日々、在りしことども



紅葉月三十一日
早朝、寒さの余り地面に横たわってぴくりとも動かない蛇が一匹。とっとと冬眠したまえ。
午前、種蒔き。畑の空きスペースを呆っと眺めながら、そういやホウレンソウの種が三桁ほど余ってたなー撒くかーとやっぱり呆としていると、何やら家人にこれもと 小松菜の種も押し付けられる。
カルシウム等の栄養面から小松菜。最近高くて食べてないホウレンソウ。共に適当にばらまく。

普段よりものを考えていたような気もするが、やはり呆とした一日。
紅葉月三十日
いい加減、芍薬を植えつけねばと鉢に土を入れる。ついでに幾つかの鉢物を植え込んだり植え替えたり。
枯れたと思っていた楓に、葉が開きつつある。連中、一年中茂っていたり、赤かったりするので今一良く解っていなかったが、紅葉を楽しみたくば葉の茂る来年を待てというほど無常なものではないらしい。あおく、所々色づいた小さな紅葉が日に日に開き広がってゆく。手のひらの上の紅い秋。
紅葉月二十一〜九日
無機物に近い日常。
唐突に本が読みたくなり、買い漁ってしかし積読山が増えたとか。
図書館の本が読み切れず、どうするか色々困ったり。
ふと、無性に日本酒を湯飲みでやりたくなったり。

『焼肉手帳』読了。
ちょっとした洒落っ気と肉への愛が、各部位の説明と味わいの一口感想を包んだ良本。無性に肉が食いたくなる。
財布に金が、この後時間が、近所に焼肉屋があるというのなら、逆に人に勧められない。余りに危険だ。
紅葉月二十日
二つほど流星が滑るのを見る。
昔のように完全装備で云時間ということはないが、半ば惰性のように宙を仰ぎに出て、 それでも確かめられたというのは、何というか、嬉しい。
紅葉月十八日
まだサルスベリの花が残っていた。おそらくあれで最後だろうが、本当に良く持つ。
また、夏に引っこ抜いてきたヒコバエで枯れたとおぼしきのを、そのまま鷺草池に放り込んでおいたのだが、ちゃんと新しい葉が出てきていた。植物というのはすごいものだ。

芍薬、未だ植えつけず。紅葉は、枯れ切ってはいないようだが、この秋に楽しむのは諦めるしかないよう。
そんな。
紅葉月十七日
レッドチェリーシュリンプがまた一匹、抱卵した。
グラスキャット、一つ落ちる。低温で病んだかと思いきや、エビ用に放り込んだザリ餌を丸呑みにし、 それが水を吸い膨らんで窒息、そういう模様。心は痛まず頭が痛い。
紅葉月十六日
『鷲見ヶ原うぐいすの論証』読了。期待していなかったが、面白かった。

シリーズ途中の『ミステリクロノ』はどうした、いやそれより『トリックスターズ』第二部は 何時、というのが正直なところだが、これが新しく続いたとしても、それはそれで 嬉しいかと思う。
冒頭、探偵役の登場部分がなかなか良かった。和風、落語的な雰囲気を感じる柔らかな喋り口。 後の方の右往左往っぷりといい、あんまり孤高奇矯の天才頭脳という訳で無いところが――名探偵というと、そういう社会不適応者しか連想できない私の頭が末期的なだけかもしれないが――色々と楽しかった。
トリック自体は、何と言うか、主眼ではないので興味も無い。悪魔に関しては散々仄めかされていたので予想はついたが、全ての始まりがああいう理由だとは、予想外の一刺しをもらった。
この舞台世界は『ミステリクロノ』のパラレルだか過去だかのようで、そうするとあの登場人物の未来はああで、前記の始まりの理由と合わせ、ちょっと苦い読後感もあるのだが、よくよく考えてみればこの作者氏、そういう私の苦手で嫌う、後味の悪い犯罪理由や読後感の作品が、かなり多い。

……なのになんで好きな作家氏の一人にぽんとなっているのだろう。

雑然と、読了直後の感想。さて、次の新刊が楽しみだ。
紅葉月十四日
歯医者や忘れられていた記憶、金木犀などのこと。


昨日予約した歯医者だが、週明けまでこらえ続けるのも面倒に思えたので、朝一で並んで予約を取ってくる。午前中にすぐさま治療、一度で終了。早期に訪れたので、それで済んだらしい。
歯が欠け、少々虫歯になったところを整えて、わざわざ銀冠を剥がすのもなんだということで、白いパテで埋め固めてあがり。隣りの歯との隙間が埋まってしまったような気もするが、硬い爪楊枝で毎度こじるよりは良いのか……な?
なお、神経を抜いた歯はもう一本隣なんだとか。ああ、うずく訳だ。

