日々、在りしことども



初空月二十九日
コードズブロッカなる酒を入手。フラスコ似の下膨れ瓶に入ったチェコスロバキア産の透明なズブロッカ。あそこは1993年頃に連邦が解体したそうなので、彼是十五年以上昔の酒になるのだろうが、見た目十分頷ける風貌となっている。
惜しむらくは、蒸留酒は瓶詰め以降熟成しないことか。
ショットグラスで呷り、久々の寝酒とせん。

――あの酒屋は棚下の売れ残りをネットオークションにかけた方が儲かるんじゃなかろうかと思いつつ。
初空月二十五日
雪降り積もる。幸せ。
しみじみと世界の素晴らしさを堪能する。――三月半ばまで吹雪けばいいのに。
初空月二十二〜四日
余り記憶に無し。
初空月二十一日
ネットの古本屋より『お探しの品、入荷しました』とのメールが届いていた。
約半日前。当然売り切れ。――生きている間に読める日が来るのだろうか『アリシア・Y』。

夜、出る。閉店間際の安いところで適当に散髪を頼んだところ適当に刈られる。顔が軽くなったが、ちと不満。
酒屋や書店を冷やかして回る。酒屋店主が愚痴るには、中露の台頭が凄く、バブっている人々が札束を切るので、酒が高騰の上、品切れなのだとか。まだ後ろに印がとか、コルクや仕込み樽がそもそも枯渇し始めているとか、露はまだマシ、ワインは冬場凍るから買われていない、『暖めるワインクーラー』が出回りだしたらヤバイ云々。
ゴビ砂漠を一大ワイン畑に変えんとアメリカの飛行機が飛び回っているあたりで話を切り、去る。

まあ、まだまだ贅沢過ぎる悩みだよなと感じるのは、自分が気楽な一酒呑みに過ぎぬからか。本日以上。
初空月二十一日 日常
おでんの勝利。
先週は今一だったが、今週は良し。やはり薄味たっぷりのだし汁と、絶対沸騰させない弱火攻めこそが迂遠に見えて勝利の鍵か。
種物を食事一時間前になってから入れるのもポイント。澄んだだし汁に喜びつつ、本日以上。
初空月二十一日
少々遅いが、年始め耳にした明るいニュースについて記しておきたい。

昨年、平成十九年の交通事故死亡者数は5743人だということだ。そこら辺の数字に、興味も知識もない大概の人はそう聞いてもピンとこないだろう。これが、どれだけ奇跡的で信じられない数字なのかは。

西暦2000年頃、ちとその辺りに用事があって調べてみた。当時でさえ、『交通戦争』などという言葉は生まれる前遥か昔のこと、教科書で習う単語であり、交通事故による死亡者数は年々微妙であるが緩やかな減少傾向にあった。
その数、年一万から九千数百ぐらい。――当時の自分は余りの数に、結構な衝撃を受けた覚えがある。
毎年、本人にはその気が無かったのに一万人の人殺しが生まれる訳だ。毎日、道を歩いたり何時ものように仕事に出掛けるだけで、殺される人間がこの関連だけで年一万。十年たてば十万人の人殺しの群れ。
無論、極論だ。自爆もあれば、一度に複数名死亡する事故も多かろう。だが。
カルト宗教でも、戦争でも、連続殺人鬼でもない。倦まず弛まず休むことなく、普通の人間が毎日新しい人殺しになって捕まり裁判の後、刑務所に入る頃にはまた新しい人間が人殺しになって裁判を待ち、刑務所行きの列の後ろに並んでいる。
ところてんの様に生まれ続ける殺人者。誕生条件は差別無くただ確立のみ。
……何故、こんな社会で皆平気でいられるのか、理解し切れず怯えたものだ。今でも、それは残っている。

そうして今、この数字だ。年一万人の死亡者数が僅か数年で五千人台にまで減った。
正直、今でも『済みません、統計ミスでした』と言われた方が納得がゆく。
飲酒運転の厳罰化やシートベルト着用の徹底、或いはエアバックを始めとした機械面での進歩の御蔭であるのだろう。
皮肉に見れば、緊急医療発展による数字の誤魔化しという側面の邪推もできる。この交通事故死亡者数というのは事故後二十四時間以内に死んだ人間の数であり、事故後三十日、一年と期間を延ばすと、当然ながら死亡者数はさらに数千人増えることになる。ただ、それらも乖離した数値という訳でなく、合わせるように減少の一途を辿っているらしい。

これほど奇跡的で、手放しで喜べるニュースを自分は余り知らない。だからこそ、興奮を伴い此処に記す。
果てないにも関わらず、多くの人々の地道で不断の努力の結果、昨年の交通事故死亡者数は 5743人だったのだと!

