琵琶湖水鳥・湿地センター ラムサール条約 ラムサール条約を活用しよう

琵琶湖研究所所報 第18号 (2000年12月)
特集記事 水鳥の保護と湿地保全(2)
[ 97-103頁 ]

水鳥を通して知る
琵琶湖周辺の注目すべき湿地の存在とその保全

須川恒

龍谷大学

1.水鳥と湿地

図1 (16KB)
図1 ブロック位置図

(大津市・志賀町境界を始点に左回りに湖岸距離を示した)

編注:倍のサイズの図1(425 x 600 pixel)を別ウィンドウに開きます

 滋賀県はヨシ群落保全条例を制定し,また琵琶湖をラムサール条約の登録湿地とするなど,湿地保全の方向に大きく動こうとしている.琵琶湖とその周辺の湿地保護のためには「湿地の価値は何か,その価値を減じる変化をどのようにとらえるか」「湿地の保全すべき目標をどのように設定するか」といった多くの問に適切に答える必要がある.
 水鳥は湿地の生態系の中で重要な位置を占める.水鳥のメリットは,水中にある淡水魚や水草と違って,少しの訓練と装置があれば,湖岸からでも容易に観察できる点であり,水鳥は多くの人々が湿地を多面的に知ることができるツールとして活用できる.以下には,琵琶湖における既往調査に基づいて,水鳥を通して琵琶湖周辺の湿地保全を考えるためのいくつかの手がかりを紹介する.

2.ヨシ群落で営巣する水鳥と湿地にかかわる鳥類

2.1 ヨシ群落の規模と営巣種

編注:表1を別ウィンドウに開きます

 琵琶湖湖岸には孤島状にヨシ群落が残っているが,この群落の規模が大きいと営巣する水鳥等の種類も増加する(Sugawa,1993;須川編,1996).規模の比較的小さい群落(概ね0.2ha以上)でもカイツブリとオオヨシキリが営巣しており,中規模(概ね1ha以上)になるとオオバンやカルガモが,さらに大規模(概ね8ha以上)になるとカンムリカイツブリやサンカノゴイが営巣する.
 琵琶湖の湖岸線約220kmを5kmごとの44ブロックにわけ,図1に示す各ブロック内で最大面積のヨシ群落について胴長靴をはいて内部を踏査し営巣する水鳥(および湿地にかかわる鳥類)のペア数を把握する調査を行った(須川編,1996,調査の実施は1993〜1995年の営巣期),表1に,それぞれのヨシ群落の規模と繁殖ペアの確認数を示した.全44ブロック中,ヨシ群落が確認されたのは25ブロックで,ヨシ群落が全く確認されなかった群落は19ブロックだった.ヨシ群落が全く確認されなかったのは,ほとんどが地形や冬期の風波の影響によりヨシ群落の自然生育条件が無いブロックであるが,大津市街地など(ブロック5と6など)は,埋め立てなど人為的要因のために,ヨシ群落がない.
 ヨシ群落が確認された25ブロックの中で,面積が小さい3ブロックは,繁殖ペアは全く確認されず,何らかの繁殖ペアが確認された22群落でも,群落の規模が小さいものは,オオヨシキリやカイツブリのみが営巣していた.

2.2 営巣地となるヨシ群落保全上の課題

 ヨシ群落で営巣する鳥類を通して,以下のように,ブロック別にあらわす湖岸単位にヨシ群落保全上の当面の課題が設定できる.

1)営巣する種数と繁殖ペア数ともに多い,規模が大きいヨシ群落のあるブロック

 このようなブロックはブロック2,10,25などあまり多くはない.これらのブロックでは群落の保全を軸にした営巣状況などの調査や管理が必要である.

2)ヨシ群落の規模が小さくて,全く営巣する鳥類がいないか少ないブロック

 これらの湖岸では,ヨシ群落生育の基本的条件は存在すると考えられるので,ヨシ群落の規模を拡大するなどの修復事業が必要である.この際には中規模以上のヨシ群落でないと営巣しないオオバンなどの種が安定して営巣するヨシ群落を形成することが目標となる.
 注目すべきなのは,ヨシ群落の植裁事業によって形成されたヨシ群落が,すでにそのブロック(ブロック7,8,17,23)で最大規模のヨシ群落になっている点で,その中の2ブロック(ブロック7,8)ではオオバンを含む3種の繁殖ペアが確認されている.しかし植裁ヨシの工事では構造的には水生のヨシ群落が形成されるようになっているものの,通常の水位で水に浸かっている部分が少なく,カイツブリの浮巣などが形成されにくい場合が多い.ヨシ群落の植栽や管理にあたっては質的な向上が今後の課題と考える.