図書館にて一部の本を返却。顔を打つような金木犀の香りに、寝ぼけ気味の目が冴える。

一日、歯医者に合わせるつもりがごっそり空き、どうしようかと考えている途中で、 数日前、何を考えていたかの記憶が戻る。
日記に走り書きで『五木』とあったので、この秋のゴキ復活と滅亡に関するあれやこれやでも 書き纏めるつもりだったのかと後で首を傾げていたのだが、何のことはない、ママ、今夏に食した冷やし中華の中で、一番美味しかったメーカーの名であった。
『五木食品』のレモン風味。麺は縮れていないが、つるつるとした口当たりも良く、何より味良いタレがたっぷりとあり、実に満足のいくものであった。具沢山で冷やし中華を整えると、どうしてもタレが足りなくなり、仕方なく市販の冷やし中華つゆを足して使うことになる。最初から味良いタレがたっぷりとついていれば良い訳であり、そうだったからこそ、特に残っていたこの夏の記憶。
ネットで何気なく検索してみたところ、案の定評判は――自分の食したのは極太ではなかったが――とても良く、『格安で入手した』といううらやましい報告がちらほら。
嗚呼、そういえば秋も過ぎ行こうというのだから、運の良い人々は店で値引き品を手に入れることも出来よう。嗚呼、冬にアイスを食し夏に激辛も鍋焼きもおでんですら手軽に食せる昨今、何故に冷やし中華だけは夏限定でしか手に入らないのか。自分は、一年中っ、冷やし中華が喰・い・た・い・んだッ! と歯医者明けの寝不足頭が急速沸騰。店々を巡って、値引きインスタント冷やし中華買い漁りの旅に出ようと、脳内可決。

――思い出さなくっていい記憶もあるんだ。思い出したって、誰も幸せになんかなりゃぁしない。

しばらく乗らなかったのでバッテリーの調子が悪い車を走らせながら、ふとそんなことを思う。けど止まらない。
結局、格安つゆ一本と五木の極太を複数入手。下手に大きなスーパーではなく、ドラッグストアが狙い目であったと結果を記す。……やってる最中も思ったし、今もその思いは変わらないが、自分は馬鹿だ。

雑然とそんな一日。あと、今日はアイドルマスターとやらの痛車と擦れ違った。ちょっと町の方へ足を運べは、ごく普通に痛車に出会う昨今。これも時代か。
紅葉月十三日
歯が……。
欠けていた処だが、神経抜いているので痛くなかろうはずが、根の方を 汚したか、顎の辺りに痛みがきたので、歯医者を予約。年に何度通っていることやら。

この体質だけはどうにも呪う。
紅葉月九〜十二日
恐らく大したこともなし。余り記憶が無く、記録も自分で書いておいて何のことだか思い出せぬようなもの。
紅葉月八日
結局、何事も無く過ぎる。台風の左側にまわったためか。メダカ池が澄んだ水で満たされたのみ。

レギオス14巻読了、第二部完。
『一歩進んで二歩下がる』そんな主人公。よくよく考えてみれば、えらく酷い言葉だ。
挑んで、届かず、掛け金を失ったのではない。乗り越え、向こう側へと突き抜けて何かを得たうえで、貴様のそれは全て台無しだといわんばかりに、より底辺へと叩き落されるのである。
実際にはそんなこともなく、彼は色々得つつ、内面外面共に多くの成長をしているのかもしれない。だが、「俺は俺の満足できる生き方が出来ればそれで良い」とばかりに笑いながらどいつもこいつも好き勝手やってるあの作品世界の中で、鈍いというだけで貧乏籤引いて歩いて回ってる彼が不憫に思える。

そこら辺の幸運を全部女性とのフラグ立てに突っ込んでいるとしても、結局誰かかハーレムに結実しなければ全て無駄立てなんだなーと思ったり、いや人間関係とはそういうものではなかろうと面白みも無く突っ込んでみたり、まあ台風が雨戸揺らす室内で閑にまかせつらつらと愚考。そんなこんな。
紅葉月七日
数十年振りの規模の台風が来るとかで、備えてみる。
早々に雨戸を閉め、ガムテープで外れやすい部分を補強し、鉢植えを取り込んだり倒したり。
懐中電灯だの御握りだの、用意してみるが、実のところ未だトンと迫り来る実感が無い。
昨日からほぼ無風。雨も、ぱらぱらと散る程度。

