日々、在りしことども



七夜月三十一日
目が痒い。大風のせいで掃除しきれていなかった部分に溜まっていた埃だか花粉だかが 舞っているよう。さもなくば老化で体調が狂いだしてきたのだろう。

昨日の反動か、今ひとつ焦点のずれた日。
七夜月三十日
本当は夜明け前に行くつもりだったが、まあ足が都合できたので午前中、琵琶湖まで 一面の蓮を見に行く。
やはり今年も増殖しているようであったどこまで広がる気なのやら。灼熱の中、ついでに水連を見たり、アオバナ茶を飲んだり、巨大なガラス管のような中に花と葉を封じた蓮の活け花を見たり、アオバナ豆腐を食したり。
残念ながら蓮の葉で水を飲む機会は逸したが(葉を杯にするのではない。葉の中央から茎の中を 細い管が走っているらしく、葉の上に満たした水を下の茎を咥えて飲む。シュノーケルのようなものか)、ならば自分でせんと蓮の種を買い帰る。
現在、水の中に沈む種五つ。大きく育て。

夜、昨日のこともあり近場の花火を真下で見んと自転車で出掛ける。
例年、家先で見物していたがよくよく考えずとも近所だったと、火花を被るぐらいの気合で川へ。浴衣姿や親子連れに目を細め、一人、夏らしい風情に浸る。

穴場は対岸コンビニ駐車場と、その脇の交差点。浴衣姿は多けれども、野郎に限って言えば似合っていたのはただ一人。浴衣にパナマ帽の兄ちゃん、あんた最高だ、と呟いて終わる。
七夜月二十九日
本当にごく近所で花火。ただし、余りに眠いので窓を開け、夢現に音だけ味わう。
暑過ぎて夜明け前起きの生活でしのいでいるため、ここしばらくはこんなもの。
以上本日。
七夜月二十八日
体脂肪燃焼料理を考えていて、ふと面倒なので直接鷹の爪を齧ればいいと思いつく。
へたを千切って種を出し。おお、これは眠気覚ましに効きそうだと汗を滲ませ、そうして しばらく経って何気なく目を指で擦る。

ラピュタだ。

色に騙されちゃいけない。赤くなかろうとも、飛行石の光はサイトカプシンだったんだ。ラピュタが本当に在るのかは知らないが、ムスカは此処に居た。
七夜月二十六日
早朝、朝顔に油粕。本年は葉切りなどもして、鉢で小さく作ろうと思っていたが、余りの未発達振りに『大きく育てよ』と念を送る。
朝焼けを堪能し――相変わらず当地は無駄に空が広く美しい――珍しくも爽快に始まった一日であったが、昼前後には死亡。世界にクーラーが付いていないのはあんたの間違いだと神を恨む。
夜、酒も食らわずぽつり落ちる雨音を聞く。以上一日、本日も終わる。
七夜月二十五日
辛子豆腐なるものを食す。金沢と京都にしかないという話であったが、容器に『夏の岐阜名物』とあるのは如何なることか。
小さな肉まんのように丸く、頂点には青海苔と思しきものが散らして固めてある。中には辛子が入っており、餡ほどではないが指先ほど、一気食いを躊躇う程度には黄色いものが詰まっていた。
普段から使わない人間なので、割って辛子の大部分を除去し賞味。涼を取るため工夫してきた日本の伝統に思いを馳せる。
七夜月二十四日
昨日の今日で、全ての朝顔に複数の葉が増えていた。ただ、鉢を移しただけだというのに。
これだから植物を気紛れに育てるのは止められない。

『菫画報』1、読了。
余り趣味でなく投げ出してあるが、暇な時にふと手にとって何となく見ては、はまる。
常人とは時代や基本線の違う才能が汁とか謎な何かをぴんぴん四方に飛ばしている。
並ぶ章題を見ただけで伝わってくるものがあり、現代学園ものにガリ版や紙芝居が普通に絡んできて、突っ込みにGHQという単語が飛び出し、変態露出公務員と被害者少女のせつない感動物語がある。

……こういう作家が成長だかシリアス化して『二十面相の娘』が出来上がる訳か。
さて、次は二巻だ。
七夜月二十三日
朝顔を鉢に植え替える。どうして自分のは大きくならないのかと疑問に感じていたが、 小さいポッドで肥料もやらなければ育つはずも無し。余り十分大きいものに移したとは思えないが、とりあえずこれで。肥料は後日。