初空月二十日
雪は何処? 天気予報なんて信じない。

パソコンのブツ切れ。電源過熱を疑ったが、犯人はCPU。何故かしらCPUクーラーの留め部分が外れかかっており、ほんの数ミリの密着不足が熱暴走を招いた模様。
知れば知るほど、存外デリケートな秀才さんだと実感する。――微塵の可愛げも無いが。
初空月十九日
とても外の世界が澄んで見える。――雪まみれの冬は来ることもなくもう終わってしまったのか……
初空月七〜十七日 日常
溜まっていた本の一部を読み崩したり、鉱物事典と自分のささやかなコレクションを見比べてみたり。

アンコールワットの全景写真を見る。何より、周囲に正方形に巡らされた幅二百メートルの水堀が素晴らしかった。一辺の長さが二百メートルなのではない。幅が二百メートルなのだ。
古のカンボジア人達が如何に高度な利水技術を持っていたか、その証。深緑の深いジャングルの中に、微塵も揺らぐことなく、くっきりと浮かぶ太い青の枠。
鳥の視点に憧れる人々がどんな素晴らしいものを求めているのか、その一端を知ったと思う。

日曜、久々に某氏とラーメンを食いに『ニッコウ』へゆく。
味は相変わらず良く(しかし、店の戦略方針らしいがちと塩が濃い)、某氏の正月旅行談――海亀の刺身食ったとか土人踊りだとか完全西欧白人系の日本少数民族についてだとかキャンセルしなかった波二メートルの海カヤックだとか――を肴にスープを啜る。
後、『良いよな、雪。最高だよな』と呟いたところ、まるで当然というように明かりの無い多賀山奥へ。
落石乗り越え、里では全く無い雪の跡などを見る。

月曜、獅子舞い。縁起物。しっかりした若い人が頭を下げ挨拶しているのを見ると、来年これからも心配しなくて済みそうで、少し嬉しい。

寒さ増す。しかし降らないため、雪はせいぜいちらほら。
小屋が潰れるぐらいの雪を見たい。


本格的な雪見酒が未だ出来ていないことを嘆きつつ。
本日上下乱文書き飛ばしのみ。
初空月七〜十七日
メモリが爆発した。

ここしばらくの更新放棄について述べよう。
根本的に何か間違っているんじゃないかというぐらい頻繁に故障する我がパソコンだが、やや前より原因の幾ばくからしきものとその対処法が判明し、それなりに改善された環境を保っていた。
何故だか電源を入れても起動しない時は、一旦メモリカードをマザーボードから抜いて、付け直す。
この発見により、『地球上の問題の八割はメモリで解決する』と天啓を得た私は、快適に日々を過ごしていた。
――この正月から吹き続ける、様々な負け犬風の存在も忘れて。

で、七日夜。付け直したのに動かないパソコン。懸命な諸氏なら既にお気づきであろうが、メモリカードというやつはよくきっちり付いたように見えて、実はちゃんと差さっていなかったりするものだ。無論、僅かなりとはいえ賢明な諸君らの末端に加わる私もそのことには時要らずして気がついた。
やれやれ。さて、ではカッチリ手応えがするまで嵌め直すとしようか。
ちなみにメモリの一方は既に嵌っており。
もう一方の端と、受け手の電極には良く電気が流れるよう、金メッキが施されている。
落とされているべき電源は、粗忽で不精な私によってヴンヴンと稼動中。
電流の流れるコードの端と端をいきなり接触させればどうなるか。

――ああ、ところで。電気溶接というものを御存知か?

一瞬の小さく激しい音。小爆発を起こしたかのように吹き出す周囲の埃。やがて漂う焦げたプラスチック臭。
そんなこんなで一枚のメモリとスロットの一つを駄目にした私は、また一つ引き換えに貴重な教訓を手に入れこうしてやっと今再びパソコンの前に――