3)全くヨシ群落がないブロック

 全くヨシ群落がないブロックは,北湖北岸・北湖東岸部などのように,地形や冬期の風波の影響によりヨシ群落の自然生育条件が全く無いブロックと,南湖の大津市街地のように,生育条件はあるが人為的に失われたブロックがある.
 前者の湖岸は,岩礁や砂浜,内陸部では珍しい海浜植物群落の存在など,むしろヨシ群落には関わらない湖岸の価値が存在し,保全の対象ともなると考える.
 後者の湖岸では,まず小規模であれ水鳥が営巣可能なヨシ群落の復元を計るべきであろう.

3.ツバメの集団塒地

3.1 ツバメの集団塒地とヨシ群落の規模

 軒先で営巣しているツバメは湿地とは無関係に見えるが,営巣終了後秋の渡りを開始するまでの間,夜になると特定の場所に集まって集団で夜を過ごす集団塒(ねぐら)の習性を持っており,その塒地(じち)として平地内で最も規模の大きいヨシ原が選択されることが多い.
 近畿地方では1998年までに47ヶ所の塒地が確認され滋賀県でも琵琶湖周辺で3ヶ所と西の湖にある4ヶ所のヨシ原で集団塒が発見され,毎年継続的に形成されていることが確認されている(須川,1999).近畿地方の塒地となっているヨシ原の面積と就塒最多羽数の関係を整理したところ,ヨシ原が5ha以上と広いと最多羽数は5000羽以上と多く毎年安定して形成される場合が多いが,塒地の面積が5ha未満と狭い場合には,同一地域内で移動を繰り返す集団塒が多かった.

3.2 塒地となるヨシ原の保全

 近畿地方で塒地として確認されたヨシ群落は,琵琶湖下物地区,宇治川向島地区や淀川鵜殿地区,円山川下鶴井地区など,近畿地方でも重要とされるヨシ群落を全て含んでいる.つまり,ツバメの集団塒地の探索は,平地内において最も重要な湿地を発見するという機能を持っている.
 近畿地方で確認された47ヶ所の塒地のうち,将来的に何らかの保全計画があって残存が保証されている塒地は7ヶ所にしかすぎない.もっとも,この7ヶ所のうち3ヶ所はヨシ群落保全条例によって保全される方向性がきまっている面積も広い滋賀県内の塒地であり,塒地の保全という観点からもヨシ群落保全条例が重要な役割を果たしている.滋賀県における課題は,塒地となっているヨシ群落の保全計画をより明瞭にすることと,半径10〜20kmもの広大な範囲から集結する数万羽のツバメの群れの観察会などを通して,多くの人々にその意義を伝える事である.

4.越冬する水鳥

4.1 ガンカモ類の個体数が示す琵琶湖の国際的重要性

編注:表2を別ウィンドウに開きます

 秋になると,北国から多数の水鳥が渡ってきて琵琶湖で越冬する.水鳥の中ではガンカモ科の鳥が特に多く,表2には,琵琶湖全湖で越冬するガンカモ科の水鳥の数を示した.ラムサール条約は,その湿地がどのように国際的に重要なのかを認識するために,その湿地に生息する水鳥の数による基準を決めている(ラムサール条約第4回締約国会議第2勧告文付属書).
 そのような基準のひとつは,20,000羽以上の水鳥が定期的に渡来することで,琵琶湖の場合,ガンカモ科の水鳥だけで78,000羽が渡来することが確認されており,渡来する水鳥全体の数によってまず国際的に重要であることが認められる.
 もう一つの基準は,「1%基準」と呼ばれているもので,特定の種(または亜種)の個体群全体の大きさの1%以上の数の個体が定期的に渡来することである. このような種が少なくとも1種あれば,条約の登録湿地となる要件を満たす.
 琵琶湖は,表2に示すように5つもの種(コハクチョウ,オカヨシガモ,ヒドリガモ,ホシハジロ,キンクロハジロ)の生息数が1%基準を越えており,琵琶湖が水鳥にとって国際的にたいへん重要な意義を持っている湿地であることが確認されている.また,表2に付記したように,日本全体に渡来する数の1%値を越える種も9種ある.
 1999年2月7日におこなわれたワールド・ウェットランド・デイin琵琶湖における取り組みの『琵琶湖一周水鳥カウントライブ』によって,調査は短時間であったが,表2に示すようにこの基準を越える水鳥の数が確認されている.