AMV、という存在を知る。Anime Music Videoの略であり、要は海外のアニメMADのことらしい。音楽(洋楽)に画像を合わせたもので、YouTubeなどで見られ、作品数も多いとか。
昔、それらしき外人作を見たことはあったが、音楽に合わせ脈絡無く様々なアニメの画像が流れるだけの駄作だったと記憶している。
今回、ほんの数作だが鑑賞してみた。普通の出来なものもあれば、高レベルで、原作に対する愛溢れる巣晴らしいものも幾つかあった。
日本の動画MADといえば、ネタか他のアニメOP・EDに合わせた、編集はしてあっても加工が少ないものだと思う。それに対し、こちらは――まあ、そういうものも多いが――思う存分加工を加え、音楽にも綺麗に合わせてあった。
多分、自分が見たのは特に出来の良い作品だったのだと思う。だから、上の感想は余り正確でないかもしれない。が、裾野が広く、頂点に技術と愛迸る名作が鎮座する。それが神が集う名山でなくてなんだろう。
MADの鑑賞が減って久しいが、本日は良いものを目に出来た。目出度し。

――それにしても外人の趣味愛情の結果か、それとも自分が知らないだけで原作がもともとあそこまでの素晴らしい戦闘描写溢れる名作なのか。何度見ても見たりんよ、NARUTOのMAD。
七夜月二十一日
郵便物の受領と発送、冷やし中華の買い溜め。
以前、旨いと聞いていた男前豆腐店のジョニー何某とやらを食してみる。成程、味が濃く豆腐というよりは胡麻豆腐を連想する。冷奴のさっぱり感は楽しめぬが、料理の一品としてこれはこれで悪くは無い。木匙ですくい食すもまたおつか。


七夜月二十日
地元で小学生が襲撃されたらしい。
捕まったのは住所不定無職、ありていに言うと野生の猪。
……。

いや、山の方へ行けば猿や熊に会えそうな『町内』も存在するのはするのだが、駅にも近いあの近辺では初めて聞く話だ。このところの大雨で夜のうちに山より下り来たか、はたまた川沿いの藪を伝い至ったか。
皆にとって余り幸福でない出会いに終わったのは残念である。
そういえば過去に前の川で翡翠を見かけたこともあるし、少し歩けば源氏蛍も普通に飛んでいる。
以前より自分は田舎に住んでいるつもりだったが、山が隣に無いだけで認識が甘かったのかもしれない。
七夜月十九日
このところ体感時間が狂っており、自分の感覚ではまだ六月である。
故に、暦を見て恐怖に震える。爽やかな初夏は何処へいったのか、と。

月初めに嗅いだ梔子の甘い香りだけを思い出す。
七夜月十八日
連日の雨で大分過ごし易くなった。善哉善哉。

夢の中の酒屋でどの地酒を買おうか悩んだことや、バーに足を運んだことはあったが、記憶があやふやになるまで呑んだのは初めてだ。
――自分は今、実は凄い境地に至りつつあるのではなかろうかと思う。
七夜月十七日
雨、近所の古書店にてちょうど探していた本を数冊手に入れる。
雰囲気は良くないが、ブックオフに置いていないような古くてマイナーなものが手に入るのはありがたい。
七夜月十六日
特に無し。ただ、御飯がおいしい。
七夜月十五日
減暑農薬臭雨雷。
七夜月十四日
ネタもないので戯言を。

日本の独善的平和主義という過ちについて。

国際平和とは当然ながら複数の国家間の関係の上に成り立つものであり、『ここまでの軍備で押さえているから大丈夫』『これは大局的に見て国際平和に繋がるものだから』そんな、隣国との関係を全く省みず自己満足に浸るようなものは、真の意味での国際平和ではないと言えよう。そしてこのところの緊迫した極東情勢を見るに、今の日本がこの独善的平和主義であるよう、私は思う。
他国の声に耳を傾けず、自己満足な正義で銃剣を揃えるのではなく、時には隣人の立場に立ち、客観的に自分達を見詰め直してこそ、真の国際平和に繋がっていくのではなかろうか。
自分ではお守りのつもりで銃を構えていようとも、周囲の人々には脅され、命を脅かされているようにしか感じられまい。もっと、現実的な思考が必要なのだ。

そこで、手始めとして日本の軍事力について簡単に考えてみたい。

軍事力と一口に言っても兵器の質、量、兵士の練度、更に引いて国家の経済力や他国との軍事同盟云々まで話は広がる。ここでは簡単に軍の最も基本となる兵士について、隣国である中国、台湾、北朝鮮、韓国と我が国日本を比較してみたい。

