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ラムサール条約における河川流域管理と湿地管理の統合に関する取り組み
決議 VII.18 河川流域に湿地の保全と賢明な利用を組み込むためのガイドライン

村上 悟,湖沼会議市民ネット/琵琶湖淀川流域委員会琵琶湖部会委員 2001年6月

もくじ


決議の背景
決議の意義
わが国における取り組みと課題
今後のスケジュール

[コラム]
他の国際的な枠組みとの関係

概要

 川は,私たちが生きていく上で欠かせない水を運んでくれます.
 しかし,川はきまぐれです.大雨がふれば,怒涛のいきおいであらゆるものを洗い流し,日照りがつづけばからからと乾いてしまう.
 湿地は,そんな川を穏やかになだめ,静かに水を送り出しす役割を担っています.さらに湿地は,水を浄化し,魚介類をはじめとする多くの生きものを育みます.もし琵琶湖が存在しなければ,京阪神にこれだけの人々が住まうことは不可能であったでしょう.
 しかし,湿地の生物保護をすすめてきた人々は,こうした水文学的な湿地の価値にあまり注目してきませんでした.逆に,水文学的に湿地の管理をすすめてきた人々は,湿地生態系のしくみや価値に注目してきませんでした.このガイドラインは,これまで別々の業務の中で行われていた水資源管理と湿地生態系の保全を統合することをうたっています.
 具体的には,人間の水需要だけでなく他のいきものが必要とする水資源の需要も見積もること,その需要の管理に必要な費用を流域全体で分担するしくみ作りなどを奨励しています.水循環を大きく変えてしまう大型事業を減らすために,雨水利用や再利用などをすすめて,河川からの水需要を減らすことも奨励されています.そして何より,上下流のさまざまな立場の人々が一堂に会して議論する場を設けることの必要性も述べられています.
 琵琶湖においても,京阪神の水需要の増大を根拠にすすめられた琵琶湖総合開発が,琵琶湖の生態系に影響を与えています.琵琶湖の機能や価値を経済的に再評価すると同時に,水需要を減らしつつ,琵琶湖をはじめとする淀川流域の管理を上下流で公平に負担する仕組みづくりが必要だと思います.
 なお,近年琵琶湖の周囲で盛んになりつつある,湿地に流入する河川からの汚濁負荷をいかに減らすか,という視点からの流域管理についての細かなガイドラインは,まだラムサール条約の中からは生まれていないようです.


* ラムサール条約決議 VII.18 本文(和訳):河川流域に湿地の保全と賢明な利用を組み込むためのガイドライン
* ラムサール条約決議 VII.18 付属書(和訳):河川流域に湿地の保全と賢明な利用を組み込むためのガイドライン

より詳しく
* ラムサール条約決議 VI.23(和訳):ラムサールと水
* ラムサール条約と生物多様性条約の両条約事務局の1998-1999年の共同作業計画英語原文

関連の深い文書
* ラムサール条約決議 VII.8 本文(和訳):湿地管理への地域社会及び先住民の参加を強化するためのガイドライン
* ラムサール条約決議 VII.9 本文(和訳):1999-2002年ラムサール条約普及啓発プログラム

他の国際的な枠組みとの関係

 ガイドラインの中では,以下に挙げる3つの国際的な動きに重点が置かれています.

 なお,世界水協議会が主催する第3回世界水フォーラムが2003年に京都を中心に行われます.
 ただ,こうした動きは,地球温暖化条約に関するCO2の排出権取引と同様,水が政治的・金融的な取り引きの対象となっていくのではないかという懸念もあります.今後の動きに注目する必要があるでしょう.

 また,陸水の生物多様性の保全を最優先事項と特定した生物多様性条約の第4回締約国会議では,ラムサール条約との共同作業計画が採択されています.

決議の背景

 この決議は,世界的に水資源の枯渇が問題になる中,「水資源の保全」に果たす湿地の役割をクローズアップするなかで成立しました.その転機となったのが第6回締約国会議で採択された決議VI.23「ラムサールと水」で,この決議ではラムサール条約に水文学的な視野を取り込むことを奨励しています.
 それを受け,地球環境ネットワークがプロジェクトリーダーとなり,条約事務局の協力を得ながら,1998年にオセアニア,1999年にアジアで行われた会議などを通じて各地域での実績や知見をとりまとめました.
 さらに16人の専門委員会を設置し,プロジェクへトの助言を続けてきました.この委員会には,2003年に京都・滋賀・大阪で「第3回世界水フォーラム」を開催する予定の世界水協議会(WWC)や,世界銀行などからも人材が登用されていました.

決議の意義

 この決議の大きな意義は,これまで別々のセクションで行われてきた水資源の保全と湿地生態系の保全を統合しようという呼びかけを全面に打ち出していることです.このガイドラインではそれを「統合的河川流域管理(Integrated river basin management)」と呼んでいます.
 その視点を持つことで,湿地の生態系を乱さない水需要の目標設定や,生態系の保全や復元に必要なコストの流域負担などが可能になります.
 また,統合的河川流域管理の計画策定や実施には,さまざまな機関や地域社会が参加する協議の機会が必要であるとも述べられています.決議VII.8(地域社会の参加を促進するガイドライン)や決議VII.9(普及啓発プログラム)と併せて目を通されることをおすすめします.

 ガイドラインは,以下のように構成されています.

