berlin

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ベルリンも、ウィーンと並んで音楽史に欠かせない重要な都市であるとともに、シーズン
中であれば毎晩のように質の高いコンサートが必ずどこかの会場で行われている、
エンターテイメント的な要素からも是非とも訪れたい文化都市であります。

ベルリンの壁の崩壊から11年。その後も手放しで喜んでばかりもいられない、当事者
のベルリン市民からすれば、お気楽な旅行者が現象面だけを捉えて知ったような事を
言うのは控えるべきかもしれません。しかし、そのお陰で、多くの旅行者が美しい古都
の素晴らしさに気軽に触れ合う事ができるようになったのもまた、事実であります。

音楽シーンに関して言えば、かつて東と西の各々の都市が、それぞれに優れたオーケ
ストラを抱えていたために、統一後のベルリンにはそれまでの東西両陣営のエリート
オーケストラが一都市に6団体も共存することになり、それぞれがしのぎを削ることに
なりました。 旧西側からは、言わずと知れたベルリン・フィルに、ドイチェ・オーパーの
ベルリン・ドイツ交響楽団、ベルリン放送交響楽団、東からは州立歌劇場のシュターツ・
カペレ、ベルリン交響楽団、コーミッシェ・オーパーと、実にややこしいけれども、それぞれ
に実力のあるオーケストラだけに、97年に訪れた時はどれを観ようかと、実に悩んだ
ものでした。もっとも、財政難のベルリン市民からすれば、観光客のために6団体もの
オケを無批判に維持する事は難しく、逆に各団体は助成金カットに猛抗議するなど、
浮かれてばかりいるのは観光客だけなのかも知れません。

ともあれ、統一後は21世紀のヨーロッパの文化・経済の中心地となるべく、ここ数年で
ベルリンは大開発され、大きく様変わりしました。ヴィム・ヴェンダースの名作映画
「ベルリン天使の詩」では、戦後の荒廃したままの殺風景なポツダム広場がロケ地と
なってましたが、訪れた時は再開発の真っただ中で、建機とクレーンがひしめいて
急ピッチで工事を進めていました。最近ここに、ソニーのヨーロッパヘッドオフィスが完成
し、記念に大賀社長がベルリン・フィルを振らせてもらったらしいです。


ベルリン・フィルハーモニー

ベルリン・フィルの本拠地のフィルハーモニーはこのポツダム広場から歩いて数分の所
に位置しています。「カラヤン・サーカス」の異名のとおり、1960年代にカラヤンの肝いり
で建てられたホールの外観は、黄金の巨大サーカステントのようで、隣の小ホール、
近くの国立図書館とともに独特の異形を呈しています。

大ホールの客席は別名「ワイン畑」と呼ばれ、中央のステージに向かって前後左右から
すり鉢状に段差がつけられ、どの席からも指揮者に注目できる構造になっている事は
ご存知のとおり。伝統的なシューボックス形のコンサートホールからはかけ離れた祝祭
空間となっています。音響的にも究められており、ムジークフェラインのような伝統的な
シューボックスホールの音を、暖かく豊かで、そしてまろやかに響く木質系の音とすると
こちらは近代建築の物理特性を活かした論理的な音づくりといった印象で、きらびやか
に響きすぎることなく、かと言ってドライというわけでもない、良い意味でリファレンス的な、
ニュートラルな音だと思いました。

この日は幸運にも、アッバド指揮でバッハの「マタイ受難曲」というエルンストな演目を
聴く事ができました。日本でチケットが手配出来なかったため、ホテルに到着してすぐ
にコンシェルジュやエージェンシーにチケット入手を依頼しておいたのですが、「大体
いつもは楽勝でチケットをおさえられるんだが、今日の演目はブラックマーケットでも
無理だった」との回答。仕方なく、当日立ち見で観るべく、早めにフィルハーモニーの
券売所へ行って並ぶ。立ち見とは言っても枚数はせいぜい2、30枚程度しか売られ
ないという事なので念の為に開場の2時間以上まえに到着すると、すでに5人ほど
並んでいた。ケルンから車で数時間ぶっ飛ばしてきたという音大生らしい女性と、
「自分はフィルハーモニーを観る事が今回の旅行の主たる目的として日本から12
時間以上かけてやって来たモノズキである」旨の、絶対に勝てる「遠方自慢」などで
時間を潰しながら発券を待ち、ようやく(日本円にして千円から千五百円程度だった
かと記憶する)購入し、あこがれのフィルハーモニーへ一歩を踏み入れる事が出来た。

ホールもさることながら、ここの巨大ホワイエ空間も必見の価値があるベルリンらしい
空間です。全体的なコンセプトは、いかにも1960年代、日本で言えば高度成長期の
頃の近代観を象徴したコズミックなイメージでまとめられていて、それが日本の近代
建築が真似をすると、ともすれば陥りがちだった安っぽさとは別次元の代物であり、
均整のとれた階段のデザインひとつとっても実にクールで知的な印象でした。とにかく、
建物の細部のわずかなディテールに至るまで、人間のあたまで考えつくされている、
そういう目の覚めるような近代建築観にあふれた建物があちこちに見かけられるのが、
この街の特徴だったような気がします。東京でいまもそれに近い雰囲気がパブリックに
味わえるところと言えば、ホテルオークラのロビーとかでしょうか。