現在、日本の兵士といえば自衛隊である。給料の出る、志願制職業軍人。それに、希望者からなる予備役があったかと思う。
予備役の数は少ないと聞くが、――これは案外知られていない話だと思うが、警備会社社員などは準自衛官(予備自衛官のことになるのか?)扱いになり、有事の際には相応の働きを求められるらしい。
日本人自身が想像するより、実際はやや裾野が広い、それが日本の軍人の現状だと思う。

それに対し、まずは北朝鮮。男性に十年の兵役義務。
韓国。同じく男性に約二年の兵役義務。
台湾。男性二年、ただし良心的拒否権有り。
中国。国軍無し。共産党の人民解放軍は志願制だが、法律によってその他の男性は全て民兵予備役という 扱いになる。

以上――何ということだろう、早くも日本の異常性が明らかとなってしまった!
確かに兵役によって働き盛りの男性が長期間社会から切り離され、学問研究や経済産業の発展の妨げになっているという声は強い。だが、逆に考えてほしい。徴兵制度が無い、そのせいで日本一国が地域で飛び抜けた発展をしてしまい、その歪さが今の緊張を呼び込んでいるのではなかろうか。
――地域奉仕も、地元自治会の仕事も、納税の義務すら果たさず、真面目に日々を過ごす皆を尻目に、一人裕福に肥え太っていく卑怯者。そんな人間が、周囲から愛されるだろうか? 信頼や敬意を得られるであろうか? 

否っ。今こそ日本には、我々には最低二年の男性兵役義務が必要なのだ!!

それは国際平和のバランスというだけではない。他人の立場に立ち、他人の痛みを身をもって知ることで隣人の理解を深めようという、基本的な、そしてとても大切な思いやりを形にするということなのだ。
北朝鮮を見よ。ついこの間まで十三年の兵役義務があり、国土はぼろぼろ、餓死者は続出、今でも物資や食料を数十トン単位で恵んでもらわなければやっていけないにも関わらず、果敢にミサイルを日本海に打ち捨て――売れば食い物に変わろうというのは、私のような素人の浅慮であろう――なおも頑張っているではないか。
いっそ二年など生温い。北朝鮮の痛みを味わうため、国が傾く程度の大規模な長期徴兵を実施しても良いのではなかろうか。餓死者の数百万も叩き出してこそ、初めて我々は隣国北朝鮮と対等になれたことになるのである。

いや無論、他国がやっているから日本も、というのは必ずしも正しい論ではないというのは解っている。
日本は穏やかな先進国だ。なればこそ、先進国として男女平等の理念にのっとり、女性にも二年の兵役義務を課すなどの独自色を出してみるのも良いであろう。
アジアの大国にして国連常任理事国である中国を見習うのも悪くない。憲法違反の自衛隊は解散し、自民党軍を設立するのである。これならば国軍でないため、憲法第九条にも反せず、多くの人々の支持を得られるに違いない。

他にも軍隊を国民に支持されるものとするため、主観的に捏造・編集した歴史を教え、幼少時より敵兵を殺す勇敢な愛国者として育てるべきなのだ。中国を見よ、北朝鮮を見よ、韓国を見よ、台湾は――知らない。昨今の愛国心教育とやらで非難があがっていたが、その通り。日本は温すぎる。小学生では遅いのだ。歌を作れ、学校教育で銃を持たせろ、第二次大戦で死んだ人々を繁殖させろ、数字を隠せ、熱狂に乗れない妄言者は捕まえろ。
教育とは指し示し、導くことであり、歴史は我々一人一人が創っていくものなのだ。未来も、今も、そして過去も!


そうしてこれまでのように自分達しか見ていなかった愚かで偏狭な日本ではなく、隣人である中国、北朝鮮、韓国、台湾を朋友として見習い、同じような社会に変わってこそ、初めて日本は極東アジアの真の意味での一員となれることだろう。
日本人が自分達の歪さに気づき、良き隣人達にその曇らぬ眼差しを向けてくれることを願って。