  1. まず,「統合的な河川流域管理」とは何であり,その実現のために必要な手続きは何であるかが,政府レベルから地域レベルにかけて記されています.
  2. 次に,水管理において湿地が果たしている役割を評価し,それを強化する手続きが記されています.
  3. そして土地利用や開発が湿地とその生物多様性に与える影響を最小限に抑えるための手引きが記されています.
  4. これに加えて,湿地環境を維持するために自然な水の挙動を維持することの重要性とその手続き,および
  5. 複数の国にまたがる河川(日本にはありませんが)における管理,他の条約や機関等との連携といった国際協力に関する手続きが記されています.

 第8回の締約国会議までに,締約国はガイドラインを促進・実施する実験的な活動やプロジェクトを行い,成功例や教訓を会議で持ち寄ることになっています.

 ただし,近年琵琶湖の流域で盛んになっているような,湿地に流入する河川からの汚濁負荷を減らすための概念や手続きについては,あまり触れられていません.しかし,発展途上国(という表現は好きではありませんが)のように流域の人口集積が高まっている地域では,こうした問題への対処が急務であると思います.この分野は,琵琶湖から世界に発信していける分野ではないかと思います.


国際的な・海外のさまざまな取り組みへのリンク
* ラムサールツールキットに掲載されている流域管理に関するケーススタディ(英文)
* Earth Force−年少者を対象としたアメリカ発祥の河川環境教育プログラム

日本国内のさまざまな取り組みへのリンク
* 全国水環境交流会へリンク
* 琵琶湖淀川流域委員会へリンク
* 国土交通省河川局へリンク

わが国における取り組みと課題

 まず,政府の枠組みを考えます.「統合的河川流域管理」が”水資源保全”と”湿地生態系保全”から成り立つと考えると,水資源の”質”は環境省,”量”は国土交通省河川局や農林水産省が管轄してきたと言えます.対して湿地生態系保全には,”資源保全”の立場から水産庁が,”自然環境保護”の立場から環境省が関わってきました.しかしこれらの省庁がいっしょになって「統合的河川環境管理」を進められているようには見えません.
 ただしその中でも河川を総合的に管理しようとし始めているのが,国土交通省河川局を中心とした行政体系です.河川管理におけるバイブルは河川法という法律ですが,この法律が1997年に改正され,それまで治水,利水のみであった河川の管理目標に「環境」が加えられました.ホームページでも,同省河川局が市民参加型の川づくり,多自然型工法,自然復元について積極的に取り組んでいることがアピールされています.
 とはいえ,「環境」に対する概念も,市民参加の手続きもまだあいまいです.その一方で,ダムや堰など,大型の水資源開発への住民運動は古くから存在しています.水や土砂の質や流れが変わることによる河口域の生態系への影響,地域固有の生活文化の破綻,土砂の堆積による貯水能力の低下など,大型事業による弊害が多く発生したためで,これらの事業が残した物理的,心理的な傷は,今も癒えていません.

 こうした負の遺産を残してしまった原因をこのガイドラインに照らすと,日本の公共事業の2つの欠点が見えます.
 1つは事業の環境経済学的評価の欠落です.利水や治水によって生じる経済的な便益は算出されても,それによって生じる負のコストが十分に算出されていなかったり,あるいはすでに存在している山林や自然湿地の価値を算出していなかったりしているため,自然資源が過小評価されて人為的な事業が過大評価される傾向がありました.環境経済学をツールとして扱える人材が各地に散らばってほしいと願っています.たとえば琵琶湖においても,琵琶湖総合開発の時点で定められた,下流域からの琵琶湖管理費用の支払い額が妥当であるかどうか,再点検を行うことで上下流が一体となった流域管理が可能になるかもしれません.とはいえ,環境経済学も万能ではありません.貨幣で評価しづらいものがあるし,ある資源の貨幣的価値は社会状況によって変化するからです.
 もう1つの欠点は,利害関係者が一堂に会する機会を早期に(そして多くの場合最後まで)作っていないということです.行政が間に立ち,不透明な”調整”を行う手法では,関係者の間に疑念とわだかまりを残します.情報公開と開かれた議論が必要であり,そのためには「流域管理のプロ」とでも言うべきコーディネータが必要となります.
 全国水環境交流会に報告されているように,各地での市民参加,あるいは市民主導型の事業は多く展開されるようになっています.こうした動きの中で行政と市民の対話を深め,経験を共有・蓄積する中で,新たな意思決定のプロセスがつくりあげられていくものと思います.
 河川法ができるまで,江戸時代までは,各藩がそれぞれの自然的社会的条件に見合った河川管理制度を持っていたそうです.いまこそ,そうした地域固有のやり方やあり方を模索するときだと思います.

 なお,琵琶湖を含む淀川流域においては長期の管理計画の策定にあたって淀川水系流域委員会が設置され,住民からの意見聴取の方法等も含めた今後の河川管理に関する議論が行われています.私も琵琶湖部会の委員として参加しています.
 琵琶湖淀川流域から,世界に発信できるような「統合的河川流域管理」が実現できることを目指して,多くの議論をぶつけ合いたいと思っています.開かれた会議ですので,どなたからも積極的ご意見を出していただきたいと思っています.


今後のスケジュール
国内 ラムサール条約
  • 2002年 第8回締約国会議(スペイン)


ラムサール条約決議 VII.18 河川流域に湿地の保全と賢明な利用を組み込むためのガイドライン
本文(和訳)付属書(和訳)

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