さて、待ち時間と演奏時間あわせて約5時間立ちっぱなしの苦行でしたが、音楽は
それを忘れさせる素晴らしい演奏でした。でも、どちらかと言うと演奏を引っ張っていた
のは指揮のアッバドじゃなくて、エヴァンゲリストのペーター・シュライヤーだったような
気もします。他の曲によっては華やかさにやや不満の残る事もあるアンネ・ゾフィー・
フォン・オッターのアルトも、こういう曲にこそむしろ向いているのではと実感。
「後悔の涙」のアリアを聴いていると、本当に人間と言うものの弱さはかなさを感じず
にいられませんでした。

宗教色の強い演目のせいか、この日の観客には喪服のような地味ないでたちの老婦人
がやけに目立ちました。エレベーターに乗り合わせた時は本当に息をするのも辛んどそう
な老婦人たちに囲まれ、宗教音楽がいかに生活に密着しているかを実感したような気が
したのであります。


シュターツ・オーパー


旧東側地区にある、ベルリンのシャンゼリゼ通りとでも言うべき美しいウンター・デン・
リンデン通り。その通りの名をとってリンデン・オーパーとも呼ばれるベルリン・シュタ
ーツ・オーパー(州立−または国立とも表記されるが−歌劇場)はバレンボイムの
薫陶によりハイレベルなオペラを提供し、旧西側のゲッツ・フリードリッヒ監督率いる
ベルリン・ドイチェ・オーパー(BDO)と対抗してしのぎを削っています。一見放送局の
ような現代的な外観の BDO に対して、シュターツ・オーパーは古典的なたたずまい
ながら、ウィーンのシューターツ・オーパーにくらべると以外に地味な外観。とはいえ、
両脇の重厚な石造りの折り返し階段が特徴的なファサードは、立派なコリント神殿
風で印象に残ります。この建物の右手に隣接しているオペルン・カフェは、ウィーン風
の美しいカフェ・コンディトライで、内装も豪華でくつろげます。

そこからリンデン通りをブランデンブルク門に向かって西に進み、フリードリッヒ通りとの
交差点を南に少し歩くと、そのあたりには新たに建てられた高級ホテルやおしゃれな
ブティックが軒を連ね、さながらフォーブル・サントノーレあたりのようで、ドイツである事
を忘れそうになります。ここでベーレン通りをすこし西へ入ると、グリンカ通りとの一角に
ベルリン・コーミッシェ・オーパーがあります。


ベルリン・コーミッシェ・オーパー

コーミッシェ・オーパーは、他のベルリンの建物同様に大戦で破壊されたメトロポール
劇場を50年代に改築し、新しいファサードがつけられたユニークな劇場です。すっきり
した現代的な外観とはうらはらに、一歩劇場内に入ると、まるで別の建物がすっぽり
とその中に収められたかのように雰囲気が一転します。劇場内は実に美しいロココ調
の装飾で統一され、まるでフランスの宮殿オペラのようです。 大シャンデリアのまた
美しいこと! 劇場の規模はそれほど大きくはなく、客席は3層でロジェ(ボックス)は
設定されていない。スカラ座とかウィーンのシュターツ・オーパーなどとくらべても遥か
に小ぶりで、おおかた2千人程度じゃないだろうか。それだけに、奏者と客席との距離
感が緊密で、演奏も肩肘張らない、まさにアンサンブル・オペラの醍醐味を味わえる
溌剌としたものでした。「こうもり」と「カルメン」を観ましたが、「こうもり」はクプファーの
演出も新しく、クライツベルク指揮の演奏も快活で、フォルクスオーパーとはひと味違った
「こうもり」が楽しめました。この小屋で育ったヨッヘン・コワルスキーのオルロフスキー
が聴けたのも幸運でした。この演目は、翌年のコーミッシェ・オーパー来日公演でも
演奏され、人気を博したようです。ドイツ語での「カルメン」は違和感があり、カットも多く
「こうもり」ほどは楽しめませんでした。シュターツ・オーパーでギーレンの「ルル」を観て
たほうが、よほど良かったかも知れません。

そのほか、近くのアカデミー広場にはシャウシュピールハウスと呼ばれる美しいコンサ
ートホールがあります。重厚で古典的な石造りの外観だけ見ると非常に歴史ある建物
に思えますが、シンケル設計の元の建物は戦災で失われ、改装なったのは意外にも
1984年と、最近のことです。伝統的なシューボックス型のホール内の印象はほとんど
ウィーンのムジークフェラインに近いものがありますが、何分まだ真新しくてどれもこれも
ピカピカなため、格調や味わいといったものがあまり感じられず、音もなにやら冷たく
間延びして響きそうな印象を受けました。でも、立派なホールに違いありません。

ウィーン同様、ベルリンも短期間の滞在ではとても味わいつくせない知的刺激に充ち
溢れた美しい古都です。ドイツの美しい街というと、メルヘンチックな中世の赤い屋根
の小都市という固定的なイメージが抱かれがちですが、ベルリンはクールで知的な
現代都市の表情と、伝統への憧憬と回帰の入り交じった一面をあわせ持った、実に
興味深い都であります。


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