――あー、阿呆らし。




追記:ふと、思ったこと。
北朝鮮ミサイルに関する、基地先制攻撃論について。
そういう武装を今すぐ用意しようというのか、それともミサイル防衛手段の一つとして、一度広く国民で議論してみようという提案の一つなのか。
北朝鮮と韓国を火の海にしてやるという宣言なのか、打ち込まれた場合次弾を防ぐためミサイル発射基地だけを破壊しようという手段なのか。
どうも、ミサイルを打ち込まれそうになった場合、基地に先制攻撃を行って無効化するのも自衛手段選択肢の一つとしてあるといえなくもない、ぐらいの発言だったようだが、気前良く隣国などは燃え上がっている。
――無論、あれらの国々にとってその反応は正しい。彼らにとって一番大切なのは自分の国であり、日本ではない。少しでも日本が自分達を害する可能性を減らすためなら、日本にミサイルの現実的脅威がどれだけあっても――たとえ被害があってすらも――関係ない。
自分達には先制攻撃の権利があり、他国には無い。それが彼らの主張で、そしてそれは国家として間違ったものではない。
ただ、そんな国家的な観点ではなく、もっと小さな視点で自分は思う。あの発言を思う存分捻じ曲げ、日本の再侵略、先制攻撃火の海だと喜び騒ぎ立てる姿は、従軍慰安婦懺悔記事捏造事件や、教科書問題朝日誤報マッチポンプ大作戦に似てはいまいか。
――いい加減、芸がない。


極東よりイランより。人が死にすぎて飽きられたアフリカと、毎度のこと過ぎて落ち着いた騒ぎにしかならないイスラエルが気にかかる。問題があるのと、問題が続きすぎて日常になってしまった世界。
種類が違うし当事者第三者の問題もあろうが――どちらこそがより地獄めいた光景なのだろうと、ふと思う。

本日駄文ばかり、以上。
七夜月十三日
蒸す。夕立で少しはましになったが。それにしてもさっき落ちた雷は良い破裂音をさせていた。
七夜月十二日
暑い。カーテン開け放って網戸だけにしているのに、温室効果が発生している理由を誰か教えてくれ。

作務衣のズボンだけを新しくおろす。足首を絞める紐といい、前のチャックやボタンといい、作り自体は結構面白い。着心地も思っていたより悪くは無い。――これで無意味に薄くさえなければ。
ほのかに見える下着の線とか、そういうせくしーさは作務衣に要らないと自分は思う。
七夜月十一日
暑い。蝙蝠が元気。
七夜月十日
暑い。自分が壊れているのだろうか。どうしようもなく暑くて駄目だ。
太ったせいか? バイクじゃ風速十キロで体感速度が一度下がるんだったよな。じゃあ、贅肉は十キロで何度上がるっていうんだ? 皆はもっと十度ぐらい涼しい世界で夏を楽しんでいるっていうのか? 

結構切実に参っている。正直、八月まで耐え切る自信が無い。異常気象が恋しい自分は、多分病んだ時代の人間だ。

先日に引き続き、今日もまた汚れてしまった自分を再確認して、没。
七夜月九日
夜、コンビニまで歩く。
途中、交差点にて落し物を発見。ああ、家人が『事故でもあったか』と尋ねてきた訳だ。 交差点の隅に裏返っている、車の後部ウイング。
空気力学かファッションかは知らぬが、正直F1でもあるまいし無駄ではなかろうかと思うアレが、 いい加減な接着でもしていたのか根元からポキリ。

アイスを頼まれていたからと買い、帰宅。――もう少し雑多なぐらいの品揃えが便利かと判じて、本日以上。
七夜月八日
サマータイムとは時間をずらすのではなく昼夜を逆転させて初めて意味がある行為だと思い至るクソ暑い日々。

夜、花火の音、書店へ。ハードカバーの背を眺め、文庫実録怪談物を読み切る。
丁度一週間ほど前に置き忘れてきた傘を求め、店々を巡るが何処にも発見できず。サテ、これでないと 残る心当たりはバックミラーに風鈴を吊り下げている隠れ風流人な奴の車の中だけなのだが。
七夜月六日
某空き地で大量に飛び交う蜻蛉の大群に出くわす。
余り見慣れない赤色の普通サイズ。何かに止まろうとはせず、狭い空間をひたすらに飛び交っている。 沼地の近くでも、どこぞの高原でもない。台風が近づいているとのことだが、そこいらへんと何か関係あるのだろうか。
七夜月四日
梅酒用の大瓶は時期外れと既に売り切れていたが、駄目元で押入れの奥を探ってみたところ、幾つか出てきた。ホワイトリカーと氷砂糖の定番で仕込む。
ところで当家に現在一体幾つ仕込んだ梅酒があるか、把握していない。仕込んだ数に比べ飲んだ覚えが余り無く、しかも家族は家族で別に仕込むし、ラベル貼りは誰もしない、押入れのあの酒瓶は私のコレクションだったはずだが、さて詰めたのは何時の何の酒だったか。

