼における湿地復元計画

 蕪栗沼(図1のT4B地点)は宮城県北部田尻町にある4万羽を越える雁類の渡来地となっている約100haの沼である.1996年に,遊水池としての機能を増すために県によって全面掘削計画が立てられたが,グリーンツーリズムなど環境保全型農業を求める中で沼の価値を探っていた町関係者と雁類生息地を保護しようとする人々が連携して,県の掘削計画を撤回させ,沼の価値を啓発する諸活動を開始した.
 沼に隣接している約50haの白鳥地区を沼に戻すという事業が開始され,水鳥類の生息環境が大幅に改善され,また宮城教育大学による支援(フレンドシップ事業)を受け,付近の小学校の総合学習の場や建設省の水辺の楽校プログラムなどの湿地の価値の教育・啓発普及の場として利用しやすい環境が生まれた.さらに,多様な生物の生息が可能な不耕起栽培による農業経営の模索や,冬期に田に水を張ることによるガンカモ類の越冬地の拡大,一方では水鳥による農作物被害補償条例の町による制定といった沼の環境保全と農業との共生の動きが短期間の間に進んだ.ラムサール条約締約国会議などの場で成果を発表するなど国際的交流の機会も増え,町の人々自身が,自分達が守った湿地の価値の大きさを確認しつつある.これらの情報の詳細は,非常に充実したホームページ(蕪栗ぬまっこクラブ)でご覧いただきたい.
 なお,掘削をしないで遊水池としての貯水容量を増加させ,湿地の乾燥化を防ぐ方法として,地下水を汲み上げる手法が提案されている(高田直俊(1999)蕪栗沼の環境保全と農業の共生をめざして 第9回 遊水池としての側面,わたしたちの自然(日本鳥類保護連盟発行),1999年1/2月号(No.443),8-11).


より詳しく
* 「東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワーク」のHPをひらく

注3 ツバメの塒地保護のための代償事業例

 宇治川向島のヨシ原(図2のK1地点)には,京都盆地のツバメが全て集結する規模の大きな集団塒地が1973年に発見され,毎年6月〜10月ねピーク時(8月)には最大3万羽ものツバメが利用している.この河川敷にあるヨシ原は,建設省によって自然地区として保全の方向が決まっていたが,河川敷を横切って,道路建設のための架橋建設計画がおこった.橋の位置を変更するなどの回避策は困難であったため,破壊されるヨシ原の代償計画として,モトクロスバイクなどによってに荒れ,塒地としては利用されていなかった河川敷の一部に,架橋建設によって生育できなくなるヨシの地下茎が移植された.この結果,移植され定着したヨシ原が既にツバメの塒地の一部として利用されたことが確認されている.
 この事業は小規模ではあるが,架橋工事着工以前に,橋脚がかかり破壊されるヨシ原(約400m×幅約50m=約2ha)以上の約2.5haの規模の代償地を創生し,その塒地としての機能を既に確認しているという点で,全体として湿地の破壊を避けるという代償の原則を満たしている例と言える.もっとも,道路は塒地となるヨシ原に接しており,道路としての供用開始後に,影響なく塒地として利用されるかどうかを今後とも注目する必要がある.
 なおこの代償事業の詳細は以下を参照されたい:高田直俊・有馬忠雄・白取茂・村上興正(1999)宇治川におけるツバメの塒地としてのヨシ原の創生,関西自然保護機構会報,No.21: 257-270.


より詳しく
* 『水鳥を通して知る琵琶湖周辺の注目すべき湿地の存在とその保全』(須川恒.2000.琵琶湖研究所所報18号: 97-103)をひらく

b.雁類の渡来地目録

 戦前には全国に渡来していたマガンやヒシクイなどの雁類は,過剰な狩猟や湿地の開発のために九州や四国から,さらに太平洋ベルト地帯から姿を消し,現在では山陰,北陸,東北地方と近畿地方・関東地方の極一部でのみ越冬するようになっている.1971年にマガンとヒシクイは天然記念物として狩猟対象からはずれ,個体数そのものはかなり回復したとはいえ,一端失われた渡来地はほとんど復活していない現状である.