しかし、天気図を見る限り台風の目が直撃しそうな感じである。

家前の川が氾濫したりとか、ありえそうにないことでも起こるだろうか。
明日の早朝、『今』をどんな想いで振り返っているのか。なかなかに興味はある。
紅葉月四日
蝦、二匹目抱卵。水槽内では一年中繁殖するはずだが、秋、満月と見事にパターンに合致している。
月の仰げぬ窓帳引いた部屋の内だというのに、月の運行に合わせる不思議。潮汐力はただのデマ (地球や海面レベルのサイズでようやく影響してくる)だったはずだが。

『壊れても仏像』読了。かなり当たり。
経験豊かな現場の方の巧みな語りというのは、実に面白いものである。
ガンプラと仏像についてとか、ルール破りの仏像に関する本地仏という解、また大日如来観音なる素人の魔改造(改修)合体ほか、真面目な修復の話も多々あり、先日の金属本同様、楽しめる勉強が出来た。感謝感謝。
紅葉月三日
月見。河原で薄を刈り、里芋を茹でる。
流石はシートベルトカッター。良く切れた。
紅葉月二日
雨。
赤蝦、久々に抱卵。ちょっと危険な気もするが。別容器へと移してみた。

Mあきと表示される。つらつらと顧みるに、確かにそういう性質があるかもしれない。少なくとも積極的に言葉で責めたりとかは、面倒くさそうで気が向かない。もっともまあ、耐えるとか、もだえるとかも、わざわざ頑張って楽しもうという気は起きない。
ああいう積極的な心身の交感――スポーツやジャズ、博打の域に並ぶものを感じる――は、対人関係が苦手というより荒廃している自分にはとんと向いてなかろう。
人間、横になって眠るが善し。
あと、『かなめも』は二巻すら手を出してはいないのだよと、呟く。

久々の鍋が良い案配だった。大量の昆布と鰹で、さっと出汁をとったのが良かったよう。
旨味はもっと贅沢に使うべきか、えらく金は掛かるが。
紅葉月一日
此処最近、書いたり消したり全く書かなかったり、頭を全く使わない日々である。

・図書館の本がやばい。
 正確には図書館の書籍に対する自分の思考がおかしい。
 沢山借り込んで、返却期限直前にきっちり図書館へと赴き、更に大量に借りる。
 本当に必要な人が予約したら返却要請の電話がかかってくるだろうと、何時ものろくでなし思考でいるのだが、今、その積読を頑張って崩している。新しい本を借りたいから。
 ……読み物と資料系の速度の違いもあるのだろうが……
 どうしても読みたかった新刊を購入して山の頂に加え、図書館の新刊情報が更新された中に見付けて、この数日間自分は何をしていたのだろうと思いもしたり。
 むかしうん、駄目は駄目でも、何か色々悪化している。

 有名な銅の錆、緑青は実は無毒。王水以外に溶けないと聞いていた金だが、ヨードチンキでも 溶けるらしい。あと、青酸カリ水溶液にも。
半減期の関係で、既に消滅してしまった元素があるらしい。
水銀灯や蛍光灯の仕組みを読んだが、そういえば氷砂糖を砕いて、加えられたエネルギーが光になって飛び出すのをまだ実験してなかったと思い出す
 まあ、以上は読んだ本の覚え書き。
月見月三十日
読書する。
月見月二十八日
そろそろ来年の花を仕込む時期。憧れていた芍薬の株を見つける。何と、三百円もしない。
とりあえず多弁の白を一つだけ持ち帰る。これを木の根元に植え、年を重ねて群落へと育てるのが夢なのだが、家持ちでもない自分としては、まずは鉢やプランターで増やすしかない。ああ、森が。

サルスベリはまだ花を残している。蕾らしきものもあり、またあちらの丸くて大きな緑色は種だろうか。本当に良い木だ。
鷺草は、先日水位が下がって水苔が乾燥していたので、慌てる破目になった。そろそろ、種の鞘が膨らみ始めており、今年は数本ほどになろうか。春に撒いた塵のような種から育った新芽は、相変わらず小さいながら緑色の葉を広げている。上手く冬を越し、芋になってくれるのを願う。
以上、最近の植物いじり。

他、琵琶湖岸へ頼まれた雑誌を求めに出たりした日。
以前、在りしことども


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