味噌の方は種を抜き、瓶詰めして幾つかは冷蔵庫へ。塗って食べるより、煮魚の際に重宝しそうな予感がする。

本日他、花苗を植え替えたり、久々に蚊に食われたり、元気に飛び回る蝙蝠の影を見上げたり。
蝉、鳴き出せし月初め。
七夜月三日
梅こそ我が敵。

男友達から『繋がらないか』とメールが届く。
そういや昔、そんなのもあったっけ。ICQだかIRQだか。近頃はMSNメッセンジャーとやらが 流行りのようだが、おっちゃん正直良く解らん。

さて。先日、祖母殿より梅を頂いた。そのうち処理するつもりであったが、自家製ものだけあって足が速く汚れも大きい。よって急ぎ手をつける。
二、三キロとの話であったが、明らかに多い。まずは定番の梅酒にと綺麗なところを洗って陰干しし、ジンを振って蜂蜜とブランデーで漬けたものが一つ、焼酎と蜂蜜で漬けたものも一つ。
あまり減っていないようなので梅味噌とやらに挑戦。弱火で一時間以上煮詰めながら、見た目まんまカレーの、大鍋を埋め尽くす茶色のすっぱい物体を掻き混ぜているうちに、残りの、まだ五分の二ほど残っている梅を見て――不意に何もかもが嫌に成った。

残った水分飛ばすのは明日でいいやぁと、カップ酒片手に逃亡。
後の梅は適当に梅酒に変えるとして、大瓶買い出すのもとりあえず夜が明けてから。
本日の梅許容量、もう限界。
七夜月二日
暑い暗い何もする気が起きない。

昨夜忘れた傘を取りに会場となった店まで行くも、月一なのか定休日。まさしく日頃の行いというやつか。

夜、新生姜を酒粕へと漬ける。奈良漬にするらしいが、才能以前の技術も知識も経験も無い 自分の作で大丈夫かと、不安が一抹残る。
七夜月一日
梅約二キロ。

縁ある先輩後輩の結婚パーティーがあり、赴く。最初はきちんと礼服ネクタイと言う格好をするつもりだったが、いざ袖を通す段になってあまりの蒸し暑さにスイッチ・オン。
『身内のパーティーだからラフな姿で構わないって話だったよな』
革靴、礼服パンツ、で上は作務衣と、何時ものような姿に纏める。

早めに訪れた地で、最近設置されたガス燈の明るさなどを見物し、時間を合わせて会場へ。
見れば入り口付近に人の群れ。懐かしき顔などもちらほら――
『よお久し振り――って、何処へ?』
『……シャツとネクタイ買ってくる』
皆さん、きっちり黒の上下で固めてらっしゃいました。
脇目も振らず集団の中を突っ切ってそのまま近場のデパートへ。多分、ネタとして許容して貰えるだろうが、他人の結婚式で悪目立ちする趣味も無いので、試着室で着替え遅刻気味に参加。

パーティーは非常に素晴らしかった。新郎新婦の築いてきた人間関係を思わせる 活気と親しみ溢れる祝福の数々。ライブで喉を震わせ盛り上げるバンド達、ビデオ撮影に走り回る昔懐かしい――今となっては本職すらも――光景。バイオリンの独奏などは余りの良さにアンコールが入りなどした。

なお、彼是十年ぶりという人々も多い昔馴染み達との顔合わせであったが、男性陣は不可思議なほどに変わってなかった。反面、女性陣は某氏の言葉を借りれば『女は化ける』というぐらい容貌が変化しており、顔が細っそりした人から、最早面影の一片すら留めていない人まで様々綺麗に身を変じていた。
――懐かしい声に振り向いてもそこに居ない。空耳かと首を傾げ、またしばらくして声に振り返るもやはりいない。そんな基本的な怪談を一時、味わう。

……なお、自分への感想が左からも右からも『うわ、太りましたね』しかないってどういうことか。いい加減、隅で泣こうか、結構真剣に気が迷う。

さんざん酒をかっ喰らい、某氏の車に便乗させてもらって帰宅。
祝うと言うより、自分の方こそ思い切り楽しませて貰った。まあ、数年に一度はこんな旨い酒も良かろう。

本日、極めてめでたし。
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