替えの古いメモリが手に入らず店頭入荷を待てずに通販、しかしほんの少しケチった品は認識されず嗚呼これが所謂相性問題と時間の過ぎるを我慢し、土曜の入荷を待って再び店へ。日本語のとても自然な外人店員氏に教えて貰い、新鮮取れたてのまっとうなメモリを入手したのに何故動かないってひょっとしてイッてるのはマザーボードもか確かに凄い音もしたしと、更なる大修理の必要にしかし挫けず顔を上げれば――買ったばかりの時代遅れのメモリ×2、一二年前に増設したけど今は接続方法がとても時代遅れなしかしまだまだ動く部品×1。
どーすんだよぉぉぉと嘆きつつも探すが、ダブルの時代遅れに対応してくれているような親切な品はそうは無し。格安パソコン一式買っちまうか、初めてのネットオークションなんかやっちまうか、とテンパリかけた所で運良く中古マザーボードをネット店で見つける。素晴らしきかなリサイクル社会とボタンを押し(ここで連休開始)、じりじりと連休明けを待つ。早速届いた店からのメールに対応の早い良い会社だと微笑み開ければ『すいません、アレ違う品でした』。ちょっと違うだけですというが、そのちょっとで動かなくなる可能性が一気に警戒水域を越えてきたので即座にキャンセル連打連打(メール文章でのキャンセルなので嘘ではないハズ)。いい加減、色々煮詰まってきたが、ここで更に『――マザーボードだけじゃなくてCPUも昇天しちゃってたりなんかして、アハ』と最悪の可能性にようやく向き合い、やけだか開き直りだかでそこまで交換を前提にブツを探す。すると、やたらと色々なスロットに対応している変態的な、つまりとても素敵な運命の一枚に巡り合えた。
あなた以外考えられませんと、求婚して待つこと更に数日。ようやく今日十七日になって届いたマザーボード相手に始めての体験に挑戦。何をどうすれば良いのか、説明書を見ても半分ぐらい解らず、それでも何とか手探りで合いそうな穴に硬く尖ったものをぐいと刺し込み――
ところでパソコンには用紙のB5A4みたいにサイズ(規格)があるそうですね、最近の流行はスリムや更なる小型化ですかそうですか、ところでこのパソコンって強小型なんですけど、おやあなた色々出来るだけあって実にたくましいお体をしておられますな、アハハ。
注文した時点で半分ぐらい諦めて、もとい覚悟してましたが、このマザーボードと現在使用中のパソコンケースのサイズが、悪い方に合いません。ぶっちゃけ、中身の方がでかいです。
これではいかんと『窓95』時代に買ったパソコンの亡骸を引きずり出してきて、分解。何とか合うぜと喜んだのもつかの間、今度はメーカー品の箱の便利設計な起動ボタン諸々が規格に合いそうに無い。ならばと古いパソコンの方からスイッチ類諸々を取り外してきて繋げ、端末は使わず外したフロッピーディスク挿入口の上からだらんと――もう、これどう見てもまっとうなパソコンじゃないよぅ(顔を覆って涙は見せずに)。
こうして生まれ変わった新パソコン。起動は小さな基盤を直接つかんで、二つのボタンを同時にぐいっと。



――端的にいうと部品交換どころかパソコン自作に近いことをやる羽目になりました。半分ぐらい部品を流用できたと喜ぶべきか、古い規格の縛りでろくなことにならなかったと嘆きべきか。
ちなみに今、何故かこのパソコンは存在しないはずの3.5インチFDをずっと認識し続けている。 助けてー。誰か助けてー。


以上、垂れ流しだがやや不幸珍奮戦記。
機械いじりより、存外重度になっていた己がネット中毒の禁断症状のほうがきつかったと記し、本項投げ遣りに筆を置く。
初空月七日
七草粥の日。

地図で確かめ目的地Aに赴く。――何故だか迷う。
記憶を頼りに目的地Bへ移動。――見つからない。
くじけることなく目的地Cへ。――道を間違える。

……馬鹿な犬ッコロのようにぐるぐる回る。畜生、今年は俺だけ負け犬年か?


ようやく年賀状入手。やはりもうこの時期になると郵便局より、葉書切手取り扱いの 小さな看板を掲げている普通民家の方が頼りになる。
初空月五日
本日は土曜日である。

負け犬はようやく住所のわかった一人分の年賀状だけをしたため、今日という日を終える。
初空月四日
『インクジェット用の年賀葉書を下さい』『ありません』
『年賀状は』『コンビニなら無地のもひょっとすれば』
『ありますか』『残っているのはこちらだけになります』

そういう訳で、二三枚返礼用の年賀状が見つからない。明日は更に四つ郵便局を巡ってみる予定。
初空月三日
初詣に行かんとす。目的は神事を見ること。
が、車で出たのが失敗で、目的地手前で渋滞の遠景を見る。
では、最寄の駅前に車を停め電車で、と考えその前に少し本屋へ寄り立ち読み。
結果、半端に時間が失せ、夕食の支度を考慮しそのまま帰る。

新年三日目にして負け犬を満喫す。

……それも自分が原因という最低の駄目ッぷり。ここまでケチのついたスタートは始めてかも知れぬ。
初空月一日
新年明けましておめでとうございます。


枚数もないというのに、遅れ馳せの年賀状を整え終える頃には日も暮れ切っていた。……手ずから筆を執っての一言挨拶、余計な文量は減らすべきだったか?
気が付けば今冬初の雪が夜空より舞う。右手、窓向こうには初雪、左手、充電が不十分ですぐに音がぼやける手回しラジオ。その間で机に向かい葉書から葉書へと住所を書き写してゆく。
こういう時間は嫌いではない。

心穏やかに新年を滑り出す。本年、始め。
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