図1 (23KB)
図1 渡来地目録で情報が集められた雁類渡来地(宮林 1994)
 このため,民間団体の雁を保護する会が,ガン類の渡来地をあらかじめ公に明らかにすることによって,渡来地に関わる開発計画を抑制し渡来地の保護を進めるために,日本国内のガン類渡来地目録作成作業を行い,第1版を1994年に出版した(宮林泰彦(編)(1994)ガン類渡来地目録 第1版,雁を保護する会,若柳,316pp).この目録は,図1に示す国内の51ヶ所のガン類の渡来地について,各地の観察者の協力を得て,ガン類の渡来状況や渡来地保護上の問題点,渡来地への行き方・地図などの基礎的な事項を,詳細な情報が必要な場合の問い合わせ先ととも集約し,渡来地の状況を全国的視点から俯瞰した情報集である.
 この目録を見ると,ガン類が,国内に残された質の高い湿地を探りあてて,渡りの際の中継地や越冬地として利用している状況が理解できる.同時に,ガン類の渡来地となっている湿地が,実に様々な保護上の問題を抱えていることがわかる.
 雁を保護する会は,この渡来地目録を各渡来地に関わる諸機関や諸団体に配布し,渡来地保護についての理解を求めた.その結果,それまで多かった雁類の渡来地となっている湖沼を助成金を獲得して開発するなどの計画がかなり抑制され,また小規模な改変が行われる場合も,事前に保護策を積極的に検討する例が増加した.
 つまり渡来地目録はさまざまな立場の機関や団体が渡来地の保護に向けて「触媒的な役割」を果たす情報集と言える.また単なる開発抑制だけではなく,このような資料を踏まえて,各地の情報交換も熱心に行われ,エコツーリズムや地域振興の核としてそれらの湿地の価値を地域的に活用する方向へと向かっている例も出ている(注2).
 1999年5月より東アジアのラムサール条約締約国が中心となって,東アジア地域ガンカモ類重要生息地ネットワークのプログラムが始まり,国内でも多くの雁類の渡来地を含む14ヶ所の生息地が加入した.これらの生息地では,地域レベルの活動を世界レベルへつなげる枠組みの中で活動が進んでいる(参照:同重要生息地ネットワークのホームページ).
 なお第1版の雁類渡来地目録から5年以上がたち,各地の渡来地の状況や保護活動の進展に関する情報が増加したため,インターネットによる公開を前提とした第2版作成作業が雁を保護する会によって進行中である.

c.ツバメの集団塒地の目録

 人家の軒先で営巣していることで人々に親しまれているツバメは,営巣終了後秋の渡りを開始するまでの間,夕方になると半径10〜20kmもの範囲から特定の場所に集まり,集団で夜を過ごす集団塒(ねぐら)の習性を持っている.その塒地(じち)としては,平地内で最も規模の大きいヨシ原が選択されることが多い.ツバメの集団塒地に利用されるヨシ原は多くの種類の鳥類が繁殖地や越冬地,渡り期の中継地として利用し,また湿地性の希少植物の生育地であることが確認される場合が多い.つまりツバメの集団塒地を通して,地域の人々は身近にある貴重な湿地の存在を知ることができる.
 ツバメの集団塒地の保護のためにも目録作成にあたる作業を行うことが重要である.1981年時点では近畿地方で把握されていた塒地は9ヶ所だけだったが,その後各地の観察者の努力で確認される塒地が増加し,図2に示すように1998年には近畿地方で47ヶ所(季節的に移動する地域における塒地を1ヶ所と数えると27ヶ所)の塒地に,最大2〜3万羽ものツバメが集結していることが確認された.
 塒地の保護のためにはできるだけ早く発見されることが必要で,例えば大阪府南部で1994年頃に発見された塒地はいずれも開発計画が予定されていた.一方,塒地の存在が多くの人々に認知され,観察会やさまざまな調査が実施されている所では,塒地の保全策が進んでいるところが多く,また開発計画が起こった場合には,積極的な保全策がとられる場合があった(注3).

図2 (29KB)
図2 近畿地方におけるツバメの集団塒地の位置(須川 1999)
 近畿地方の塒地となっているヨシ原の面積と就塒最多羽数の関係を整理したところ,ヨシ原が5ha以上より広いと最多羽数は5,000羽以上と多く,毎年安定して形成される場合が多かったが,塒地の面積が5ha未満と狭い場合には,同一地域内で移動を繰り返す不安定な集団塒が多かった.
 このような目録を作成して検討することによって,ヨシ原を創生したり面積を拡大する必要性がある地域が判明してくる.半径10〜20kmもの広い範囲の中に塒地が形成できるヨシ原をただ1ヶ所確保することは,それほど社会的にも困難とは考えられない.
 近畿地方に関するツバメの集団塒地の詳細は,以下を参照されたい,須川恒(1999)ツバメの集団塒地となるヨシ原の重要性,関西自然保護機構会報,No.21:187-200.
 近畿地方では,長年かかってやっとツバメの塒地の分布が把握できた.他の地方では,多くの塒地となっているヨシ原がその価値を知られないまま消滅していると思われる.集団塒地塒地の分布は,単年度の全国的なアンケート調査では把握することは困難で,地方単位に継続的に情報を集める人々が出現し,全国的にその情報や経験を交流する機会ができることを望んでいる.

d.琵琶湖のヨシ群落と営巣種

 琵琶湖湖岸は過去の様々な開発の結果,孤島状にヨシ群落が残っており,これらの群落は滋賀県のヨシ群落保全条例によって保全される対象になっており厳重に保護すべき区域の設定や植栽による復元などが進められている.このヨシ群落の規模が大きいと営巣する水鳥等の種類も増加する.規模の比較的小さい群落でもカイツブリとオオヨシキリが営巣しており,中規模(概ね1ha以上)になるとオオバンやカルガモが,さらに大規模(概ね8ha以上)になるとカンムリカイツブリやサンカノゴイが営巣している.
 琵琶湖湖岸のヨシ群落に関しても,目録作成の考え方によって,湖岸別に保全上の課題を把握することができる.琵琶湖の湖岸線約220kmを5kmごとの44ブロックにわけ,ブロック単位に保全上の課題を把握した.この詳細については須川恒(2000)を参照していただきたい.



[ Top ] [ Back ]

琵琶湖水鳥・湿地センター ラムサール条約 ラムサール条約を活用しよう

Copyright (C) 2001 Ramsar convention's group for Lake Biwa . All rights reserved.