4.2 ガンカモ類越冬地保全上の課題

 琵琶湖においては,全国的調査の一環として県により毎年1月にガンカモ類の一斉カウントが実施されている.このような一斉カウントは毎年のガンカモ類の渡来数の多少を知る上では重要な情報が得られるが,琵琶湖におけるガンカモ類の正確な個体数や分布を客観的に検討するため資料としては不十分で,このような資料は1989年に琵琶湖研究所の湖岸景観共同プロジェクトにおいて平船を用いて全湖岸をカウントする詳細な調査を実施するまでは得られていなかった(須川,1990).その後同様の調査を琵琶湖がラムサール条約登録湿地になったことにともなう調査として1994年に実施している(須川編,1996).今後も数年おきに,水鳥を通して琵琶湖の湿地の重要性を検討できる調査を実施することが必要である.
 ガンカモ類は湖心部には少なく,沿岸部全域に分布するが,特に琵琶湖南湖東岸の津田江〜木の浜付近,琵琶湖北湖の長浜〜延勝寺付近,安曇川デルタの今津〜安曇川付近の3ヶ所の分布密度が高いことが判った(須川,1991;須川編,1996).
 1%基準を越えるガンカモ類は,水草などを昼間採食するタイプのコハクチョウ,オカヨシガモ,ヒドリガモと,潜水して貝類など底生生物を採食するホシハジロとキンクロハジロである.国際的にも重要な意義を持つガンカモ類の越冬地の保全のためには,これらのガンカモ類の分布と湖岸域にある水草や底生生物といったガンカモ類を支えている資源との関係を把握する必要がある.
 1%基準値は,個体群の認識が変われば変化する.特に琵琶湖にとって今後注目すべきは,湖北地方で越冬する亜種オオヒシクイの1%基準値である.現在は東アジア全体の個体群をひとまとめに1%基準が設定されているが,日露共同の首輪標識調査や,越冬地で衛星発信機を装着した調査などによって,琵琶湖を含む日本海側に渡来する亜種オオヒシクイがカムチャツカで営巣し,日本を主たる越冬地とする地域個体群を形成していることが判明しつつある(尾崎他,未発表).つまり1%の基準値が小さくなり,琵琶湖で越冬する亜種オオヒシクイも1%基準値を越える可能性が高くなりつつある.

5.まとめ

5.1 湖岸情報の概括

編注:表3を別ウィンドウに開きます

 このような調査にもとづき,全湖岸に関して分布情報の得られた水鳥および湿地にかかわる鳥類のいくつかグループから見て湖岸域の重要度を一望できるように情報を概括表(表3)にまとめた.営巣期・越冬期の水鳥やツバメの集団塒地などの分布情報から,図1に示す湖岸線5キロごとのブロック別に重要度や保全上の目標などを示した.
 営巣期・越冬期の水鳥やツバメの集団塒地が形成される区間は,越冬期の水鳥が多く分布する前述した3ヶ所において重なる部分が大きい.これらの場所は,基本的には琵琶湖の中でも遠浅で,冬期の波があまり強くなく,結果的にヨシ帯や水草帯が発達してる湖岸である.

5.2 全体としての課題

 琵琶湖周辺の湿地の保全のためには,まず,多くの人々が水鳥を通して湖岸湿地の存在を生き生きと把握できるシステムを構築することが第一の課題と考える(須川,1994;須川,1997).この点では,概括表で明らかになっている水鳥から見て重要な3ヶ所の湖岸に,それぞれ,湖北町湖北野鳥センターおよび琵琶湖水鳥湿地センター,新旭町水鳥観察センター,県立琵琶湖博物館といった水鳥と湿地の関係を啓発しやすい中核的施設があって活動していることが大きな手がかりとなる.このようなセンターの機能を連携させて,各湖岸の情報が,学校などの地域社会にきめ細かく伝わっていく仕掛けの構築が必要と考える.
 琵琶湖の湖岸に関してのシステムの構築と並行して,琵琶湖に流れ込む河川,内湖や池などの湿地についても同様の考え方で展開していくことができるであろう.

参考・引用文献


著者ならびに滋賀県琵琶湖研究所の承諾を得て掲載.2001年6月1日.

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第1部:ラムサール条約とはなにか?

  1. 『ラムサール条約とは』
  2. 『ラムサール条約のねらいと役割』
  3. 『ラムサール条約とこれからの湿地保全のありかた』
  4. 『水鳥を通して知る琵琶湖周辺の注目すべき湿地の存在とその保全』
  5. 『東アジアガンカモ類ネットワークの発足とその意義』
  6. 『湖北地方のオオヒシクイの生態と生息地保全』
  7. 『ラムサール条約登録湿地として見た琵琶湖』

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